リイン&ジェイクシリーズ

〜闇の貴公子〜

王宮を出た俺を待っていたのはガルディスだった。
「ジェイク、エイデ大臣と連絡が取れない。」
あの生真面目で実直な大臣が思い出される。彼はシルビアの補佐でもあり、この国の行く末を憂う賢臣の一人だ。
「いつからだ?」
「それが、俺がここに来るまでは連絡がとれていると思っていたんだが、実際、会おうとしても会えないんだ。もしかしたら何かの陰謀かもしれない。誰かの手が入ってこちらの連絡がつかないんだ。」
エイデはガーディアンに対する認識度も高く、シルビアと母国との先を憂いで、なんとか持ちこたえさせようとガーディアンの助力を得るとともに協力も惜しまなかった。中継点設立時の責任者同士、ガルディスとも何らかの連絡法を持っているはずなのだ。現在、事実上は病が理由とされていたが、ガルディスのことである、探りを入れたのだろう。
「どこぞに幽閉されているか、すでに殺されたか...」
「大臣が居なくなって一番喜ぶのは?」
「...カインですな。」
「そうか...やはり...」
「俺はこのままエイデ大臣と、その腹心とコンタクト取ってみる。ジェイクはどうする?」
「ここに忍び込んでやろうと思ってるけどね。」
「いくら何でも...一国の王宮だぞ?並の警備じゃない。それを...」
「うん、だから空から入る。」
「空?」
「グロウに手伝ってもらうのさ。」
「一人じゃだめだ、俺も行く!」
「ガルディス、グロウは俺以外乗せてはくれないよ。」
「むう...」
「一人の方が身軽でいい。」
ガルディスが黙り込んだところで俺は街の外へ向かった。


夜の闇に乗じて、グロウの翼は漆黒に染まり、王宮の真上に来てもだれ一人気付く者は居ない。
「まあ、こんなものだろう...」
とかくこういう所は城壁だの、城門にばかり警備が集中する。
グロウを待たせて見張り台へと続く回廊から侵入する。人目につかぬよう...だ。
だいたいの見取り図は頭の中に入っている。以前治療のために滞在していた間、ただ居ただけのはずがない。リィンも同じだ。あの時城の構造は頭にたたき込んである。
歩兵の位置もさほど変わっていないので壁や塀づたいにかわしていく。
(おそらく、地下牢だろうな...)
その存在は隠してあったものの調べてはいた。いつ何時そこにリィンが押し込められるやしれないといジェイクは危惧していたからだ。シルビアが嫉妬に走るとやりかねないことだったから...
さすがに地下までは普通に忍び込めなかった。衣装部屋に潜り込み歩兵の服と武具一式を持ち出して身につける。なるべく人目につかぬようにしながら...


地下牢の手前には見張りがいた。通路の向こうから気配がしたのでいったん姿を隠す。食事らしきものを持った兵士が牢の前までくると牢番は壁の取っ手を手にしてぐるぐると回しはじめた。兵が中に入ったのを確かめるとオレはすぐさまその牢番を後ろから殴りつけた後、おばば場直伝の眠り薬をしみこませた布をそいつの鼻に押しつけた。そっと中にはいり食事を持ち込んだ兵士を捜す。
「へっへっへ...さわっちゃいけねえって言われてるけど、こんなの見せつけられちゃなぁ...」
兵士は食事ののった盆を地面に置いたまま何かに手を伸ばしていた。
「たまんねぇ...この肌触り...」
「あうっ...ううっ...」
うめき声は女の声だった。
(リィン??)
そっと気配を殺してその男に近づく。その男の手は白い女の身体を這い回っていた。(野郎っ!)
思いっきり後ろから殴りつけて同じく眠り薬を嗅がせた。
「リィン...?」
「あっ...んっ」
なまめかしく甘い声
「おい、リィン!」
壁際、鎖で繋がれたリィンの姿はあまりにも予想以上で...
引き裂かれた衣服、腕以外さらしもすべて腰まで垂れ下がっていた。乱れた銀の髪は汗で白いその身体に張り付いている。腕は高く天井から鎖で吊され、膝はついてはいるが身体は前屈みに倒れ宙を彷徨っている。荒い息が彼女から聞こえる。その声の示す色もわかってしまう。
「リィン...」
側まで行ってそっと彼女の身体を抱きしめるとびくりと身体が反応した。それは官能的な反応で、彼女の身体はびくびくと震えはじめていた。
「リィン、大丈夫か?オレだ、ジェイクだ!わかるか?助けに来たんだぞ?」
「あっ...ジェ..イク..あ、あたし...あぁああ...」
小刻みに震える身体は熱く、リィンの声は限界を示す時の声になっていた。それはジェイクだけが知っているものだったのに...
「許して...ジェイク...秘密を...」
「待ってろとにかくその鎖を何とかする。」
そっと彼女から離れると、壁にあった歯車の取っ手を握りゆっくりと回すと彼女の腕が下がってきた。吊して合ったのは鎖だったが腕は厚めの皮で固定されていたのですぐさま剣で切り落とそうとした。すぐには切れず、何度も何度も刃を当てる。
その間にもリィンの切なげな声がジェイクを刺激した。
「リィン、待ってろ、今はずれるから...」
ようやくリィンの身体を自由にしたところで、彼女の身体は自由に動けなかった。己の身体を抱え込み、沸き上がる感覚を押さえ込もうと必死だった。
「一体何をされたんだ??」
「カインに...薬を...」
「なんの薬なんだ??媚薬か...納まらないのか?おばばの解毒薬があるから、さあ...」
丸薬をリィンに手渡そうとするが、震えるその腕をまともに持ち上げることが出来ないようだった。長い間吊されていたのもあるだろう。俺は口に丸薬を含み彼女の口の中へ押し込んだ。己の唾液と共に...
「うぅ...んっ、だめだ、汚い...」
「どうした?」
「おまえ以外の男に...くっ」
リィンがギリっと唇を噛んでその屈辱に耐えようとしていた。
「リィン、気にするなっ!」
消毒ならいくらでもしてやる、そう耳元で囁いて甘く深い口付けを短い時間に落とす。
「ふっ...ん」
キスだけで身体を痺れさせたように震わせるリィンの反応にコチラが焦った。そんな不埒な行いをする時間も場所もない。
だが、目の前の愛する妻は、寝所で愛撫しているときよりも数倍の艶っぽさで身体を捩っているのだ。
他の男が触れようとしていた事実も嫉妬の炎を抱え込んで沸き上がってくる。
「ジェイク...だめ、身体が...」
潤んだ瞳で見上げられては溜まらなかった。
「ああ、もうっ、帰ったらいくらでも愛してあげるから、今は、これで、我慢な?」
身体の隅々まで知り尽くした仲である。抱きしめた後、きつめの愛撫で短時間に数回快感を解放させてやり、己の劣情は必死で押さえ込むという拷問に耐えた。


「どうだ、歩けるか?」
上着を着せてやっても、いつものリィンにはなかなか戻れそうになかった。
誰にも頼らない凛とした孤高の女剣士、リィン・クロス。その彼女が全てを預けるように寄りかかっているのが嬉しくもある。夫婦になってもプライベートと仕事を分ける彼女は、時々冷たく感じて、昔に戻ったかのような錯覚を起こしてしまう時もあるから尚更だ。
「カインは...背中の、秘密を知っていたんだ...それで、妙な薬を飲まされて...」
顔を赤くしたまま俯く。おそらくカインに屈辱的なことをされたのだろう。くそ、俺のリィンに、許せない。彼女を支える反対側で握り拳を震わせていた。
しばらくするとおばばの解毒薬がきいてきたのか、少しだけ動けるようになった。だが完全には無理なようだ。よほど強力な薬だったのだろうか?おばばの解毒薬でも無理だなんて...
「とにかく、一旦城の外に出よう...」
リィンは一刻も早くこの場を立ち去りたかったのだろうが、そう言う訳にはいかない。きっちりと目には目を遭わせて帰るのがガーディアンのやり方だ。それも、現総帥の息子の嫁に手を出しておいて何もせずに戻ったら皆になんて言われるか示しがつかない。一番はオレの気がすまないからなんだだけどな。
「今はだめだな。それより、隠れる場所はいくらでもあるの知ってるだろう?カインの謀略がなにを目的にしているのか、調べなくては...それに、どこかにエイデ大臣がいるはずなんだ。」
以前にココに滞在してる間に調べ尽くしているのだから、それを逆手にとるのが常套手段だろう。
「さっきの衣装部屋に戻るか...そんな恰好のリィンを誰にも見せたくないからな、たとえガルディスにでもだ。」
「ジェイクったら...」
クスっと笑うその笑顔に俺は弱い。滅多に見せてくれないけれども、俺の前では随分無防備になったんだ。
(あの部屋でイケナイことしそうだ...)
心の中でその思いには必死で蓋をした。

地下室を一通り調べた後、いったん衣装部屋に戻って着替えを済まし、リィンの毒気が抜ける間そこに隠して今度は反対に塔の上を調べた。
(エイデ大臣?)
外からロープを使って窓から覗くとそこには憔悴しきったエイデ大臣の姿があった。
(ジェイク殿!!)
互いに小声で確認し合う。外には見張りの兵がいる。今すぐに事を荒立てたくない。地下室も見回りの交代まであと半時ほどある。
(やはり幽閉されていましたか。)
(カインです、彼は私が邪魔になるとわかると周りのモノを抱き込み、私の味方は半数以上が城外にだされてしまいました。残った者は既に彼の手に下ったのでしょう。私はどうすれば...)
(城外にガルディスを待たせています。後少ししたらここからお出ししますので、そのあと彼と合流してください。私は、もう一度シルビアに会って説得してきます。あなたはなんとか外から城内に揺さぶりをかけてください。)
(あなたにまた迷惑をかけてしまうのですね...すみません。)
(いえ、今回はカインがリィンを攫ったりしたのでね、申し訳ないが穏便に済ますつもりはありませんよ?ご存じでしょう、我らがやり方を...)
エイデがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。そう、以前に一国潰したこともあるのだから。
(では、そろそろ地下室からリィンを取り戻したのがバレる時間です。グロウを、冠竜をリィンと一緒に寄越しますから、一緒に逃げてください。)
そう言い残して、俺はリィンの元に戻った。


半時たち、周りが騒がしくなったのが聞こえてきた。リィンの身体も元通り動きそうだ。
「じゃあ、そろそろ行きますか?」
彼女の手を取り引き上げる。そのついでにキスを一つ。
「じぇ、ジェイク、何するんだ、今から戦いに出る前だって言うのに!」
「いいだろ?こっちは我慢してるんだから。」
その台詞に真っ赤になる彼女が可愛い。
「じゃあ、グロウを呼んで。エイデ大臣をたのんだよ。」
「わかった、ジェイクも無理しないで。」
「り、リィン...?」
今度は珍しくリィンからのキスだったので戸惑ってしまった。
「さあ、ほら行くぞ!」
二人隠れ家にしていた衣装部屋から飛び出すとそれぞれの任務に向かって突撃を開始した。

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