〜Boy's side ４〜
何で俺、こんなにまでして走ってるんだ？
紗弓の自転車はもう見えていない。走って追いかけてどうなるものでもないのに。追いかけてることすら彼女は知らないだろうに．．．
息が切れる。長いことこんな距離走ってなかったから、身体がなまってる。
ブレザーを脱いで、ネクタイを引き抜いて、シャツのボタンをもう2個はずして、また走り続ける。
今まで女のことで、こんなに一生懸命になったことなかった。
泣いていた。
俺が泣かした。
いきなりキスしたのは悪かったと思う。でも俺の気持ち伝えたはずなのに信じてくれなかった。そりゃ俺の今までの行動からすれば当たり前だけど、からかってなんかない。それは信じて欲しかった。
初めてだって言った。キス。
結構可愛いのに、誰ともまだだったんだ。
そこんとこだけ嬉しくなる。俺って結構独占欲強かったんだ．．．。
「ピンポ〜ン！」
ゼイゼイと息を切らして紗弓の自宅のベルを鳴らす。
彼女の家は店をやってるから、昼間のこの時間帯は紗弓しかいないはずだ。外に自転車もあった。
「はい？」
がちゃりと開いたドアの中に滑り込む。
「遼哉．．．！？」
驚いた顔の彼女を前に俺は息を切らしてその場に座り込んでしまった。
「まさか、走ってきたの？」
返事も出来ずにただ頷いていると奥から水とタオルを持ってきてくれた。
「そ、そんなとこに座り込んでないで、あがったら？」
ちらっとみた彼女の目は泣き腫らしたのかまだ赤く腫れていた。その後ろについていく。もう私服に着替えた彼女は、長袖のシャツにジーパン姿だった。
子供の頃はよく立ち寄った紗弓の家。
道場からはこっちの家の方が近かったし、家には誰もいなかったからよく上がりこんで遊んでた。遊んでたらそのうちに紗弓の兄貴の和兄が帰ってきて、３人で遊ぶのだ。俺は一人っ子だったから和兄に遊んで欲しくってしょっちゅう入り浸っていた。
「紗弓、俺からかったりしたんじゃないからな！」
居間に通されてすぐに、紗弓の肩を掴んでこちらに向けてそう叫んだ。
まただ、紗弓の身体が硬くなるのが判る。
俺って馬鹿だよなぁ、落ち着いて優しく言えばいいのに、気ばっかり焦ってしまって．．．
「だったらなんで、あ、あんなことしたのよ？」
真っ赤な顔して紗弓が怒っていた。
「したかったからだよ！紗弓が好きで、そうしたかったからだよ！」
ばっしっ！
俺の頬が鳴った。
「嘘つき！そんな、したかったからってだけでキスされてたら堪らないわよ！」
また紗弓を泣かせてしまった。ほんと俺って最低かも．．．
〜Girl's side４〜
「したかったから」
そんな理由で？好きだなんて嘘までつかなくったって、彼女いるだろうし、キスくらいさせてくれる女の人だっていっぱいいるはずだよ？なのに家まで追いかけてきてそんなこと言わなくったっていいじゃない！
だから、あたし、遼哉の頬を叩いてしまった。
悔しかったんだもの。あたしはずっと気持ち隠して、遼哉が色んな女の人と付き合ってる噂を笑って聞いてきた。綺麗な女の人と歩いてるのを見たりしても、泣きたくなる気持ち抑えて、笑ってた。
あたしは嫌われてたんでしょ？なのになぜ？
「彼女いるんでしょ？その人とすればいいじゃない！」
「彼女とは別れたよ．．．俺、今まで好きで女と付き合ったことなんてなかったんだ。頼まれて付き合って、そしたら好きになるとか思ったけど、そんなことなかった。なぜなのかは、今日わかったんだ！紗弓のこと、ずっと前から好きだった。なのに気付かない振りして今まで自分を騙してきちまった。だからだったんだ！その気持ちに気付いちまったらもう止めらんないんだよ！」
遼哉の手が私の肩を揺さぶるようにして視線を合わせてくる。そらしたくても逸らせないような熱い視線。
こんな目、以前に見たことがあった。いつだったか．．．遼哉が柔道やめるって言い出す前だったはず。
「嘘、だったらなんで今まで避けてたの？中学入る前からずっと！」
「好きだったからだよ！でも恥ずかしくって言えなかったんだよ！」
「そんなの信じられないよ．．．」
どれだけそのことで自分が傷ついたか．．．
「信じさせてやるよ！」
そう言うと、私の腕を引っ張って二階へ上がっていく。
「やだ、どこ行くのよ？」
「お前の部屋。」
「なっ！」
そう答えると暴れだす私を引きずっていく。凄い力、こんなの全然かなわないよ？勝手知ったるで、私の部屋に入って私をベッドに放り投げると後ろ手に鍵を閉めた。
怖い？ううん、それよりもドキドキの方が強かった。
遼哉は苦しそうな顔をしていたけど、部屋に入ると少し表情が緩んだ。
「この部屋変わってねぇ。」
そう言って軽く見回すと、ベッドに片膝ついて顔を近づけてくる。
「紗弓も変わってないよな。変わったのは俺だけだったんだ。あの時も、俺は自分が恥ずかしくって、汚いものに思えたんだ。」
「あの時？」
「ん、柔道の練習で寝技かけてる時にさ。俺、紗弓に欲情しちまってたの、気付いてた？」
「えっ！でもそれって．．．」
「そっ、小６の時の話。」
今おかれてる態勢のことも忘れて、遼哉の顔を覗き込んだ。
「うそ〜〜〜！」
「ホントだよ。恥ずかしいの我慢して告白してんだから黙って聞けよ。」
大人しくなった私に安心したのかベッドに腰掛けて話し始める。照れくさそうに片膝立てて顔を隠して。
「俺って身体でかかったし早熟だったのかもな。神聖な道場で、それも仲のよかった紗弓に対していやらしいこと考えてしまう自分も、それに反応しちまう身体も嫌だったんだ。自分でするとさ、すっげぇ気持ちいいんだけど、そん時いっつもお前が出てくんだよ。道場じゃいっつもお前と組んでたから身体とかさくっつくじゃん、そしたらもうたまんなくって．．．逃げたんだよ。」
「逃げた？」
「お前といることも、話すことも、見ることも、考えること全部からね。そうでもしないと俺、紗弓に何するかわかんなかったし．．．」
そこまで言うと顔を上げてちらっとこっちをみた。長めの前髪の間から見える彼の目は相変わらず熱っぽくって、そう、この目、同じだった。道場で寝技を解かれた後見下ろしてるあの時の遼哉の目。
「俺、あん時から紗弓が欲しかった。抱きしめて、キスしたかった。」
記憶が道場に飛ぶ。遼哉の熱い視線、身体の感触．．．私の中で何かがのそりと動いた。
嫌じゃなかった。遼哉に抱きしめられるのも、キスされるのも。
多分あの頃から．．．