リイン&ジェイクシリーズ

〜闇の貴公子〜

(ここはどこだ?)
瞳を開けてこらしても何も見えない深遠の闇の中...
わたしは腕ごと吊るされてるようだった。手首に皮のベルに締め付けられて、すでに腕の感覚を失いかけている。
いったいどのぐらいの間こうされていたのだろうか?このままじゃ腕を下ろされても力が入らない。細剣(レイピア)すら握れない...

街についたとたん声を掛けられた。
『ガーディアン、チームSのリィン・クロス様でございますね?』
『そうだが、貴公は?』
『宮廷執事のドルサンと申します。シルビア様、および婚約者のカイン様の命によりお迎えに伺いました。』
『いや、しかし一緒に行動するチームのメンバーも一緒に伺いたいので、しばし時間を。』
『その必要はございません。すでに王宮内でお待ちです。出発の時間が早まりそうなので今朝早くから準備においでいただいております。』
そういわれては仕方ないと、だまって後をついて行ったところまでは覚えている。城に入り、控えの間に入ったあたりで記憶が途切れている。狭い控え室に漂う甘い香り、そして腕に感じたちくりと刺さる針の痛み...
最後に聞こえたのは男の声。使いできたドルサンではない、もっと若いが落ち着きと含みをもった低い声。
『手に入れた。』
何を...?
だが、わたしはそのまま意識を手放した。


ガチャリ
重い金属音とともにドアが音を立てて開いていく。そこから漏れてくる炎の灯り。
ランプを手にした背の高い男が立っていた。
黒い髪、黒い装束、瞳も黒...いや闇の色。ランプの橙色かかった光の中に、唯一白い男の顔を闇の中に浮かび上がらせる。整いすぎた顔立ちは切れるような刃物の美しさを思わせる。ジェイクも整った顔をしているが、あいつの顔立ちはやたらと暖かい。まあ、真剣な顔のときはそこそこきつくはなるけれども...
やたらと心配性な夫となったその男の顔が思い浮かぶ。この状況は好ましいものでなく、ジェイクが血相を変える図が目に浮かぶ。
目の前で薄く笑う闇色の男は、私の前にランプをかざして私の髪を一房すくうとその薄い唇に押し当てた。
鬘を取り払われ、束ねられていない銀の髪は私に纏いつきながらも幾筋もの流れを作っていた。
「美しい...これが噂に聞く銀の髪か?」
誰だ?この男は...見たところ若いのだろう。声にも張りがあるし、その手をちらりと見たが綺麗な長い指の持ち主だった。
「ガーディアン、チームSのリィン・クロス、冠竜を駆る女剣士。いろいろと噂を聞くがこのような美しい銀髪の女性だとは伝えられていなかったな。これはシルビアに感謝しなければならない。」
シルビア...ああ、皇女は一度だけこの髪を見ていた。あの晩餐会の席で...ということはこの男は彼女の知り合いか?まさかシルビアが、わたしを捕らえたということはないだろう。噂では美しい婚約者に夢中だと聴いている。
黒髪、黒目...
「貴様は何者だ?私を拘束して何が望みだ?」
まだ薬の残るしびれた唇を震わせて声を絞り出す。
「アメジストの美しい瞳...貴女のような方が何故に鎧を身に纏い剣を振るわれるのか?貴女ほど美しい女性なら護られて、着飾られ、護る男を奮い立たせる魅力を十分お持ちなのに...」
「生憎護られる趣味も着飾る趣味もない...シルビアを手に入れただけでは物足りないと申されるか?カイン・フェルナンデス公。」
この容姿、間違いなくシルビアの婚約者として立った彼に間違いないであろう。流れ者の文官であった彼がシルビアの夫の立場にふさわしいよう、急ぎ公の地位を与えられたのは先月のことだ。そこまでは報告に入っている。美しい容姿にシルビアが夢中だと。
「よくご存知だ。さすがガーディアン、情報はきちんと入っておられるようですね。シルビアも女としては十分に美しくあの身体で楽しませてはくれるんですがねぇ、あまりにも私に夢中で、言いなりになってしまうので少々物足りなく感じてしまって...わたしはどちらかと言うとこんな風に反抗的な目で見つめられる方がぞくぞくするのですよ。」
カインの指がゆっくりと私の顎を持ち上げる。冷たい指の感触はまるで死人のようだった。体温を感じさせない冷たい微笑が目の前にある。
「何が目的だ?」
「ほら、その瞳...いいですね、アメジストの色がぐっと深くなる。」
「うっ!!」
顎を持ち上げた指差に力が入り、顎の間接を見事に押され唇を開かされそのまま口付けられた。すぐさま歯を食いしばるが、一瞬早く奴の細く長い舌先が入り込んできて口内を蹂躙していく。舌を噛み切ってやろうともがくが、あごの間接を押さえられていて口を閉じることが出来ない。
(いやだ...ジェイクっ!!)
同じ行為でも愛するものから受けるのと、どうしてこれほど違うのだろう?気持ちが悪いだけのその感触に吐き気を覚える。
「私に口付けされても喜ばない女性は珍しい。」
唇が離され、間近でにやりと笑ってそういった顔は闇に照らされて背筋が凍るほど冷たい感情のない微笑み。
「悪いが夫のある身でな。容姿など骨の上の皮と肉だろう?見かけを重要視する女性方と同じくされても困る。私には中身しか見えないのでな。」
「そうですか、この顔は通用しませんか?ではこれならどうでしょうか?」
再び唇を押し付けられまた舌が潜り込んでくる。
何?
喉の奥になにかどろりとしたものを送り込まれた。吐き出そうとしたが、鼻をつままれ、呼吸できずに無理やり飲み込まされる。
「うぐっ、げほっ、げほっ!な、なにを飲ませたっ!」
「さあ、何でしょう?」
喉の奥を流れていった冷たい感触のもの。その後に残る熱い疼き。
「わたしはね、欲しいんですよ。あなたが持っている秘密がね。けれどもこうして伝説の銀の王族を目の前にすると、その女そのものまで欲しくなりますね。」
「なっ、貴様っ!」
「銀の髪の女を手に入れると全ての財宝を手にいれられるとうわさに聞いている。リィン・クロス、ガーディアンとして名高い貴女がその人だったとは...銀の王国の最後の王女。」
知っているのか?どこまで?背中の隠し彫りだってあれだけでは謎は解けなかったはずだ。それに...あれを浮き立たせるためにはまた酒を飲むか、あんなことをするしかない。
久しぶりにジェイクに抱かれたあの夜も、熱くなった身体に浮き出た背中の模様を彼は愛しそうになぞっていた。思い出したとたんゾクリと何かがからだをはい上がってくるのを感じた。
「あぁああっ!な、なにを飲ませた??」
身体が熱を持ち始める。飲みこんだ内臓が熱くうねり心臓の鼓動が一気に大きくなる。
「なっ...き、貴様...」
汗が額に浮き上がる剥き出しになっていく四肢の感覚。なのに頭はぼうっとして意思の力が弱まっていく。
「そう簡単に話してくれる相手じゃないと判ってますからね。こうやって薬の力にでも頼ろうかと。」
何の薬なんだろう?こんなの聞いたことない。
耳元でカインの声が脳内に響いてくる。
『さあ、教えてもらおうか?銀の王国の秘密を...答えなければその身体に聞くだけのことです。逆らおうなんてもう無駄ですよ。』
「あ...」
勝手に口が開こうとする。なんだ?私の意志は?とっさに握り締めたこぶしの爪を立てて手のひらにきつく食い込ませる。
「どこまで持ちこたえれるでしょうね。ほら、指先の感覚がおかしくないですか?」
「え...?」
その鈍い痛みが再び意志の力を取り戻そうとしていた。先ほどまで感覚のなくなっていた腕が、痛みにも過敏に反応している。指先...ソノ感覚までもが研ぎ澄まされたように...
「ほら、こうしたら?」
奴の手の甲が軽く頬から顎のラインを撫ぜた。
(なっ!!)
ビクンと身体が跳ねる。
「あっ...くっ」
「調べてるんですよ、体温が異常に上がったり興奮した時にその秘密が浮かび上がると。今貴女が飲み込んだのは媚薬に近い薬です。意識は保ちながらこちらの言うがまま身体が動き話してしまう。副作用が体温上昇と末端の感覚が鋭敏になるそうですよ。」
クルエールの秘薬か?それなら聞いたことがある、クルエールの地に昔反映した一族に伝えられている秘薬の数々。中には門外不出といわれてる希少価値なものもあるという。だが媚薬とは...
「まずはその瞳を屈服させてみたいですね。なかなか男心をそそる瞳ですよ。リィン・クロス」
「くそっ...」
「銀の王国は実在するんですね?」
「...す...る...」
「やはりね。貴女はそこへ行ったのですか?」
「い....った...」
頭でいくら拒否しても勝手に口から肯定の言葉が出てしまう。なんて薬なんだろう。息苦しさが胸を押しつぶしていく。何もしていないのにどんどん息が上がっていき、まるで全力疾走した後のように肩で息をしている。
「方法はあなたの身体に隠されているのですね?」
「....」
「どこに隠されてるのですか?」
「...せ...せな...くっ、うぅ、い...やだ」
「せ?背中ですか。えらく嫌がっておられる。それはどうしてなんでしょうか。そんなに見られたくないですか?無駄なことを...」
腰にさした細い剣で、鎧を脱がされた前のあわせを切り裂いていく。
「ほう、胸に十字の傷ですか。さすが剣士。しかしこの傷はまるで印のようにつけられているのですね。」
その下のさらしも胸元から差し込まれた刃先で切り開かれる。胸が背中が晒される。けれども頭の真上で捉えられたままの腕では隠すことも儘ならない。
「綺麗な肌だ。シルビアが以前ご執心していたと聞くガーディアンの総帥の子息殿が夢中になられるのも無理はない。」
「あぁっ!」
十字の傷跡をなぞられたその感覚が全身を走り抜ける。
「すみません、あまり触れると狂ってしまわれるかもしれませんね。それよりも背中を見せていただきましょう。」
吊り下げられたまま身体をくるっと回転させられる。
「なにも...いや、薄っすらと見えるような...」
まだ身体の熱さが足らないのだろう。見られたところでそれだけでは役に立つ物でもないし、その場に行かなければそれこそわかりもしないだろう。だけれども、浮かび上がらせるそのその工程だけはいやだった。あの時はジェイクがいたから全て晒せた。今でもジェイクだからこそ、高ぶりに追い込まれても素直に受け入れ背中を晒すことが出来るのだ。
それ以外はいやだ。
「これは...?」
その指先が文様をなぞり始める。
「うっ...ぁ」
身体が再び跳ねて震える。熱が増す。
「少しはっきり見え間始めましたね。なるほど隠し彫りですか...興奮して体温が上がれば浮かび上がってくるという。面白い、それならば楽しませいただいてもよろしいかな?」
闇色の目が鈍く光る。それは男の欲望を宿したものだ。
「い、いやだっ!!寄るな、無駄だ!たとえこの背中を見ても、それでは謎は解けない、来るなっ!!!」
逃げようのない体制で身をよじり、近づいてくるその手から逃れようともがいた。
「安心なさい、痛い思いなどさせません。シルビア様もいたく気に入っておられますよ、私の閨の技を...」
再び顎を捉えられ舌をねじ込まれる。這い回る手の動き、全てに敏感に反応していく体が恨めしい。
「ふぐっ、うぐ...」

「カイン様...」
ドアの外から声がしたとたんその腕と唇から開放された。知らずに流れ出た涙で戸口の方はよくは見えなかったが、最初に声をかけてきた老執事のようであった。
「シルビア様がお探しです。」
「わかったすぐ行く。」
「あちらはどうされますか?」
「そうだな...誰にも触れさせぬように。けれども鎖を緩めて床に落としてやるがよい。どうせ薬が効きすぎて何も出来ないだろうがな。」
「かしこまりました。」
去っていく奴の後姿に慇懃な礼を送ると、執事は入り口近くのレバーを緩めるとがらがらと音を立てて床に落ちた。手も足もだるく、どうにか何時間ぶりかに下ろした腕の痺れと痛みを感じながら、すぐに動けるように体制をとろうとする前に扉が閉じられた。残されたのは熱く熱をもった全身と、痺れた四肢と過敏になった皮膚の感覚だった。
この責め苦がどのくらい続くのか...
「ジェイク...」
お互いを命かけて護ると誓った、その半身である自分の夫となった愛しい男の名前を口にした。
きっとかれは来るだろう。
それまでの間、黙って言いなりになるものかと、わたしは強く唇を噛んだ。

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