〜氷の花〜
2
「ところで、銀の国のこと少しはわかったのか?」
食事が終わり、火の前でぼうっとしていたジェイクが聞いてきた。
グラナダでも色々と調べてはみていたのだが、
「いや、何もわからなかった...」
「そうか、なぁリィン。覚えてることってないのか?」
「覚えてること?みっつの時に義父のディーノに拾われる前の記憶はないんだ。」
「ディーノにその時のことを詳しく聞いたか?」
「最後に家族で出かけたときに、少し...。だが、わたしを拾った場所へ行こうとた途中で奴に見つかってしまったからね。聞いていたのは、ディーノがある国の依頼で――これはディーノも聞かされてなかったらしいが――その国の重要人物を逃亡させるということで、約束された場所へ小隊引き連れて行たが、誰もいなかったそうだ。何か争った後があったらしいが、あいにくの雨ではっきりした痕跡は残ってなかったらしい。」
義父母が殺される前の日もこうしてみんなで火を囲んで野営した。周りは闇で、野獣の遠い声が聞こえてきたが、怖くはなかった。強かったパパ・ディーノ、優しいママ・ミレーヌ、二人に囲まれていると不思議と何も怖くなかった。
「周辺を探していたら、私がそこから離れた岩陰に一人隠れていたのを見つけたらしいんだが...私は何かのショックでしばらく何もしゃべれなかったし、記憶もなくしていたらしい。よほどひどいショックを受けたんだろうと言われたが、引き取られた後はパパ・ディーノもママ・ミレーヌもやさしくしてくれたので、しだいに話せるようにはなったんだが...なかなか笑うことはできなかったんだ。」
ジェイクはいつになく真剣な横顔で聞いてくれていた。
「この銀の髪も珍しかったから、昔から鬘を被ってたんだ。その時は鬘をかぶらずにいたんだ。そしたら、奴は私の髪をみて『見つけた!』って言ったんだ。『こんなとこにいたのか』って!奴に襲われて、逃げ出して...」
未だにその時のことを思い出すと体が震えて頭に血が上ってくる。自然とこぶしを握り唇を噛んでいた。
「リィン!」
ジェイクが私の頬を片手ではさみ、唇を噛まぬよう顎の関節を緩めていた。
「よせよ!また唇を噛み切るつもりか?」
「あぁ...すまない、つい...。」
こぶしと唇の力を抜いた。
「んっ、...」
不意にジェイクの唇が重なってきた。
優しいキス...
「唇噛み切っちまったら、またしばらくキスできなくなるだろう?」
奴と相対した時にもひどく唇を傷つけてしまい、しばらくは何を食べても痛かったのだ。ジェイクも痛そうだと、キスを自粛していたらしい。
「まだ思い出すの辛かったらもういいよ。」
そのままジェイクの腕の中に抱きすくめられていた。
「話せるようになった分、大丈夫だと思うよ。」
そのままジェイクの方を見上げると、彼のほうが泣きそうな笑顔をつくっていた。
「あの時のことも、忘れようとしていたから記憶も曖昧なんだが、奴は『これで俺の物だって!』何かはわからなかったが、あいつは...私を犯しながらそんなことを言っていたように思う...。その時に胸に十字の傷を切りつけられて、後は痛みとショックでよく覚えていないんだが。でも、最後に『おかしい!』って...、何か調べていたような感じだった。周りを調べはじめていたから、隙をついて逃げ出した...。気がついたらグロウに助けられていた、と思う。」
少し身体が震えていた。寒いわけじゃないけれども。身体の傷は癒えても心の傷の方は形のない恐怖に癒されることなく、ただただ闇で心を覆い尽くされる。今まで、何度その恐ろしさから逃げ切れずに眠りから目を覚まし、闇を恐れ、男性という男性に恐怖と嫌悪感を持ち続けていたことか。グロウに護られて眠る時意外、眠りに落ちることが出来ずにまんじりと夜明けを迎えた時も少なくはない。でも、今は...
「リィン?大丈夫かい。」
心配そうに覗き込んでくる。私がすっぽりと納まる広い胸と大きな腕。
気負いも、独りの不安も、男性に対する恐怖感も、融けていく...パパ・ディーノ以来感じ得なかった安心感。ジェイクがそれを私にくれた。
しだいに震えは収まっていった。
その夜、はじめてテントでジェイクと眠った。
あのまま彼が私を離してはくれなかったのだが...。もちろん、何もしないと言う約束でだ。
『パパ・ディーノといるみたいだ。』と私が言うと、
『結構辛いんだぜ』とジェイクは言った。何が辛いんだろう?
グロウがテントのそばで見張り番をしてくれたので、外敵を心配することなく、二人して深い眠りに落ちていった。
明け方、目が覚めると彼の腕枕の中にいた。
(こんなに安心して眠れたのは何年ぶりだろう...。)
暖かい腕の中、ジェイクの鼓動がゆっくりと伝わってくる。
まだ眠る彼の伏せた睫の長さに少しどきりとしながらも、ゆっくりと彼の腕をはずして、テントの外へと出る。
『よかったらこのままリィンの国を探しに行かないか?』
昨夜のジェイクの言葉。
幸い食料もたっぷりあるし、グロウ使えば近くまでは行くことが出来るだろう。あとは何の手がかりもないのだが...。
『急いで本部に帰ったって、どうせ俺は内務勤務が待ってるだけだし、リィンが次の任務で出ちまったら、次いつ会えるかなんてわからないしな。銀の王国を探しに行くなんてなかなか出来なくなっちまうぜ?』
確かにそうだ。だから私はジェイクを本部へ送り届けた後は、ガーディアンを抜けるつもりでいた。
銀の王国は一人で探しに行くつもりだった。
「リィン、はやいなぁ。」
ジェイクがテントから出てきた。
「おはよう、ジェイク。」
「おはよう。んっ!?」
いきなり朝のキスだとか言って頬にキスしてくるので、丁寧にお断りしておいた。
「いってぇなぁ、いいだろほっぺにぐらい〜〜!」
おもわず冷たく見据える。いくらなんでもこんな朝っぱらからそんなこと出来るか!!
「ジェイク、私はそういうのは好きじゃないんだ!」
昨日今日でそこまでは変われない。誰が見てるわけでもないが、長年の相棒グロウが不思議そうにこっちを見てる。とにかく照れくさい。
「くっそぉ、これでもか?」
ジェイクは一通の手紙を取り出した。
「昨夜はさ、あぁいう風にいい感じになっちゃったから出さなかったんだけど――これ本部からの回答書。15年前のディーノ・クロスが依頼を受けた時の報告、っうわっ!」
私はその手紙をひったくって取り上げた。そのまま内容を読んでいる間中ジェイクはうれしそうに私を後ろから抱きすくめて、逃げられないようにしてしまった。けれど今はそんなこと気にしていられない。
「ガルディスに調べてくれるよう頼んでたんだ。」
いつの間に...?ほんと、侮れない奴!
「ジェイク、昨日なんでこれを出さなかったんだ!?」
「こんなの見せたら、リィンはすぐにでも飛び出しそうだったからさ。」
当たっているかもしれない。普段何事に関しても冷静でいられたはずだったのに、こと自分の過去や出生のこととなると居ても立ってもいられなくなってしまう。しっかり見透かされてるみたいだ。
「このまま本部へ向かうルートの途中にあるんだな。」
ディーノが依頼を受けた落ち合う約束の場所のが書かれていた。オーグと呼ばれる山脈のふもとに広がる未開の森、深い森で有名で、入っていったものがまともに帰ってきたという話はあまり聞かない。平原を突っ切って帰る予定だったが、途中右手にずれていくと小さな山々を越えた先にオーグ山脈とその森はある。
「ほおって置いたら、絶対にリィンは一人で行くんだろう?」
ジェイクの腕に力がこもる。
「もうさ、お前が居なくなるなんて考えたくないんだよな。そりゃ出来ることならこんな危ない仕事から手引かせたいよ。だけどリィンは自分のことがわかるまで絶対に引かないだろうし、国で俺の帰り待ってるような女じゃねえだろうし...」
(あたりまえだ!男に護られてだけ居る女なんかにはなりたくない。)
少しもがくと今度は身体ごと、正面に向けられた。ジェイクの腕は緩まない。護る...ジェイクが深い傷を負ったときのことが思い出された。
「これだけは約束してくれないか?決して一人では行かないって!もうこの心も命もリィンに捧げちまってるんだから。なぁ...」
「護らせてくれたら...」
「えっ?」
「護られるだけじゃいやなんだ。ジェイクのことも護らせてくれるんならそうする。私だっていやだよ。冷えていくあなたの身体を温めながら、もしこのままって、考えたら本当に怖かったんだから!私にはもう家族も友人も誰も居ない。居るのはグロウとジェイク、あなただけなんだ...」
「リィン!」
ジェイクの腕が強く私を抱きしめる。苦しいほど強く...
「もし銀の王国が見つかったとしても、それはきっと過去なんだと思うの。自分が何者かを知ることは出来る。でもそのために何もかもなくすのも嫌なの!!」
なんて我侭になってしまったのだろう。人を思うということはそういうことなのだろうか?
「リィン...」
ジェイクの深い口付けが私を絡めとる。その口付けに自ら答えていた。
ジェイクの熱情はなかなか醒めなかったみたいだった。長いキスの後もしばらくはそのまま離してくれなかった。何度もいとおしげに髪に口付けていた。人前に出ない限り、彼の前では鬘を取るということも約束させられてしまった。ジェイクに言わせると銀髪のままの私のほうが素直だというのだ。たしかに少し気負いが抜ける感はあるけれども...。
さすがに日が上がり始めたのでテントをたたみ出発の準備を始めた。
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