「おぉ〜、やっと国境の手前まで帰ってきたなぁ。ジェイク、俺はちょっくら先に行ってお前さん方の帰国を知らせてくるわ。」
ガルディスがそう言うと国へ入る一本道をトルバで駆け出した。
「おい、そんなわざわざ...もういっちまった。気、利かせたのかな?」
そんなに長い旅にはならなかったが、帰る道がてら彼はジェイクたちに気を使いっ放しであった。
「リィン、国に帰るのは久しぶりなの?」
「あぁ、ガーディアンに入ってからは一度も戻ってはいないけど、なんだ?」
ガルディスと同行している間にリィンの口調は元に戻ってしまっていた。トルバには二人で乗ってるのだから、リィンが軽く振り返って見上げた先には俺の顔があるはずで...
「ん、家はまだあるの?昔住んでた。あと親戚とか知り合いとか...」
リィンの髪に軽くキスすると露骨にいやそうな顔してる。全然慣れてくれない、なんでだ?
「ないよ。それより外でこういうことするなって言ってるだろ?私はまだガーディアンの仕事を続けるつもりなんだから、人前でキスしたりベタベタしたりするのはごめんだよ。わかるだろ?」
わかる...そういう女だってわかるとまた男どもに言い寄られるし、今までの信用も失うってことは。でも...
「今は誰もいないぜ?それでもだめなの?」
「癖がつくから嫌なんだ!ジェイクは、キス魔だし、抱き癖もあるみたいだしね。」
トルバの手綱を持つ以外の手は当然リィンの腰に回ってる。リィンはその手をぴしゃりとたたいてみせた。
「ふぅん、そんなに嫌いなの?リィンのこと抱きしめたりキスしちゃいけないの?だったら俺はどうすればいいわけ?いつならシテもいいの?ねえ、リィン?」
「うぅっ、それは...」
下を向いて真っ赤になってるリィンがいる。可愛いじゃないか、要するに照れくさいんだ。急にガルディスもいなくなったりするから。
「じゃあ、帰っても行くとこないんだったら俺んちへくるんだよ。宿舎になんて行ったら承知しないからな。」
命令口調で言ってみる。ガーディアンには家族のない者の専用宿舎もあるにはあるが、食堂や風呂のついてる寮みたいなところだ。そんなとこに入られたら夜中に忍び込んでも行けやしない。皆の目が光ってるはずだから。
「ジェイクの家って、総帥のご自宅になるんだろ?嫌だよ。」
「だ〜め、俺の部屋に泊めてあげるさ、っていうかリィンのうちにもなるんだぜ?そのうち、いやもっと早いかもしれないよ。親父なんかすぐにでも結婚させるつもりみたいなこと言ってたし...」
「なんでジェイクの部屋なんだよ!それに結婚なんて、そんな、仕事だってあるのに。そんなことしたら...」
「そんなことしたら?」
「体がもたない...」
「あははは、リィン、可愛いよほんとに!」
思いっきり後ろから羽交い絞めにする。まったくその通りなんだけどね。いつだって俺はリィンが欲しいんだからしょうがない。
「じゃあ、決まりだ。決まったらさっさと帰ろうぜ。」
嫌がるリィンを無視してトルバを走らせて、街の入り口へと向かった。
ガーディアンの街は、数少ない平原に存在するが、山々と外壁で囲まれてもいる。街といってもそれ自体が営利団体だからそれぞれ意味のある構成になっている。居住区、商業(生産)地区、訓練施設と宿舎などのある本部だ。俺達はまず本部に向かった。
「チームAジェイク・ラグラン、チームSリィン・クロスただいま戻りました。」
本部の受付でそう報告をする。いつもならその部署にあわせての上官に挨拶と報告をすればあとは自由だ。今回の総指揮を取っていたドン・クリオか、銀の王国の件も絡むので親父でもある総帥のどちらかなはずだ。もっともガルディスが先に来てるので出迎えがあってもいいはずなのだが?
「ジェイク!大変だ!」
奥からガルディスが血相抱えて飛び出してきた。
「シ、シルビア皇女が、来られてる!せ、正式訪問だと!お前を国に連れて帰るって!」
「はぁ?何を言ってるんだ?」
「だ〜か〜ら、お前さんと結婚する気で乗り込んできてんだよ!」
「え〜〜〜っ!!」
あいた口が塞がらなかった。確かにグラナダ王国とは直線距離にすればそんなに遠くはない。急げば5日もあれば着けるだろう。俺達はかなり遠回りして帰ってきたしな。でも計算すると俺達が出た後にこっちに向かったって計算になるぞ?お姫様連れじゃそんなに急げないだろうけど。まあ、国制をとっていた頃から親交もあったし、今じゃお得意様だ。けど彼女は戴冠式済ませたばかりでそんな余裕ないはずだ。
「おばば様が違約金払って向こう引き上げてきただろう?なんか女の感か知らないが、『私今からジェイクのところへ行きます!』って大臣連れて来ちまったらしい。と、とりあえずややこしくならんうちに、リィンと二人どっかに隠れてたほうがいいんじゃないか?正式な婚約申し込みらしいから。」
婚約?なんでシルビアと婚約しなきゃなんないんだ??
「リィン?」
彼女を振り返ると呆れた顔で腕組みしてる。
「宿舎にでも行ってくるよ。じゃあな、ジェイク」
「な、待ってくれよ!リィン!」
めちゃくちゃつれない言葉を残して立ち去ろうとする彼女を必死で引き止める。
「ジェイク様〜〜〜♪」
げっ、背中に突き刺さる甲高いシルビアの声...ちょっと悪寒が走った。振り向くとぞろぞろと大臣やらを従えて受付まで出てきている。その後ろには疲れた顔の親父と呆れ顔の母上までが揃っていた。
「お待ちしてましたのよ〜!私あなたと結婚して差し上げますわ!グラナデ王国の国王はあなたよ!」
ニコニコ顔の大臣もうなずいている。リィンが俺の手を振り解こうともがいているが離さない。ぐっと引き寄せて皇女達の方へ向き直り叫ぶ。
「なんなんです?いったい!!」

とりあえずシルビア皇女御一行には別室にお引取り頂いて、俺たちは総帥に報告の礼をっとった。前総帥のヒルブクルス卿である俺の爺様まで出ばって来ている。
「ほほう、そちらがジェイクがベタ惚れという彼女かな?美丈夫じゃのぉ。いやいや、なかなか。」
「いきなりなんだよ、爺様!」
嬉しそうに白いひげを撫でつつリィンの側までやってくる。
「お初にお目にかかります、ヒルブクルス前総帥殿。」
リィンは落ち着いた態度で胸に手を当て礼を取る。俺はまだなんだか落ち着かなくって、わたわたしていた。
「いい加減落ち着かんか、ジェイク。彼女の方がよっぽど肝が据わっておるぞ、情けない。」
ばしりと頭をはたかれた。こういうとこは昔っからで、いつまでたっても俺はガキ扱いだ。
「やめろよ、爺様!それどころじゃねぇだろ?親父、なんでシルビアが...」
「正式な申し込みだ。それも王位継承を受けられた方直々でもあるし、国の議会の許可書も持参されておる。むげに断って帰れとも言えぬ。なんとか判ってもらえ、ジェイク。」
親父がいつもながらに冷たい口調で言い放つ。そんな、あのお姫様にどう言えば通じるっていうんだよ?
「それに、シルビア皇女様はお前とは恋人同士だと申しておりましたよ。」
親父殿の後ろから母上が現れる。40過ぎてるって言うのに相変わらずの美しさだ。自分の親を褒めたってしょうがないけど、白い肌に黒い髪は艶やかに結い上げられ、どう見ても10は若く見える。俺といたって親子には見えないんじゃないかな?反対に親父はそこそこ老けて見えるから夫婦なのに親子に見えるぜ。色っぽいというよりも清楚なタイプだからよけいに若く見えるんだろうか?久しぶりに会って自分の母親に見とれてる場合じゃない。
「違う!俺はシルビアとはなんでもないよ。俺の恋人はこっち、リィンなんだからね、母上。」
リィンがすっと膝を折って騎士の礼をとった。おい、それは男性が女性に対してとる礼だろう?
「リィンさん...立って頂戴、話は聞いております。ナイジェルの娘でしたのね。髪、そのままで通されるの?」
リィンは混乱を招くためにいまだ黒髪の鬘をつけている。それをすっとひくと彼女の見事な銀の髪が現れた。母上はそっとリインを抱きしめた。
「アイリーン様...?」
「お帰りなさい、リィンさん。」
自分よりも背の高いリィンをまるで我子の様に抱きしめ、その髪を撫で梳く。
「あ...、私は...」
アメジストの瞳を濡らして、リィンが静かに泣いていた。リィン自身がその涙の訳を理解出来ないでいるのだ。
「シルビア様の件は殿方達にちゃんと断っていただきましょう。リィンさん、あなたとお話したい事がたくさんあるのよ。おばば様もまだここに残ってらっしゃるから3人でお話しましょう。さあ、館のほうへどうぞ。」
母上は誰にも逆らえないような嫣然たる微笑を浮かべて俺達を振り返るとこう言い残していった。
「くれぐれもリィンさんを悲しませるような結果にならないよう、しっかりね。」
二人は昔からの知り合いのごとく仲よさそうに出て行ってしまった。残された男たちはお互いに顔を見合わせてため息をつく。
「親父、どうすんだよ?ちゃんと断ってくれよなぁ。」
「いや、お前達の気持ちは良くわかっているが、どうもあのシルビア様はとんでもなく思い込んでらっしゃるぞ。お前本当に何にもしてないんだろうな?」
親父殿が疑い深い目で俺をみる。信じろよ、自分の息子を!
「当たり前だろ!依頼主に手出してどうするんだよ。確かに護衛中は逆らわないようにはしていたが、手なんか出すかよ、俺が惚れてるのはリィンだけなの!」
拳に力を入れて思いっきり叫んでいた。爺様がにやにやしながら近づいてくる。なんだ?
「それで彼女に、もう手は出したのか?ん、ジェイク。」
「じ、爺様!なっ、なにいってんだよっ!俺は、その、えっと...」
なんかばれてるんだろうか?顔が紅くなるのが判る。
「だったら、お前さんがお姫さん説得してみな?」
爺様の冷たい一言だった。

俺はシルビアは苦手だ。彼女はめちゃめちゃ思い込みが激しいし、人の話なんてちっとも聞きゃしない。都合が悪くなると泣き叫ぶ、目下のものにはひどく高圧的な態度をとるくせに、好みの男の前ではやけに甘ったるい声をだしてしなだれかかってくる。聞き分けの良い分、色街の女たちのほうがずいぶんとましに思える。
(なんていえば良いんだよ?下手にリィンの名前出したら何しでかすかわかんないしなぁ。)
確かに外交的には断る方法はいくらでもある。だから親父達がグラナダの大臣や側近方を別室で説明を交えてお断りをしてくれてるはずなのだ。問題はいかにシルビアを諦めさせるかなのだ。まだ18の、この間王位継承を受けたばかりのお姫様だ。ただ国を治めるのに向かないことは誰もが承知していることなので、夫君が見つかるまでは大臣が納める摂政制をとると聞いている。お飾りの君主でも、中身は世間知らずの女の子だ。育ちが育ちな分だけ手に入らないものはないと思っている。望むものは総て手に入れてきた筋金入りのお姫様なのだ。政治的に断られてもおそらく納得しないだろう。あぁ、気が重い。ドアに手をかけるが、入りたくない気持ちの方が強い。
「シルビア皇女、入りますよ?」
「ジェイク〜〜〜!!」
入ったとたんに抱きついてくる。
「は、離れてください!シルビア、誤解のないように言っときますが、私はあなたとは結婚できません!」
「まあ!ジェイク、心配しなくってもよろしいのよ!議会でもあなたを私の夫に、グラナデ王国の君主にふさわしいと決議も頂いてまいりましたのよ。もうなんのためらいもございませんことよ!」
「違いますって!だ〜か〜ら、その前に離れてください!!」
結構真剣に怒った声を出すと意外や、すんなりと離れてくれた。
「あなたと私はあくまでも契約上の依頼主と護衛者でしかなかったはずです。怪我の後の治療にご助力いただいて感謝しております。けれど...」
必死で説明しようとするがすぐにまたけたたましく言葉を奪われてしまう。
「もう仰らないで、それ以上!私の為に命をかけてくださったあなたがどんな気持ちを秘めていらしたかなんて、充分に想い計らえましてよ?けれどもう遠慮はなさらずに、私の手を取ってくださいまし。あぁ、在国中に言って下さる物と思っておりましたのに、私が戴冠式などで忙しくしてる間にお帰りになったりして...気を使わせてしまいましたわね。ですから今回は、はしたなくも私のほうから参ってしまいましたのよ。どうかレディに恥をかかさないでくださいませね。」
勝手に自分の世界に入り込んでしまっている。うわ〜、これって始末がわるい!
「だから、そんな事言われても私はグラナデには行きませんてば!」
必死でしない、行けないを繰り返すのだが、延々半時はこの押し問答が続いたのであった。

「とにかく、あなたとは婚約するつもりはありません。私はガーディアンを続けますから!」
「大丈夫ですってば!きっと大臣があなたの父君を説得してくださるわ。息子が大国の国王になるのをいとわない親がいるものですか!」
すべて自分の定規である。
(たのむ、だれか助けて...)
「いますってば、そういう親も!私は自分の添い遂げる人は自分で探します。私と共に戦える強い女性を捜しますから、どうかもう勘弁してください。」
そういった瞬間シルビアの目がきっと細まった。な、なんか怖い目になってるぞ?
「強い女、そう...そういうことなの。あの女がいるからね?そうなんでしょ!」
うっ、やっぱり言い方がまずかったか?
「違いますってば!そうじゃなくて、俺は王様になんてなりたくないんです!剣士として、ガーディアンとして生きて行きたいんです!お願いですから、わかってください!」
「そうあの女...」
き、聞いてない...。その時ドアが開いて親父等をはじめグラナデの大臣達も入ってきた。こちらは親父の説得が功を奏したのかがっくりと肩を落としている。
「ジェイク、話はすんだのか?」
シルビアの表情を見て、少なくとも説得に失敗はしていないと思ったのだろう。大臣もほっとしたような残念顔をした。
「残念でございます。ジェイク様のようなお方が我グラナデ王国を担っていただければ、これ以上ない喜びではありましたが...この度はこちらの早合点でご迷惑をおかけいたしました。」
生真面目な大臣は深々と頭を下げた。
「すぐにでも国に戻りたいところですが...なにぶん強行軍でこちらに参りましたものですから、日を改めて立ちたいのですがよろしいでしょうか?」
大臣は総帥である親父の方を見て許可を求めた。ここが国交を持つ国ならば、色々と歓迎の催しものが続くはずなのだが、ここはガーディアンの本部、まあいえば軍の本部みたいなものだ。そういった施設はあまり残っていない。ただ一箇所を残しては...
「判りました。総帥邸が唯一旧国の施設を残しております。そちらに宿泊の用意をさせましょう。ただ、充分な御もてなしは出来かねますが、よろしいでしょうか?」
構いませんと大臣は答えると、まだぶつぶつ言っているシルビアを連れて控え室へ戻っていった。
総帥邸って言うのは、つまりのとこは俺んちだよ、やばいじゃないか!リィンも泊めるって言っちゃったのに...シルビアのあの様子じゃリィンにいったい何をするやら、前から彼女にきつく当たってた。まぁ、リィンはこたえてなかったみたいだけれど。
なんか家に帰るのが怖い気がする...。

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