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ずっと、ずっと...〜番外編〜       <和兄と彼女>

〜恋にはまだ遠い...〜

「人間うまいもの食ってたら幸せになれるんだよ。」
そう言って来るたびに食料を買い込んで、色んな食事を作ってくれた。わたしも手伝わされるけどそれもまた楽しい。綺麗に後片付けしていればママも気がつかない。
毎日が楽しい。午前に来る時は早めにお昼を用意して二人で食べてから和センセはクラブにでかける。夕方の時は晩御飯を仕込みながら勉強して、途中ご飯休憩がはいる。いつもママがいない時間帯を選んでるからゆっくりできた。でも夏休みはあっという間に過ぎていく。

「で、出来た!」
形はいびつだけどおいしそうに炊き上がった肉じゃが!
「うん、うまい!真名海、やれば出来るじゃないか。」
そういってあたしの頭をくしゃくしゃってした。
「な、これ一度おふくろさんに食べてもらわないか?」
「....」
「どんな反応するかわからないけどさ、ここまで作れるようになったんだ、自分ひとりで食べるのはもったいないじゃないか?」
一人じゃないのに...いつも和せんせ一緒に食べてくれるじゃない。
「でも、ママ喜ぶかどうか...怒ったりしないかな?」
「娘が料理できるようになれば母親は喜ぶもんだろ?」
そうかなぁ...そんな感じでもないんだけどなぁ。
「もしお袋さんがおいしいって言ってくれたらご褒美に海連れてってやるよ。今週日曜は久々に練習も休みなんだ。」
お盆ってやつだからかな?
「ほんと!!でも...和せんせ、デートとかしないの?」
「彼女は忙しいってさ。それとも真名海は海に行きたくないのか?」
「行きたいけど...」
「まさか俺の彼女に気を使ってるとか?ガキがそんな気使うんじゃないよ。海に行って日に焼けるのが嫌だって言うだけさ。」
そうニカッて笑ってみせる和せんせ。せんせには同級生の彼女がいるらしい。前に聞いたことがあるんだ。それとあたしよりも3才上の妹もいるって。きっとあたしは家族に恵まれない可愛そうな女の子で、小学校の頃いつも家で留守番してた妹さんとダブるんだろうなぁ。中学生になってからは部活で忙しくてそれほど家にいなくなったらしいけど。
いくら頑張ってもあたしは妹もどきなのかな?


「ほんとにこれあなたが作ったの?」
「うん、お味噌汁も、ご飯もね。どうかな、おいしい?」
「ええ...」
「だからお弁当代とかもういらないから、食費もらって買い物していいかな?ママがご飯家で食べる時はなんか作っておくよ。」
「...真名海ちゃん、お母さんの分はいらないわ。食費は渡すから好きになさい。」
ママは全部食べてくれたけど、もういらないって言った。
涙を堪えて部屋に戻って携帯に電話する。今日はうちにいるから何時でも構わないって言われてる。
『和せんせ...、ママ食べてはくれたけど、もういらないって...おいしくなかったのかな?』
『そっか...素直なママじゃないなぁ。気にするな、長期戦で行けばいいさ。』
『海、行きたかったなぁ。小学生になる前一回だけ連れて行ってもらったことあるんだけど、旅行とか、修学旅行以外行った事ないしさ...』
『真名海...わかったよ、連れて行ってやるよ。』
『ほんとに、いいの?ね...和せんせなんでそんなに優しいの?』
『なんでって...俺も、俺の妹も何処にも連れてってもらえなかったからなぁ。言ったろ?俺んちは自営業で、土日も休みもなくてな。おれも一回だけ親に内緒で妹を海に連れて行ってやったんだ。俺は中学1年で妹はまだ小学校4年ぐらいでさ、喜んでくれたんだ。あとでしかられたけどな。俺が大人だったらもっと連れて行ってやったのにって思ってさ。今は大人だから。』

そっかやっぱり妹だったんだ。
じゃあ私の気持ちは?時々話しに出てくる妹さんにも、彼女さんにも嫉妬しまくってるあたしは?
13歳じゃ恋愛対象にもならないよね。わかってる...
早く大人になりたいよ...
けれど、和せんせがいなくなることのほうが怖いから、気付かれないようにそっとしまっとくから、この気持ちは。
だってあたしにはもう和せんせしかいないじゃない...家族なんて名前だけでパパもママもあたしの側にはいてくれない。和せんせだけがあたしの側にいてくれる。一緒にご飯食べて、泣いてるときには抱きしめてくれる。
ずっと側にいて欲しいよ。
ほんとうの妹じゃなくても、妹もどきならいつまでも側にいていいよね?
いいよね...


二学期が始まると家庭教師の時間は夜になってしまう。和せんせはクラブがあるから8時から10時まで、月・水・金。すごくいい先生だから続けてといったら先生のバイト代が上がったそうだ。和せんせも忙しそうなのであたしが晩御飯を作って待ってる形になった。ママは毎日12時を回らないと帰ってこない。
パパとママは相変わらずだ。ママは仕事をはじめたのかやたらと忙しそうだ。パパもたまに電話があっても連休には帰れないとか、年末も帰れそうにないとか、そんなことだった。
「腕上げたなぁ。俺よりうまくなりつつあるんじゃないか?」
「うれしいなぁ、おいしいって言ってもらえると作り甲斐があるんだね。ママも一度でいいからおいしいって言ってくれたらなぁ...。」
「ママは相変わらず食べてもおいしいって言ってくれないのか?」
「うん、食べてくれてる時あるみたいなんだけど...」
「な、じゃあパパに料理つくりに行くか?」
「え?パパに!」
「冬休み入ったらすぐにでも行ってみるか、パパの出張先。」
「本気?一緒に行くの?」
「中学生を一人でそんな遠いとこにやれないだろ?練習が休みに入ったら週末に連れてってやる。」
うそみたいな話なんだけど、嬉しかった。パパとはもう半年以上会ってない。あたしの入学式に会ったのが最後。でもそれより何より和せんせと一緒って言うのが嬉しかった。
「黙っていってびっくりさせるよ。あたしごちそう一杯作って持って行く!」
和せんせはまたニカッて笑ってあたしの頭をぐしゃぐしゃにした。

ちょっと遠いけど、せんせは車で連れて行ってくれた。これなら荷物が多くっても大丈夫だし、あたしがパパと会ってる間に寝てるから安心しろって、車を飛ばしてくれた。ママには言ったってせんせには言ったけど、置手紙をしてきただけ。
『パパのとこに遊びに行きます。明日の晩には帰るから』
って...
「ここだ...」
一度だけ来たことがある。パパが単身赴任を始めてすぐに、一度来るかといわれて、家から戻る時についていった。もう3年も前だ。
「行って来る...。」
大きな荷物の中には今朝から作ったごちそうの山。パックに詰めて、食べ切れなかったら冷凍できるようにしてある。
「おし、行って来い。なんかあったら携帯に電話入れてくれたらすぐにここに迎えに来るからな。そのまま泊まるんならメールだけ入れてくれればいいから。ゆっくりして来い。」
そういってまたあたしの髪をくしゃくしゃってする。
あたしは大きく息を吸ってパパのとこへ向かった。
「ピポピーンポーン」
和せんせの鳴らすチャイムの押し方がいつの間にか癖になってる。
「はーい。」
え?女の人の声?
「どなた?」
チェーンをしたままあたしを見たその人は驚いた顔で部屋の中に戻ってしまった。
奥で聞こえる。『課長、娘さんがいらしてるの、急いで!一人でなんて、何かあったのかもしれないわ!』せきたてられてパパが出てくる。
「真名海、どうしたんだいったい?」
慌てふためいてドアチェーンを外して出てきたのはいつもより若く見える普段着姿のパパがいた。
「いまちょっと会社の人が来てくれてね、さあ、上がりなさい。」
何かあったと思ってるのだろ、腕をきつく引っ張って部屋に入れられる。あたしの身体はちょっとそこへ入ることを拒否してるみたい。
無理して作り笑顔をするパパとその女の人。ママより若くて、綺麗というよりも大人しくて優しそうな人。ママとは正反対のタイプだよね。
「パパ、隠さなくていいよ。あたし気がついてたし、期待なんてしてないから...」
「真名海...」
「帰ってこないのは女の人がいるんだろうなって、判ってた。でも一緒に住んでるなんて思わなかったけど...」
部屋のあちこちに女の人の服やかばんやドレッサーまである。いくらママでもあたしの前に彼氏連れてきたりはしたことないから。その辺はけじめつけてくれてるみたいだったから。
「これ、あたしが作ったの。ママはおいしいって言ってくれないから、パパに食べてもらおうっておもってここまで連れて来てもらったの。よかったら食べて。その人の料理ほど上手じゃないかもしれないけど。」
思ったより冷静なあたしの頭。すっごく冷めてる。だってママの顔より、さっきの女の人の方があたしの事心配そうに見てくれてるのがわかるんだもん。
「真名海、ママは相変わらず料理はしないんだな...」
「......」
「ママは病気なんだ。味覚障害といって物の味がわからないんだよ。だから料理も下手で作らなくなってしまった。それはパパのせいで、ママにストレスを与えてしまったからで...だからパパはママが帰ってきていいという時しか家には帰れないんだ。パパが帰るとママはイライラするらしいから...だからね、」
言い訳が聞きたくてここに来たんじゃない。味覚障害の話しは初めてだったけど、それなら頷けるもん。ママあたしの作った料理悲しそうに食べてた。けれども残さなかった...。
「もういいよ、あたし帰るね。待ってもらってるから。」
「誰と来たんだ?ママじゃないんだろ?」
「誰とでもいいでしょ?あたしの事は興味ないと思ってた。あたしが今どんな状態かよく見て判断してね。」
パパの目がじっとあたしを見てる。半年で見違えるように変ったあたしを。
「真名海...ちゃんと食べてるんだね?心配してたんだ。春に帰ったときはがりがりで顔色も悪くって、それを言ったらママは狂ったように怒り出したから、あとは何も言えずにこっちに帰ってきてしまった。」
「何でも自分で出来るようになったの。あたしにそれを教えてくれた人がいるから...。」
あたしはパパに見てもらいたかっただけなんだ。ちゃんと食べるようになって、背も伸びて、顔色だってよくなって...ほら幸せそうでしょ?料理だって作れるようになって、家事もほとんど出来るようになったんだよ。もうパパもママも要らないくらい何でも出来るようになったんだよ。
あたしはパパのところを出るとすぐに和せんせに電話した。

「せんせ、和せんせっ!」
迎えに来てくれた和せんせの胸に飛び込むと、今まで別に泣く気も何もなかったのに急に涙があふれ出てきてしまった。
「ふえっ、えっ...うぐっ...」
「真名海、大丈夫か?」
せんせの胸の中にくぐもったあたしの嗚咽はしばらくは止まらなかった。優しく背中を撫ぜてくれる和せんせの大きな手のひらだけがあたしの支えだった。
その日はもう帰ることを諦めて旅館に泊まった。ちゃんとした観光旅館だ。宿帳にはあたしの名前の変わりにせんせの妹さんの名前が書いてあった。
「この時期に二部屋は取れなかったからな、悪いけど一部屋で我慢な。」
その夜、和せんせは運転疲れで早々にお布団に入ってしまった。あたしはなかなか眠れなかった。今日の事もあるけど、好きな人と同じ部屋で過ごす一夜。きっと何にもないのはわかってる。わかってるけど、近くにいるのに寂しい...
「和せんせ、あたし眠れないよ...」
「ん、そっか...やっぱショックだったか...ごめんな、余計なことしたかもだな。」
寝入りかけたせんせを枕元で起こす形になってしまった。
「いいんだ、いつかははっきり判ることだから...ね、明日何時に起きるの?」
「ん、8時ごろおきてゆっくり帰ろうか。」
そう言われてあたしは携帯の目覚ましタイマーをかけようとしてメールが一件入ってるのに気がついた。
「パパ...」
「え?」
『真名海、料理おいしかったよ。ママを頼んだよ。君を迎えに来た大きな人にありがとう、これからも娘を宜しくと伝えてください。彼のおかげなんだね?どんな人かはわからないし、パパには何も言う権限はないけど、きっと真名海にとってかけがえのない人なんだろうね。その役にパパがなれなくてごめん。だけど真名海の幸せは心から願っている。ママから君を奪えないけど、何かあったらここへ来なさい。力になるから。パパより』
長いメール。パパはメール打つの苦手だって言ってた。もしかしたら彼女に打ってもらったのかも知れない。だけど...ありがとう。あたしの事最後まで見送ってくれたんだ。
「真名海、よかったな。お父さんも真名海のことちゃんと判ってくれてるじゃないか。」
和せんせがやさしくそう言った。あたしはまた静かに涙を流していた。
「せんせ、今日だけ、そっちで寝てもいい?一人じゃ泣けないんだ...」
そういうと掛け布団をめくっておいでってしてくれた。
あたしは生まれてはじめて、パパ以外の男の人の腕の中で眠った。
今までで一番、あったかくって、深い眠りにつくことができた。

    

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