ずっと、ずっと...〜番外編〜       <今村くんと芳恵ちゃん>

〜いつか好きになる...〜

「笹野、俺今一番気になるのはお前だ。」
「え?」
「泣いてないか、そればっかり気になる。」
それは前に聞いたよ...。
「ねえちゃんに怒られたよ。なんでちゃんとしないんだって...」
またねえちゃん...もうシスコンって思っちゃうよ?
「笹野が他の男と話したり、帰ったりするの見ても平気かって聞かれた...。俺、平気じゃないと思う。」
「今村くん...?」
もどかしいほど、でも必死に言葉を選んでるらしい。期待したら、また傷つくってわかってるのに、もうあたしの胸は期待でいっぱいだった。最後になんていってくれるか、その言葉しだいであたしの心の行き先は天国と地獄に分かれるんだ。
「うまく言えないけど、これからの3年間、俺は野球に打ち込むつもりだから、だれかと付き合うだとか、彼女とかは必要ないんだ。」
あ、地獄の方...。予想はしてたけど目の前の顔が見る見る間に滲んでいく...
「あ、さ、笹野...な、泣くなよ、俺そんなつもりじゃ...」
どんなつもりよ...声上げるのだけは我慢してるから何にも言えない。あぁ、もう早くココから立ち去りたい。でもあたしの泣き顔を見ることでいつも今村くんの態度が替わるんだ。なぜかは判らないけど...だから、なんにも言えずに振られるだけなんて悔しいから、じっと涙の浮かんだままの顔で彼を睨んでいた。
「必要ないって思ってたけど、笹野が誰かのものになるのはもっと嫌なんだ。だから泣きたい時とか、関係なく、一緒に居られる時には一緒に居て欲しい。」
「へ?」
一緒にって、あたし振られてる最中じゃなかったの?
「だから、俺と付き合ってくれ...」
「はあ?」
う、そでしょ...さっきまで言ってたことは何?混乱するようなこと言わないでよ!あたしは地獄を味わってるんじゃないの??
「笹野?俺の言ってること判りにくいか?ねえちゃんにもよく言われるんだ。その回りくどい言い方と、肝心なことを言い忘れるのはやめろって。」
「わかんない...言ってる意味、全然わかんないよ...」
「そっか...」
大きくため息ついた今村くんは二歩前に進んで、あたしの目の前ぎりぎりに立ちはざかった。目の前には白いカッターシャツしか見えない。
「好きだ、笹野...なのに、また泣かせてごめん。お前の泣き顔見るの辛いけど、その顔、他の誰にも見せたくない...俺だけのもんにしたい。」
すっぽりと身体ごと今村くんの胸の中に納まって、涙の張り付いた顔はカレの胸に埋もれてる。けれどあたしはまだどうしていいのか判らずに電信柱のように突っ立ってるだけ...真下に下ろされてる両の手を何処にやっていいかも判らず、ただ今村くんにぎゅって抱きしめられてる。
「マジで、笹野の泣いてる顔に俺弱いんだ...」
そういって、そっと腕を緩めてあたしの顔を覗き込んだ。
「こうすると泣き止んでくれるなら、ずっとこうしていてもいいな。」
優しい笑顔があたしの顔のすぐ近くまで降りてくる。あたしはまだ頭の中も心の中も整理できずにじっと彼の顔を見つめていた。くすっていきなり今村くんが笑った。なんで?
「笹野、お前かわいいな。」
「へっ?」
彼が自分のおでこをあたしのおでこにのせるようにして合わせた。
あたしったら、不意に言われた言葉にへんてこな返事をしてしまった。もしかしてこれって、ムードたっぷりな場面だったのでは???顔を真っ赤にした今村くんが、小さく何かつぶやいて、腕を放してあたしの身体を解き放った。カレに触れてた部分が頼りなげに感じてしまう。それほど安心できる今村くんの腕の中。心臓はどきどきで困ってしまうけど。
「と、とにかく、これで判ってもらえた?」
もう一度聞きなおされる。
「えっと、あたしのこと好きってこと?」
「ああ。」
「あたしと付き合うの?」
「それは笹野がいいって言ってくれたらな。だめか?」
「だ、だめじゃない!」
「よかった。じゃあ、明日っから一緒に帰れるときは一緒に帰ろう。」
「うん...」
「2学期始まったら、あいつらには俺からちゃんと説明するから。」
「うん...」
「お互い部活きついし、サボる気ないからたぶんデートとか当分お預けで、引退するまでそれらしいこと全然かもしれないけど、それでもいい?」
「そ、それでいい。」
あたしは大きく頷いた。引退後...あたしの脳裏にさっきの今村先輩達カップルの姿が思い起こされる。いつかああなれるのかな?
「じゃあ、笹野、もう真っ暗だからそろそろ帰ろうか?」
「うん。」
今日のあたしほとんどしゃべってないじゃない?いつもと反対だよ。返事しかしてないのって、これいつもの今村くんのほうじゃないの?
隣を自転車をついてゆっくり歩くカレの横顔を見てみる。どういう顔していいか判らない自分に比べると随分と余裕があるように思える。
でもあたしなんか忘れてる気がする。
なんだろ?なにか言い忘れた気がするんだけど?

あたしまだ言ってない!今村くんに、あたしの気持ち、好きだって気持ち、言ってない!

「あたしも今村くんが好き。」
その言葉を伝えようと思いつつも、全然機会も、時間もなくて、やっと言えたのがそれから半年後のバレンタインであったことが、二人の進展度を物語るに相応しいことはいうまでもないだろう。


FIn

夏休みにはいって、ようやく二人で帰れる日が出来た。
付き合い始めて約1年。
最初のキスはバレンタインの時、真っ赤になりながら好きだって言ってくれた彼女が可愛くて、
知らない間に身体が動いていた。
俺も男だったんだなって思う。
でもそれ以上は抑制が効かなくなるのも怖いし、
第一野球で目いっぱいだったから...
あとは、ま、それなりに。
どちらも県大会にはいけなかったけど、秋、そして春こそはと燃えている。
この夏、ふたりともキャプテンというクラブを背負って立つ立場におさまってしまった。
「ちょうど1年になるね。」
いつもの自転車置き場。二人並ぶのは何週間ぶりだろう。
「そうだな...」
「こうやって付き合うって、予想してた?」
「予定では野球一筋だったからなぁ。」
「あたし邪魔?」
ちょっと悲しそうな顔して覗き込んで来る彼女にどきりとする。
「まさか、笹野がいるから、笹野が頑張ってるから俺も頑張れる。」
「ほんと?」
「あぁ」
「あたしも、出会ったときからいつか好きになるだろうって思ってたけど...
こんなに好きになるなんて思ってなかった。」
ちょっと俯き加減で話す彼女の顔は真っ赤だ。
久しぶりの二人っきりの雰囲気に緊張してるんだろう。
俺も...
「これからもこんな調子だけど、よろしくな。」
「うん、こちらこそ。」
言葉にするのは恥ずかしいけど、今でも俺は笹野を守りたいって思ってる。
彼女が俺の前でも自然体で居てくれるのがなにより嬉しい。
ちゃんと告白するまで、かなり緊張させたり、我慢させたり、
辛い思いをさせたことを俺は今でもすまないと思っている。
だからこそ、自分の側で思いっきり羽を伸ばしてる彼女を見られることが嬉しいのだ。
いらぬ男女のコトで緊張させたりしたくない。
だから時々甘えるように俺の胸の中に納まる彼女に、
その激しい動悸と衝動を知られることのないように気をつかった。
けれど...
「笹野、キスしていいか?」
「え、う、うん...」
急に沸き立つ男の本能。目の前に居る彼女を思いっきり抱きしめたい衝動を抑えて
そっと近づき唇を重ねた。
相変わらず触れるだけの優しいキス。
笹野の方からゆっくり身体を預けてくる。
唇を離してから、そっと抱きしめてみる。
去年よりも数段抱き心地のよくなった彼女の身体に眩暈をおこしながら...

    

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