〜氷の花〜

 風が心地よかった。上空の冷えた空気が地肌を梳かしていく。それは普段めったに感じないものだった。幼い頃から本当の髪の色を人の目から覆うようにいつも黒い髪の鬘をつけていたから。今は自由になった銀の髪が風にたなびいている。

「ジェイク...」
この男は先程からずっと、私の銀の髪にいとおしげに口付けてきている。私のあきれた口調も別段気にはならないらしい。
「ん?」
かすかに顔を上げて私のほうを覗き込んでくる。背中に触れている暖かい温もり。
彼はジェイク・ラグラン、精鋭をあつめたチームAに所属する私と同じ”ガーディアン”だ。”ガーディアン”は重要人物や輸送商隊などから依頼を受けて護衛することを成合としている国家単位の有益団体である。
「さっきから何度目だ?もういいかげんにしろよ...」
あまりこういった所作になれない私は、どうもこう落ち着かない。くすぐったいようなやたら緊張するような...
わたしはリィン・クロス、彼と同じ”ガーディアン”だ。特殊能力をもつメンバーで構成されるチームSに属している。私の特殊能力といっても女ながらに剣の腕が立つことと、私が駆る冠竜のことなのだが。
私達がいるのは冠竜のグロウの背、空の上だ。怪我をして長らく臥せっていた彼を歩かせるわけにも、揺れるトルバの背に乗せるわけにも行かず、グロウに乗せてもらっているというわけだ。
私は彼を祖国でもあるガーディアンの本部へ送り届ける途中なのだ。私達はグラナデ王国の時期継承者であるシルビア皇女を留学先から母国へ送り届ける任務の最中、シルビア皇女の王位継承を阻止しようとした国王親族の雇った一味にジェイクは深い傷を負わされた。
それは私の長年の敵でもあるその男――義父母の敵と自分のいまわしい過去――と相対した時に、過去の恐怖心にとらわれ動けなくなってしまった私をかばいついた傷でもある。
私は彼の力を借りてその男を斬った。積年の恨みも、自分の過去も断ち切るがのごとく...。
なぜ私が命を狙われ、義父母まで命を落とさねばならなかったのか?その男が最後に残した言葉『銀の国』。その謎は今も私の心の半分以上を占めている。長年追い続けていた敵を討ちながらも、奴もからはその意思は感じ得なかった。そいつはだだ命令されたとおりに殺し、それを楽しんだだけなのだ。この銀の髪を目印に...

「なんでだよぉ、リィン?」
ジェイクが耳元で聞き返してくる。男性嫌悪症だった私が、ここでこうしていることすら奇跡に近いのだから、ため息がでる。
グロウの背中では、必然的に身体も触れてしまう。怪我した身体に差し障るから、後にまわってジェイクを支えた方がいいだろうと言っては見たが、彼は断固としてそれを拒んだ。怪我して運ばれたときに情けなく感じたらしい。もっともわたしよりも10フィー(cm)は高いし、女としてはがっちりしている私の身体よりもひとまわり逞しい。怪我しているからなのに、なんで男ってそういうことを気にするんだろう?
「滅多にないんだぜ?こうやってお前の銀の髪に堂々と触れられるのってさ。いつもは黒髪だし、俺と二人でも滅多に鬘取ってくんないしさぁ。部屋にも入れてくんないんだものなぁ...」
 滞在中、部屋を訪ねてきたジェイクを部屋に入れなかったことを未だに根に持っているらしい。もっとも彼も部屋にシルビア皇女が尋ねてきて、居座られて帰るに帰れなかったのだが。
彼は何度かの任務でシルビアの護衛につき、その時何度か彼女の危機を救ったがために、彼女に好意をもたれていたらしい。今回本部からの急な帰還命令がなければこのまま永遠に足止めを食らっていたかもしれなかった。

グラナデの国王が亡くなり、その喪式には二人して参列したが、その後もシルビアを支える大臣が足しげくジェイクの部屋へやってきては何か無理を言ってるらしかった。『このままここへ残ってくれ』だの、『供にシルビアを支えていこう』だのと、どうやら彼女の伴侶として目をつけられているらしかった。一介のガーディアンごときになぜとは思ったが、シルビアの思い込みに近い『ジェイクと私は相思相愛!』と、それを固く信じている大臣達には、ジェイクのやんわりした断り口調ではまったく通じず、いかなる理由をつけても受け付けてもらえなかったらしい。
『いっそのことここで彼女の伴侶として一生捧げたらどうだ?』と私が冗談めかして言ったら、ジェイクは『そんな気はない!』と必死にわたしに言い訳してはいたが...
一応私も彼女の命の恩人であるわけだから、待遇は悪くはなかったが、皇女様も薄々何か感づいたのか、契約の切れた後は『いつまで居られるのか?』と私を早く国外へ追い出したかったらしい。
シルビアの即位戴冠式の日取りも決まり、ジェイクに列席を強要し始めた頃、ガーディアンの本部から急ぎの帰還命令が二人に届いた。これ幸いにと、戴冠式の準備であわただしくなる中をぬって飛び出してきたってわけだ。
「もうちょっと俺を信用してくれたっていいんじゃねえのか、なぁリィン?せっかくテントがあるっていうのに、グロウと一緒にいて入ってこないしさぁ。」昨夜のことをまだ言っている。

たしかに私の心は彼を許し始めていた。義父母の敵でもある男につけられた深い傷は私を男性嫌悪症にしていた。戦うこと意外男どもに近づくことも、触れられることも拒否し続けた私に唯一近づけた男、ジェイク・ラグラン。長年私と供に戦い、私を護り続けてきた冠竜のグロウが唯一認めた存在。
だが、12の時に失うものはすべて失い、残ったこの命と腕一本で生き抜いてきた私は、絶えず神経を逆立てて生きてこなければならなかった。鎧で身を包み剣をもち、女であることを捨ててはいても、下卑た男どもの視線はいつも不躾だった。なるべく人目のあるところを避けて、野山でグロウと居るときが一番安心できたのだ。だから途中で野宿したときも私はグロウと寄り添って眠った。そのすべてをいまさら否定は出来ない。
たが私は怖いのかもしれない。ジェイクが、いやその腕に甘えてしまいそうになる自分が...
「ジェイク、グロウに言って降ろさせるぞ。」
「うわっ、そいつは勘弁してくれよ。」
そういいながら、やっと私の髪から離れてくれた。
ジェイクは本当に不思議な男だ。
金茶の柔らかい髪に鳶色の瞳。相手に警戒心を持たせない屈託のない笑顔。気難しやで通っていたシルビア皇女に気に入られたり、グラナデ国の重鎮を信用させたり、なによりもグロウを信用させてしまった。きっと両親にも愛されて、めぐまれた環境で育ったのだろう。粗野な言動の中にも育ちのいい雰囲気を感じるし、グラナデで夕食会に招待されたときもマナーは完璧だった。最後には皇女に誘われてダンスのステップまで披露していた。本当に侮れないやつ...。
本部までの距離はかなりある。グロウも二人乗せて飛ぶのには慣れてはいない。帰路を急いでいたけれど、一日に何度か休憩を取らざるを得なかった。
グラナデの最先端の治療を受け傷口は塞がっているものの、上空の冷えた空気はジェイクにはあまりよくなかったようだ。ジェイクは決して辛いとか痛いとかは言わない。ただ笑って『大丈夫だから』としか言わない。
私をかばってつくった傷にどう接していいのか、わからないでいた。
日が沈む前に森へ降りて野営の準備をはじめた。
食料はグラナデ国の宰相が山ほど用意していてくれたし、グロウが川の近くを選んで降りてくれたので、水にも不自由しなかった。夜は冷え込むのでテントを張ってジェイクに休んでいるようには言ったが、じっとしていない男だ。簡単な料理をする間にも覗き込んできては手伝おうとする。慣れているのか、まめなのか。
火をおこしてスープを作ってパンと燻製肉をやわらかくして食べた。ジェイクはなんでもおいしそうに食べる。
「うん、うまいなぁ!男ばっかのチームの野営の時じゃ全部そのまんまだぜ!工夫ってのがないんだよなぁ。」
「工夫って、ジェイクはまだあんまり消化の悪いもん食べられないだろ?」
「これで発酵酒でもあれば最高なんだけどなぁ!」
調子に乗るとすぐこうだ。まだしばらく薬を飲めとグラナデの薬師から薬草を何種類か持たされてるって言うのに。こんどスープの中に入れてやろう。それに...
「ジェイクにお酒なんて怖くて飲ませられない。」
私は冷たく言った。
「あぁ、さてはガルディスがなんか言ったな?リィン、信じるなよ!」
「信じるなよって言われたって、」
実際この目で見ているから...いくら強く否定されても。
『飲むととんでもなく陽気になる。』とジェイクの腹心の部下?でもあるガルディスが言っていた。たしかに、グラナデで晩餐会があったときに病み上がりのくせに、すすめられるままに杯をあけては陽気になり、しゃべるしゃべる。最後にシルビアとダンスまで踊り、とまあ暴れるのでもないが、手はつけられなかった。(だから誤解されるんだ!)
ガルディスは、『酒場に行くと、最後には来ていた客を全部巻き込んで騒いじまうんだぜ。』とも言っていたぞ。『やつは酒は好きなんだが、強いんだか弱いんだかわからねぇ。楽しまなきゃ損だって思ってるんじゃねぇのかなぁ。』
今になって帰り際に必死に言い残して言ったガルディスの言葉がよみがえってくる。
「とにかく酒はだめだ!」
食料の中に発酵酒があることを知っているジェイクは、不服そうにちぇっと舌をならして残りの食事をかき込んでいた。

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