<今村くんと芳恵ちゃん>

いつのまにか...

俺には彼女がいる。
笹野 芳恵、ソフト部のキャッチャーで次期キャプテンと言われている。
少年のような風貌に、気の強そうな目。彼女に俺という彼氏がいるってだけでも皆驚くそうだ。見た目どうりの性格。だけど俺だけが知っている彼女の泣き顔...
「来栖、ちょっといいか?」
「おう、今村。なんだ?」
最近よく話すようになったこいつは笹野の親友小畠さんの彼氏だ。たまにソフト部が終わるのを待っていて、顔を合わすようになった。もちろんお互いそれぞれの彼女から聞いていることが多々あるので、話さなくても判りすぎるほどだった。
「これ、ありがとな。」
「ああ、それな」
俺はこの間来栖に借りた本を返した。ふだんどんなの読んでるんだって聞いたら貸してくれた。ファッションやら色々のってるやつだった。今俺が悩んでること、それは笹野の言動だった。何ヶ月か前から付き合い始めた二人に比べて俺と笹野は付き合い始めてもう1年になる。なのに親友カップルが、その、色々と先に進んでるのが興味深いらしく、その疑問がこっちに降りかかってくる。その質問のストレートさに眩暈を起こしそうになるほどだ。出来ればすっと答えてやりたいけれど俺にはその知識も経験もないに等しい。そりゃあ一人前の男だから、色々な欲求があるのは認めるが...。
「今週の日曜日あの二人出かけるらしいな。」
「おまえっとこの奥さんが、なんか買い物するのに付き合えって言ってるらしいぞ。」
「それなんだよなぁ...」
なんか最近の笹野の様子がおかしい。来来週、運動部がこぞって練習休みになるらしい。先生の一人が結婚式のためにだ。地味に挙げて、二次会のごとく会費制の披露宴をやるらしいそれに皆こぞって出るらしいのだ。来栖もそれは聞いていたらしかった。ただし柔道部は外部師範が来るので休みはないらしい。
「笹野が異常に張り切っちゃって...俺もまともにやすみなんてなかったから、1日まるまる一緒にいられるのはうれしいんだけど...」
「ん、まあその件に関しては俺たちも責任あるからなぁ。俺紗弓にしてること隠す気はないけど、笹野には刺激強すぎるだろうからあんまり態度には出さないよう努力はしてるんだけどなぁ。」
どこが...とも思ったが黙っておく。こいつには男でも感じるほどのフェロモンみたいなのが出てると思う。年上の先輩方をメロメロにしたという噂は武勇伝のように語り継がれている。その男がいまは笹野の親友の小畠さんにぞっこんだというのは間違いない。帰り二手に別れた後何度目撃したか、来栖が彼女にシテルとこ...もちろんそれを笹野も一緒に見てるわけだから、その後の俺の苦労もわかって欲しい。見たがる彼女を引きずって連れ帰った挙句、『今村くんはいいの?』とストレートに聞かれてみろ、どうしろっていうんだよ。困ってしまって以前頼んだことがあった、目立たないようにシテくれと...。
「やっちゃえばいいんじゃないの?勃ないわけじゃないだろ?どうして我慢するのさ。」
「そういう問題じゃないんだけどな...そりゃ男だからいつかはって思うけど、笹野にはまだ早いんじゃないかなって。俺も経験ないわけだからそんなにうまくことが運ぶ訳じゃないし...部活引退するまではちょっとやばいかなって。俺も野球に専念していたいから...。」
「たしかになぁ、アレは癖になるからなぁ...覚えたてだとサルのように毎回やりたくなるぜ、野球どころじゃないかもな。」
「そうなのか...」
「まあ、人にもよるだろうけど、お前は意思が強いから大丈夫そうだしな。そうだ、一応教えといてやるよ、行くんならここかここ、キスの順番はこうだ。あとはごにょごにょ...」
「///////そ、そんなことするのか???」
「まあな。お前ほんとに何も知ってなさそうだからな、最低限は教えてやるよ。笹野サンも痛すぎたら可愛そうだろ?」
「...やっぱりそんなに痛いものなのか?」
「相当痛いらしい...俺なんかその後しばらく触ろうとしても逃げられた。」
そういって笑うこいつも、今じゃすっかり小畠さんオンリーなんだよなぁ。意外と親切なこいつに驚く。もっとも今までそんな話も人にしたことがなかったのにしてしまったと、自分でも驚いたと来栖がいった。
日曜日、雨のため午前中の室内練習で終わってしまった。練習試合は中止だ。
「今村、どうするこれから?」
1年ながらエースの長野が聞いてきた。そんなに仲がいいってほどでもないけど、一応は俺の事を認めているらしい。他の1年にはあまり声もかけない。これさえなけりゃ悪い奴じゃないんだが...。
「スパイクがもうだめだから買いに行くつもりだ。こっちのスポーツ店サイズ切らしてるからK市まで行って来るよ。」
「俺も付き合っていい?K市行くの久しぶりだ。」
「...俺向こうで人と合流するかもだから、そしたら一緒に帰れないけど?」
「お、彼女とか?いいぜ、適当にするから。」
こいつ察しはいいんだけどな。でも別に約束してる訳でも、笹野と連絡をとったわけでもない。俺は携帯とかもってないから...。

K市についてさっさとスパイクを購入する。他にもチラッとは見たけどなんだか落ち着かない。
「長野、出るぞ。」
「おう。」
K市でも一番大きなスポーツ店をでた。そこはアーケードの中なので雨は関係ない。
「あれ?あの二人...お前の彼女に似てね?隣にいるのは...」
人ごみの中二人連れの女の子を長野が見つけた。
「笹野?」
隣にいるのはもちろん小畠さんだ。
「うわっ、かわいい!お前の彼女も今日は見違えるくらいじゃん。な、一緒にいるのソフト部のピッチャーの子だったよな。小畠、名前はなんていうだった?」
「小畠 紗弓」
「めっちゃタイプだよ!」
「あのこはだめだよ。」
「なんで?」
「なんでって...」
言っていいのだろうか?けれど俺はすごく可愛くしてる小畠さんよりも、いつもと全然違う雰囲気の笹野に目を奪われていた。
大人っぽい、いやすごく綺麗だ。遠めで見てても二人ダントツに目立ってる。笹野のちょっとつりあがった目がすごく印象的なのだ。
「笹野。」
「い、今村くん!どうしたの?」
「午後練雨で中止になって、たしか今日こっちくるって言ってただろ?俺スパイク新しいの買いに来たんだ。」
俺は笹野に比べて自分が子供っぽい格好のように思えて帽子を深くかぶった。
「そっかぁ、あたしらもう買い物済んだよ。」
にっこり笑ういつもの笹野なのに、どぎまぎする。
「な、笹野、お前化粧してるのか?」
「え、うん、そこのデパートでおねえちゃんの友達にしてもらったの...変かな?」
「いや、変とかじゃなくて、別の人って言うか、大人っぽいね。すごく、いい...」
綺麗だっていう言葉が言えずにいた。
「よかった、ほんとはね、今村くんに見せたかったんだ。紗弓なんてこのあと来栖と食事の約束してるんだって。うまい具合にだよね〜でもきっと紗弓が食べられちゃうよね?」
なにげにそういうことをストレートに言ってのけるが、さすがに笹野でも恥ずかしくなったみたいでいったあとにちょっと赤くなって『ごめん、紗弓』といって後ろを向いた。
「あれ?紗弓がいない!」
「長野も...まさかあいつ...」
ちゃんと言っとけばよかった。むちゃはしないだろうけど、来栖のやつああ見えてもすっごく独占欲強そうだもんな。ちょっとでも小畠さんに近づこうもんなら睨み殺しそうな勢いだから...。
笹野はちゃっちゃとメールを打ってるみたいだった。すぐに返事は帰ってきた。
『長野君とデザート○○にいます。久々に今村くんとごゆっくり〜心配しなくていいよ♪』
「だって...どうしよう?長野ってちょっと強引そうなんだけど...」
「うん、悪い奴じゃないんだけどな。小畠さんのこと好みだって叫んでたしね。」
どうしようか?一応二人は俺たちのために気を利かせてくれたんだろうけど、今までまともなデートなんて一度もないんだよな。いや、あの正月にソフト部、野球部合同初詣(ねえちゃんとその彼氏によって成し遂げられた恒例になりつつあるものだ)で一緒にいたな。けど周りにも一杯いたし...二人っきりて言うのは学校帰りの道のりぐらいで、俺はいまだに手を繋ぐことも出来ないでいる。なぜなら二人とも自転車だから...
目を上げると、目元や口元までキラキラさせてる笹野がまぶしくて、すぐに下を向いてしまう。俺って情けなくないか?
どうしようか、悩んでる最中にまた笹野の携帯が鳴った。メールらしい。
『紗弓は一緒にいる?俺も今K市に来てるんだけど、驚かせたいんだ。今からそっち行くから場所教えて。遼哉』
「来栖からのメールだよ、どうする?」
「電話掛けれる?」
うんといって、笹野は電話をかけた。
(あれ、来栖は笹野のメールも電話番号も知ってるわけ?)
なんだかちょっと悔しくなってきた。携帯なんていらねえなんて突っ張ってきたけど、自分がもってないからといって他の男にっていうのも嫌な気がする。そりゃ、小畠さん絡みなのは判ってるけど...
笹野はかかったよっていって電話を俺に渡した。
『来栖か?俺、今村。悪い俺もこっちに買い物に来てて笹野たちと合流した時に、一緒に来てた長野に小畠さん連れて行かれてしまって、申し訳ない。』
『で、何処にいるんだ、紗弓は!』
うわっ、焦ってるぞ、来栖の奴...
『メールでデザート○○にいるって返事あったけど、行くのか?俺も行こうか?』
『いや、いいよ。笹野とゆっくりしろや、めったにない時間だろ?この間言ってた事の予行演習だな。』
そういうと電話は切られた。
「すごい勢いで行きそうだな?」
「心配だなぁ。ね、ちょっと見に行こう!!」
そういうと笹野は俺の腕を掴んで歩き出した。
腕を掴んで、並んで歩けば腕を組んでるようにも見える。
「あ、来栖が来た!」
店に飛び込む来栖を見つけた俺たちは中に入るかどうか迷ってたが外で待ってることにした。さすがに店の中じゃなにもしないだろう。
「今日の来栖すっごく大人っぽいね。高校生には見えないよ。」
そうだった黒の皮のパンツにジャケット。サングラスまで掛けてる。
「凄みのある美青年って感じだね。」
笹野がこれからの展開をワクワクして見てるのはわかるんだけど...俺としては目の前で来栖を褒めまくられるのは面白くはない。それよりもさっきから笹野が掴んでる俺の左腕が気になる。
「出て来た!来栖めちゃくちゃ怒った顔してるよ、どうしよう...あたしたちにも責任あるよね?」
そういうとまた二人の後を追いかけ始めた。
「笹野、ほっとけよ。いくらなんでも来栖は馬鹿な真似したりしないって...」
小声でそうたしなめるけど、気になるのかずっと追いかける。アーケードを抜けて、だんだんと人通りの少なくなる道へ...
(このあたりってまさか...)
この間当の来栖本人から教えてもらったばかりの、お薦めの場所。
「あ、はいっちゃったよ...あれってもしかして...」
もしかしなくてもそうだよ...。俺はため息つくと笹野を引っ張った。
「もしかしなくても、ここはそういうとこなの。あいつらにはあいつらの仲直りの仕方があるんだ。俺たちが立ち入ることじゃない。」
笹野は俺のきつい口調にびくっと震えたけれども、まだ心配そうにその建物を見ていた。まあ複雑だろう。親友が彼氏とラブホテルに入っていって何もせずにでてくるはずがないんだから...。二人がそういう仲だって知ってるはずなのに、いざ目の当たりにしてみるとショックなんだろうな。俺だってあの小畠さんが来栖とって考えると...いやこれは考えない方がいい。まあこういう場所の似合わない子だから余計だろう。
「笹野、行こうか。」
動かない。なんでだ?
「笹野?」
「今村くんはこういうとこに入りたいって思わないの?」
そういって見上げてくる笹野の瞳はすこし潤んでるような...やけに色っぽいじゃないか!いつもと違って化粧した大人っぽい彼女は制服の時の彼女と少し別人にも見える。自分の胸の鼓動が早くなり始めてるのが判る。
「どうしたんだよ、急に...」
「だって、男の人って、やっぱりしたいって思うんでしょ?」
「な、」
なんてことを聞いて来るんだ...ストレートすぎるってば。
「そりぁね...でもちゃんと理性も持ってる。」
「今村くんは、今も理性持ってるんだ。」
ついっと笹野が正面から近づいてくる。彼女の胸が当たるほど近くに...何で今日に限ってこんなに大胆なんだよ?いつもなら並んでたってよっても来ない癖に...
「さ、笹野、お前...」
俺の両腕をきゅっと掴むとそのまま顔を近づけてくる。り、理性が...やばい。
「な、なに?」
「ちゅっ」
頬の下のほうに笹野の唇が触れた。
「竜次くん...」
初めて名前で呼ばれた。
「たまには理性吹き飛ばしてほしいなぁ...」
「う...そんなこと言って後で後悔してもしらないぞ、芳恵。」
俺も名前で呼んでみる。いや、いつだって心の中では呼んでるんだ。恥ずかしいだけで。
「どうせお前のことだから、心の準備なんて出来てないんだろ?」
その目を覗き込む。急に不安げな顔つきに変わる。ほらな、やっぱり怖いくせに。化粧したって、大人びたことしたって、中にはてんで泣き虫で怖がりの女の子がいるんだ。人の事なら平気なのに、いざ自分の事になると、とたんに腰が引けてしまうくせに...。
「その場の雰囲気に流されてなんて俺は嫌だからな。ちゃんと、自分に自信がもててから芳恵の全部もらうから、それまで待てるか?」
ずっと考えてたさ。今度の休みの時にって笹野が考えそうなことだけど、1年付き合っても俺たちはまだそういう感じじゃなかった。お互いにクラブが大変だし、たぶん来期の部長になるだろう。そうするともっと忙しくなる。俺だって野球の事で頭が一杯になってしまうだろう。そんなとき気持ちの分かり合える笹野に側にいて欲しいと思う。その気持ちがいつかは笹野を欲しいという気持ちになっていくのはわかってる。今だって、欲しくないといえば嘘になる。今すぐに抱きしめて自分の物にしてしまいたい。けれどこの不安そうな瞳の彼女を上手にエスコートできるほどおれはまだ大人じゃないんだな。
「ゆっくり、俺たちは俺たちのペースでやっていこう。」
そういうとそっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。重ねるだけのキス。それ以上の事があるなんてまだ知らないんだろうな。緊張して硬く閉ざされてる彼女の唇に離れ際にもう一度軽く触れる。ほら、それだけでびくって怯える。
これで何度目のキスだった?まだ数えるほどのキスにも慣れてないのに...
「芳恵だってまだこれで精一杯だろ?」
こくんと頷くと俺の胸に身体を預けてくる。緊張して硬くなってる肩を優しく撫ぜてやる。俺だってこの辺が限界...ほっとくと身体だけが暴走しそうだから。
ほんと来栖が羨ましくないといえば嘘になるけど、俺たちのペースでやって行くさ。
「なんか食べに行こうか?スパイク買ったこずかいの残りがあるんだ。奢るよ。」
「ほんとに?マクド以外がいいなぁ、だってお昼に食べたんだよ。」
「レストランみたいなとこでもいいけど?」
「ううん、無理しなくていいよ。あたしたちまだまだそんなの似合わないよ。」
「そうだな。じゃお好み焼き食べに行こう。」
「うん、たこ焼きもつけてね!」
二人手を繋いで歩き始める。
ほら、いつの間にか一歩進んでる。自然に繋げるようになった手。しっかり握り締めて...今日は目一杯楽しもう。おいしいお好み焼きを焼いてあげるよ。これだけはうまいんだから。
いつか、ここじゃなくても、身体も心も自然に一つになれる日が来るさ。それは今じゃない。だからゆっくり進んで行こう。
二人で...

Fin

〜芳恵〜
今日買った下着使うのかと思っちゃった。
でも今のあたしにはまだ早いみたい。
だって怖いもん。
キスだけであんなにドキドキして震えちゃうんだから...それ以上なんて考えられないよ。
竜次くんのことすごく好きだけど、まだそういう好きまで行ってなかったのかな?
そのうち、きっといつか、この下着の出番が来るよね。
相手はやっぱり竜次くんがいいなぁ...
あ、それまでサイズ変えられないじゃない!!
大変だ...

〜竜次〜
その翌日、俺は携帯を買った。
なんでって、ちょっと悔しかったから...
彼女にはじめてのメールを送った。
『携帯買ったから、いつでもメールしていいよ。
昨日の芳恵はすごく綺麗だった。
もう少しで理性失うとこだったんだからな。
これからもよろしく。』
メールだと少し大胆になれることに気がついた俺だった。