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ブス★コンプレックス〜恋をしてもいいですか?〜

ふーこの恋
でぶ★コンプレックス・6

翌日バイト先に電話すると、店長が必死になって引き留めてくれた。
『ふーこちゃんにまで辞められたら、困ってしまうよ。パートさん達からもふーこちゃん可愛がられてるしさぁ、頼むよ。このとおり!!』
頼み込まれて、断り切れなくて、再びスーパーにバイト復帰したあたしって、本当にお人好しなのかも...どうしても断れなかったんだよね。
実際、コタと夏芽ちゃんのことは誰も何も言ってこないから気持ち的には楽だけど、バイトしててもやっぱりコタのこと思い出しちゃうんだよね...
ああ、ここでよく話したなぁとか、重い荷物運んでるときは、見つけたらすぐに駆けよってくれたなぁとか、いい思い出ばっかり。忘れるにはまだ時間かかりそう、ここにいる限りは。

パートのお姉様から、駅前のファーストフード店に買いに行くとバイトしてる夏芽ちゃんを見かけたって話は聞いたけど、男の子は大抵調理場だからコタを見かけたとは聞かなかった。でも一緒に居るのは間違いなくて。
だから...
「あたしコタ見たよ。クラブで遅くなって帰ってくるときにね。駅までカノジョ送ってきてたみたいだった。あいつもあたしに気が付いたみたいだったけどすぐに視線そらせやがったゾ。」
アキからそう聞いても驚きはしなかった。ああ、やっぱりってだけ...
きっとアキが睨んだんだろうなぁ。プレー中とかすごくカッコイイぐらい視線キツイから。
ボーイッシュなアキは言動も仕草もわざとそうしてるみたいに男の子っぽいんだよね。中身はそんなんじゃないってタカもあたしも、よくしってるんだけど。なんでかって聞いたこと無いけど、自分が女の子らしい見た目をしてないってことを、すごく気にしてるからなんだと思う。だからかな、男の子達はアキに一目置いてたし、あたしもアキと一緒だったから、でぶでもあんまり表だって苛められたことはなかった。
「もういいよ。判ってたし...」
まだ胸は痛むけど、どうしようもないもん。忘れるって決めたから。
自分で決めたことだからしょうがなくて...だって夏休みはまだまだだ続くもの。
あたしの毎日はバイトで埋め尽くされていた。


「ふーこちゃん、悪いけど、こっち手伝ってくれる?」
「はい、これですね?」
新しくバイトに入ってきたのは長期、深夜も可能な大学生の三浦さん。眼鏡かけて真面目でやさしげな印象の人だった。すぐに仕事を覚えて、あたしのことも店長と同じでふーこって呼んできた...男の人だけど、人懐っこいのかな?
「高校、K女子だって?すごいなぁ、勉強出来るんだ。俺たちの学生時代もすっごく憧れだったよ。」
「ごめんなさい、それがあたしじゃ夢が壊れたでしょ?でもね、安心してください、すっごく可愛い子もたくさん居ますから。あ、けど大抵彼氏持ちかお嬢様なので気軽に声かけられないかも...三浦さん、残念ですね〜」
「ちぇーそうなの?ああ、けど実際そうなんだろうね。通りでオレらの学校で付き合ってるヤツも少なかったはずだな。いいって、俺はふーこちゃんで充分満足してるから。できれば二学期始まったら憧れのK女子の制服で来てね。」
「あはは、三浦さんったら〜あたしこんなだからにあわないんですよ?そのうち友達が寄ってくれるの待っててくださいよ。」
「そっか、じゃあソレを楽しみに、バイト休まずにこなきゃな〜俺。」
ノリがいいのと、大学生特有の軽さが一緒に仕事するには心地よかった。大学の話、コンパの話、友人のカップルの話、車の話。どれもが未知の話ばかりで聞いてて楽しかった。いい人なんだと思う。お兄さんが居たらこんな感じかなって思えた。あたしって妹はいるけど、お兄ちゃん欲しかったんだよね。
コタのこともなかなか忘れられないけれども、忙しくしてれば時間は過ぎるし、益々身体は締まってくるわで悪いことばかりじゃなかった。夏休みいっぱいで辞めるつもりだったけど、コタが辞めたあと、それは言い出しづらくって、このまま続けることになりそうだった。

『ふーこ、映画見に行こうよ!』
アキが言い出したのは、たぶんソフト部の練習がお盆休みに入ったからだと思う。
『タカも許可もらったからさ、その日泊まれるって。ふーこもおいでよ。』
そっか、久しぶりに3人で泊まれるんだ。その上お出掛けも。
門限に厳しいタカは、普段なかなか出歩けないけど、たまにこうやってお泊まりの許可を貰えた時は遅くまで出歩けるの。それでもお酒を飲んだり派手な繁華街に行かないのがあたし達らしいんだけど。だからこそ、タカのお母さんにも信用があるんだと思う。
「そっか、じゃあアキん家でいいの?うちでもいいよ?」
『うち大丈夫だよ。あたしも、その日は隣の食事用意しなくていいんだ。隣はおじさんの実家にお盆の間帰るらしいし、うちも義母の実家にみんな行っちゃってさ、あたし一人だから、うちに泊まれるよ。』
強がるアキのわざと弾んだ声。
お盆の間アキはいつだって一人になる。それがとても不安なくせに口に出さないんだよね。それは毎年この時期泊まりに行くあたし達にとっては暗黙のこと。
「わかった、じゃああたしも泊まりに行く。でもそれまではショッピングして、映画見まくろうね。」
今ちょうどみんなが見たかった話題の恋愛映画が上映されているはずだったから。

普段出来ないような遅くまでの映画鑑賞を終えて、3人で夕食を外で済まして駅に着いたのはかなり遅い時間だった。
あたしたちは駅の裏側にある公営の駐輪場に自転車を取りに行った時だった。
「あ...」
そこはちょうどファーストフード店の裏口の斜め横で...
裏口から出てきたのは夏芽ちゃんだった。
「お疲れ様でーす」
その声で判った。その腕の先には、コタだろうか?顔は暗くてよく見えないけど、腕くんでべったりといった感じでくっついてる。
二人はそのまま駅へと歩いていく。角のところで、二人の影が重なった。
引き寄せられた夏芽ちゃんがコタの首に腕を回して...
「か、帰ろう...」
あたしは自転車に乗ると反対方向へ向かって自転車を漕いでいた。
キス、してた。
コタの腕が夏芽ちゃんの腰に回って濃厚なって感じのキス...
やだな、見たくなかったなぁ。忘れたつもりでも、心はずきんずきん痛んでる気がした。


「ふーこ、気にするなよ。」
「うん」
アキの家にたどり着き、アキの部屋に布団を3つ敷いて3人かわりばんこにお風呂に入った。
「派手そうな子だね。衣笠くんとイメージ合わない気がするけど...中学以来あたしは見てないから、よくわからないけど。」
タカはあまり人と話さないけど、よく見てて観察してるんだよね。
「コタは中学の時とかなり変わってたよ。髪も明るくしてたし、昔のコタとはちょっと違ってた、かな...」
かっこよくなってた、あたしが見る限りは。
「そうなの、あたし達はあんまり変わってないのにね...」
全員が布団の上で黙った。たしかに、3人とも中学時代とあまり代わり映えしない。
「あ、でも、ふーこはすごくスッキリしてきたよ、最近。ソコが違う。」
ありがとう、アキでもあんまりフォローになってないとおもうよ。だってほんのちょっとだもん。
「アキも随分日に焼けたよね?」
タカ、それも違うと思う...それだけアキは練習してるんだし。元は白かったのに今はその見る影もないのは確かだけど、余計に男の子っぽくなってしまっただけのこと。微妙に筋肉質だしね。
「それを言うなら、タカも髪、随分のびたな。」
「そう?頑張って伸ばしてるの、願掛けみたいなものだけど。」
「願掛け?」
あたしが聞くとタカがまとめてるゴムを外した。結構硬い髪で、縛らないと居られないらしい。それでも伸ばすって事はよほどの願い事なんだと思う。
「聞いてもいいのか?」
「言ったら効力なくなるから言わない。」
「わかった聞かない。」
仲のいい親友だからって、あたし達は何から何まで打ち明けてるわけでもない。それぞれのコンプレックスや悩みを知ってるから、敢えてそこには突っ込まない。本人が言い出すまで待ってるだけ。
だから居心地いいんだ。二人といると...
コタと夏芽ちゃんがうまくいってるだろうって話は、結局その後誰もしなかったし、あたしも頭から追いやって、今日見た映画の話を眠くなるまで3人でしていた。

夏の夜、クーラーの音だけが響いていた。
だから、夜中にアキが布団から抜け出していたことにも、明け方戻ってきてたことにも、あたしは気が付いてなかった。



「すごい雨だね。」
「そうですね、さっきから雷も聞こえるんですけど...」
バイト先で三浦さんとならんで外を見てはため息をつく。
今日は夕方上がりだから雨降ってても平気だと傘と自転車で来てしまった。
カッパにしておけば良かった...雷の中、傘さす自信はさすがにないよ。
「ふーこちゃん、自転車だよね?雷は危ないからオレ送ってくよ。ね、店長いいですよね?」
「ああ、そうだな、コレはちょっと危ないなぁ。三浦は車だったな?上がり時間もちょうどいいからふーこちゃん送ってもらえ。自転車はちゃんと店で預かっててやるからさ。」
「でも...」
「いいって、女の子助手席に乗せるの久しぶりなんだから、俺。」
店長の押しもあって、結局あたしは三浦さんの車で送ってもらうことになった。
出来るだけ避けてたんだけどなぁ...だって父親の車にしか乗せてもらったことなくって、男の人の運転する車に乗るなんて初体験だもの。ま、あたしだから心配するようなことはないだろうし。


「ふーこちゃん、シートベルトしてね。あ、やり方わかる?」
やたら構ってくれて、ちゃんと女の子扱いされてることがくすぐったかった。高校生と大学生だとこんなにも違っちゃうのかなぁ?きっと大学のお友だちとかで慣れてるんだろうね。
基本的に、三浦さんって優しいんだなって思う。きっと深い意味はないと思う。その当たりはもうコタで経験済みだから、もう無駄な期待したりはしないの。
いいバイト仲間、それでいいんだもの。
「あのさ、ふーこちゃん腹減らない?よかったらさ、時間あったらどこかで晩メシ食べていかないか?今日、うち親いなくって一人で外食なんて寂しいからさ、ホントは店で売れ残りの惣菜買って帰ろうと思ってたんだけど、忘れちゃって。」
「あ、でも、今日は帰るって親にいっちゃったので、準備してくれてると思うんです。」
外食はカロリー高そうだもの。今夜はあたしの好きな肉じゃがだってお母さん言ってたしなぁ。
「そっか、ふーこちゃんいい子だな。うん、いいなそう言うの。しょうがないか、じゃあまたそのうち付き合ってくれよな?って、ヤバっ!ふーこちゃん、悪いけどスタンド寄っていいかな?メーター底つきそうなんだ。朝遅れそうで入れてくるの忘れたんだよなぁ。」
慌てた雰囲気が可愛かった、男の人なのに失礼かもだけど。そう言えば朝、寝癖ついてたような...
「いいですよ、帰り道ですか?」
「ふーこちゃんとこ送る手前にいつも行ってるとこがあるから、そこ安いんだ。国道沿いのトコに行くね。」
うちの父親と同じ所だと思った。この辺じゃ安くてサービスもいいとこだって聞いたことがある。
そこから車の話になって、三浦さんの乗ってる車は中古だけどチューンナップしてるんだと嬉しそうに説明してくれた。HONDAの古い車らしいけど、あたしにはよくわからない。黒と白のツートンの車で、エンジンの音も父親の車よりずっと大きかった。
車は滑るようにガソリンスタンドに入って、数人の店員さんが駆けよってくる。
「いらっしゃいませ!!」
「満タンね。」
窓をあけて三浦さんがそう言ったあと、窓を閉めたら外の音はあんまり聞こえない。無言で窓拭く店員さん達。若い男の子もいるんだって、前を見た瞬間、それが誰だかすぐに判ってしまった。

「コタ...」
何でここにいるの?
目深に帽子をかぶって、ガソリンスタンドの制服を着て、車の窓ガラスの向こうで固まってるコタはじっとあたしの方を見てその手を止めていた。
「ふーこちゃん、どうかした?」
あたしの肩を叩いた三浦さんが、そのまま心配げに顔を覗き込んできた。
「い、いえ、別に...」
あたしはよほど驚いた顔をしてたんだろう。
頭の中を渦巻く疑問でいっぱいになる。でも考える力は湧いてこなくて、三浦さんの声が遠くに滑り落ちていく。

なぜ?コタはこんなとこにいるの?バイト先は駅前でしょう??
なぜ、コタはあたしを見てあんな顔するの??

信じられないものでも見たような...あ、そっか、もしかしてあたしが三浦さんの隣に乗ってるから?
信じられなかったんだね。あたしみたいなのが男の人の助手席に乗ってるってことが。別に勘ぐるような仲でもないし、たとえそうだったとしてもコタには関係がないはずなのになぁ。
先日の、暗闇で重なる影を思い出して、また胸が苦しくなる。
コタは、あの時キスしてたはずなんだから、夏芽ちゃんと...
『毎度ありがとうございましたー!!』
帽子をとっての元気のいい挨拶。数人のスタンドの従業員が、いつの間にか動き出した車を見送っていた。ちらりと後ろを向くと、帽子をかぶりなおすコタが、後ろを向いたところだった。
「ふーこちゃん、明日も迎えに来るからね、朝、準備して待っててくれる?」
「え?あ、そうですね、あたし自転車置いて来ちゃってるから...」
「そ、なんなら通り道だから夏休み終わるまで、毎日送り迎えしてあげるよ?」
「そ、それは悪いですよ。」
「俺はね、隣に人が乗ってくれてる方が落ち着くんだ。ふーこちゃんってさ、一緒に居てて落ち着くっていうか癒されるっていうか...すごく嬉しいんだよ。」
「でも、あたしみたいなのじゃ...隣に乗ってて恥ずかしくないですか??」
「恥ずかしいって?なんで?」
「だってこんな体型...」
あたしはいつもそう言うときに自虐的だなって思う。否定して欲しくって言うんじゃなくて、言われる前に言うっていう自己防衛。アキの男っぽい言葉遣いと同じかな?
「なんでさ、気にしないでいいよ?思春期の女の子ってさ、ぽちゃりしてるもんだよ。俺の同級生も今じゃそこそこスマートになってるよ?それに、今のふーこちゃんはいい感じだと思うけどなぁ。触ったら柔らかそうだし...抱き心地良さそうだよ?」
「え??何いってるんですかぁ、三浦さんったら。あたしは抱き枕じゃないんですから!少しだけ痩せたから、それでですよ、きっと。」
「そうなの?でもさ、せっかく女の子に生まれてきたんだから、自信持ちなさいって。ふーこちゃんは可愛いよ。性格がさ、すごくいい。俺もそんなにたくさんの子と付き合ったことはないけどさ、やっぱり我が儘な子よりふーこちゃんみたいに優しい子がいいよなぁ。バイト先でも目上人とちゃんと受け答え出来るだろ?俺の周りじゃね、大学生になっても教授や先輩にタメ口きく子が居るんだぜ?まったく、参るっていうか恥ずかしいよ。その点ふーこちゃんはきちんと出来てるよね?もしかして、K女だから??」
「そ、そうかな...」
確かに学校でも、先生との会話でも常に敬語は厳しく指摘される。基本的礼儀作法は校則にも書かれてるほどだから。だからお嬢様高校って言われるのかな?
「で、よかったらなんだけど...」
「あ、はい?」
「このまま付き合っちゃわない?」
「え?」
まさか、あたしと??まさかのまさかだよね?
「もう、三浦さんったら、冗談はやめてくださいよぉ。」
「冗談じゃないんだけどねぇ。」
ニッコリ笑って三浦さんはハンドルに腕を置いた。
車は既にあたしの家の前に着いていた。フロントガラスに打ち付ける雨はまだ強くて、ドアを開ける勇気も、三浦さんの言葉を鵜呑みにする勇気もなかった。

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