リイン&ジェイクシリーズ

〜闇の貴公子〜

俺は騒ぎの合間を縫って、シルビアを捜した。
彼女の寝室から急ぎ衣服を整えながら飛び出してきたカインを物陰でやり過ごすと、そっと部屋に忍び込んだ。おそらくリィンやエイデの姿が消えたと報告が入って慌てて飛び出したのだろう。

「ん、カイン、どうしたの?用事じゃなっかたのぉ?だったら、お願い、さっきの続きを...」
シルビアの寝室に忍び込んでみたものの、聞こえてきたのは甘い女の声だった。広い天蓋付のベッドのシーツから覗くシルビアの白い華奢な肩。紛れもなく情事の最中だったらしい。
(ちょと、マズイか...しかたない。)
「ああ、たいした用ではなかったらしい。シルビア、目を瞑っていてごらん?」
声を作ってカインの振りをし近づいた。
「いいわよ、こう?」
そっと目を閉じたままの彼女の横たわるベッドに近づき、側にあった彼女の下着らしきもので目を覆った。
「まあ、なあに?新しいやり方なの?」
「そうだよ、こっちも縛るよ?」
甘く囁きながら裸体のシルビアに優しく触れ、彼女の両手両足を縛る。
ごめん、リィン。さっきまで我慢してたぶんわずかに反応した俺を許してくれ。縛られた女性の身体は艶めかしいのは事実だ。さっきのリィンだって...
ヤバイヤバイ、俺は意識を任務モードに移行した。
「シルビア、エイデ大臣の事なんだけれども...」
「エイデ?ああ、五月蝿い彼もいなかったら居なかったで寂しいわね。まだ病気が治らないの?見舞いの品は届いてないのかしら?ヒュッテ地方のカナグラシは甘くて滋養があるからって、わざわざ取り寄せたのに...」
カナグラシとは針をもった昆虫が大きな巣の中に甘い蜜を溜めたエキスのことである。滋養が高く病人によいとされているヒュッテ地方の名産物だ。
「ほう、じゃあ、知らなかったんだな?エイデが塔の上で幽閉されていたことも、カインの奴が地下室でリィンを捕らえて、今あんたにしようとしたようなことを、薬をつかってやろうとしてたのもな。」
「え??そ、その声は、ジェイク??」
声を作るのをやめると、すぐさま彼女は気がついたようだった。羞恥に真っ赤に染まるその身体にシーツをかけてやった。
「悪いな、暴れられるとまずいんで、縛らせてもらったよ。」
「酷いわっ!見、見張りはどうしたの?」
「さあね、情事に耽るためにカインが人払いしたんじゃないのか?あ、リィンは地下からだしてもらったぜ、酷い恰好にされてた分はあとであの野郎にお返しするとして...エイデは病気なんかじゃなく、塔のうえに幽閉されていた。リィンがこの騒ぎに乗じて連れだしてるはずだ。その後はわかってると思うが...ガーディアンを嘘の任務で呼び出した上に拉致って不当に扱えばどう報復されるか、知ってるよな?前にちゃんとエイデに説明されてるはずだな?」
「し、しらないわ、リィンが地下に居たなんて...ジェイク、ま、まさか、この国を...」
潰さないって、けれども報復はするけどな。
「まあ、ココまで野放しにしたあんたにも罪はないとは言わないがな、それなりのリスクは背負ってもらうぞ?」
「どうしろっていうの?」
「貴女にやってもらいたいことがあるんですよ、シルビア皇女。もし、あのカインを吹っ切ることが出来るなら...男よりこの国を護る方を選ぶのならね。」
彼女は頷くしかなかった。


エイデと共に無事脱出したリィンはガルディスと連絡を取るだろう。彼にエイデを伴って入場してもらえばいいのだ。本部に救援は頼んであるので、程なくガーディアン一個師団がこの国に入ってくるだろう。
その前に、カインを押さえておきたかった。
シルビアにもう一度カインを呼び出させる。それも謁見の間に、重臣全てを集めた所にだ。エイデ以外はカインに逆らわないとしても、心まで従ったわけではないだろう。それぞれの思惑、利益のためになびいただけだと考えてもいい。それでもそんな輩が今後の国政のためになるとは思えなかったが。

「カイン、一体何事ですか?あまりの騒ぎに急ぎ大臣達を集めました。説明なさい。」
凛とした声は、さすがに一国の皇女、いや時期女王だ。
「おお、シルビア、何を気にしているのですか?捕らえていた賊が逃げ出したので騒ぎになっていただけですよ。もうすぐ治まりますので心安らかにお待ち下さい。」
カインは慇懃な物言いで腰を折り、シルビアに跪いてその手を取り口づけた。
その様子をジェイクは玉座の裏側から盗み見ていた。シルビアの手を取る際に、見えぬ指先で彼女の手のひらを撫で、キスの合間に指の間を舐め、それだけでシルビアは身体を震わせていた。
(とんだスケコマシ風情か?)
カインがニッコリと顔を近づけて微笑むだけで、女は墜ちるだろうと思った。実際あそこまでややらないが、それに近い方法で女を誘ったことは幾度かある。花街で教わったテクニックだ。
しかし、シルビアはそのまま流される訳にはいかなかった。もし、カインを救おうとしたら、このまま国を攻めると充分脅してある。ガーディアンの恐ろしさを目の前にしたことのある彼女は素直に頷いた。
国と皇女の立場、それともカインを選ぶか...
もし彼を選んだとしても、幸せがないことも判っているだろう。リィンをあの様な目に遭わせて、ジェイクやガーディアン達がただで済ませてくれるはずもない。いくら恋に溺れきったシルビアでも、カインと共に落ちぶれるのだけはごめんだった。国あっての自分、追われるカインに縋る気はなかったのだ。
「カイン、その手をお離しなさい。」
「シルビア?」
怪訝そうな表情でカインが手を離し立ち上がる。すぐさまその表情は険しいモノになった。

「もうおまえの色仕掛けは通用しないんだよ。」
ジェイクが玉座の後ろに立ち上がり姿を見せたからであった。
重臣達の目は驚きと共に期待に満ちていた。以前、怪我の療養中に長く逗留した。その時ここの臣下たちは自分がこの国を担ってくれると信じてくれていた。手厚い歓迎を受け、無償の好意を示してくれたものもいた。そりゃそうだろう、自国の自慢の美しい姫と、腕も立ち、素性も由緒正しくどこにだしても恥ずかしくない男が王になれば、臣下にとって申し分なかったはずだ。おまけに後ろにガーディアンを率いれば怖いものなど無い。
しかし、オレはは逃げ出した。自国の皇女でなく、その時一緒に居た美しい女剣士を選んだとことは、誰も否定出来ないものがあった。それほどシルビアの我が儘振りはすざましかったのだから。
だが、その我が儘を抑えるのをカインに任せ楽を見た結果がこれだ。エイデが療養に入り、誰もカインを、いや皇女の我が儘を抑える事は出来なくなってしまったのだ。カインの思うが儘の政治はしらぬまに頭の切れる有能な人材が消え、彼の思うが儘の政治体系を作りつつあったのだ。消される恐ろしさから誰もが逆らわなくなっていったのだろう。だが、自分ならばシルビアを叱り、正しく導いてくれるだろうといった期待に満ちた視線を受けているのだから、答えないわけにはいかない。
「程なくしてエイデも戻ってくるだろう。彼は療養などしていない。この城の天守塔近くの牢に捕らわれていたのを助け出した。このままカインに付く者はエイデと我がガーディアンを敵に回したと知るがよい。彼は我が同胞にして妻、リィン・クロスを監禁していたんだからな。人の女にあんな恰好させておいて、ただで済むと思うなよ?」
ざわつく臣下達はすぐさま行く末を決めたらしい。
「ジェイク殿、それが真実ならば、我らは国利のために尽くすが本意、カインの裏切りを許すことはないでしょう。我らはガーディアンと事を荒立てる気は全くありません故...」
頷き、カインと間合いを取る臣下達。しかしカインは悪びれるでもなく、不適な微笑を浮かべていた。
翳りのある黒い瞳にその表情は壮絶な美しさを見せていた。
「私が何をしたかなど、どうでもよいこと...もとより何も持たぬこの身、はてさてどうなさるおつもりか?処刑なさいますか?それとも追放ですか?そのための証拠はございますでしょうか?」
実際誰かを殺したわけでもなく、エイデを閉じこめその間にシルビアを使って権力を我が手にしようとしていただけなのだ。圧政を強いたわけでも、私腹を肥やしたわけでもない。政治は整理され、以前より動きは良くなったのだ。その代わりにカインが居なければ機能せぬ政治体系、思うが侭の研究や資材に費やされる国税。
実際的な被害といえばエイデの監禁と、ガーディアンを阻害し、中継基地として稼働し辛くさせ、リィンを拉致したのみと言えばそうなのだ。
「エイデ殿は頭が固く、私のやり方を通すには少々うるさかったので隠れて頂いただけです。もとより血も好みませんし、なにより権力すらこうも容易く手にはいるなどおもしろくもない...ほんの少し楽しませて頂いただけですよ。シルビア、あなたはなかなか楽しめましたよ?だがしかし、ジェイク殿が奥方の方を選ばれたのは納得致しますな。いやはや、美しい...欲しくなりましたよ、リィン・クロス貴公の奥方を...本気で。」
にやりと壮絶に微笑んだ後、カインの手から何かが放たれた。


一瞬にして白煙に包まれる謁見の間。その甘い香りに一瞬、脳がくらくらし、危険を感じたジェイクはすぐさま懐からキリーの葉を取り出し口元に当てた。それでも毛穴から入り込んで身体の動きが鈍る。
「ジェイク!!」
開け放たれた扉、姿を現したリィンとガルディス、そしてエイデ。
彼らの手で開け放たれた窓から清浄な空気が入り込み、すこしは身体が楽になった。
「大丈夫か?ジェイク。」
ガルディスが駆けより問いかける。
「なんとかな、そんなにたくさん吸わずにすんだよ。他の方々は?」
「気持ちよく眠られてるよ。」
エイデが何人かをたたき起こしてるようだったが、ぐったりと弛緩して動くこともなかった。
「ここから逃げたな...ジェイク、ヤツはおそらくクルエールの末裔だと思う。あの様な秘薬、誰もが扱える訳ではない。」
リィンは窓の下を覗き込み、そう確信したようだった。おばば様の秘薬の元も、クルエールの秘薬を研究分析しての成果だと聞いたことがあると以前言っていた。
「ああ、アイツの望みは...」

『いずれ奪いにこよう。唯一私に手に入れられなかった秘宝。リィンと、銀の王国のすべてを...』
最後に耳元で聞いたカインの声、ヤツの望みは、知ること、そして手に入れること。
謎とされていたあの王国の秘密と秘宝。そして...
渡すものかと拳を握りしめる。秘宝も謎もいざとなればくれてやる。そのためにリィンを晒すのはごめんだが。
そうだ、リィンだけは手放さない。離してなるものか!!

「ジェイク?どうする、グロウで追おうか?」
「いや、捜索はガルディス、任せるぞ。俺たちは帰る。」
「おい、ジェイク?」
リィンを再びカインの前に連れて行きたくもない。
「エイデ大臣、後々のことはガルディスと相談して立て直すがいい。今回のことは皆薬になっただろうし、なびかなかったものは信頼に足る人間と判断出来るだろう。それと、皇女にもう少し厳しい教育を。」
「はい、ジェイク殿。」
「きめごとの一つに、皇女の我が儘を聞かぬと付け加えるといい。」
そう言い残してオレはリィンの腰を抱いてそのまま城を出た。オレたちが出てきたのを見つけたグロウが地に舞い降りてくる。
「帰るぞ、リィン」
「え?今すぐか?なあ、後の事はどうするんだ?」
「そんなものガルディスに任していればいい。」
「そんな、私は任務の途中であの様なことになり、不本意なんだ。出来れば後の処理をこの手でしたい。」
「だめだ。」
「なぜ?」
グロウが舞い上がり、風を切る。耳元でないと声が聞こえないので二人密着して言葉を交わす。
「なぜだって?あんな恰好で牢に繋がれて、男達にそのからだ触れられたんだろう?早く帰って消毒するんだ。」
「ジェイク...」
「判ってるのか?おまえはすぐにそうやって任務の一環だと平気な顔をする。だが、オレは嫉妬で焼け切れそうなんだ。リィンだって平気じゃなかっただろう?」
だまって胸の中で頷き、持たれてくる。可愛いヤツだ、こんな彼女の仕草など誰も知らない。
「オレを納めるのにどうすればいいかなんて、判ってるだろう?オレはもう待たん。今後同じ仕事でないと受けないし、二人の時間を確保出来ないならガーディアンを辞めてやると親父殿を脅してやる。でないとリィンは大人しくオレの帰りなんぞ待ってはくれないからな。」
「そうでもないぞ?」
「え?」
拒否されると思った言葉に、肯定の言葉が返ってきて驚いた。
「子が出来たら、しばらくは休むしか無いだろう?」
「子?出来たのか?」
「ま、まだに決まってるだろう!!ここの所ずっと会ってなかったのだからな。ここに来る前も短い時間しかなかったから...」
ジェイクは決意した。
「よし、判った。休暇を取るぞ!子が出来るまでやりまくってやる、リィン覚悟しろよ。」
「...え?」
休暇だなんて無理に決まってるから、また溜まってる内部書類の整理になるだろう。だがオレの頭の中はリィンとの子作りの楽しい過程しか頭に浮かんでこなかった。
さすがに子が出来て、家庭をもった彼女に手出しはしてこないだろう。ガーディアンの本国をに侵入して彼女を攫うのは至難の業だ。

興奮するオレにため息をついて呆れるリィン。しかし否定はしなかった。
まあ、グロウの背中で子作りをはじめなかっただけでも褒めてくれ。



その後、カインの行方は掴めない。
シルビアは臣下の子息の中から見合った男を婿に迎え、エイダの教育の元国政に力を注いでいるらしい。

銀の王国の謎は未だにそのままだ。
数年後、オレとリィンの子供達がそこに帰っていくまでは。
銀の髪をした子供達が...

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