ふーこの恋 | |
でぶ★コンプレックス・5 | |
家に近づけなかった。手前で自転車から降りて、あたしは立ち尽くしていた。 「ふーこ?」 コタがあたしの名前を呼んで、壁から離れてゆっくりと近づいてくる。街灯の下にくると、その表情が照らされる。 あたしは思わず逃げ出したくなった。だけど、さっきまでアキの所に逃げ手込んでて、今度はどこに逃げるようか?悩んだ挙句、あたしは自転車を置いて、そのまま回れ右をして、走り出した。自転車に乗りなおしてUターンなんって真似は、アキでもなきゃ、あたしには出来ない。自前の足で逃げる方がましだって思えた。 「待てよっ!ふーこ、おまえ走ると...」 走ると?あ、そうだった。気が付いたとたんに、足がもつれて転んだ。 あたしが運動オンチの原因でもある、この走ると遅い上に転ぶっていう現実を忘れていた。小3の時に、運動会でひどく捻ってから、不意に平地でも転んでしまう。一度診てもらったら、靭帯の一部が切れてるらしいんだけど。 「いたっ...」 「おまえ、走ってオレから逃げられるとでもおもってたのか?」 コタはいつもリレーの選手だった、確か。中学時代はサッカー部だったし...敵わないのは判ってたけど、今はコタの顔を見たくなかったんだもの。 結果はどうあれ、あたしはコタのカノジョと喧嘩してバイト先飛び出しちゃったんだもの。恥ずかしいよ、自分のしたことが... コタの手が差し出されるけど、あたしにその手は取れない。転けた恥ずかしさの上に自分の体型の恥ずかしさが加わる。だって考えてみてよ?その手に縋ったら、あたしが重いってコタに伝わるじゃない?まあ、そんなのわかってるだろうけど、それを実感されたくないって言うのが女心なのよ。 なかなか手を取らないあたしに業を煮やしたのか、いきなりわきの下に手を差し込んで抱き起こそうとした。 「やだ、なにするのよ、コタ!」 あたしはもがいて、コタの身体を突き飛ばした。だけど昔みたいに飛んで行ったりしない。ちょっと揺らいだだけだった。 「え?おまえ起き上がれないんじゃねーの?」 「ち、違うわよ、ひ、一人で立てるからっ!」 焦って地面に手をついて立ち上がる。すっごく不細工な起き方だけど、コタに持ち上げられるよりまだまし。 意地だもん、いくら見た目でわかるからって、実感されるの...重いって。 「あのさ、ふーこ、今日のことだけど...」 「いいのよ、あたしが居なくなることでまるく納まるんなら。知らない間に夏芽ちゃんにも嫌な思いさせてたのかもしれないし...」 「なに言ってるんだ?おまえのほうが嫌な思いしたんだろ。あいつ、結構きついこと言うからさ...ふーこは、いつだってにこにこしてて、なに言っても大丈夫みたいに見えるから、だからあいつも、」 「もういいって!あたし辞めたんだし、コタが気を使うことないよ。店長にもよろしく言っておいてくれる?それから、おねー様方にも。」 おねー様方というのはパートのおばちゃんたち。おばちゃんなんって言ったら機嫌悪いから、コタと二人でおねー様って呼んでいたんだ。 「ちがうんだ、ふーこ。オレが辞めてきたから...」 「え??」 一瞬耳を疑った。 「オレが辞めた。夏芽も一緒に...ごめんな、ふーこに嫌な思いさせて。」 なんだ、二人仲良く辞めたんだ。 それじゃあ、ひとり辞めて飛び出してきたあたしのほうが馬鹿みたいじゃない、見せつけるなっていうのよ、もうっ...でも、コタが辞めたら痛手だよ?店長もすっごく頼りにしてたのに。あたしなんかよりもよっぽど。 「ちょっとまって、あたしは戻らないから!だから、コタだけでも戻ってあげてよ、店長だって困ってるよ?いきなり3人も辞めたら。特にコタみたいなベテランバイトがやめちゃったら大変だよ。」 「いや、オレは...夏芽と駅前のファーストフード店に行くって約束してるんだ。」 へえ、もう決まってるんだ...なんだぁ、それじゃ無理だよね、戻るの。やだな、もう聞きたくないな、そんな話。 「あ、そう...」 「だから、ふーこ戻ってくれないか?」 自分たちは仲良く別の場所に行って、あたしには戻れっていうの?そんな、二人が出て行ったあとだと、どう見てもあたしがコタに振られて辞めるって飛び出したみたいに見える。それは事実に近いけど、あたしは気持ちをコタに伝える気もなかったし、誰にも気づかれてなかったと思うよ。反対にコタと夏芽ちゃんを応援していたのをみんな見てると思うもの...心からの応援じゃなかったかもしれないけどね。でもこれであたしが戻ったら、反対にあたしが追い出したみたいじゃない?そんなこと、出来ないよ...あたし。 「戻れないよ...コタだったら戻れる?そんな状況で。あたしには無理、みんなになんて言われるか怖いもん。」 「そう、だよな...けど、夏芽がふーこに酷いこと言ったって、店長も判ってるよ。ふーこが無責任に飛び出すような子じゃないってさ、おねー様方だってそうだよ。夏芽がサボってるのみんな見てるよ。誰もふーこのこと悪く言ったりしない、だから安心して戻ってくれよ。」 「コタは...責任感じてるんだね。」 自分のカノジョのことだから、だよね?それほど好きなんだ、夏芽ちゃんのこと。 あーあ、やっぱりコタも可愛い子がいいんだよね。だったら、あたしみたいなの、最初っから相手にしないでくれたらよかったのに。 「ちょっと考えさせて...あたしだって、このまま無責任なのは嫌だけど、こんな形で戻るのもいやだから。明日、店長に電話してみるから、それで決めるから。」 「そ、そうだよな、店長と話すのがいいよな...オレ安請け合いしちゃって、ふーこは大丈夫だから、オレが連れ戻してくるって。」 連れ戻す? 「コタ...いつからうちの前にいたの?」 「帰り道、おまえ探して公園とか、牧野のとこ行ったりしたけど、おまえいなくって...家にも帰ってないの自転車で判ったからさ、だからここで待たせてもらってたんだ。」 そっか、アキの隣の家にいたからコタには気づかれなかったんだ。 あ、ダメじゃない!カノジョほっぽり出してたりしたら。 「あの、夏芽ちゃんは?」 「ああ、帰らせたよ。仕事さぼっておいてあの言いぐさはないだろう?普通ならクビだよ、店長がオレのツレだからって気をきかせてくれたけど、あのままじゃ店に迷惑かけてしまうからな。だけど、オレが辞めなきゃあいつは意地でも辞めないって言うし...だから、安心していいから、な?」 だから安心して失恋気分を味わえと?知らないからだろうけど、結構、キツイなぁ、その言葉。 「わかった。とにかく明日店長に電話するから...」 ごめんね、って謝りたかったけど、もう普通に話せなさそうな自分がいる。 苦しいんだ、コタの済まなそうな顔見てるの。 それに...ちょっとだけ、ううん、やっぱり夏芽ちゃんのことは好きになれなかった。醜い嫉妬心で悪口をいっぱい言っちゃいそうになったりもしたよ。だけど、コタへの真っ直ぐな気持ちを見てたから、アキやタカの前でもそれは言えなかった。いい子でいたいのかも知れないけど、だけどそんな言葉を口にするだけで、自分がもっと卑屈になっていく気がして、言えなかった。だから、もう何も言わないでいる方がよかった。なのに... 「じゃあ、あっ!」 あたしはまた駆けだして家に戻ろうとして、また転けそうになった。馬鹿だ、あたし。同じ真似を2回も... あれ? だけど転けないよ。地面とどこもぶつからない。膝も手もおでこも... 「あぶねーな、ふーこ、いい加減学習しろよ。」 替わりに耳元でコタの声がする。 膝の替わりに、お腹に回されたコタの手があたしを支えてくれてることに気が付く。 「や、だっ...!!」 血の気が引いていく。だって、今あたしの全体重をコタが腕一本で支えてるんだよ?そりゃ身長は随分とあたしより高いよ?だけど、そんな...なんで一緒に倒れないの?重いのに。 「ふーこ、おまえが気にすることなんて何もないんだ。全部、オレが悪いんだからさ...オレは、大人になったつもりだったけど、未だにこうやってふーこ傷つけてばっかりのガキだよ。ごめん、本当に、またふーこ泣かせちまって...」 コタの腕は離れるどころか、尚更キツくあたしのお腹を抱え込む。 や、やだ、お腹たぷたぷなのに...いくら少しぐらい締まったとしても、まだまだぷにぷになんだもん、恥ずかしい!それになんでこうなってるのかよくわからないし。 「あの、さ、コタ?」 コタのおでこはあたしの肩にっていうか首に押しつけられてて...震えてる?コタ、泣いてるの? 「ね、コタ、あたしそんな、コタに謝ってもらうようなこと無いよ?昔のことは、もう許したじゃない。だって、楽しかったよ、コタと一緒にバイト出来て。昔の嫌な思い出全部消えちゃうほど、楽しかった...。普通に接してくれてありがとうね。コタが、あたしのことデブだって馬鹿にしてないことはちゃんと伝わったから、女の子扱いして貰えてうれしかった。帰りにアイス奢ってくれたりしてありがとう。いっぱい気使わしちゃって、ごめんね?でももういいから。これからは、もっと夏芽ちゃん大事にしてあげてね?彼女、コタのこと、本気で好きなんだから...あたしみたいなおでぶちゃんに変なヤキモチ焼いちゃうくらいにさ。ほんと、ただの幼馴染みなのにねぇ...」 コタが離れていく。今までコタがいた場所の温度がすーって引いて行く気がした。 そっか、男の子って体温高いんだ。あたしは低体温だから、それが尚更強く感じるんだろうね。 「これでコタも無罪放免だから。今度の同窓会までにはみんなにちゃんとコタが優しくなってるって報告しておくからね、安心して出席すればいいから。」 バイト先が変われば、もう卒業しても会う機会なんて無くなるだろう。次の同窓会ぐらいまでは、たぶん...立ち直ってるから。あたし、それだけは早いんだから、ね。失恋なんていっぱいしてきたから。思う相手に彼女が出来て、いつも終わっていくんだから。 「サンキュ、ふーこ...オレも、楽しかった。前にふーこ子傷つけたこと許して貰えてうれしかったし、昔にオレがやったことなんて忘れちまうほど、楽しかった。夏芽のこと、大事にするよ。オレ、あいつのことも傷つけてしまうところだったから...」 ずきんって、刺さった。 判ってたことだったけど、また溢れてきそうな涙を必死で堪えてあたしは歩き出す。コタの自転車も家の前にあるから同じくついてくる。ううん、いつの間にか車道側に立って少しだけ、あたしの前を歩く。あたしの歩調で、あたしにあわせて。 うん、優しくなってるから、だから、カノジョだけを大切にしてあげて。他の女の子に優しさばらまいてないで、そんなことしてカノジョに見当違いの嫉妬心抱かせないように頑張って。 コタ、ありがとう、そして 「さよなら。」 「ああ」 コタは最後まで、泣いてたのを隠すためかずっと下を向いたままだった。 『また明日』のない『さよなら』 コタの自転車がどんどん遠ざかっていく。 あたしは家の中に駆け込んで、部屋で布団をかぶって泣いた。あれだけ泣いた後なのに、まだ涙は出るんだ。 泣き疲れて夜中に目が覚めて、お風呂に入って顔を冷やした。 明日、また元気に笑えるように。 携帯にはいてったアキとタカからの励ましの言葉を抱きしめて再び眠った。 <あたしらはふーこのこと大好きだから!だから自分を責めるなよ?Fromアキ> <あたしは、ふーこのこと大好きだら、だから自分を嫌いにならないでね。Fromタカ> だから、コタのあの体温はもう、わすれようって... 想いを残して、嫌な子にならないように、自分で。そう決めたの。 |
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