ふーこの恋 | |
でぶ★コンプレックス・2 | |
「ふーこちゃん、これ頼むよ。」 「はーい!」 愛想よく返事したものの、こんな物どうやって持てっていうの?キャリーにのせるだけだけど、それが持ち上がらない。 バイトと言ってもこの体型なので、人手のあるときはレジでなく品出しとかさせられてるんだけど、だからといっても、このケースは重すぎるよ...いくらこんな体型でも力がある訳じゃないんだよ?筋肉なんてほとんどないのに...アキだったら軽々もっちゃうだろうけど、あたしには無理だよ。 「どけよ、オレがもってくから。」 「え?」 後ろから肩に手を置かれて、そのやたら重いケースから離されると、コタがむんって力入れて持ち上げてキャリーに載せた。 「どこにもってくんだ?」 「あ、棚まで...」 キャリーを押して一緒にそれを棚まで持っていってくれた。今度は降ろさなきゃいけないから。 「ああ、孝太郎がもってきてくれたのか?」 「店長、いくら何でもこれは女の子には無理ッスよ?」 「あ、そうか...ごめんよ、ふーこちゃん。」 「次からオレに言ってください。」 店長に一言いうとコタはまたバックヤードに戻っていこうとしてた。 「あのっ!」 思わず大きめの声で呼び止めるとコタがゆっくり振り返った。 「あ、ありがとう、助かったわ...コタ」 そう呼んだあと、コタの顔が笑顔でいっぱいになった。 昔と同じ、一緒に遊んでた頃のコタの嬉しそうな笑顔だった。 「どういたしまして、ふーこ。」 久しぶりにふーこって、コタに呼ばれた。 どきっとしてた。 これって、もしかしなくても... 恋しちゃったかも?? でも、だめだよ、コタは特に...無理。 告ったこともないのにまるで失恋した相手のようなんだもの。 無理、無駄、辞めとこうよ、コタだけは... そう何度も言い聞かせるのに、心はまるで坂道を走り出したブレーキのききの悪い自転車のようだった。 「ふーこ、オレも平日バイト入れたから。」 「え?」 「おまえ月水金と、いつもラストまで入れてるんだろう?帰り遅くなるじゃないか。だからオレもローテション入れたんだ。前から夜は人が少ないって店長が困ってたからさ。で、帰りチャリ?オレもだから今日も一緒に帰ろうぜ。どうせ方向同じなんだし。」 ポリポリって鼻の横かく癖、昔と一緒だね。ん?下向いて何照れてるのよ、あ、あたし相手に... 「いいよ、あたし襲われる心配もないから大丈夫だよ。遅くなるの普通だめって家は言うじゃない?なのにうちの親なんて、『あんたなら大丈夫よね〜』だって。もう、ムカついちゃう!」 「へえ、おまえでも親にムカつくなんて言うんだ?」 「当たり前でしょう、こんな身体に産んだのは自分なのに、恨まずにいられませんてば。まあ、母親も同じような体型してるから文句は言えないんだけどね。」 あははと笑うとコタは眉をひそめてこっちを見てた。何で一緒に笑ってくれないの? 「コタ、そこ笑うとこだよ?」 「笑えねえよ...」 「え?」 真剣なコタの顔と声。 「笑えねえんだよっ!昔、おまえのこと傷つけてから、その手の冗談では笑えなくなったんだよ。あの時のことが、ふーこを傷つけたことはよくわかってるんだ。」 一瞬、昔のことが蒸し返されるって思った。やだよ、今の関係がいいの。もう一度否定しなおしたりしないで?今日までの優しいコタのまんまでいてよ... 実際バイト先で一緒になってからのコタは優しかった。重い物持ってると飛んでくるし、時間が合えば帰りも送ろうとしてくれる。そんな、さりげない優しさが、そう扱われる事が滅多に無いあたしにとって、バイトに来る楽しみの一つになってるんだから... 「だったら、やめてよ...もう、あの時の話は聞きたくないの。」 あたしの声も震えて、今にも泣き出しそうになってしまう。 あたしって、滅多に怒ったり泣いたりしないんだよね、いつだって自分の事は諦めてたから。あの時だけだったんだ...あんなに泣き叫んだのって。 「オレは、謝りたかったんだ。昔からふーこは何言ったて怒ったり泣いたりしなかったのに、あの時のおまえ、すんげえ泣かせちまって...話さないって言われて、本当に一言も話してもらえなくなって、あれ見てた他の女子にもずっと総スカンくらってたんだよな。アキなんてさ、オレが近づくとおまえ連れて逃げるし、中学はいっても余計に話す機会なくなっちまってさ。高校もおまえら揃って女子校なんか行くからさ全然逢えなくて...いつか、ちゃんと謝りたいって思ってたんだ、ずっと、ごめんって...」 泣きそうな顔してるよ、コタ。 そっか、あの時傷ついたのはあたしだけじゃなかったんだね? コタは悪ガキだったけど優しい奴で、正義感強くって、ずっと思い悩むほど良心の呵責に耐えられなかったんだ... でもさ、だったらあんなこと言わなきゃいいのに? 子供だったんだね、コタもあたしも。 「いいわよ、もう。だって、ホントの事だったんだから。あたしみたいなのが長谷部くんの事好きだって言っても無理なのは判ってたもの。実際一緒に歩いてて転んだら、彼を潰しちゃうんだろうし...分不相応にも、バレンタインのチョコあげるくらいいいかなって思ったのが間違いだったんだから。ブスでデブなあたしは、恋はしても告白なんかするもんじゃなかったってこと、教えてもらったんだからさ。」 「ふーこ、オレは...」 「もういいって!今度この話だしてきたら、今度こそ絶交するからね。いい?コタ」 あたしは何か言いたげなコタの言葉を遮ってそう告げて笑った。久しぶりに向けるあたしの笑い顔にコタは驚いたように一瞬怯んで、それから小さくため息ついた。 「...わかった。」 反省してくれてるんだから、これ以上責めたら可哀想だもんね。これから先、家だって近いし、同窓会の度に気まずい思いするのも嫌だもん。 「じゃあ、かえろう?襲われることはないけど、転けて誰かを押しつぶしちゃわないように見張っててよね?」 あたしは自転車のペダルを漕いで夜の闇の中に飛び込む。コタは苦笑いしながらついて来た。 だってさ、ヤバかったんだもん。 コタは優しい奴で、あたしが思ってた以上に理想的に育ってて、そんなコタを正面から見ることが出来なかったの。 辛くって、心が走り出しそうで... 恋することがこんなに苦しいなんて、少女漫画とは随分違うじゃない? 行き場のない思いは、じっとしてくれなくて、その頃から普通の顔をするのがだんだん難しくなってきたの。 そんな恋する気持ちを、あたしは親友のアキやタカには言えずにいた。だって二人とも恋愛否定者で、相談しても困っちゃうだろうから。 だからあたしはそのまま夏休みがはじまるまで、ずっとその思いを一人抱え込んでいた。 |
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