ずっと、ずっと...〜番外編〜       <今村くんと芳恵ちゃん>

〜いつか好きになる...〜

文化祭も質素に終わった。
とりあえずぶらぶらと見て回ったりもした。誰とって紗弓以外いないってとこが寂しいけど。
県大会も夏休みの初めにあるのでもう大特訓中。じゅんちゃん監督張り切っちゃって、文化祭終わって、期末が済んだらもうフル練習!身体もぼろぼろになるほどのハードさ...さすがに中学とは練習量が違う。特に夏休みに入るとね。
夏休みに入ると快適なことが一つ。例の野球部ファンクラブの子達と顔をあわせなくてもいいのが助かる。相変わらず視線きついもん。
だって...たまにだけど、待ってるんだよ、自転車置き場で、今村くんが...
御用聞きのように『どう?』って。最近は他の話もするようになったけどね。女の子と話しすることの少ない今村くんだから、あたしみたいなのと話しするの珍しいんだろうね。女の子ほども気使わないだろうし...だからあたしも男友達の乗りで話してるんだ。ま、ほとんどあたしがしゃべってるけどね。
あたしは普通に出来てると思う。だってあのときの気持ちは、ふいに抱きしめられてびっくりして、ときめいただけなんだからって、そう思ってるから。

夏休みに入ると野球部も遠征があったり、遅くまでナイター設備使ってやってたりとかで時間帯合わないから、一緒に帰ることもなくなってる。
県大会、わたしたちソフト部は惜しくも準決勝で負けてしまった。2位までなら上の大会にいけたのに...悔しかった。大会には金谷先輩も無事復活、あたしは試合には出れなかった。何度か下位打線の時にピンチヒッターででたり、紗弓も代走で試合にでたけどベンチで最後まで応援した。3年の先輩達はこれで終わりなのだから...
部室に戻った先輩達は泣きながら荷物を片付けていた。金谷先輩があたしのとこにやってきてキャッチャーミットを差し出した。
「よっしー、これ、今年に入って買ったばっかりのミットなんだけど、よかったら使ってくれないかな?」
「え、先輩、もうソフトしないんですか?」
「あたしは就職するから、もうこれを使うことはないと思うよ。よっしーの中学から使ってて、そろそろぼろぼろだろ。よかったらだけど...」
「あ、ありがとうございます!!大切に使います!!」
金谷先輩の腕があたしをぎゅってした。
「よっしー、ほんとにありがと...あたしを県大会に連れて行ってくれて...最後までよっしーがでてもよかったのに、ごめんね、よっしー...」
「せんぱい...なにいってるんですか!先輩じゃなきゃ準決勝までいってないですよ!それに、あたしたちにはまだ次が有りますから、きっと来年も再来年も県大会に行きます。その上の全国だって目指しちゃうんですから...ね、せんぱいっ...」
元気に笑っていうつもりが最後は涙声になってしまう。金谷先輩のお母さんのようなあったかな胸に抱きしめられてあたしの方が泣き出していた。隣では今村キャプテンが2年のピッチャーの原先輩と、紗弓に頑張ってと声を掛けていた。そして笠井先輩にあと宜しくねと...今村先輩は大学からも引抜が来てて、そのままソフトは続けるそうだ。泣かずににっこりと微笑み続けている。
「よっしー、1年は頼んだわよ。ミナ(笠井先輩)を助けてやってね。」
「はい、先輩も余裕あったら練習に来てください!」
「あはは、大学がきまったらね。それと、よっしー...」
声が小さくなるので耳を近づける。
『弟の竜次をよろしくね♪』
「ち、違います先輩!それは誤解です!!あたし達そんなんじゃないんです!!」
「あら?だって時々一緒に帰ってるじゃない。」
「それも、ちょっと話がある時だけで、違うんです〜〜」
「まあ、そうだったの。あたしはてっきり...」
「あたしとなんか誤解されたまんまじゃ今村くんが可愛そうですよ。いい加減否定しといてくださいよ。」
「ふうん、そうなんだ。竜次は一度も否定しないし、たまにあなたの事聞いてくるから...。そうなの、あの子ったら...」
「え?」
「ううん、なんでもないわ。さあ、そろそろ解散しましょう。」
今村先輩の声にぞろぞろと部室を出て行く。先輩達の夏が終わったんだ。
翌一日だけはおやすみが当たった。なんとラッキーな!と思ってたら夜になって部の連絡網が回ってきた。野球部が準決勝を明日戦うのでソフト部全員T球場まで応援に行くことになったらしい。
応援のバスは8時だけれど、選手のバスが2台朝の7時に出るのだが、かなり座席が余るので、ソフト部が乗って行けということらしかった。
2台目には主に1年野球部が乗り込んでくる。白い背番号のないユニフォームの集団の中にあいつを見つけた。一応ベンチに入れなくて応援でも、試合前ということでバスの中は緊張感が漂っていたみたい。この気持ち、わかるなぁ...
「勝てるといいのにね。そしたらもう一個勝って甲子園なのに...」
紗弓がそっとつぶやく。ソフトやってる子のほとんどがプロ野球ファンだったり高校野球好きだったりするから、みんな甲子園の重みを知っている。現キャプテンの彼女でもある今村先輩なんかは、朝から心配げな顔であまり口数も少ない。
試合の結果は、優勝候補の強豪校に3対4で負けてしまった。帰りも応援のバスは早々と帰ったが、あたし達と野球部の面々は名残を惜しむように帰りが遅れた。もう少しのところまで追い詰めた結果届かなかった悔しさになかなか帰る気になれないみたいだった。集合時間だけ言い渡されてたので、それに合わせてたら、トイレ待ちで時間をとられ、あたしと紗弓はバスに乗るのが最後になってしまった。
「おそいよ〜1年バッテリーは!一人、小畠、こっち空いてるよ。」
そうやって笠井先輩に呼ばれて先に乗った紗弓が奥に歩いていく。
「あれ、あたしは?」
「もう、ここしか空いてないよ。」
入り口でもたつくあたしのすぐ横から声がした。一番前の運転席の後ろの席、そこには今村くんが一人座ってた。
「早く座らないとバスが出せないよ。」
そういわれて大急ぎで隣の座席に座り込む。
「お、遅くなっちゃって...」
「あぁ、先に来たソフト部の2年の人がトイレ混んでたっていってた。」
「そうだったのよ。」
「....」
会話がいつもみたいに続かないのは、やっぱり回りに人がいるからかな?
「ね、残念だったね。」
「ん、ああ、そっちも昨日だったんだろ。残念だったな。ねえちゃんが、最後笹野出してやりたかったって言ってたよ。」
「ううん、あたしはいいんだよ、必ず次も、その次も出て見せるから。」
「そうだな、俺もせめて次はベンチにくらいもぐりこまなきゃな。笹野に負けてらんないからな。」
「そうだよ、頑張って!」
そうそう、いい調子。いつもこんなことを話してるのがあたし達。バスは揺れて日中の疲れを残した面々は眠りに落ち、余力のあるもの達はがやがやと騒がしかった。
乗り物に乗るとつい寝入ってしまうあたしは、最初気を使って起きてたんだけど、だんだんと眠くなって...
『くすくす』
『可愛い...』
『起こしたらかわいそうよ』
「ん...え?」
もう着いてる?あれ、目の前には今村先輩?
「起きた?よっしー。くすくす...」
「あっ!」
あたしはしっかりと隣の今村くんの肩にもたれて眠ってた??隣をそっと見ると眠そうな目をしたあいつがあたしを見てびっくりしてた。なんでびっくりするのよ?
「あー、可愛かったわ、あんた達しっかり寄添っちゃって、もうおねえさん感動しちゃったわ。」
「せ、先輩!?」
後ろを見るともう誰も乗ってない...もしかして降りる人全員に見られてたの?あたしの寝顔!!それも二人でくっついちゃってるの??
「ねえちゃん、人が悪いぞ。そこのいてくれよ、もう降りるから...」
「判ってますよ〜、はい頑張ってね。」
そういって先に下りる先輩。あたしも急ぎ降りようとしたとき。
『自転車置き場で待っててくれないか』
そう耳元に聞こえた。
「え、っと...」
「だめか?」
「ううん、だめじゃないけど、なんで、用事なら今聞くけど?」
『早く降りないと運転手さんが睨んでるよ。』
そういわれて大急ぎでバスから降りた。みんなの視線が痛いよ...。おまけに煽ってるのが今村先輩だもん。みんな文句言えないってわけ。
「じゃあソフト部もここで解散ね。明日から2年中心に頑張ってね!」
「はーい!」
みんながばらばらと帰っていく中、あたしはどうしようか迷ってた。行かなきゃまずいだろうけど、言われることは大体予想できるよ。皆に見られてしまった醜態、きっとそれの誤解を解くんでしょ?判ってるって、明日から違うってフォロー入れまくるからね。今日はもうみんなさっさと帰っちゃっていないんだもん。ちょっと遅れがちに自転車置き場に行って自分の自転車の近くに座り込んだ。2.3年の野球部の人たちはもう帰り始めてる。1年はあとかたずけで最後になるんだろうなぁ。けれどほとんどが体育科で寮生が多いのでじっさい自転車置き場を経由する人は少ない。あたりが真っ暗になってくる。ここって外灯がないからやたら暗いんだよね...
「今日は送るよ。」
「珍しいのね。今まで野球一筋であたしは二の次だったのにね。」
今村先輩の声だった。先輩は自転車通学だけど、彼氏の野球部のキャプテンさんはたしかバスだよね。
「それを言うなよ。しょうがなかったんだからな。けどそれももう今日で終わったんだよ...今までごめん、芙美。」
「ケンジ...」
あ、二人の影が重なるのが見えた...。キスしてるんだ。すごい、みちゃったよ...顔とか、表情とか見えないけど、先輩が幸せそうに彼氏の胸の中にもたれかかるのが判る。なんだかこっちがドキドキしてきたよぉ...でるにでれないし。
そうするうちに二人は仲良く帰っていった。先輩の自転車を彼氏が押しながら肩を並べて...。
「おい。」
「ひえっ!」
いきなり後ろから声!
「もう、びっくりするじゃない!足音も立てずに忍び寄るなんて忍者じゃあるまいし...」
「なに言ってんだよ。自分の姉貴がキスしてるところに堂々と踏み込めないだろ。」
「あ、見てたんだ...今村くんも」
「ああ。ま、ねえちゃんもキャプテンも今まで我慢してきてるからなぁ。今からなんじゃないの?」
「ふうん、やっぱりそんなものなの?」
「そりゃ主将が先頭たっていちゃいちゃしてたら統制取れないだろ?」
「じゃあ、今日から解禁だね!」
「な、身も蓋もない言い方だな...」
「え、違った??」
「同じだけど...」
もう誰もいない自転車置き場、何か話があるって言ったのは今村くんの方なんだよね。
「ね、話ってなにかな?」
大体判ってるけど、面と向かって言われるの怖いなぁ。
「その、ねえちゃんに言われたんだけど...」
相変わらずだなぁ。シスコンじゃないよね??
「笹野は俺と付き合ってるんじゃないんだよな?」
「へ?」
付き合ってるんじゃない...あってるよね?
「そうだと思うけど?」
そんなこと聞かなくったって、自分が一番わかってるでしょう?
「だから、姉ちゃん達は今日から解禁だけど、俺や1.2年はまだまだなんだよな。」
「はあ...」
「付き合う暇なんかないしな。」
「そんなの判ってるじゃない。なんでわざわざ言うかなっ!あたしがなんか頼んだ?」
思わず声も大きくなる。何が言いたい訳?あたしの気持ち知ってて言ってるの?付き合えないからって遠回りに言ってるの?べつにそんなこと説明してもらわなくったって判ってるわよ。でもあたしがいつ今村くんに言った?付き合ってほしいとか、好きなんて一言も言ってないでしょ?今日のあれのせい?明日っから皆に言われるからその前に釘でも刺しとくつもり?
「今日の事は不可抗力なんだから、明日皆に訂正すればいいでしょ?用はそれだけ?だったらあたしもうかえるから!」
「待てよ!」
また腕をつかまれる。もうこのパターンは嫌なの!だってまた溢れちゃうじゃない...せっかく蓋して、重石までしてるのに!
「離して!帰るんだから!」
「まだ話は終わってない!だから帰さない。」
痛いほどつかまれた腕、振り返るといつもと違ってすごく怒った顔のあいつがこっちを睨んでる。
もうやだ、こんな気持ちを繰り返さなきゃいけないんなら、この際ここではっきりと引導渡しちゃってよ!
「あれ、わざとやったから...」
「はあ?何をよ!」
「バスの席も、一緒に寝ちゃったのも、全部!」
「なんで...」
「話すから、ちゃんと聞いてくれるか?」
その真剣な目に、あたしは頷いていた。