〜Boy's side 1〜
その日は中間テスト前の土曜日で、誰もが早々と下校して校内にはほとんど誰も残っていない。ましてやグランドに人がいるはずもなかった。
俺は付き合ってた彼女に、体育館の裏まで呼び出されて来たとこだった。
『どうして本気になってくれないの？』
って、最初に言ったはずだよ、とりあえずならいいよって。
『んじゃ別れよっか。』
なんかわめいてたけどもういいや、面倒くさい。
これっていつものパターンだ。
俺って冷たいのかな？けど、本気になれないんだから仕方がない。
けれど自分から切り出した別れなのに、何かを飲み込んだまんまな気分だった。
ソフトボール場で体育館の壁に向かって黙々と投球練習をしている女の子、すぐに誰だか判ってしまう。
「小畠さん、試験前は練習禁止じゃなかったの？」
小畠 紗弓（さゆみ）高校2年の同級生、正確には小学校からの幼馴染。とはいっても随分長いことまともにしゃべってなどいない。
ソフトのピッチャーって言うと厳ついイメージだけど、こいつはなんでソフトに入ったの？ってタイプだ。色白ですらっとしてる。柔道やってたのも意外だがこれは紗弓の兄貴がやってたからで、柔道もそこそこ強かったけどうちの中学には柔道部はなかった。
「来栖、くん？」
彼女も俺の事を苗字で呼んだ。
俺達は小学生の頃から、同じ町の道場に柔道を習いに通っていた。その頃は『紗弓（さゆみ）』『遼哉（りょうや）』と呼び合う良き仲間、ライバル同士でもあった。
けれど．．．あの頃のように呼べない自分がもどかしかった。
「一日でも投げてなかったら不安なんだもん。ちょっと位ならいいって監督に許可もらってるの。それより、来栖くんはこんな時間までなにしてたの？」
反対に突っ込まれてしまう。久しぶりに話すとほんと他人行儀、いや他人なんだけど．．．。
「まあ、野暮用だよ．．．」
「ふうん、彼女かな？高校はいってからモテてるって暮林くんに聞いたよ。」
暮林？奴は俺達と同じ中学からきている一人で、俺とも仲はいいんだが男の癖によくしゃべる。女子とも気兼ねなく話せる羨ましい奴だ。奴に言わせると俺は無愛想だから、女子からは話しかけにくいらしい。そこがまたモテル要素になってるとか勝手に分析してたけど。あいつはいったい何を吹き込んでるんだ？
チッと舌打ちする俺を見て紗弓はくすくすと軽く笑ってる。
あ、この笑い方懐かしいや．．．
ずっと昔から知ってる安心感？とんがってた気持ちが和らいでいく気がした。
「なあ、ひとりでやってて練習になるのか？キャッチャーは？」
「ん〜、彼氏と帰れるのなんて今日ぐらいしかないって、先に帰っちゃったんだ。」
「ふうん、俺が受けてやろうか？」
なんだかこのまま帰るのもむしゃくしゃするし、もったいない気がして、俺の口からはそんな言葉が出ていた。
「えっ、いいのぉ？そりゃ助かるけど．．．」
紗弓が驚き顔でこっちをじっと見てる。
「グローブ貸せよ。」
そういってさゆみからグローブを奪い取るとすぐ側の投球練習場のベースを前にして座って構えた。
「投げてみろよ。」
こくんと頷くと、紗弓は大きく腕を回すウインドミル投法で投げ込んでくる。ボールは小気味良い音を立ててグローブに吸い込まれて行く。今はクラブにも入らずにふらふらしてるけど、これでも俺は少年野球、中学軟式野球と野球経験者だ。
何度かいい音をさせて受けてやると彼女は嬉しそうに笑った。
「やっぱり受けてもらうと気持ちよく投げれるよ。りょうや、やっぱうまいよ！」
久しぶりに見る自分に向けられた彼女の笑顔。
そして呼ばれる名前。
縮まる時間と距離。
仲が良かったはずの二人。
だがそこから先に逃げたのは俺の方だった。
〜Girl's site１〜
ひとり投球練習していると、来栖 遼哉にいきなり話しかけられた。おまけに、キャッチャー役まで買って出てくれた。
彼は小学校からの幼馴染って言うのかな？長いこと話したことなかったけど。
同じ中学から来てる暮林くんからは絶えず彼の情報が入ってきてたから全然知らないって言うわけでもない。
とにかく巷の噂は凄かったけど、正確な情報は暮林くんから聞いていた。
やっぱり気になるじゃない？
高校に入ってからは凄くモテてるのは確か。だって元々いい顔してるのに野球やめて、日焼けが抜けて、髪伸ばしてちょっと茶色にして、背も高くって．．．中学の時はバリバリの硬派野球部でそんな隙はなかったのよね。なのに無口なとこがいいとか、年上キラーだとか、めちゃうまい（何が？？）とか色んな噂が飛び交ってた。彼が付き合ってるって噂されるのはいつも皆綺麗なおねえさん系。やっぱりそこそこのレベルの子じゃなかったら並ぶの恥ずかしいよね。
さっき『野暮用だ』って言うから『彼女？』って聞いたら否定はしなかった。やっぱりいるんだよなぁ、彼女。私なんてもう幼馴染だったことも忘れられてるって思ってた。ううん、嫌われてるって思ってた。だから正直言って急に声かけられて驚いてしまった。一瞬身構えてしまったくらいドキドキしちゃって．．．
私、意識しすぎかなぁ。でも嬉しかったんだ。
小気味よくパンて受けてくれる音がする。気持ちが良かった。つい昔にもどって『りょうや』って名前で呼んじゃったりもした。
「ねえ、どうして高校の部活野球部に入んなかったの？即レギュラー確実って言われてたでしょう？」
投げ込みながら聞いてみた。遼哉はピッチャーですごかった。柔道してたけど、野球始めてからは手放してもらえないほど。
「それも暮林か？ったくあいつは．．．丸坊主が嫌だったんだよ、単にそれだけ。」
「本当？野球部だとモテても中々自由に女の子と遊べないからだって聞いたよ？」
「そんなこと言ってねえよっ！ったく、あんなの奴の言うことまともに聞くなよな。」
なんか怒ってる？昔と同じだ。からかわれるのは嫌いだったものね。
あ．．．今、体育館の影に女の子がいたような．．．こっち睨むように見てた？彼女、かな？
胸がきゅっと痛くなる。やっぱ彼氏が他の女子と話してるのなんていい気しないよね？でも、ちょっとだけ．．．幼馴染だけど、ほんと５年ぶりぐらいなんだよ、話するの。いいよね？
遼哉に言おうかどうか迷ってるうちに、その娘は走り去ってしまった。
なんだかこのまま受けてもらうのも気が引けちゃって、『ダウンするから』と言って、遼哉に立ってもらうと、腕をゆっくり回して軽く投げながら近づいていった。
「りょうやってモテルね、っていつも言われてるよ〜。同じ中学出身だったら紹介してよって言われたことあったけど、長い間話したことなかったから無理だよって断ってたんだけどね。彼女いたんなら断っといて良かったよね？」
近づきながら、さっきの娘が気になったので話題を振ってみたんだけど．．．まだ怒ってる？余計な事言っちゃったのかな。
「ありがとうございましたぁ！」
いつもの癖で深くお辞儀をして顔を上げると、遼哉が笑ってるように見えた。
「なぁ、ご褒美はなんかでるの？」
そういってにっこり笑った。怒ってるって思ったのは気のせいだったんだ。なんかあたしって単純だぁ。
「え〜っ、自分から受けてやるって言ったくせに．．．ま、いっか、学食のジュースでもいい？」
そのくらいいいよね？彼女さん。
「じゃあ、着替えてくるからまっててくれる？」
遼哉からグローブを受け取ると、私は駆け出していた。
