100000hit記念連載小説

ずっと、ずっと...〜番外編〜       <和兄と彼女>

〜恋にはまだ遠い...〜

あたしに家庭教師??冗談じゃない!
勉強なんて何のためにするの?親のため?自分のため?
表面上だけ取り繕ったこんな冷たい家にいたくもないのに...
エリート会社員のパパは仕事ばっかりで家にも帰ってこない。今は単身赴任中だ。どっかの彼女と仲良くやってるんじゃないの?娘の事なんてアウトオブ眼中、興味なしって顔してる。携帯も、アドレスも知ってるくせに一度もかかってきたことがない。
ママはPTAやお稽古事やら、奥様連中とのお付き合いに忙しいらしい。最近何か始めたらしく家にもろくにいない。朝起きたら菓子パンと牛乳が置いてある。勝手に食べて行けってね。夜はお金が置いてある。お弁当でも出前でもってね。料理が苦手なママはあんまり料理しない。だからパパだって帰ってこないし、ママもパパのとこへ行かないんでしょ?
おかげであたしはあんまり食べることにも興味を持たないがりがりの未成熟児のよう。もっとも今の流行らしくって『はかなげ』とか『抱きしめたら折れそう』って言われる。
でも実際誰もあたしを抱きしめない。きつめの瞳が怖いって言われる。
志麻 真名海、13歳。中学1年生。
性格きつめ、このままだと不良になるまで時間はかからないと思うよ。母親がほとんど家にいなかったら娘が何やってもおかしくないよね?なのに急に見張りつけるみたいにして今日から家庭教師だなんて...それも夏休みの初日の朝に『今からいらっしゃるから、ちゃんとしなさいよ』だって。自分は着替えていそいそ出て行く。ほんとに何しに行ってんだかわからないよ?おまけに家庭教師っていうのは男らしい。いいのかな?いくらまだ中学生だからって襲われたらどうするの?ひ弱な大学生だったらこのラケットで殴ってやる!あたしは机の横にクラブのラケットを置いた。

約束の10時。
「ピポピーンポーン!」
せわしないチャイムが鳴った。
「はい...」
思いっきり不機嫌そうな声ででてやる。
「こんちわ!君が真名海ちゃんか?俺、小畠和明って言うんだけど、今日から君の家庭教師だ。K大1年、宜しくな。」
で、でかい!なんなのこのでかさ!190近くはあるだろうし、おまけにすごい筋肉質っていうか、まっちょ?上にのっかってる顔がやたら可愛いんだけど??
「お母さんは留守だって聞いてるけど構わないのかな?」
「どうぞ...」
とりあえず帰す訳にも行かない。嫌なとこ散々見つけてあとで文句言ってやめさせよう。それでもだめだったら襲われる振りでもして、やめさせちゃえばいいんだ。こんな単純そうな男、大学生でも怖くないや。

「さてと、勉強の前に聞いときたいんだが、君の母親って何考えてんの?」
「は?」
「今回家庭教師に男の俺が来るってわかってるのにいきなり留守だし、面接もなしで決めてるんだぜ?構わないのか、真名海チャンは。」
「構わない訳ないでしょ、いきなり今朝聞いたばっかりなんだから!」
「だよね、成績表FAXで送ってきて明日からこれる人なら誰でも構いませんって、そんな奴いないからね、普通。ま、俺も登録したばっかりで空いてたから助かるよ。毎日クラブがあるし、土日に試合が入るからまともなバイトは時間とれなくて困ってたんだよ。このままOKなら俺も助かるんだけどな。」
なんなんだろこの人。すっごいストレートっていうか、隠しどころがないっていうか、豪快っていう感じだよね。身体おっきいのに小さく座って、ニコニコ笑ってるその顔がすっごく自然で...
「く、クラブって何やってるの?」
「お、タメ口か?ま、許してやるか。俺の事尊敬できるようになったら敬語使えよな。柔道やってるんだよ。黒帯、現在3段だ。それと俺の事は和でも和先生でもいいからな。苗字は堅苦しいからやめてくれ。」
「和せんせ...」
さすがに和では呼べないからせんせをつけてみた。
「おお、それでいい。宜しくな!真名海ちゃん」
なんだか嫌だな、その呼ばれ方。ママと同じ呼びかただし。
「ちゃん付けは子供っぽくっていやだなぁ。」
「じゃあ真名海って呼んでもいいか?」
「いいよ、それで。」
そのほうがいい。落ち着く気がした。
「じゃあ、ルールを決めよう。」
「ルール?」
「あぁ、普通お母さんと話して決めることだけど、どうもあんたんちの母親は放任もいいとこらしいな。適当にいい時間を娘と相談して決めてくれってさ。週三回、英・数・理の三教科ね。」
「....」
そんなもんでしょ。あの母親ならいいとこそんな感じだよな。
「どうする、母親のいる時に来た方がよかったらその時間限定にするけど?」
「構わないよ、あんなのいてもいなくても一緒だから。いつでもいいよ。和せんせの時間に合わすよ。」
すっかり来てもらう気でいる自分。なんでだろう、すっかりこいつのペースだ。
「じゃあ、俺の練習が午後からの時は午前、1日のときは夕方、それでいいか?」
「それでいいよ。どうせ夏休み何処にも行かないし、部活も行く気になんないし...」
「なにやってるの?」
「テニス。」
「じゃぁこんど練習付き合ってやるよ、時間外でな。」
「ほんと!あ...」
何懐いてるんだよあたしってば!嫌じゃないんだ、和せんせといるのって...なんでだろ?
「これ、俺の携帯と、アドレスな。練習中とか電源切ってるから用事があったらメールしてくれたらいいから。とりあえず、月・水・金でいい?」
「うん、それでいいよ。」
「じゃあ決まりな。目標は真名海の成績アップと...お前もうちょい成長しねえとがりがりだからな、太らせてやるよ。」
「はあ?」
「昼飯はどうするんだ?」
「昼はコンビニでパンでも買うけど?」
「夜は...」
「お弁当か、出前。食べたくない時は食べないし...」
「それでその身体か...俺にも妹いるけどさ、中1のときでももっとでかかったからな。まあおれんちはでかい方だけど、小さ過ぎるからな心配だ。よし、俺が昼飯作ってやるよ。真名海も見て覚えるんだぞ?うちも両親共働きで俺も妹も早くから台所に立ってたんだ。お前も覚えてみろよ、食べたいもの作れたら楽だぞ。」
そのあと和せんせは台所に入ってあまりのなんにもないのに驚いてた。たまにママがお友達にもらう野菜がごろごろしてるくらいで...
「なんだ、ここ...お前の母親料理しないのか?」
「うん...パパ単身赴任中だし、そのパパが前にママの料理まずいって言ったんだ。それ以来あんまり作らなくなった。あたしもあんまり食べない方だから余計に...」
がさごそと探った挙句、野菜とハム(お中元の頂き物)でお米を鍋で炊いてピラフを作ってくれた。コンソメを使ってスープまで...。すごい手際いい!
「おいし...」
あったかいご飯がこんなにおいしいなんて...人が作ってくれたご飯がこんなにおいしいなんて...あたしは随分長い間こんな食事らしい食事をしたことがなかった。目の前にいる和せんせが優しく微笑んでいて...
「...ふっ、ぐっ...」
あたしはいつの間にか泣きながら食べていた。塩味のピラフが益々塩っ辛くって、スープが暖かくって、いつの間にか側に来ていた和せんせがあたしをそっと包んでくれていた。キッチンが明るい所で、人の腕の中が暖かい場所だったってことを思い出した日だった。

  

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