ふーこの恋 | |
でぶ★コンプレックス・3 | |
「ふーこ、最近スッキリしてきた?」 「え?ああ、そうかも...」 思いっきり体重が減った訳じゃない。ただ、週に2〜3日、まるで部活でもするように夕方バイトに入って、身体動かして緊張してたからかな?タカの忠告に従って、帰ってからのご飯はやめておいた。その代わり向こうで夕方にはおにぎりを食べたりしてるんだけどね。寝る前が一番太るんだって。8時以降の食事はパス。たまに...コタと食べるアイスやジュースは別だったけど。 一緒に仕事してるせいか、見られてるって思うと身体ってしゃんとするんだよね。あたしっていつの間にか猫背になってるし、内股だし、姿勢悪かったと思う。アキが背筋伸ばして筋肉つけるといいって言うから、それも実行してみた。立つときは足の親指の付け根に重心を、レジで立ってるときも背筋伸ばして... 生まれて初めてかも知れない、こんなに身体使ったのって。ほどよい疲労感で毎日早い時間に、しっかり熟睡してるし... 見た目のイメージって変えられるんだなって思った。 相変わらず身体はぽちゃぽちゃだけど、顎の辺りもすっきりした気がするの。それがまた嬉しくて、少しだけ自信がついたのかな?毎日が楽しくなってくる。あたしのコンプレックスが少しだけ軽くなったような気がした。 身体も軽くなると疲労度も少なくなるんだって、初めて知ったんだよね。 こんなに食べなくてもすんでるのは、やっぱり恋心のせい? コタと話して帰った日はすごく楽しくて、胸までいっぱいで、不思議とお腹が空かない。 ホルモンバランスも良くなったのか、肌つやまでいいってどういう事?あんまり食べてないのに??ミシンが壊れてるから作業出来なくて早く寝てるのもあるけど、今更成長ホルモンがでてるわけでもないだろうけど...タカが調べてくれたら、22−1時の間にでてるらしいのよね、成長ホルモン。新陳代謝も良くなったのかな?良く動くからお通じもいいし。 あたしにとってはいいことずくめだった。 身体の調子が良くなるし、少しだけど体重も減るし、何よりもお金も稼げてるんだもの。 夏休みは今以上に仕事の量が増えるしことだし、コタと一緒の時間も増えるかなぁ、なんて期待していた。だって、思う気持ちだけは止められなかったんだもの。 思うぐらいはいいよね? アキもニヤニヤしてるあたしを『なんかあったの?』って、いぶかしげに見てたけど、バイト先にまで見に来る余力はなかったみたいで、あたしのコタへの片思いは万事バレずに済む予定だった。 「今日から新しく入ったバイトさん、香坂夏芽ちゃんだ、ふーこちゃん悪いけど面倒見てやって。同い年だからね。」 店長から紹介された彼女はミニのデニムのスカートの似合うきれいな脚、ちょっと派手目な顔立ちに同い年には見えない濃いめのメークの女の子だった。自分をとてもよくわかってるファッション、それが全部きちんと似合う女の子だった。目一杯おしゃれを頑張ってる女の子って感じは、あたしには羨ましくも、少し苦手なタイプには間違いなかった。 「夏芽?」 「あはっ、バイトにきちゃった。だって孝太郎ったら、全然構ってくれない上に、夏休みもずーっと逢えないなんて寂しいじゃん?」 「何だ、孝太郎の彼女だったのか?」 「ち、ちがっ...」 店長にそう言われて焦りまくるコタ。 「そうでーす♪」 彼女は高い部分でポニーテールにした明るい髪を揺らしてコタの腕にしがみついた。 なんだ、いたんだ...彼女。 そうならそうと言ってくれれば、妙な期待も、片思いを募らせたりしなかったのに... 馬鹿みたいだ、あたし。少しぐらいスッキリしたからって浮かれてたなんて。判ってたら、最初っからこんな苦しい想いせずに済んだのに...痩せただけ良かったと思うべきなの? それ以上に重い心の痛み。ずしんときちゃったよ...だって、期待してなかったといったら嘘になるもの。いくらこんなあたしでもね。それほど、紛らわしいんだよ、コタの態度は。カノジョが居るなら誘っちゃいけないと思うもの、夜の公園とか... コタの優しさがずっと苦しかったのに... 週に半分二人で帰る夜道。たまに公園の近くでジュース飲んだり、店からアイス買って一緒に食べたり。まるでデートしてるみたいでしょう?普通の女の子なら軽く勘違いするよ?あたしは、たぶん範囲外だって、そう思ってたから。そんなあたしでも、すこうしだけ期待しちゃうほど、帰り道のコタは優しくてかっこよかったんだから。 カノジョに悪いじゃないの、こんなの... それとも、あれはコタなりの償いだったのかな?あたしに、少しぐらいは女の子の夢見せてやろうっていう、ありがたぁい思いやりだった?ううん、違う、コタはそんな子じゃない。 あたしは幼馴染み、保育園から一緒で、あのコトがあるまでは普通にしゃべってた。 子供の頃ってそうなんだよね。太ってるとか痩せてるなんて言うのは端なる識別の個性で、遊んでるうちは別段お互いにこだわるものでもなかった。自分の体型とか気にせずに接することが出来た一人だった。 そう、ただの友達、それ以上でもそれ以下でもなかったんだわ。 だからあの優しさはやっぱり...あたしに悪いと思ってたからだったんだね? 優しいね、コタ。だけど、残酷だよ、カノジョをここに連れてくるなんて。あたしは、コタのこと、本当にいい奴だって、だから好きになりかけてた...ううん、好きになっちゃってた。昔のことなんかもういいって思えたほど。なのに、そんな現実を目の前に見せないでよ! 「ふーこ、さん?」 「はい、よろしく、柏崎楓子です。」 「なんだ、K女子の女の子って聞いてたから心配しちゃったぁ!」 「は?K女子だけど、なんで?」 「だって、K女子ってお嬢様や頭のいい子が多いでしょう?可愛い子だったらどうしようかって思ってたのよ。安心したわ、ふーこちゃん。」 安心って...微妙に失礼な言い回しを平気でする子なのね。 うちの学校にもいるけどね、自分の方がすこしでも『可愛い』かったら、それ以下の子には見下したような言い方平気でしちゃう自分中心な子。その分自分の恋に一生懸命なんだろうけれども。まあ、あたしほどのでぶは心配の範囲外って事ですか。 でも、ある意味羨ましいなぁ、夏芽さん。これだけスタイル良ければ、いくらでもお洒落できるものね。胸もあるし、ウエストもくびれてるし... 「仲良くしてね。ふーこちゃんって孝太郎と保育所から一緒なんだって?ねえねえ、孝太郎って昔からあんな感じ?アイツさ、どんな子にもすごく優しいんだよね。あたしもさ、前はもっとガングロ系だったんだよ。そしたらさ、孝太郎が『そんなに塗りたくらないほうが可愛いのに』って言ってくれて...もう嬉しくってね。それ以来孝太郎ラブ、一筋なんだー」 「そ、そうなの...」 「ねえ、出来たら協力してくんない?孝太郎と出来るだけ一緒に居たいのよ。今年の夏はいいチャンスだと思うんだ。そのためにわざわざこんなスーパーみたいなダサい仕事我慢してるんだからね。」 「一緒にって...仕事は仕事なんじゃ?」 「アイツったら照れ屋さんでしょう?仕事中とか、なかなか一緒にいてくれそうにないんだもん。出来るだけ一緒にいたいしー、出来たらねー、バイト代入ったら、二人で旅行なんて、いけたらいいなぁって。ねね、そう思うでしょう?」 「はあ、まあ...」 「じゃあ、よろしくね、ふーこちゃん!」 すっかりお友だちみたいだった。あたし、片思いの相手の彼女とお友だちになってどうするんだろうね?協力って...あ、そっか、一緒に帰らないようにして、二人っきりにさせたりするってことだよね?それなら簡単だよ、彼女が居るのに他の女と一緒に帰る男なんて居ないから。 ここに、そんな馬鹿が。 「あのさ、夏芽ちゃん送らなくていいの?」 「アイツ電車だぜ?すぐそこの駅じゃないか。オレら反対方向だろう?それに今チャリの二人乗り厳しくなったからなぁ。駅前って言ったら派出所あるし、自転車ついて二人で歩いてるだけで注意されるんだぞ。」 「でも...」 夏芽さん、駅まで送って貰えないって随分怒ってたけど。 「じゃあさ、明日っから、自転車ここに置いて駅まで歩いて送っていけばいいじゃない?そしたら安心だし。」 「なんでだよ...」 「だってさ、もし、夏芽ちゃんが駅前で酔っぱらいとかに絡まれたらどうする?心配でしょう?彼女可愛いし、絶対危ないよ!」 「おまえは...?」 「あたし?」 「ああ、オレが夏芽送ってる間、おまえはどうするんだ?」 「そんな、一人で帰れるわよ、子供じゃないんだから。大丈夫、転ばないし。」 「...わかった。じゃあ、明日からそうする。」 ずきんって、胸が鳴った。漫画だったら胸に釘かなんかが刺さってる図だわ。自分で言い出しておいて、馬鹿だな...あたし。 「じゃあ、また明日!バイトでね。」 あたしは思いっきり笑顔を作って手をふって角を曲がった。コタは真っ直ぐ、あたしはこの角をまがって真っ直ぐ行って、川縁通って左の住宅街。いつもはコタはこっち回ってくれるけど、あたしは一人で漕ぎ抜けた。暗いけど、平気だもん。自転車だし、あたしだし... 想うだけで良かったのに、目の前にカノジョが居たんならそれすらも諦めなきゃいけなくなる。 それに、もし、あたしのことを友達として大事にしてくれてるとしても、やっぱりカノジョ優先だもの。邪魔は出来ないよ。 コタだって、でぶより可愛い子が一緒に居るほうがいいだろうし... 諦めなきゃ、出来るだけ離れてなきゃ... 楽しかったのになぁ、今まで。 真っ暗なのをいいことに、あたしは涙も拭かずに家まで泣きながら帰った。 その夜、アキに全部話した。 アキは家から飛んできてくれた。ホントに飛んできたんじゃなくって、隣の美形兄弟の兄の方が車で送ってくれたらしい。 なんだ、アキも女の子扱いされてるじゃないの? それこそ、たくましくて男の子に見えちゃうアキだけど、中身がすっごく女の子だってあたし達は知ってる。そしてあたしも中身はちゃんと女の子だって...みんな判ってくれてるんだ。 夜中に家をでれないタカは電話で参加してくれてた。 あたしには、気持ちをわかってくれて、黙って聞いてくれる友達が二人もいるんだもん。こうやって夜中に付き合ってくれる友達が... だから、コタとも今まで通り、やっていくしかないんだよね。ううん、今までよりももっと距離を置いて、夏芽ちゃんに気を使いながら... 諦めるから、こんな想い。 忘れるから、こんな気持ち。 あたしはでぶだから、期待も希望もしちゃいけなかったんだから... そう言って笑ったあたしの頭を、アキが何度も何度も、優しく撫でてくれていた。 電話の向こうでタカが替わりに泣いてくれていた。 |
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