別に仰々しく入場するわけではない。
帰国したばかりで疲れている二人は後から参加するとされてただけだ。けれど俺がリィンをエスコートして広間に入っていくと2種類のどよめきがおこった。
一つは美しい銀の髪の淑女をたたえる賛辞のどよめき。
もう一つは銀の髪の所在を知るものと、剣士リィンの姿しか知らなかった者の驚愕のどよめきだ。
シルビアのそれは間違いなく後者であっただろう。
「遅くなりました。まだ傷が時々痛むものですから勝手させていただきました。」
まず主賓のシルビア皇女の前で騎士の礼をとる。横に控えたリィンはドレス姿で優雅にお辞儀してみせた。皇女は手にした扇子で口惜しそうに震える口元を隠して、必死に愛想笑をしていた。が目が怖い。
「ま、まあどこのどなたかと思えば私の護衛をしていた女剣士さんじゃありませんこと?いきなりそんな格好なさるから、こちらにいらしゃるまで気がつきませんでしたわ。あなたのように背の高い方用のドレスもありましたのね!その髪は鬘か何か?似合いもしない格好はさっさとおやめになって剣でも握ってらしたらよろしいのに!まるで男役者さんみたいでしてよ?」
なんてひどい言い様だ。シルビアは自分より下だと思ってる者に対して容赦がない。けれどこうやって俺が連れてる者に対してそこまであからさまに言うものか?俺の顔つきが変わるのがわかる。言い返そうとすると左の腕をリィンが引いて頭をふった。少し傷ついたような悲しげな瞳をしながら...
向こうも側にいた大臣が急いでシルビアをたしなめるが、ヒステリックになった彼女の言葉はとどまるところを知らない。
「先ほどまで男のような成りをなさってたのに、ジェイクと一緒だからってそんな肩の空いたドレスなんて、筋肉質の野蛮なあなたに似合うはずがないでしょう!ああ、見苦しいったらありゃしないわ!ジェイクも一緒にいる人をもっと選ばなくてはいけませんことよ。」
意地悪くいがんだその口元を扇で隠して高笑いをする。いったいこの女はどういう育ち方をしてきたのだ?公衆の面前で人をこき下ろしても平気なのか。だけれどもリィンの手が強く俺を引きとどめている。
耳元で小さく「構わないから...」とそう言って。
その時主催者である親父達がこちらに向かってきた。ただならぬ雰囲気は離れてても見て取れたのだろう。
「シルビア様、ご紹介が遅れましたわね、こちらリィン・クロスはわけあってこの国で育ちガーディアンをしていますが私の母国の従姉妹の娘にあたります。息子も私の母国の者と縁があり、嬉しい限りですわ。ただ、このような場所は初めてですから何か失礼はございませんでしたかしら?この娘の失礼は身内である私の責任でもありますから。」
母上がにっこりと微笑みしゃなりと進み出てリィンの横に立った。瞳は笑ってない、俺の覚えがある限り一番怖い母上の笑顔だ。この人はこう見えて度胸はめちゃくちゃ据わってるんだ。そして一度怒らせるとものすごく怖い。
雰囲気を察したのかシルビアは悔しそうな顔をして一歩後ろへ下がった。すぐさま側近が寄ってきて黙らせようとしていた。変わって大臣が前に進み出てきた。
「恐れ入ります、アイリーン様の母国と申しますのは、もしやあの幻の銀の王国でありますか?リィン様のこの銀の髪は間違いなく王族の証!数年前に滅びたと風の噂で聞きましたが...そうでありましたか。この眼で見ることが出来るなどなんと幸運な!」
実直な大臣は一歩進み出るとリィンの前でひざまずいた。
「私も銀の王国に憧れておりました。お目にかかれて光栄でございます。そして何よりわが主の失礼を心よりお詫び申し上げます。どうかお許しくださいませ。」
リィンの手をとり額につけて挨拶し立ち上がると、深く頭を下げた。
リィンは静かに首を振った。その様子にほっとした顔の大臣は総帥夫妻の顔色を伺うとまた一歩下がり一礼した。主君の無礼を攻められぬようなんとか取り繕うことに成功した大臣は胸をなでおろしている。ここまで低姿勢なのも珍しいが、なかなかたいしたものだ。ガーディアンを敵に回してどれだけ良いことがあるものか。この実直な大臣には充分すぎるほど理解しているのだ。もっともリィンが怒りを露にしていないのだからなんとかなっているだけで、俺のほうがぶちきれそうだったけど。
シルビアを見るとぷんと顔をそらしたまま謝ろうともしていない。未だにぶつぶつと文句をいっては側近の者に当り散らしている。まあ、この大臣がいるならなんとかなるだろう。だがいつかは成長しないとやっていけないのに。彼女の気持ちに答えてやれなかったことが原因とすればよけいにかわいそうにも思えてくる。あとでリィンにもなぜ怒らなかったのか聞いたとき『あれだけ長くいればね、気持ちはわかるんだよ』とそういっていた。

「それでは皆様ダンスでもお楽しみください。」
頃合を見て爺様がそう声を上げると、広間にワルツの音楽が響き渡った。親父殿は母上を誘ってホールの中央へ躍り出る。次々とカップルがそれに続く。立場的には俺がシルビアを誘って踊らなくちゃいけないところなんだが、今はリィンが側にいる。そのとき背の高い細身の影が横切った。
「シルビア様、このような中年男で申し訳ありませんが一曲お相手願えませんでしょうか?」
優雅な物腰、低めのバリトンの渋い声...副総帥でもあるギルバート・オルジェンシーだった。きつめに上がった切れ長の目を和ませて微笑んでいる。年齢よりもずいぶんと若く見えるはずのその整った顔立ちは女心をひきつけるのには充分だった。
「これでもまだ独り身でありまして、お美しい姫の姿を拝見しておりましたら申し込まずにはおれません。どうか、この手を取っていただけますか?」
さっすがガーディアン一のフェミニスト!親父の親友でもあるこの男は女性の扱いにかけてはぴか一だ。見かけもスマートで知的で、未だに結婚しないのが謎なのだ。この人に任せておけば、今宵もシルビアも気持ちよくその矛先を収めてくれることだろう。踊りの輪に入る二人を確認すると隣にいるリィンにひざまずいてダンスの申し込みをした。
「リィン、踊ってくれる?」
「足ふむけど、いいか?」
くすくすと柔らかく笑うリィンの手を取って踊りの輪の仲に入り、そして何度もリィンに足踏みされながら、二人で何曲も踊り続けていた。
夜が明ける。
晩餐会も無事すみ、皆がその疲れた身体を寝台に休め、朝が来るのを少しでも遅らせようと分厚いカーテンを引き眠りをむさぼっていた。
俺の部屋では薄いカーテン越しに白んでくる空と、冷たい冷気を部屋に取り込んでいた。先ほどまでの自分の熱情にちょっと呆れながらも、ぐったりと動かないリィンをそのままに、半身を起こして朝の冷たい空気にあたっていた。こうでもしてないと納まらないものがまだ自分の中にある。
昨夜、リィンを襲った輩の正体はすぐに割れた。シルビアが内緒で雇った流れの始末屋だったらしい。それを吐かせたのはいつのまにかホールを抜け出ていたガルディスだった。
あちらの大臣との裏交渉で公にしない変わりにグラナダのガーディアンへの供給地としての契約と、以後のシルビアのここへの立ち入り禁止を約束させた。これには親父、ギル、ガルディス、俺とリィンの5人が立ち会った。
総てが終わるともう夜半を過ぎてしまっていた。用意された部屋へ帰ろうとするリィンを自室に引きずり込み念願のドレス姿のリィンを堪能した後、ことにおよんだのは言うまでもない。たまりに溜まった欲望という名の熱情は尽きることなく、明け方近くリィンが気を失うように眠りに落ちるまで何度も何度も彼女を求めた。優しくしてたつもりなんだけど、途中から自分でもおかしくなってるんじゃないかと思えるほどリィンにのめりこんでしまった。それほど昨夜のリィンはすっごくよかったんだ。
俺の傍らで無防備な寝顔のリィンがその白い肩を見せて寝入っているのをじっと見つめていた。昨夜の嬌態がまるで嘘のように思える静かな寝息だ。
「ん...ジェイ...」
リィンの寝言だった。俺の名を呼んで、夢でもみているのだろうか?その口が呼ぶのも、その手が求めるのも、その心が求めるのもいつも自分であって欲しい。そう願ってしまう自分に苦笑する。
彼女の横に滑り込んでそっと引き寄せる。額にそっと唇でふれて、夜明けまでのあと少しの時間、リィンと共に眠るために瞼をとじた。
翌朝シルビア一行は朝早くに立っていった。こちらからの護衛も小隊一個分をつけた。護衛というよりも見張りでもあるが...。チームはガルディスが率いて、そのままグラナダを中継補給地点として活動させるための下準備もかねて動く手はずになっている。
大臣も昨夜はさすがに自分の主シルビア皇女に呆れ、早々に信用の置ける夫君を据えるか、また身内から後継者を捜すことを口にしていた。実はシルビアがすんなりと戴冠できたのは、俺が夫君となることを見越してだったと大臣は詫びた。彼女は自分の立場を判っていたのか、ガーディアンの総帥の息子が私の恋人で、きっと結婚の申し込みがもうすぐあると公言していたらしい。あちらの国を出る最後の晩餐会で俺が酔って彼女とダンスをしたりしたのも誤解の元だった。それは反省するが、何も言わず旅の荷物だけ受け取るとさっさと帰ってしまったので慌てて追ってきたらしい。
慌しい準備を終えて帰る一行だったが、シルビアを見ていても一向に反省の色もなく、ただリィンを睨みつけていた。
リィンももう少し休んでれば良いのに、また剣士の姿に戻ってガルディスの出発の準備を手伝っていた。時々あちこち痛そうな顔をしてはこっちを睨んでいたが、シルビアの視線はまったく無視していた。
(リィンってこういうとこ強いんだよなぁ。)
今までいろんな視線に晒されてきて、自分がどう思われようとまったく構わないんだ。銀の髪を晒すようになってからはそんなぶしつけな視線ももっと増えたと思うのに。
そのは後というと、二人とも雑用に追われて本部内を走り回っていた。特に俺なんかは何でって言うほど仕事もらっちゃって、途中から副総帥室に缶詰だった。
「私がシルビア様のお守りをして差し上げたからジェイクはリィン殿と心行くまでダンスが踊れたんでしょう?感謝してもらっても文句を言われる覚えはありませんね。」
ギルは機嫌の悪いシルビアのお守りにかなり手を焼いたらしかった。3日間貸し出しの約束が親父と出来ていた。リィンも気がつくと母上と和んでたりもする。俺としては二人が仲が良いことは嬉しいことで、リィンにはこのまま、こうやってここにいてくれてもいいと思ってしまう。
「ギル〜〜!もう勘弁してくれよぉ。」
「おや、もうギブアップですか?総帥の仕事はもっとハードですよ。」
「俺が総帥になるって限らないだろ?まだまだ現役でいるんだから!」
向かい合わせた机に積まれた書類の向こうからギルの声は飛んでくる。
「ジェイクは知ってましたか?ザックスの総帥になったいきさつ。」
「えっ?そんなの知らないよ。親父は教えてくれないからなぁ。」
「ははは、そうでしょうね。彼はね、アイリーンに付きまとう奴がいたので気になって任務に就けなかったのですよ。おまけに可愛い息子も生まれるしね〜。総帥になれば自分が必要な分だけ外に出て行けるでしょう?卿がいらっしゃる間は副で補佐に回って、仕事を覚えた時点で総帥の席に就いて、まあそのあと私が副になりましたが...」
「えっ?そんな理由だったの?でも俺が小さい間はあんまり家にいなかったぜ。」
ギルが慣れた手つきでお茶を入れてくれる。何をやらせてもそつのない人だ。
「腕利きでしたからね、そうそう現場を離れさせてもらえませんでしたよ。そのかわり残務処理や書類の整理で他のガーディアンよりも長くここにいられたはずです。違いましたか?」
いや確かに、任務で家を空けることも多かったが、しばらくいてくれた時など幼いときは嬉しかった。成長してからは、親父が帰ってくると剣の手合わせをして勝つのが目標だった。
そっか、そういうことも出来るのか。ギルの入れてくれたお茶をすすりながら、リィンと過ごすだろう将来を想像してみる。まあ、どっちにしてももっと先だろうけれども。
「ジェイクはリィン殿と結婚されるのですか?」
「えっ、あぁ、そのつもりだよ。」
ニヤニヤと笑っている彼の顔が目に入る。
「似てるんですよねぇ、ザックスがアイリーンを連れてきた時と。もっともリィン殿の場合は同じガーディアンですからね、ちょっと違うかもですが、彼女にベタ惚れってとこが同じで、もう見てておかしくってねぇ。」
「笑うなよぉ!ギル、あんたもさっさと恋人整理して誰か一人に絞れよ!」
「それが出来ればやってるんですがねぇ。」
窓辺にもたれて外を見つめながらギルはお茶を飲んでいた。飲み終えたカップを机に置くとつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「どうです、明日あたり式を挙げてしまいませんか?」
「へっ?」
「そうすればここにいる間は誰にはばかることなく二人で過ごすことが出来ますよ?実はザックスに説得を頼まれたのですがね。」
最初の夜以降リィンの部屋は客間に移されて、夜中に会いにも行けてない。遅くまで仕事させられていた。
「いや、俺はいつだっていいんだ。すぐにでもリィンと一緒になりたいし...けれどリィンがね、ウンって言わないだろうから。」
カップに向かってため息ついてみる。
「おやおや、何のためにアイリーン様がリィン殿と一緒にいらっしゃると思われますか?」
くすくすとおかしそうに笑っている。
「あの方に逆らえる人なんているんでしょうかね。」
「それもそうだ。」
気楽にそう言うギルを見てるとなんだか気が楽になってくる。
「では、明日そのつもりでね。」
今日はもう良いですよと言って副総帥室を追い出された。

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