〜バツイチ男の事情〜

先週、俺の失恋が決定した。それも初めて付き合いだしてから7年ぶりの失恋。
同じ課の深沢奈津美に...
7年前、付き合いだして間もなく、俺が総務の聡美とできちゃった結婚する時に自然消滅っていうか別れたわけだから、俺が最初振ったことになるのか?いや、あいつは俺のことそんなに好きだったわけじゃないだろう。その後も責めてくるわけでもなし、普通に同僚として付き合っていたからな。
2年前離婚した聡美が、先々月再婚して養育費を払う義務もなくなった。その代わりにもう二度と自分の子供に会うことも出来ない。
たしかに出来ちゃった結婚だったが、その後はよき夫、父親であろうと努力はした。けれども半ば騙されたように結婚まで持ち込まれた俺の心に釈然としないものもあったんだろう。どこか妻の聡美との間に冷めたものはあった。最後まで俺と深沢の間を疑い続けた妻とはお互いの浮気が原因で別れた。そうして再婚の知らせがあったってわけだ。


公園にいた。
息子をつれてよく来たものだ。日曜になると二人で公園にきて遊ばせた。キャチボールの出来る年になる前に別れて、誕生日にグローブを贈ってやって、電話で今度一緒にやろうと言ったきりだ。今時分新しいお義父さんと二人でやってるのかもしれない。
20代後半の妻はいまだに若く色っぽく、男ずきのするタイプで、俺と別れてからも相手には困らなかったみたいだ。学生時代の同級生と再婚したらしい。
俺に残されたものはなにもない。
5年の結婚生活はいったいなんだったんだろう?
忙しくて構ってやれない日もあったが、夜には夫婦の営みはちゃんとあったのだ。いい女だった。感じやすく、すぐに俺を受け入れる柔らかい体の持ち主だった。けれども心のどこかで俺は深沢を求めていたんだろう。それを見抜いていた聡美。
一人身になってから2年、すっかりと自分がおじさん化しているように思える。営業という仕事柄、見た目は20代半ば過ぎを保っているし今日のような休日でもジップアップのシャツトレーナーにジーンズで、若作りしていた。それでどうってことはないんだけど...
携帯を取り出して、スクロールする。誰か暇にしてないか?峰岸か、だれか...
「あの...」
「...」
「あのっ、メールくれたのあなたでしょう?ブラックメタの携帯持ってる、Nさんって。」
「え?」
ベンチで顔を上げると私服だからよくはわからなかったけど、おそらく女子高生だろう。可愛らしい顔をした少女が立っていた。
「よろしくお願いします!」
そう頭を下げた。
「な、に?人間違いじゃないの?」
「そんな...Nさんですよね?メールで、あたしのバージン10万で買ってくれるって。」
はぁ?なんだそれ?俺じゃないのは間違いないけど、売りをやるようなタイプの子には見えないんだけどな...
「いろんな人がメールくれたけど、あなたが一番タイプでした。だからお願いします。」
お辞儀をするときに長い髪がさらっと肩からこぼれる。色を抜いてるんじゃなくってもともと色素が薄いんだろう。お小遣い稼ぎか?
「10万ね...いいけど、何でそんなにいるの?」
「明日の朝一にいるんです!その...お母さんの入院費、払わないと病院でなくちゃいけなくって...でも、うちにはもう一銭も残ってないから...そういうお店は18にならないと雇ってもらえないらしいし、とりあえず自分で稼ぐにはこれしかないって、友達が...」
妙に悲嘆にくれるわけでもなくさばさばと言ってのける。嘘を言ってるのか?
「やはり10万は高すぎましたか?でもほんとにあと10万いるんです!ほら、これ見てください!」
だされたのは本物の病院の請求書。¥101,350、ちゃんとのっていた。
騙されてやるか...
気まぐれだったと思う。実際にメールをしたNには悪いが、こんな世間知らずの子、騙してバージン奪ってそれっきりってこともあるだろう。
今の俺にはそんな気力ないしな。
「わかった、じゃあついてきなさい。」


少女は黙って後ろをついてくる。俺のアパートまで連れ帰った。
まったく、そんなに簡単についてきて何されたって文句言えないぞ?
俺も10万なんて持ち歩いていないから連れて来たんだけど...それは、今まで養育費として支払ってきた金額と同じだった。月々10万の金が封筒に入ったまま部屋に置かれている。
俺はなんだか不思議な気分になっていた。
買うつもりなんてまったくない。10万渡して帰してやるんだ。かっこいいだろ?でないとこの娘は、どこかの金持ってるおっさんにやられるんだ。息子の勇気の養育費に支払ったって思えばちっとも惜しくない...
「これを使いなさい。」
差し出した封筒を怪訝な顔で覗き込むと中身を確認して立ち上がった。
「ありがとうございます。」
真剣な顔をした少女はお辞儀をしたあと、いきなり上にきていたシャツを脱いだ。
「おい、そんなつもりじゃないからっ!ふ、服を着なさい!」
少女が見せる鎖骨の白さ、細い首、何もかもが綺麗過ぎて...汚してはいけない清純さと、それを蹂躙してみたいと思う男の欲望が持ち上がりそうになる。身体は、十分大人なんだ...
「でもっ、抱いてください。そんな感じしないからおかしいなって思ったんですけど、でも、どうせ来月もお金足りなくなるの判ってるんです!だったら...次に変な人に当たる前に、あなたが最初の人になってください!」
そのまま抱きついてこられて彼女の柔らかい胸の感触やシャンプーの匂いが鼻の下で甘く薫った。
「本当に、そんなつもりはないんだ...だったら、とにかく服を着て、話を聞かせてくれないか?」
彼女の肩を掴んでゆっくり引き離す。
俺にしては上出来なほど理性的だ。少女は服を着て、目の前に座りなおした。
「実は...母が倒れて、入院費に困ってるんです。うちは母子家庭なんで、預金もほとんどなくて、食べていくのに精一杯だったんです。保険が出るのはもう少し先だし、出ても全額出ないって民生委員さんが...だけど1ヶ月分の入院費を催促されて、払えなきゃ出てもらうしかないって。軽い心筋梗塞なんですけど、今は動かせないし、仕事なんて当分無理なんですよ?...それで友達がバージン売れば高いよって、携帯貸してくれて、あたしもってなかったから代わりにメールで相手募集してくれて、そしたら...」
「はぁ?でも、他に方法があるはずでしょうが...そんなこという友人は友達じゃないな、付き合わないほうがいい。」
真面目な子なんだ、思いつめちゃって...そういえば深沢も両親早く亡くしたりして苦労してたんだよなぁ...ちょっと重なったりする。
一生懸命で、人を騙すなんて考えられないんだろうな、この子は。
「...どうすればいいんですか?わたし、もうわからなくて...相談できる大人の人なんていないし...」
必死で涙を我慢してるのがわかる。気丈にも泣くまいとしてるのだろう。いい傾向だ。泣けばすむと思っていては何事も解決しない。

収入は彼女がファーストフード店で得られるバイト代のみらしい。それもアパートの家賃で消えてしまう。月々10万以上の治療費は、そのうち申請すればいくらか返ってくるだろう。高校は育英奨学金で通っているから大丈夫らしい。それだけ成績もいいのだろう。
「じゃあ、最低月々これだけいって、君の収入がこれだけか...どう頑張っても入院費が間に合わないなぁ。」
真剣に机の上で広告の裏に数字を並べていく。真剣な顔で覗き込んでくる少女をみてると何とかしてやりたくなった。
「君、えーっと、名前まだ聞いてなかったか...」
「あ、そうですね、わたしは君島瑠璃です。S高校2年生で、えっと、これ、学生証です。」
オイオイ、こんなものすんなり見せていいのか?俺がその筋の人だったりしたらどうするんだ?まあ、信用してくれてるんだろうな。
「俺は中村、中村真吾だ。ただの会社員だけど...はい、これ免許証。」
「...15上なんですね。」
「まあ、そういうことだ。悪いことは言わないから身体売ったりする前に、精一杯やってみろよ。その10万はあげるから、返さなくてもいいお金だよ。」
「そんなのダメです!これ、ありがたくお借りします。必ず返します!いつになるかなんてはっきりいえませんけど...その分、何かさせてください!炊事とか、洗濯とか、掃除とか!」
「いやそれは...」
「誰かする女の人とか、いらっしゃるんですか?」
「いや、誰もいない。離婚してね、男ヤモメのわびしい暮らしだ。いまのとこ来てくれる彼女もいないしね。」
「じゃあ、彼女が出来るまでの間させてください!」
じゃあ今日から!そういって立ち上がった瑠璃は、冷蔵庫の中身を覗いて顔をしかめた。
「男ヤモメの冷蔵庫に期待するな。買い物でも行くか...君も食べていけばいい。」
ぱぁっと笑った顔が可愛かった...

さすがによくやってるのか、料理は上手かった。安い食材で上手に作れる。掃除や洗濯も手際よくやる。
いい娘なんだ...売りなんてさせちゃいけない。
俺の中におせっかいな保護欲が生まれてくる。
「電気代や食費浮かすんだったらここを使っていいからな。電気やガスも止められてるんじゃないのか?さっきの計算じゃ食費や電気代まで出そうにないしな。バイトの合間にここで洗濯してもいいし、風呂使ってもいいし、食事もしたければここですればいい。ついでに俺の分もしてもらえば助かる。ちゃんと学校行って、バイトいって、その合間でいいから。どうせ俺は夜中近くまでここには帰ってこないし、土日も仕事の日もあるしな。食費はそのつど言ってくれれば出すよ。いらない日は連絡するし、できるだけ切り詰めて入院費の足しにしなさい。それでも足りない分は出してあげるから。その分は君の家政婦代だ。だから、君は余裕が出来たら10万返してくれるだけでいい。」
それを聞いた瑠璃は驚いた顔をした後一生懸命笑おうとした。けれどもその笑顔はいつの間にか泣き笑いになって、大きな瞳からはぽろぽろ涙が零れ落ちた。
何で今泣くんだろう...我慢して張り詰めていたものが切れたんだろうか?
「ありがとうございます...中村さんって、ほんとにいい人なんですね。あたし、間違えてよかった...」
肩を抱いてやるわけにもいかず、ただ泣いてる彼女にティッシュボックスを差し出すだけだった。



瑠璃はほんとにいい娘だった。
贅沢に慣れてなく質素に育っていて、無駄なことは一切しない。最近の女子高生のようにすれてない。遊ぶお金も暇もないからというが、彼女は母親の苦労を必死で助けようとしていたのだ。だから合鍵を渡して自由に出入りさせた。それから...
「いいんですか?ほんとに...」
時々、飲み会で帰ってきても作ってある夕食をみて胸が痛んだ。仕事中は電話に出れないこともあるから来てることすら知らなかったりするんだ。
「それで、メールで連絡してくれればいいから。」
手渡したのはプリケー、こうすれば連絡も取りやすい。最近のプリケーはメールも出来るからね。
「うわぁ、携帯だ...みんな持ってて、いいなって思ってたんだ...」
ほとんどの高校生が持ってるという。瑠璃も羨ましかったんだろう。嬉しそうに微笑んだ。
「いつも美味い飯作ってくれるお礼だよ。通話料、なくなったら言いなさい。」
「ありがとうございます!!でもほんとに、中村さんはどうしてここまでしてくれるんですか?」
「それは、瑠璃がいい子だからだよ。おせっかいな親戚の叔父さんでもいたと思ってくれ。」
名前で呼んでいた。チャンをつけるとすごくいやらしく聞こえたから。
「そんな...叔父さんだってこんなにしてくれないよ。まるでお父さんみたい。お父さんがいたら...」
お父さんか...少し胸が痛むな。まあ俺がこのこぐらいの時にまだオムツしてるんだもんな。
「じゃあ、お父さんでいいよ。子供が急にでかくなったって思うことにするから。」
「中村さん、息子さんじゃなかったですか?」
「そうだけど、まあ今は男が女になってもおかしくない時代だからね。」
「ひどい、わたしオカマじゃありませんよ!」
少し頬を膨らまして拗ねた表情を見せる。この甘えた表情もぜんぶ、お父さん相手か...
瑠璃の父親は彼女が幼い時に別れたらしい。母親が36だって言ってたから、そっちのほうが近いもんな、俺。
いかん、ため息なんかついてちゃだめだな。けれども彼女が来はじめてから、飲み歩かなくなったし、バーで女性を引っ掛けることもなくなった。これって、よくないんじゃないかな?このままじゃ彼女できないんじゃ...?
まあ、お母さんが退院して、生活が安定し始めたらここには来なくなるだろうから、それまでだろうから...
瑠璃はすごくよく身の回りの世話を焼いてくれた。でしゃばることなく気を使いつつ...
一人の孤独感からも解き放たれた。
メールや電話で連絡を取る相手がいて、返事はすぐに帰ってくる。
ただあまりにも可愛くて、微笑んでくれるのは嬉しいけれども少し辛くって...
自分が男であることが悲しくなってくる。
彼女をそういう相手に見たくないのに、夢に出てきて俺を誘う。
もうやばいくらいに...
禁欲生活が長いからか?
そういう店にでも行って処理してしまおうか?そんな気にもなれないのにそう思ってしまう。


『今日は会社の飲み会だから、夕飯はいらない。中村』
夕方メールを打っておいた。久々の飲み会。三谷がいなくなって、こっちに女の子が流れてくる。独身気分でって独身なんだけど...久々に女の子のお持ち帰り。
総務の美穂ちゃん。終電なくなったから泊めてくださいって、それはOKってことだよな?ここんとこシテないから飢えちゃってるみたいだ...別段好みでもないのに、ついつい誘いに乗ってしまった。
「ここ、俺の部屋。」
「あれ、電気ついてますよ?」
「おかしいな?切り忘れたのかな...」
そこそこ酔いの回ってる俺はドアノブに手をかけてぎくりとした。
鍵があいてる...
まさか、瑠璃が来てる?
「おじゃましま〜す♪」
躊躇する俺を尻目に部屋の中に上がりこむ美穂ちゃんと、笑顔を凍りつかせた瑠璃が玄関でお見合いしていた。
「瑠璃、えっと同僚の子でね、電車がなくて困ってるんだってさ。」
机の上には夕食が並んでいた。
「あれ、メール見なかった?今日は飲み会だって...」
「プリケー、切れてたから...ごめんなさい、帰ります。」
「待ちなさい、こんなに遅い時間に...どうやって帰るんだ?」
普段は車で送ったりしている。けれどもなんでこんな時間までここに居たんだ?
「あたしも帰ったほうがいいですよね?娘さん、のはずないですもんね。」
美穂ちゃんが申し訳なさそうに申し出た。
「親戚の子なんだ、娘みたいなもんで...けど今日はそうしてくれると助かるよ。」
瑠璃に部屋にいるように言いつけて、美穂ちゃんを連れて通りに出てタクシーを拾った。1万円渡して気をつけてと見送った。

「瑠璃、悪かったな。明日新しいカード買っとくから...」
「さっきの人、恋人じゃないんですか?」
「まあな、恋人になるかもしれなかったけどね。お酒の席での乗りだから、気にしなくていいよ。そういう人が出来たらちゃんと瑠璃にも言うから。」
なるべく父親らしい言葉を選んだつもりだった。
「今日はタクシー捕まえてあげるから、帰りなさい。お酒入ってるから運転できないし。それに、こんな遅い時間までここにいちゃいけないよ。」
「どうして?いちゃいけないんですか?」
「それは...」
「あたしが女だから?ちゃんと女の人って見てくれてるの?」
「まさか、君に悪い噂立ったらいけないだろ?未成年なんだし、俺たちがこうしてるの他の人が見たら、援交してるように思われても無理ないだろうから...」
「あたし来ない方がいいですか?」
「そうだね...」
「母の退院が決まったんです。中村さんに報告したくって...あ、りがとうございました。」
「そうか...おめでとう。よかったな...」
さっき美穂ちゃんを送っていった道をまた戻る。
「あの...さっきの方、いくつぐらいの女なんですか?」
「短大出だから、22だったかな?」
それでも俺と10は違うんだ。
「あの、もう来ません...お金はちゃんと返しに来ますけど、こんな遅くには、もう来ません。だから、あのっ、今までありがとうございました!」
もうこない、もう瑠璃はこの部屋には来ない。
瑠璃の作ったご飯を二人で食べることもない。
明かりのついた部屋にただいまといって帰ることもない。
綺麗に洗濯してきちっとたたまれた下着を着ることもないんだ...

タクシーに乗せてお金をわたすそのとき、瑠璃の冷たい指先が俺の指を掠めた。そのとたん指先から何かが零れ落ちていく気がして、胸が締め付けられて、去っていくタクシーのテールランプから目が離せなかった。
これでいいんだ。
俺は元の生活に戻るだけだ...

けれどもすぐには部屋に戻る気にもなれなくて...
戻っても、もうあの娘は来ない。
馬鹿みたいに何を期待してたんだ?いい年したおじさんが、さ...
ぶらぶらと夜のあの公園に行ってみた。ここで初めて出会った。むこうが間違って声かけてきたんだ。
今夜美穂ちゃんを口説いて物にしてどうするつもりだったんだろう?結構遊んでる噂のある子だ気軽にセックスして楽しめばよかったのに...どちらも帰さなくったってよかったのに...俺は何をやってるんだ?
いつの間にか降りだした雨にまで馬鹿にされた気がして、やりきれないまま暗い空を見ていた。

だから馬鹿なんだ。
年を考えれば風邪引くぐらいわかるだろうに...
38度6分
どおりで頭が痛いはずだ。仕方なく布団に包まっていたけれどやたらと寒い...
一眠りしても熱が下がった気はしない。薬を取りに行く気力もない。
今何度ぐらいなんだろ?これは39度は越えてるだろうな。
誰かいるんだろうか?気配は感じるけれども目が重くて開かない...
冷たい...濡れたタオルが置かれて、気持ちよかった。
何かが口を割って入ってくる。冷たい飲み物とともに...
瑠璃か?まさかな、もう来ないと言った。
「瑠璃?」
声に出して呼んでみる。もう逢えない?
「瑠璃...」
いつの間にあの娘の存在がこんなにも大きくなったんだろう?
なにもしないから、何もしなくていいから...
「そばにいてくれ...」
目頭が熱くなる。泣いたのは何年ぶりだろう?聡美と離婚した時も泣かなかった。けれども息子の勇気と別れた後、最後にかかってきた電話をきった後泣けた。
もう会うことの出来ない俺の息子...
瑠璃、もう逢うことのない俺の...俺の...
『そばにいるから...』
優しい声が降りてくる。
「寒い...」
『すぐに暖かくなるから...』
何か暖かいものに包まれた気がして、俺は深く眠りについた。



意識が戻っていく。
頭は重く、身体も鉛のようだった。
腕の中に温かくって柔らかい塊。
そっと手を這わせる。すっぽりと自分の腕に抱え込めるそれはすりすりと寄ってくる。
それからおでこに当てられた手...
「よかった、熱下がったんだね。」
「る、瑠璃!!なんで...どうした?」
「どうしたって、熱だしたのは中村さんでしょう?鍵返すの忘れてたし、携帯も返さなきゃって思って。ここに自分のものも一杯置いてるし、それも取りに来なきゃって...そしたら、中村さんすごい熱だして寝てるんだもん。何言ったって返事しないし...薬飲ませて、寒いって言ったから、暖めてたの。」
「だからといって、男の布団に潜り込むんじゃない!」
「...お父さんだったらいいんでしょう?」
「...」
「ね、あたしを抱きたいって思う?」
「瑠璃?」
「あたしは、中村さんのことお父さんみたいなんてもう思えない。最初は、こんなに優しくしてくれるのって、お父さんみたいって思ったわ。あたしおとうさんあんまり知らないから憧れもあったの。けれども中村さんったらけっこうずぼらだし、子供みたいに一生懸命野球中継見たり、サッカー応援したり、あたしの学校の宿題ムキになって解いてみたり、あたしの隣でご飯作るのおもしろそうに見てたり、目の前で笑っておいしいってご飯食べてくれたり...あたし、奥さんにでもなった気分になっちゃってた。そしたら女の人連れてくるから、あたしもショックで...でもそんなの当たり前で、中村さんは大人なんだし、あたしみたいな子供相手にしてくれないのもわかってた。だけど、あの時先にあの女帰して、あたしを後にしてくれた。だから、今日もう一度だけ逢って、全部返してからお別れしようと思って来たの。そしたら熱だして寒いって...あたしの名前呼んでくれたから。あたし、暖めてあげたかったの。」
瑠璃の手がすっと俺の首筋に絡みつく。
「中村さんが、真吾さんが好き...」
「瑠璃...俺は、俺も、瑠璃が好きだ...だけど、こんな年の離れたおじさんでもいいのか?」
瑠璃の顔を覗き込む。ふふっと柔らかく笑う彼女
「最初に見たときから好きだったと思うの。だってあなたにだったら抱かれてもいいって思ったんだよ。」
黙って瑠璃を抱きしめた。熱があるくせにやたらと欲情する体が恨めしかったが、まあ元気になりつつある証拠だろう。
「こんなバツイチ男でよかったら...側にいてくれ。お母さんが退院してきてからも、ずっと、ここに来いよ。なんなら住み着いたっていいんだぞ?金は一生返さなくていい!俺は受け取らない!あんなはした金で瑠璃を繋いで置けるなら...」
この言葉の意味すること、瑠璃にはわかるだろうか?
ここにずっと...その時は抱きしめるだけじゃすまないけれども...
またあがってきた熱と欲望と戦いながらも、意外と抱きごごちのいい瑠璃の身体の感触を楽しんでいた。それだけで幸せな気分。いつかこんなおじさんなんか嫌になって目の前からいなくなるかもしれない。それを考えたらこうやって抱きしめられるだけでも幸せだと思うことにしよう。
「さっきね、お薬飲ませるのに口移しで飲ませたんだけど、気がついてないよね?」
「そ、そうなのか?」
くそ、キスも我慢しようと考えていたのに...もうしたのか?
「だから、ね?」
俺の考えを読んでるのか、可愛らしい顔を目の前に持ってくる。
「いいのか?キスしても...」
頷く彼女の小さな唇にそっと重ねる。一瞬だけのキス。
「んっ?」
「風邪、移ったらヤバイだろ、おしまい。」
不服そうな顔でふくれっつらする瑠璃が可愛い。一番不服なのは俺なんだけどな...


それからしばらく、休みの日、朝早くから尋ねてきては俺の布団に引きずり込まれる瑠璃がいた。その時はキスのおまけをつけて...
そのキスが、時々濃厚になってしまうのは押さえ切れない俺が悪いのか、挑発してくる瑠璃が悪いのか...



「な、中村君!?その娘、彼女って...」
「ああ、君島瑠璃、17、高校2年生だ」
「ご、ご結婚おめでとうございます!」
同僚の深沢奈津美と後輩の三谷浩輔の結婚式には二人揃って教会に参列した。
新郎新婦の目は点になっていた。俺だって、こんなとこに連れてくるのは恥ずかしい。
なんといっても援助交際のように誤解を受けるからな。
確かにいまだに援助はしてるけど、俺はまだ手は出してないぞ!キス止まりなんだからな!
この努力を誰か認めてくれ。
制服で行くと瑠璃はいったが、俺はボーナスで瑠璃に綺麗なワンピースを買ってやった。
こんなの着たことないと泣きながら喜ぶ彼女を見ていたら何でもしてやりたくなる。
出かける前に迎えに行くと、学校にはいていく靴を履いて出てきたのをみてそのまま靴屋に連れて行った。
初めてのヒールでふらつく彼女を支えながら後輩達の痛い視線を受けていた。
『ずるいっす!中村先輩、そ、そんな女子高生だなんて、犯罪です!』
『どこでナンパしたんですか?しんじらんねぇ!!』
二次会で後輩達から罵声が飛ぶ。上司はもう見ぬ振りだろう。
なんといっても自分の娘と変わらない年なんだから...
『あたしから、ナンパしたんですから、誤解しないで下さいね
今も押しかけてるのはあたしのほうなんですからね!』
みんなの前で堂々とそういってのける可愛い奴。
だけど、俺のほうがメロメロなのはもうばれてるよな?

二次会の後、うちに帰らないとごねる瑠璃を引き離すのにどれだけ心が痛んだか。
そろそろ我慢も限界のようだ...