ふーこの恋 | |
でぶ★コンプレックス・4 | |
次の日から、コタは夏芽ちゃんを送って帰っている。 夏休みだからほぼ毎日、店の前で右と左、自転車とカップルに別れる。これがもし反対だったらやっぱり一人取り残される夏芽ちゃんが辛いだろうなって思う。 自分の好きな男の子が、いくら幼馴染みでも女の子と帰っていく姿は見たくないだろうと思う。とくにその後ろ姿があたしみたいなデブだったら...すごく嫌だと思う。 しょうがないかと、きっぱりと割り切ってお仕事するしかないんだよね。視界の端々に二人のツーショットはしょっちゅう飛び込んでくるけど無視無視。あたしの気持ちがバレてなくて良かったよ。普通に接してればいいんだから。 だけどコタは、あたしを避けてるみたいだった。時々、こっちを睨んでるような視線は感じるんだけど、必ず視線そらされるし、話しかけても話しかけてきても用件以上の会話もない。 そりゃあんまり仲良くしてたら夏芽ちゃんに悪いだろうけど、その不機嫌そうな顔はなんなの?せめて幼馴染みとして、今まで通りに接したいって思ったけれど、あんまりにも露骨な気がするけど、彼女の手前、これぐらい冷たくするほうがいいのかなぁ... 「衣笠くん、これおねがいします。」 「ああ。」 あれ以来、また名前も呼ばなくなった。 「孝太郎〜今日帰りにどっか寄ろうよぉ。」 甘えた夏芽ちゃんの声。仲がいいのは判ったから、まだ仕事中だし、余所でやってほしいなぁ。 ああ、もうやめちゃおうかな?ここのバイト...おばさん受けも店長受けもいいし、ほどよく身体も締まってすごくいいんだけど。それにまだミシンの資金貯まってないしなぁ。 「おまえ仕事しろよな、それ全然片づいてないだろ?」 珍しいなぁ、コタが夏芽ちゃんに注意するなんて。 「えーだって、手が汚くなっちゃうじゃない。あ、ふーこちゃん、おねがい〜これやっといて。あたし表かたしてくるから〜」 「え?」 何であなたがやらなきゃいけない仕事をあたしに頼むの?あたしは今こっちの商品出しやってるのに?信じられない... そう言えばよく言ってたっけ。 『なんでこんな仕事しなくちゃいけないのよ、ネールアートしてるのに手が荒れちゃうわ!』 って、だったらうち辞めて余所に行けばいいのに... わかってる、コタがいるから辞めないだけだよね。 「なんで柏崎に頼むんだよ。いいよ俺がやるから、おまえは向こう行ってろ、汚れるのが嫌だったらこのバイトやめろよな。」 あたしが言いたかったことをコタが言ってくれた...でもそんな言い方していいの?カノジョでしょ? 「なによ、だったら孝太郎も一緒にやめて駅前のお店でバイトしようよ。前に行ったときに誘われたんだよ〜可愛いのに裏方なんてもったいないからうちにおいでって、店長さんに。」 可愛いけどレジの接客態度が嫌々で評判悪いから裏方に回されたのに... あたしなんかレジ頼まれるけど恥ずかしいから忙しいときだけにしてもらってる。コタは愛想も良くってレジ打ちも上手いんだよね、店長もすごく頼りにしてるし... 「オレはここの仕事が気に入ってるんだ。やめたかったらおまえだけやめればいいだろ?そんな態度で仕事してたら他の人に迷惑だ。」 うわぁ...言ってるよ?はっきり言うとこ変わってないなぁ。 「そんな...孝太郎といたいからやってるんだよ!」 「そんな理由でバイトされたら店が迷惑だ。」 「酷い...」 夏芽ちゃんは走って行ってしまった。仕事を置いて... 「コ、衣笠くん、言い過ぎじゃない?夏芽ちゃんはあなたと居たいだけなんだから...」 「仕事には関係ないだろ?それに、そんなにオレと夏芽くっつけたいわけ?」 もうくっついてるくせに、今更。ずっと夏芽ちゃんにのろけられるこっちの身にもなってよ。 「じゃあ、あたしが夏芽ちゃん呼んでくるね。」 あたしもコタも、もうすぐレジに入る時間だから、ここの片付け早くしなきゃいけない。夏芽ちゃんはコタに追いかけて来てほしかったんだろうけど、コタにその気はないみたいだから、あたしが。それに行き先はどうやら女子更衣室みたいだし。ここはコタでは入りにくいものね。 予想通り、夏芽ちゃんは既に泣きやんでるみたいというか、泣いてなかったんじゃないかな?化粧直しなんかしてた。 「ね、大丈夫?仕事あのままじゃダメだから戻ってくれる?」 「いいよ、でもね、替わりにふーこちゃんが辞めてよ、ここ!」 「え?」 なんであたし? 来なきゃ良かった、呼びになんて。だって目がさ、嫌な目になってるんだ。女がこういう目する時って男が絡んでるときで、ぶすな女には容赦ないんだよ。夏芽ちゃんもかなりテンパってるみたいだった。あたしのことそんな敵みたいに見なくっても、あたしは決して敵ではないと思うよ?味方でもないかも知れないけど、隣のスタートラインには立てやしないのに。さ 「嫌なのよ、そんな『あたしは幼馴染みで特別よ』って顔されて側にいられると!孝太郎は優しいから、冷たく出来ないだけなんだから!もう、見てるだけでもムカついてくるわ!あんたが居なかったら、孝太郎だって...あたしを駅まで送った後、急いで帰ったりしないんだから!幼馴染みだからって心配させてるんじゃないわよ!襲われもしないデブのくせに!」 なんのこと?知らないわよそんなこと。 「孝太郎だって迷惑してるのよ!幼馴染みだから我慢してるだけで、あんたみたいなデブにつきまとわれたくないんだから!あんたみたいなね...」 何言ってるのよ?あたしがいつつきまとった?我慢してもらわなくてもいいわよ、そんなのもう昔に言われてるんだから。だって判ってる、自分のことぐらい。 でも、それが夏芽さんに何か迷惑かけた?あたしの存在なんて、付き合ってる二人には関係ないはずでしょう? 「...判ってるわよ、自分がデブだって事ぐらい!痩せたくても痩せれないんだから...でもね、あたしがどこでバイトしようとあたしの自由でしょう?それをなんで夏芽ちゃんに辞めろって言われなきゃいけないの?コ、衣笠くんは幼馴染みだけど、あたしがどんな風に見られてるかなんてとっくの昔に知ってるの!それをなんであなたにいわれなきゃいけないのよ...コタとの付き合いにあたしがどんな関係するわけ?あたしには関係ないじゃない、邪魔した覚えなんて無いんだから!むしろ言われた通りに協力してるつもりだったのに...」 ああ、久々にキレてしまった... どうしていつもコタが絡むと、こんなにキレなきゃいけないことばっかりあるんだろう? 「あのさ、外まで聞こえてるんだけど?二人とも、ちゃんと仕事してくれないとダメだよ?」 更衣室のドアが叩かれて、店長さんが顔を出した。 「夏芽さんは、あたしが居たら仕事が出来ないそうなので...あたしが辞めます!」 あたしは制服を脱ぐとそれを店長に渡してロッカーからカバンを取り出すと、お世話になりましたと頭を下げたあと店を飛び出した。 少しでも、もうあそこには居たくなかった。 夏芽ちゃんが来るまではすごく居心地のいいところだたのになぁ...ミシン代だって夏中頑張らなきゃまだまだ無理なのに。 夏芽ちゃんは最初からあたしが気にくわなかったのかなぁ?こんなデブがカレシの側にいたら...ん?でも普通反対だよね?あたしみたいな安全パイのタイプはいくら側にいても安心なんじゃないの?それとも...恋する乙女の直感で、あたしの気持ち、気づかれてたのかな? まさか、だけど... 仕事のことで?じゃないよね。だってあたしの方がちゃんとやってたと、思う。 でも店長も夏芽ちゃんには結構甘かったなぁ。注意されてもにこって笑えば済んでるんだもん。ある意味羨ましいかな?あたしには出来ない技だし。 辞めてから惜しくなっちゃう。あたし...いっぱい頑張ったんだよ? 汚い仕事も進んでやったし、重たい荷物も一生懸命持ったし... でもね、もういい!頑張ってもこれだから、店長だってあたしと比べたら夏芽ちゃんの方が店にいたほうがいいって思うだろうし、コタだって、そうなんだから! あたしは自転車を漕いで家に向かわずアキのとこへ向かった。このまま家に帰ったらバイト辞めてきたことバレちゃうもの。『責任持ってやる』っていうのが親との約束だったから。でも今ならまだ隣かもしれないなぁ... 「アキ!」 「ふーこどうした?」 電話で呼び出したら外に出て待っててくれた。あたしの肩をがしって掴んでくれるその手が力強かった。本当は痛いぐらいだったけど...外はもう暗くって、夕飯の時間だよね? 「バイト、辞めてきたの...」 「なんで?ふーこ楽しいって言ってたじゃないか!」 「いいのよ、あたしなんか...デブで、邪魔なだけなんだからっ...」 こみ上げてくる悔しさを必死で飲み込む。震える声を必死で押し出すあたし。 「ふーこ、落ち着いて?ふーこらしくないよ?そんな言い方...」 「あたしらしいってなに?あたし、いつだって頑張ってきたよ?デブでも、何言われても笑って済ませてきたけど...でも、もうやだっ!」 「ふーこ...」 あたしは泣きだしてた。アキの胸はすっごく温かくって、あたしは家じゃないのもあったから、余計に大声で泣きついてしまった。しばらくすると、隣の花井兄のほうがとんとんってアキの肩をたたいて、家の中に入るように言ってくれた。アキの家じゃなくて、お隣さん家。 アキん家は、まだ弟とかが小さいから家に居てもゆっくり出来ないらしい。夜に友達が来てもあんまりいい顔されないんだよね。アキの部屋って居間への通り道みたいなとこでさ、おかげで勝手から誰にも気付かれずに出入り出来るって言ってるけど...アキの本当の家はどこにっちになるんだろう? 「落ち着いて話してよ、ね?」 アキから連絡があったのか、程なくしてタカも来てくれた。急いで買ったらしいケーキの詰め合わせが自転車の振動で半壊してるのには呆れたけど...だってタカがそんなに急いで自転車漕いでる所なんて想像出来なくて。 あたしに寄り添ってくれてるタカがずっと背中をさすってくれる。 キッチンから紅茶のいい香りがしてきた。ここの台所はアキが面倒見てるから、アキの大好きな紅茶も結構揃ってるみたいだった。紅茶はアキが好きだからっておにいさんやこの家のおじさんが色々買ってきてくれるんだって前に聞いた。愛されてるねって言ったら淋しい顔して、笑った。アキらしくない笑い方だった。だけどそれに気を使えるほどあたしには余裕無かった。 あたしは夏芽ちゃんに言われたことをそのまま二人に告げた。 「ひどい...でもなんでふーこが辞めるんだよ!」 「どうせ、もうあそこには居られないから...辛いんだもん、コタと夏芽ちゃん見てるの。」 ぽたぽたと涙が両手で抱き込んだ紅茶のカップの縁に落ちていく。せっかくのケーキだけど手もつける気になれなくて、あたしは必死で呼吸しようとしていた。鼻も詰まって苦しいんだもの。あったかい紅茶飲んだら少しは楽になったんだけど。 「ふーこ...」 「ごめん、もうちょっとだけ居させて...バイト終わる時間になったら帰るから。」 お兄さんは部屋に入ってしまったみたいだった。弟のほうは見かけないとこをみるとまだ帰ってきてないかも知れない。たしかあたし達より2こ下だったよね?今、中学3年生...あ、受験勉強かな?塾とか... 「大丈夫だよ。あたしもいつも10時頃まで居させてもらってるから。」 机の上にはアキの勉強道具が開いていた。アキもここ以外、居場所がないんだね。 8時前にはタカが帰っていき、あたしも11時前までそこにいさせてもらった。 9時頃に花井兄弟の弟の方が帰ってきた。やっぱり塾だったみたい。アキはお帰りと声をかけた後、おみそ汁を温めてご飯をよそってテーブルに並べると、まるで当たり前のように無言で座って食べ始めた。 弟君の食事も終わった頃、お兄さんが出てきて残ったケーキをみんなで食べたりした。カッコイイ兄弟が二人ならんでちょっと緊張したけど、あたしを見ても露骨に嫌な顔したりしない。あたしで慣れてるからだなんてアキは言うけど、ちゃんと家族してるっぽかったよ? よく見ると弟の方が繊細な顔立ちしてるんだよね。お兄さんの方がこう、正統派みたいな感じ。どっちにしても綺麗な顔立ち、背も高いし、モテるって聞くけど当たり前の話だよね。よく芸能界から引き合い来ないものだと思う。たぶん、プロデューサーをやってるって言うおとうさんが止めてるのかな? 「ごめんね、アキ、隣まで押しかけて...」 アキの洗い物を手伝って一緒に外に出た。 「いいよ、いつもふーこの家にばっかり押しかけてるんだから...大丈夫か?」 「うん、もうすっきりしたよ。じゃあ、帰るね。ありがとう...」 「ふーこ、なんかったらすぐに言えよな?」 「うん!またね!」 空元気で返事して、あたしは少し離れた自宅に向かってまた自転車をこぎ出した。 アキのおかげで少しは気も落ち着き、これなら平気な顔して家に帰れるよね。 なのに、なんで居るの?? うちの前の塀に自転車立てかけたまま立ちつくす黒い影。 コタ...今だけはあんたの顔、見たくなかったのに... |
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