氷の花〜IceFlaower〜


「日が完全に落ちて、奇襲に備えて交代で警護に当たりながら夜は更けていった。各班のテントでは休みにつくものがランプを消して朝を待つための眠りにつき始めた。ガーディアン一行はそのぐるり周りをモンスターや、外部の者の侵入を阻止するために交代で野営地を見張る。俺の交代は夜半過ぎだったので、久しぶりに水浴びでもと森の奥へ進んでいった。ここはキャンプ地より少し奥まったところにあって、以前来たからこそ知っているが、山のがけのすぐ下に小さな湧き水の泉があるのだ。
まだ肌寒い季節、冷たい水を浴びる物好きもそうはいないはずと、水辺へ近づいたそのとき、
「チャプン...」
木陰の水際で音がした。
(だれだ、こんな夜中に物好きな...って俺もか。)
そっとのぞき見る。
薄暗い月の光にさらされて浮かび上がったのは長いー銀の髪ー
(銀の髪?女...女官にはそんな髪のものはいなかったはずだ。)
泳ぐように気持ちよさそうに水を浴びている。
「バシャッ...」
水から上がってきたのは女のシルエットだった。
(運がよかったかな?ガルディスがいたらうるさかったな。)
女好きの彼の口惜しそうな顔を思い浮かべた。
月明かりにも銀の髪はほの明るく光っていた。その胸元まで...
(十字の傷?)
白い張りのある双方の胸の上に斜めに入った十字の傷がやけに生々しくうつっていた。
「ぱきっ」
思わず身を乗り出したがために足元の小枝が鳴った。
「誰だ!?」
右腕には細身の剣が握られている。その切っ先はまっすぐジェイクのほうに向けられていた。
「いや、俺は..」
急ぎ言い訳を考えながら、怪しまれぬように両手を挙げて少し近づこうとした。
「来るな!」
強い口調の少しハスキーな女の声。
聞きおほえのある声だ。この声は昼間警護の支持を出していた女剣士リィンの声だ。
(あの女剣士だったのか!?)
急ぎマントで身をくるんだ女剣士は、ギッとこちらを見据えていた。夕刻の剣さばきを思い出して思わず耳の後ろ辺りがぞくっとした。いや、あのときのリィンの瞳をだ。だが、リィンの髪は黒髪だったはずだ。
「すまない、水音がしたので気になって...俺はチームAのジェイク・ラグランだ。暗くて何も見えていない、安心してくれ。」
そういってきびすを返してその場を立ち去ろうとした。
「待て!」
「本当に何も見ていないのか?ジェイク・ラグラン」
疑いの思いを隠したその問いかけに少し躊躇しながら、俺は目線を背後にわずかにもどした。
(黒髪に戻ってる...)
「その返答によっては...」
殺気のこもった声で剣を振りかざす。
「なにも見てないよ、見てても誰にも言わん。」
「本当か?」
「あぁ、誓ってもいいぜ。」
リィンの切っ先が緩んだ。
「冠竜を駆る女剣士と無駄な手合わせして怪我なんぞしたくもないからね。ただし、その格好でって言うんだったらかなり不利じゃないのかな?」
「くっ...」
自らの風体を省みてリィンはとりあえず剣を交えることは諦めたらしい。
「ジェイク・ラグラン、若いのに恐ろしく肝の据わった剣士とは聞いていたが...」
「水浴びをしていたわりに、髪はもう乾いたのかい?リィン・クロス」
月明かりの中、リィンの表情が曇るのが見て取れた。
「ジェイク...」
「リィン・クロス、冠竜を駆る女剣士がなぜ髪の色を隠す?」
俺ははじめて女剣士の顔を真近で見つめた。戦士であるがゆえに日には焼けていたが、元は白い肌であったのだろう。夜目には十分女の顔に見えた。
「故あって髪をさらすわけにはいかない。」
「珍しい髪の色だからな。」
リィンの瞳が再び冷たく俺を見据えた。
(あぁ、この瞳だ。はじめてみたときから引っかかっていた。冷たい、拒絶するかのごとく人を見据える。だが...)
「リィン...」
思わずその手をとり引き寄せて黒髪の鬘を取り去った。まだ濡れたままの銀の髪が雫とともに流れ落ちる。
「なにをする!」
一瞬リィンの瞳が戸惑いの色を見せ、怒ったというよりも泣きそうな顔で俺を睨み付ける。
(この瞳...)腕をつかんだまま、なおリィンの瞳を覗き込もうとした。
「ジェイク!!!」
一瞬自分が何をしようとしていたのかわからなかった。
「すまない、こんなつもりじゃ...」
剣の切っ先は確実にのど元まで届いていた。
「きさまっ!」
「違うんだ、リィン!その、銀の髪が綺麗だから...」
(その瞳に惹かれたから...)その言葉は飲み込んだ。
「なっ!なにを言う!?離せっ!」
剣で牽制しながらリィンはジェイクの腕を振り解き後ろへと後ずさった。
あきらかに女剣士は動揺していた。脅して口止めするつもりの相手が思いも寄らぬ行動に出たのだから。もっともその当の本人も何故そんなことをしてしまったのかわからなかった。
「と、とにかくこの髪のことは誰にも言うな!」
「約束する、誓うよ。」
「他言したときは、斬る!」
リィンに念を押され、彼女が去った後もしばらくはその場で天を仰いでいた。
(やばいな...命がけかよ)
月がやたらと眩しかった。

BackNext

HomeNovelTopTop