俺は急ぎ館へと戻った。
母上とともに先に帰ったはずだから、応接間か母の部屋にいるはずだ。それとも客間をリィンに与えたのだろうか?いやそれは無理だろうな。グラナダの方々を招きいれたら一杯になってしまう。もっとも元々が王国のものだけあって、建物が左手側の公の部分と右手側の私的な部分に分かれている。俺が住み育ったのはもちろんプライベートゾーンだから、右手側の建物で家族用にとかなり改造はされている。
「あれ?母上、リィン、どこですか?」
見当たらない...ちきしょう、このままじゃ母上にリィンを独り占めされちまう。なんせ俺が幼少の頃から『女の子が欲しかったのよ。』といってた記憶がある。俺も弟か妹が欲しかったが、母上の身体では俺一人産むのが精一杯だったらしい。
(リィンなら2,3人産めそうなんだけどなぁ。仕事続けるって言ってるしなぁ...はぁ、もしかして、リィン俺と結婚なんてしてくれないんじゃないんだろうか?)
ほんとはすぐに結婚なんて二人とも考えてなかったはずだ。でも俺がリィンに手出したって気がついてる親父は『責任!』とか言ってたし、おまけにシルビアがあんなこと言ってくるからよけいに結婚を考えちまう。そりゃ1日だってリィンと離れていたくない。たまたま今回は一緒のミッションだったけど離れてしまえば何ヶ月も逢えないなんてざらだ。まぁ、他のガーディアンたちは家族をここに残してるんだが...。
「ほらやっぱり!とってもよく似合うわ〜!」
「ですが、アイリーン様...」
ん?母上のクローゼットルームの方から声が聞こえるけど?
「母上、リィン、そこにいるんですか?」
「まぁ!ジェイクよ、ちょっと待ってて、すぐにそちらに行きますからね。」
しばらく待っているとドアが開いて母上が出てきた。
「ジェイク、お待たせ!」
母上に引っ張られて出てきたリィンは...。
「リ、リィン?」
初めて見るリィンのドレス姿だった。
「ジェイク、ぽかんと口開けてないで何か言うことあるでしょ?」
一瞬、息をするのも忘れるほど目を奪われていた。
「綺麗だよ、リィン。もの凄く!!」
銀の髪をゆったりと結い上げて、頬には後れ毛がふんわりと落ちている。ボトルネックっていうのかな?首にかかったドレスはそのままま胸元でクロスしている。胸の谷間なんて見えないけど、リィンの胸の傷をうまく隠している。そのかわりに肩とか背中がむき出しだ。アルコールは絶対に飲めないな、これじゃ...
薄く光沢のある絹の布地は引き締まったリィンの体のラインを浮き立たせて、いつもと違う、いや俺だけが知ってるリィンの体のラインに張り付いていた。
(くそっ、めちゃめちゃ色っぽいじゃないか!絶対他の男には見せらんない!!)
「あれ、リィンドレスなんて持ってたっけ?母上、このドレスは?」
「私のよ。ちょっと大き目のだとか、裾引きずるタイプだとちょうどいいのよ。ねっ、綺麗でしょ、似合うでしょ?なのにリィンさんたらすぐに脱ごうとしちゃうのよ。」
肩と袖のあるのはダメだけれどと付け加えながらリィンを無理やり俺の前に立たせる。母上はえらく満足げだ。照れて下向いてるリィンは凄く恥ずかしそうに自分の片肩を抱いていた。おそらくこんな格好をしたのは初めてなんだろうな。
「私は、いいって言ったんだが、アイリーン様が...」
「綺麗だよ、リィン、めちゃめちゃ綺麗だ!他に言葉なんて出てこないよ。誰にも見せたくないな、このまま閉じ込めておいときたいぐらいだよ。」
そっと近づいてリィンの手を取る。まともにこっちを向けない彼女はまだ下を向いている。ここに母上がいなかったら、強引にこっち向かせて、抱きしめてるはずだ。
「だめだよ、下向いてちゃ。俺が今まで見た女性の中で一番美しいよ。どこの姫君よりもずっと!だから顔をあげて、ほんと綺麗なんだから。」
「だめだよ、恥ずかしいんだ。こんなの着てどうやって立ってればいいんだ?」
「そうだな、歩いてる時なら俺の左腕につかまってればいいんだよ。お辞儀は母上に教わってごらん。リィンはすぐに男の礼をとる癖があるからね。ダンスは俺に合わせればいいし...」
母上が優雅にお辞儀をしてみせる。リィンもそれをまねてみたが、ふとおかしな表情をしてこちらを向き直る。
「ん?ちょっと待って、このカッコでどこかに出て行けって言うんじゃないだろうな?」
「えっ...とね、今晩グラナダの方々を招いての晩餐会に近いものがあると思う。多分それに...」
充分なおもてなしは出来ないと親父殿は言っていたが、それ用の広間もあるし、昔の名残で今まで国交のあった国の重鎮が尋ねてこられた折にはそれらしきものを開いていた。だから世襲制でないのにヒルブクルス家が代々総帥を務めてるのはこの建物が我が家個人の持ち物であることとそれなりの教養を兼ね備えており、他国のトップと相対しても恥ずかしくないというのもあるのだ。だから俺の意思とは関係なく、皆は俺が後を継ぐと思ってるらしい。それが嫌で柄悪く振舞ってるって言うのに。まぁ、そのほうが楽で性に合ってるのは確かだけど。
「い、や、だ。絶対嫌だからな!」
リィンは俺の手を払いのけてキッと俺のほうを睨んだ。
「な、頼む!そう言わずに、なっ?俺にパートナーがいなきゃ必然的にシルビア皇女の相手をしなきゃならないんだし、それに俺にこんな綺麗な相手がいるってわかれば向こうももう何も言ってこないと思う...いや、何より綺麗なリィンを見せびらかしたい!俺のだぞ!って、だめか...?」
こうなったら拝み倒しだ。母上も呆れている。
「ガーディアンにこんな格好は必要ないはずだ。出るんなら騎士の正装で出る!」
「おい、リィン...」
それはないだろう?こんな格好見せられちゃ、男として色々期待してしまう。ドレス姿のリィンを連れ歩いたり、そのむき出しの肩を抱いたりとか、ダンスの一曲でも踊ってみたいだとか...まあ最終的にはこの腕に抱いて、脱がせちまいたいってことなんだけど、そんなの自分の母親の前では言えないよな。けどそんなささやかな俺の楽しみを...。仕方なく母上に助け舟の目線を送る。ため息混じりにそれに答えて、リィンの説得を始めた。
「ねぇ、リィンさん。あなたがその髪で公の場に出るとしたらそれはガーディアンとしてでなく、銀の王国の一員としてだと思うの。私がここに嫁いでからというもの、私の母国からの訪問者はおりませんでした。今はもう存在しない国ではありますが、ここにあなたと私がいる限り銀の王国がこの世にあったことを証明できるでしょう?それが残された私達に出来る唯一の事ではないかしら?私はあなたのその髪、存在を誇りに思ってましてよ。騎士の正装はまたガーディアンとして公の場に出るときで構わないのじゃなくて?今回は銀の一族、私の母国の者、そして我息子ジェイクの婚約者として披露させていただけないかしら。」
リィンの手を取り、小首をかしげてお願いする様は我母上ながらかわいらしく、たいていの男どもは逆らえないんだよなぁ。かくいう俺も母上の『お願い』には弱いのだ。あのしかめっ面の親父殿も同じくだ。
「アイリーン様...判りました。仰る通りに致しましょう。」
リィンもその例外ではなかった。瞳を潤ませ母上の手を握り返していた。よし!
「では、晩餐までに礼儀作法と立ち振る舞いの特訓を致しましょう。疲れているところ申し訳ないけれどももうしばらくお付き合いしてね。」
母上はにっこりわらってそう言い、俺は部屋を追い出された。
晩餐会は立食形式で行われた。総帥夫妻と、元ヒルブクルス卿のおじじが主催者として立っていた。本部に残っていたグラナダ遠征チームのものは大体が参加したが、もうほとんどが次の遠征に参加してしまっている。残っているのは傷の治療中のものや大隊長、指揮官クラスだ。もちろんガルディスも、ドン・クリオもいた。俺たちは疲れているからってことで、別室で食事して、それから参加するようにと言われていた。もちろん俺とリィンには禁酒命令が下っている。
「お化粧したんだ...リィン。ほんとに綺麗だなぁ。」
簡単な食事が小さなテーブルに用意されていた。それをつまみながら二人でソファーに腰掛けている。
さっきから少し距離を置いて座ってるんだが、ほんのりとつけられた、リィンのあの草原の花の香りがすぐ側まで漂ってきている。先ほどの結い上げた髪に小さなその花がいくつも差し込まれているためだ。それだけで酔ってしまいそうなぐらいだ。左の手首に金ぐさりの細いブレスレットと耳元にはリィンの瞳と同じアメジストのイヤリングが母上から贈られていた。
「ジェイク、さっきからそんなことばっかり言って!さっさと食べてしまえよ。もうすぐ呼ばれるぞ?」
「リィン、その口調はちょっと...」
足元は踵の低いミュールを履いたリィンは、慣れないそれをさっきからぶらぶらと足に引っ掛けてはため息をついている。居心地の悪さと、俺しかいない空間ですっかりリィンは元の口調だ。どうやら機嫌もあまり良くないらしい。
「なぁリィン、俺こんな食事よりリィンが食べたいな♪」
睨むなよ、本気なんだから。ずーっとお預けくらってるんだから、もういい加減ゲンカイです。
ぴったりと隣に密着して腰掛けて視線を落とすと、リィンの無防備な首筋がある。後れ毛がやけに色っぽくって、そっと唇を押し当てる。痕をつけないようにそのまま肩のラインをたどっていく。
「あっ...やめろよ、ジェイ...」
びくりと肩を震わせると力なくか細い声でそう訴える。
「きっとたくさんの男達がリィンに目を奪われるよ。こうやって首筋に唇を這わせたり、この開いた背中に触れたいって奴が一杯いるはずだ。だけどそれが出来るのは俺だけだからね?リィンの総ては俺だけの物だから...」
左手で腰を抱いて空いてる右の手のひらで開いた背中を撫で回す。気持ちが入ってるからちょっといやらしい撫で方になってしまう。
「ほんと、今すぐここで押し倒したいくらいだよ。そんなことしたらせっかくセットしたのがむちゃくちゃになって母上にしかられてしまうけど...いい?」
「ジェイクのばか!なにいってるんだ?」
両の腕で突っ張って抵抗する。言葉尻にいつもの冷たい響きはなく、軽口ばかりたたく俺に呆れているみたいだ。けれどリィンの瞳はほんのりと潤み、いつもは引き締められた口元がかすかに開いている。
「口紅、少し濃すぎない?」
「そう、かな?化粧なんて初めてだから良く判からないんだ。」
「うん、薄くしてあげるよ。」
そういうと舌でリィンの唇をそっとなぞり軽く触れるように合わせるとそのまま唇をわり舌を差し込んだ。出来るだけ口紅を崩さぬよう、舌先だけで刺激するようなキスはかえって艶かしくて、じれるような快感がわいてくる。
「やっ、なに?...んっ!」
リインを束縛する腕に力が入る。まだもがいて振り切ろうとしているが、その力も徐々に弱くなる。
「母上に独り占めされてたからね。ここに帰ったらすぐにこうしたかったんだよ。」
唇を離し、頬をかすめてそのままリィンの耳元で囁く。ほんとこのまま押し倒したい。
「あ...だ、だめだよ、ジェイク。ほんとに、もう呼ばれるよ?悪ふざけはやめて...」
悪ふざけなんかじゃないのにな。でも上気したリィンの顔は色っぽいよなぁ、頬なんか薔薇色になっちゃっていつもと雰囲気ががらっと変わてしまう。冷たい壁もなくなって...
ん?だめじゃないか!このまま人前に出したりしちゃ!!こういうリィンは俺だけの物なんだから!そっと腕を解いてリィンを開放してやる。彼女も熱くなった頬に手を当てて下を向いた。今まででは考えられない女っぽいしぐさだ。
「ちょっと、外の空気吸ってくるよ...」
リィンはそういうとベランダのほうへ出て行った。俺もちょっと自分を落ち着けるために、テーブルの飲み物に口をつけた。その時ドスンという音がベランダから聞こえた。
「なっ!何をする!?」
続いてリィンの叫び声、すぐさま側にあった剣を持って外へ飛び出す。
「大丈夫か!リィン?」
見ればベランダに侵入してきた輩は見事にリィンの一撃をくらってのびていた。
「あぁ、なんとかな...襲ってきた時は凄い殺気だったからね、やられるかと思ったんだが。」
リィンはドレス姿なので、丸腰のはずだった。
「私の顔を見たとたん怯んだのでその隙にな。けれどもう一人は逃げてしまったよ。」
追いかけようかとも思ったが、とどめさえさしてなければ、居場所を聞きだすことは出来る。
よく見るとリィンはドレスの横スリットを大きくはだけて、ガーターの内腿にしこんでいたらしい細身の短剣を手にしていた。
「アイリーン様がもしもの為にと用意してくださったんだ。まさか本当に使うなんて思わなかったけどね。」
すぐにそれをもとの場所に仕込みなおした。うわ〜、すごい良い場所!
「とどめ、さしちゃったの?」
「まさか、ちゃんと生かしてるよ。」
目立たぬように人を呼び尋問を頼んだ。
「リィンが狙われたんだとしたら、多分あのお姫様だろうな。」
「結果が出てからでいいさ。どちらも国としてはごたごたしたくないんだろ?私だってそう簡単にやられてやらないさ。」
自信たっぷりに微笑む彼女はもうすでに剣士の顔をしていた。

その後すぐさま広間からお呼びがかかった。

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