ずっと、ずっと...〜番外編〜 <和兄と彼女>
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「今日はもう海には入らないでくださいね。砂にも気をつけて、結構深く切ってますからね。」
簡単に消毒してもらって、大きな絆創膏を貼ってもらった。
「折角来たのにもったいないな、仕方ないけど俺とビーチでのんびりするか?」
そういって覗き込んでニカッと笑った。あたまぐしゃぐしゃはしなかった。あ、潮に浸かってたからか。そういえばべとべとして気持ち悪いなぁ。
「さっきさ、和せんせどうして海に入ってたの?今日は1日ビーチで焼くんだって言ってたのに。」
「真名海がさ、あの子といるのちょっと嫌そうだったから...なのにずっとつい来てただろ?それでね。」
あたしはまだ和せんせに抱っこされたまんまだったから、そのまんま抱きついた。
「へへ、判ってたんだ。嬉しい!だって景山君あたしの身体じろじろ見るんだもん。」
「あいつだけじゃないぞ、他の男も随分と見てたぞ。」
「え?」
ちょっと沈黙。
「ね、シャワー浴びたいなぁ。べトベトして気持ち悪いんだもん。」
「判りました。とんだわがままお姫様だな。」
軽く笑われる。でもずっと抱っこされたままなんだよね。すごく軽そうに抱っこされてる。実際軽いのかな?
簡易シャワーのとこまで来たら降ろそうとされたので又しがみついた。降りたくなかった。和せんせの腕の中は去年の年末パパのとこに行って以来だったから。それからはあたしも泣くこともないし、寄っていこうとするとさりげなくかわされたりした。やっぱり彼女がいるのに、ちょっと遠慮しとかないと、けじめだよね。
けれどこんな機会当分ないだろうから、もう少しだけ、もうすこしだけ、ね?
「和せんせも一緒にシャワー浴びようよ。あたし痛くて立てないもん。」
それは嘘だったけど、和せんせはそのまま仕切りの中に入ってコインを入れた。かかってくる温水で身体を擦る。頭をゆすいでる間、和せんせはじっとそのままで動かなかった。ま、両手塞がってるから無理だよね。あたしは手を伸ばして和せんせの短く刈上げた髪にも指を通した。シャワーをかけて洗う。そのついでに上半身の手の届くところを軽く擦って洗ってあげる。
「真名海、いいよ、俺は洗わなくていいから!」
小さな声で和せんせが言うけれど聞こえない振りをする。
「真名海、いいから、もう...」
和せんせの顔が歪んでる?苦しそう?どうしたんだろうと思って顔を近づけたら目を逸らされた。でもこの状態だといくら顔を背けても手が届くほど近い距離。
あたしは両手を伸ばして和せんせの首に手を回してそのまま巻きつけて逸らした顔に近づけて、シャワーで濡れた唇を重ねた。
「っ、真名海!」
降ろされるかと思ったけど和せんせはあたしを降ろさなかった。水が止まってしばらくそのままびっくりしたような顔してあたしを見ていた。少し怒った顔であたしを睨むとそこをでてパラソルの下に戻った。
皆が戻ってきた時にはもう普通の顔をしてる。あたしが泳げなくなったので、みんなも気を使って、早めに帰ることになった。和せんせは、なんにも言わない...
なんでなんにも言わないの?なんか言ってくれないとあたし一杯溢れてきちゃうんだよ。もう止まらないんだよ?
「じゃあ、しばらくは無理するなよな。」
あたしを部屋のベッドに寝かせるとさっさと帰ろうとする。帰りもほとんど無言だった。皆を送ってからも一言も口をきいてくれない。まるであのキスはなかったように振舞うせんせ。
「待って、一人にしないでよ!」
いつもなら夕ご飯の心配までして色々とおせっかい焼いて喋り捲って帰るのに、なんでなんにも言ってくれないの?さっきのキスを怒ってるんだよね...あれはしてはいけなかったんだよね。わかってるけど、何で自分がそうしたかもわからないんだから仕方ないじゃない!夢にまで見た和せんせの腕に抱かれて、あたしきっとおかしくなっちゃったんだよ、きっとそうだよ。
「あれは、なかったことにしていいから...和せんせが迷惑なのは判ってる、だから妹もどきに戻るから、だから側に居て!帰らないで...」
溢れる思いは涙になってどんどんあたしから流れていく。いくら流れても尽きない思い。お願い、せんせ、何処にも行かないで!嫌いにならないで!あたしを一人にしないで!あたしは、もうせんせがいない生活は考えられないんだよ?
そんなふうにしたのは和せんせだよ...言いたいことはいっぱいあっても、口に出して言えない。そんなに簡単に言えるような「好き」じゃないんだもの!
最初は『家族』かな?って思った。その方が近いかなって。あたしは妹もどきで、和せんせはあたしにとって、兄だったり、父だったり、母だったり...けれど想いがだんだん溢れて、「恋」かな?って思った。でも相手にもされない思いはそんなのには程遠くて、飲み込んだ。思いを全部。失うより怖いものはなかったから...
なのに、身体が触れたとたんに溢れてしまったあたしの思い。判ってて気付かぬ振りをしてくれてたの?でも、もう無理だったもん。あたしそこまで大人じゃなかった...身体ほど大人になれてなかった。
「真名海...俺は...」
「いいの、わかってるもん!中2のたかだか14のガキなんて相手にしてらんないよね、でもいままで優しくしてくれたのは妹としてでも好きでいてくれたからだよね?だったらこれからも、ずっと、一生あたしのせんせでいてよ!お兄ちゃんとしてでいいから、もうなんにもしないから、贅沢言わないから...触れなくていいから、お願いだから...側にいて!このまま今までどおり家庭教師続けてよ!」
「...それは無理だよ。」
「せ、んせ...うぐっ...」
喉の奥から嗚咽が上がってくる。やっぱり、しちゃいけなかったんだ...キスなんて、それもあたしから、和せんせが逃げられないような状態で...
あたしは自分を責めた。自分で失うように仕向けてしまったのだから。
「ひっく、せんせ、ご、ごめんなさい...ううっ、もう、もうしないからぁ...」
「謝られてもなぁ...この先一生触れないなんて無理だろうからなぁ。」
「ふえっ?」
「真名海のお兄ちゃんにもなれないし、学校卒業した後まで先生っていうのもなぁ、無理だよなぁ。」
「か、和せんせっ?」
「妹もちゃんといるから、もういらないよ。」
そんな、じゃあ、あたしはいらないって?もう元には戻れないの?
「そんな、もう、もうここにも来てくれないっていうこと?そんなのひどいよ!、そんなのやだ!だ、だったら最初からあたしに優しくしないでよ!こんな、優しくて、あったかいものを知ってしまったら...知らなかった頃にはもう戻れないよ!」
和せんせはちょっと困った顔して笑ってる。怒ってるわけじゃないんだ。困ってるんだ。でも、もうここに来てくれないなら...
「だったら、だったら最後にあたしを抱いてよ!14歳でももう立派な女なんだから!」
そういって着ていたキャミソールワンピースを一気に脱いだ。白のコットンレースのペアの下着姿になる。ブラに手をかけて脱ごうとして止められる。
「だめだよ、犯罪になるだろ?」
「うぐっ!」
そりゃそうだよね、中二の女の子なんて欲しくないよね。でも、全部拒否されたらもうあたしには何も残らないんだよ。下を向いて涙を堪えるあたしの目の前が急におっきな胸でふさがれた。
「ったく、もっと先でいいのに...。こんな格好になって、俺いじめてたのしい?」
「せんせ?」
「それに今日のお前はなんだよ、あんな大人っぽいビキニなんて着やがって、いつの間にこんな色っぽい身体になったんだ?これで14は詐欺だろ。」
「え?和...」
見上げると、蕩けそうなほど優しい微笑みであたしを見ていた。その大きな手で、あたしの髪を何度も何度も撫ぜてくれた。
「随分前から彼女に指摘されてたんだけどね、家庭教師先の女の子に入れ込みすぎるって、異常だって。13.4の女の子のことを四六時中考えてるなんてロリコンだとさ。こないだ別れた彼女に、俺の友人と付き合うって宣言されちまってね、あの電話で。」
「うそ...」
「真名海のおやじさんにも散々言われたよ。おやじさん俺の大学まで逢いに来たんだよ。お礼が言いたいって。『真名海を変えてくれてありがとう、感謝している。けれども父親として君が真名海をどう思ってるのか気にかかる。』ってね。俺が恋人のいることを話したら、『いずれ離れるつもりならけじめだけつけていて欲しい』って言われた。普通娘にこんなむさいのがついて行ったら怪しまれるかって思ってたけどね、真名海のパパは信じてくれたみたいだったよ。」
「パパが...?」
「あぁ、向こうに会いに行った時にはやましい気持ちなんてないつもりだったからね。だけど、あの日、真名海を抱きしめて眠ってから...いや俺は眠れなかったんだ。それ以来俺は自分の気持ちに自信が持てなかったんだ。だから相談したんだ、その時の自分の気持ちを正直に、君のパパに...そしたら『急に娘の目の前から消えて、真名海を悲しませる様なことだけはしないで欲しい。そして出来るならこれから先も娘を支えてやって欲しい、それが男としてでも構わない。真名海には君が必要みたいだから。』って、そういわれた時、あぁ、俺の気持ちはもう決まってたんだって気がついた。だからその後彼女とは別れた。ちょっと時間かかったけどね。」
「和せんせ...」
「見抜かれてたかなぁ?君のパパには...。それ以来俺としては、そんな気になっちゃいけないと思って、真名海と触れ合うのは極力避けてきた。去年真名海を抱きしめて眠った時から、お前は俺の中では妹じゃなくなったよ。俺にとって...大事な、女の子だ。」
「和せんせ!」
ぎゅって、強く抱きしめられた。せんせの中に埋もれてしまうほど強く...
「結構辛かったんだぞ?俺は聖人君子でもないからな、14の子に欲情しちまうなんて...真剣にロリコンかと悩んだんだ。そんな時お前のパパさんが言った言葉に救われた。『真名海は他の人より少し早く自分を変えてくれる大切な人と出会ってしまっただけなんだ』って。けれど今までの関係を壊すのが怖くって、自分を抑え続ける自信もなくって、真名海からずっと一線引いてきた。」
少しだけ腕の力を緩められて、もう一回せんせの顔をゆっくりと見た。
「なのに今日の真名海があんなんなんだもんな。ビキニ姿見て、いっぺんに誰にも渡したくないって思った。腕の中に抱え込んだ時は、出来るならずっと抱えたまんまでいてもいいかなって思うぐらい...」
やさしい和せんせ、あたしの和せんせ。あたしだけじゃなかったんだね?もう、我慢しなくていいの??
「あたし、あたし...ずっと好きだった。最初から、和せんせの事、お兄ちゃんやせんせじゃなくて、男の人として好きだったの!」
あふれ出たあたしの思い。せんせがすくって受け取ってくれた。涙でぐちゃぐちゃになったあたしの顔を舐めるようにして涙を吸い取ると、最後に触れるだけのキスをした。
「出来れば俺からしたかったな。真名海のファーストキスは。告白も...予定では高校に受かるまでは我慢するつもりだったのになぁ...予定外なんだぞ?」
「え、あ、でも...」
もう一回だけちゅって唇に優しいキス。
「当分はこれ以上手が出せないからね。さすがに俺も犯罪者になるのはちょっとね。」
そういって苦笑いするせんせが可愛く見えた。
「ね、じゃあいくつになったら手出してくれるの?」
「うーん、やっぱ高校生になってからかな?」
「16?ねそれまで我慢できる?キスはあり?」
「出来ないかもだな。キスくらい許してくれよな。」
そういって軽く笑った顔は頭をくしゃっとする時の笑顔じゃなくて...優しい蕩けそうな笑顔。
「じゃあ、出来るだけ我慢しなくっていいからね!」
「はぁ?誘惑するの、真名海。」
「うん、和せんせが手を出さずにいられないほどいい女になってみせるから。その時は我慢しないで?」
「おいおい、怖いな。今でも十分そうなのにそれ以上にか?ったく...」
「じゃあ、もう一回キスして。今度は大人のキス...」
そういうとあたしを膝の上に横抱きして置いてベッドに腰掛けた。そのまま目を閉じるとゆっくりと和せんせの顔が近づいてくる。目を閉じてそれを待つ。ゆっくりと降りてきた唇は柔らかくあたしを溶かす。せんせの唇がゆっくりとあたしの唇をついばんだり舌先で舐めたり、している。14歳にはちょっと大人なキスだけど、当分はこんなのもありなのかな?
相手にもされなくて、絶対に恋にもならないと思っていたこの想い。
いつのまにかあたしの手の中に転がってきたこの恋をあたしは離さない。
これから先もずっと...。
Fin
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