リイン&ジェイクシリーズ
氷の花〜IceFlaower〜外伝

後編


連れて行かれたのは国王の間だった。
そこに入ったのは国王とおばば様と私たちだけであった。
「大丈夫か?ザナックス殿?」
すぐさまおばば様とアイリーンが傷の様子を見ておばば様のが懐から軟膏入れを取り出すと傷口に塗りつけた。
「七参の軟膏じゃ、血はすぐに止まるじゃろうて。」
その後をアイリーンが布できつく縛った。
「すまない、このようなことになろうとは...そこまでレイノールがアイリーンを想っていたとは。」
「それでも私の気持ちは変わりません。」
謝罪を続ける国王に、アイリーンははっきりと言った。
「このままにはしておけますまいに。いかがされますじゃ、国王殿。」
おばば様が、国王のほうに向きなおる。アイリーンは私の側を離れなかった。
「うむ、今の国情ではあのような奴でも王族からはずすわけにもいかんのだ!許されよ、ザナックス殿」
国王がすまなそうに謝罪した。だが、このままここにいることも危険なのには間違いない。
「しかるべき罰は与えましょうぞ。せねばまた同じことを繰り返しましょう。じゃが、このままアイリーン様がこの国に居られたのでは終止がつきませぬ。いっそお二人を外へお出しになればいかがかと存じますじゃ。」
「何を申す!国の外になどと、とんでもない!いくらなんでも愛しい娘をそんな目にはあわせられん!外へなどと国掟に背くことになるではないか!」
おばばの意見にはさすがの国王も声を荒げた。
「じゃが、このままではお二人の命すら危ないかと...それともレイノール殿を国外退去になされるか?そのようなこと長達が承知しますまい。レイノール殿本人も信用するに足りる人格ではござらんが、このままでは災いをおよぼすだけじゃて。処遇は後で考えなさるとして、このザナックス殿は、アイリーン様の見初められた方。信じて託されてはいかがか?国許もしっかりなさっておられる。国王、長達に詮議を託しておる暇はございますまい。ご決断を!」
おばば様の有無を言わせぬ提言は国王に突きつけられた。
「くっ、確かにそのとおりじゃ。アイリーン、そなたは?」
「ザナックス様にどこまでもついて行きとうございます。父上様。」
国王は愛しい娘の顔を覗き込む。そのなかに強い意志の光を宿した瞳を見つけて、そっとため息をつかれた。
「ザナックス殿、娘を、アイリーンをよろしくお願い申し上げる。このような急な場で何も持たせてやれぬ
が、何卒、頼み申した。」
「この私の総てに変えましても幸せにいたします!」
「うむ、抜け出す手順はこのおばばに従いなさい。アイリーン、息災にな。」
そっと愛娘を抱きしめる。
「お母様、妹達にもよろしくお伝えくださいませ。アイリーンは必ず幸せになります。」
国王は名残惜しげにその手を娘から離すと、私のほうに向き直り、私の肩に手を置きこういった。
「約束されよ、ここのことは一切秘密にされたい。私たちは自分の国を護りたい。」
「はい、約束いたしましょう。愛しいアイリーンの母国に不利益になるような真似はいたしません。また私どもの力必要な時はいつでも申してください。すぐに駆けつけましょう。」
国王の肩においた手が強くなった。「ありがとう」と言われた後、おばば様に早くと急かされた。


おばば様に連れられて、洞窟から水中を抜けて外へと脱出を果たした。
泉から上がると、そこには大きな木が何本も枝を地に這わしている姿が見えた。
「ザックス!大丈夫?血が...」
無理したせいかまた傷口が開きかけていた。
おばば様はどこかに隠していたのだろう、トルバを一頭引き連れてきた。
「これを...」
おばば様が先ほどの軟膏入れの入った袋を取り出すとアイリーンに持っていくように言われた。
「そしてこの中に先ほどの泉から入る鍵が隠されておる。これも持っていかれよ。」
見事な銀細工の施された手鏡は私に手渡された。
「さあ、早くお行きなされい。痕跡は残さぬよう消しておきますじゃ。アイリーン様、お幸せに...」
名残は尽きぬが、ぐずぐずしておればおばば様がいないのに気づいても困るのだ。いつの間にか二人で出て行ったことにせねば。その際私が悪者になるだろうが構わない。アイリーンを前に乗せると、私も急ぎ飛び乗る。あばらと切られた肉が痛む。
「おばば様...」
トルバのわき腹を蹴って走らせる。必死に涙を堪えて手を振り続けるアイリーン。彼女がここに帰る事はまずないだろう。
私は彼女から総て奪ってしまったのだ。家族も、祖国も、友人も、何もかも。
「すまない、アイリーン。」
耳元で彼女に詫びる。
「いいえ、私が選んだのです。レイノールと共にあの国で生きることよりも、ザックスあなたと生きる新しい世界を。」
トルバはもう走るのをやめている。アイリーンは私の胸に顔を埋めている。もう泣いてはいない。
「アイリーン...」
そっと彼女の小さな顎を持ち上げて口付ける。甘さを含んだそれは次第に深くなっていき、しばしトルバの歩みを止めてしまう。
「ん...ザックス、これからはあなたのいるところが私の祖国です。」
やっとの思いで離れた唇でアイリーンは言った。返事の代わりにその唇を再びふさぐ。
(もう離れられない...)
彼女の総てがいまこの腕の中にある。
私を包むその柔らかくも暖かい白い体も、甘い響きをかもし出す赤みを帯びた唇も、黒く艶やかに私の指に絡む髪も、見つめると潤んだ輝きで私を捉えて離さない碧の瞳も、総てが...


国へ帰り着くまでの行程は言うまでもなかった。
トルバをもう一頭調達してとばせば2日の所を、二人での道行はある程度のんびりとしていた。
傷が痛むのもあったが、何せ国を初めて出たアイリーンには何もかも珍しく、街にたどり着こうものなら質問攻めであった。
最初にアイリーンが買ったのは地図だったのだから...
昼間は市場で足止めを食らい、夜は遅くまで二人睦んでいたのでは朝が遅くなってしまう。行程は遅れに遅れて、ガーディアンの祖国にたどり着いたのは7日もの日が経っていた。
おんな連れで帰り着いた私を父も、仲間も驚いた顔をしながらもよろこんで迎えてくれた。親父殿はアイリーンを連れてきた事を、ことのほか喜んでいた。
「堅物のお前が自ら花嫁を連れ帰ってくるとはな...もう死んだものと諦めかけて居ったのじゃ。」
ギルが帰還して報告したのが5日前で、後続の捜索隊を出すべきか審議していたらしい。回りは出すようにと意見したが親父殿はうんとは言わなかったらしい。ダグが...ダグラスがあの嵐の中ギルが止めるのも聞かず捜索中に命を落としていたのだ。責任を感じての事だが、彼の遺族のことも考え捜索隊は出さなかったと親父殿は言った。ギルも連れ帰るわけにも行かず、一人で彼を埋葬し、私の捜索をしながらも遺体がみつからないため諦めたという。優に1月以上は経っていた。
お帰りと、彼はいつものクールな表情で右手を差し出していた。その手を硬くとり、そのままお互いの肩をつかんで再会を喜んだ。
「ギル、すまない...まさかダグが死んだなんて!俺のせいだ...お前にまで迷惑をかけてしまった。あの時無茶なルートを取らなければ、お前の言うことを聞いていれば、ダグは...」
気のいい奴の笑顔が思い浮かべられる。もう二度と見ることは出来ないのだ。
「ザックス、それを言ったらアイリーンさんが可愛そうだろ?あそこを通ってなければ、あの時落雷がなければ、お前が落ちてなかったら、彼女と出会うこともなかったんだろ?彼女にああいう顔をさせちゃいけないな。」
振り向くとアイリーンの悲しげな顔があった。国に帰ってからというものの、いろんな人たちにもみくちゃにされながらも、誰一人として知るもののない異国の地で、不安と戦いながらも一国の王の娘らしく堂々と振舞ってはいたもの、私の側を片時も離れようとはしなかったのだ。
「すまない...。君を悲しませるつもりはないんだ。ダグは、気のいい仲間、親友だったんだ。照れ屋ではにかみやだったが、いつも笑っていて...」
言葉が涙で詰まる。アイリーンはそっと私の手をとって頭を振った。
言葉は要らなかったから、そっとアイリーンを抱きしめた。
「これが堅物くそまじめなザナックスとはね。ここまで変わるとは...また飛び切りの恋を手に入れたらしいな。」
ギルもにやりといつものシニカルな笑みを口元に浮かべていたが、目元は優しくほころんでいた。
「ダグの眠っているところへ行こう。報告することが山ほどあるだろう?」
遺髪を持ち帰り、ダグの好きだった丘に埋葬したとギルが説明してくれた。
日を置いて私とアイリーンの挙式が行われた。
親父殿は結構浮名を流した割りに、母が亡くなった後も後添いももらわずにいたし、子供も私だけだった。家族が増えることを一番喜んでいるのは親父殿だった。
別に王国制が廃止されたいま私がガーディアンの総帥を継ぐなどと決まっているわけでもないが自然と周りの雰囲気はそれを感じさせる。それほど親父殿のカリスマ性は大きいのだ。
私たちの間に子が出来て成人した暁に私はそれほどのものをその子に与えられるのだろうか?
この愛しい人を最後まで守り抜くためにも、自分は親父殿か、それを越える人物にならなければならないのだ。幸せを噛み締めながらも、これからはのほほんとは暮らしていけないだろうと心に刻む。大人になったつもりでいながら、今初めて本当に自分で立つのだ。
共に生きる道を選んでくれた女とともに...

Fin

あとがき
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。今回はイラスト提供のまっき〜!さんのキリリクのつもりで書き出したのですが、年末の忙しさも手伝って中々筆は進まず...。真面目な主人公に四苦八苦しておりました。(苦笑)
とりあえず書きあがり、ほっとしております。さあ、あとは最後の三部目を残すだけです。

2002.12.27

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