「おい、ジェイク!どこ見てんだ?」
ふいに肩をたたかれて、俺は我にかえった。
俺たちは<ガーディアン>という組織に属している。主に依頼主の身辺警護を任務とする営利団体だ。それぞれの能力に合わせてチームに分けられているが、俺の属しているチームAはランクからいくと最上級クラスである。主に国家君主、後継者などの身辺警護が主たる任務だ。自分で言うのもなんだが、チームAでも5本の指に入る剣の使い手だと思っている。スピード重視なのだが、俺とまともに張り合える奴はなかなかいない。
この時代、国や自治体同士の衝突や小競り合いがあっても、戦争らしきものはあまりない。そのかわり国王や代表の暗殺や後継者の命が狙われることも少なくはないのだ。移動手段も限られるこの時代において、モンスターや暗殺者から身を護るには、特別に訓練された力をもつ者の力が必要になってくる。そこで誕生したのが<ガーディアン>である。創設者のヒルブクルス卿が自国の親衛隊を中心に作り上げた組織だ。
俺が見ていたのは、今回の依頼主グラナテ゛国の美女で名高い皇女シルビアではなく、その警護についていた特殊チーム”S”のメンバーの一人だった。
「シルビア皇女についているのは?」
肩をたたいたガルデスに聞いてみた。俺よりもひとまわりでかいが、厳つい顔のわりに気のいいやつだ。
「あぁ、チームSのリィン・クロスか?」
チームSは特殊能力や、変わった特技を持ったものが多く集められている。外見も...小さな子供に見える大人や、やたら腕の立つ婆さんや、リィンのように腕の立つ女剣士などである。
リィン・クロス、さすがの俺でも耳にしたことがある。冠竜を駆る凄腕の女剣士だと。だが想像していたのとは大分違うみたいだった。もっといかつい傷だらけの女かと思っていた。実物は、さすがに華奢とはいえぬ女だてらに力強い立ち姿だが、腰まである束ねられた漆黒の長い髪、ちらりとこちらを一瞥した深く暗いアメジストの瞳、冷えきった視線...
「グラナデ国は今国王が病に倒れて、唯一の後継者であるシルビア皇女が無事に留学先から帰国しねえことには大変だって、スペシャルコースで依頼があったらしいぜ。」
ガルディスはやたら皇女の美しさを褒め称えていたが、俺にはあの女剣士の冷たい表情の方が目に焼きついていた。
「リィン」イラスト(byまっき〜)
「ジェイク、お姫様のご指名だよ〜ん!」
ふざけた調子で擦り寄ってくるのはチーム最年少のパロスだった。
彼は足が速く身が軽いと言うだけでチームAに配属された、いわば伝令係である。金の髪をなびかせて走る華奢な身体つきの少年だ。
「またか...どうせちょっと森にでも出かけたいだけだろう。」
俺はため息混じりに答える。
旅の工程も中ほどで、今夜は森の中の小さな泉のあるオアシスに野営することが決まっていた。シルビア皇女の護衛は今回で三回目である。そのたびにこうやって護衛隊長に指名されて、何かあるごとに呼び出されては私用につき合わさせられる。それが散歩だったり、食事だったり...
俺はこういう荒事をしている割には、まわりのむさくるしい強面の連中からすれば十分すぎるほと優男に見えるらしい。明るめの金茶の髪は切るのも面倒で少し伸ばしてはいるしが、体格は筋肉質だし、上背もある。がっちりしている方と自分では思っている。(自分だけだろうか...)
たしかに愛想はいいほうだろう、女子供受けするといつもガルディスにからかわれている。だが子供受けならこのパロスの方がずっとそうなんだが...
「ジェイクは相変わらずもてるね〜この色男っ!」
パロスは肘で俺のわき腹をつんつんと突いてくる。
「ばかやろう、いい迷惑だよ。今回はチームSの女剣士がついてるからゆっくりこっちで休めるかと思ったんだがな。」
しかたなくお姫様のテントへむかう。
「ジェイク・ラグランですが、お呼びでしょうか?」
取次ぎを待っているとチームSでも有名な「おばば」と呼ばれる年配の女性が現れた。背は低く、しわくちゃな顔には何者とも知れない不気味さと叡智の光が見られる。黒尽くめでなんとなく不気味だ。毒物などにも強く食事のチェックなど彼女に任せれば安心ってわけだ。彼女まで出張ってきてるってことは、今回は相当深刻ってわけだ。
「すまんの、ジェイク。シルビア皇女が夕暮れ時の森を散策されたいらしい。ヒヒヒ」
しわがれた声で下から舐めるように見上げてくる。おばばの身の丈は、180フィー(cm)はある俺の腰ぐらいしかないのだからしかたない。
(はーっ、やっぱり...)俺はため息ついた。
「しかし、こちらには今回リィン・クロス殿がいらっしゃるのでは?」
「そなたがこぬと意味がないそうだ。」
おばばはニヤニヤと笑いながらぼそりといった。
「ジェイク!来てくれたのね!さあ、出かけましょう!」
甲高いシルビアの声がテントの奥から弾んできた。
「シルビア様、もしものことがあります。あまりで歩かれぬ方が...」
「もう、リィンは堅苦しいわね。少しくらいいいでしょ!」
さっいきましようと、俺の腕をとって先を進みだす。
「大丈夫よ、ジェイクがいるから!リィンはついてこなくても結構よ!」
最初の任務のときに、俺が盗賊どもから護って以来この調子なのだ。来なくていいとは言われたものの、リィンは距離を開けて付いて来ていた。リィンから見ると、きっと今の俺はお姫さまに擦り寄られて鼻の下を伸ばした男に見られてるんだろうな...。そう思うといっそう気が重くなってきた。
森の木々の生い茂りが西の方だけ途切れた場所に来ると、落ちかけた陽が赤く風景を染めていた。ちらりと後ろを振り返るとリィンはシルビアの視界に入らぬよう身をひそめていた。
となりではうっとりとした表情でこちらをみつめている。
(こんなややこしいのに手を出すわけにもいかないしなぁ...)
さりげなく身を引き離しながらそろそろ戻りましょうと言いかけたそのとき!
「はーーーーっ!」
茂みの中から剣が飛び出してきた。
とっさにシルビアをかばいながら腰の剣を抜こうとした。が、シルビアが俺の利き腕にしっかりとしがみついてほどけない!
「くそっ、腕を!皇女!」
シルビアはひたすらキャアキャアと声を上げて騒ぐだけでこの状況を理解していない。
「ザッ!」
すぐさま剣ごと飛び出してきた刺客は後ろへと倒れ落ちた。
一瞬の間にリィンが飛び出してきていたのだ。
(早い!!!)
だがまた反対の茂みから二つの影が飛び出してきた。
「どん!」
リィンを突き飛ばしてよけながらようやく緩んだシルビアの腕を解き剣を抜いて影のひとつを切り裂いた。
リィンは突き飛ばされた勢いで水溜りの中へはまりながらもすぐさま体制をかえてもうひとつの影をなぎはらった。
他の刺客がこないか、確認しながらリインと二人でシルビアを囲んだ。
騒ぎを聞きつけて仲間たちが寄ってきたが隠れているのもいないようだった。
「大丈夫か?」
泥水をかぶったリィンに声をかけた。
「あぁ...。とっさでひとりも残しておけなかったな。」
シルビアは俺からひっぺがされておばばにつれられてテントへ戻っていった。
「俺もとっさだったので、すまなかったな。」
三人の刺客は絶命していた。もっとも俺が謝っていたのはリィンの汚れた姿についてだったのだが...
(意外と軽いんだ、あのぐらいであそこまでふっとぶなんて。)
「しかたないさ。」
そういってリィンはテントの方へ戻っていった。
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