翌朝何をするでもなく、準備は整えられ俺は控え室に放りこまれた。
用意されてたのは騎士の正装だった。これはここがまだ国政をとっていた頃の正装で、今では結婚式とか何かの式典以外に用いられることはない。おまけに白で統一されてる。丈長の白の上着には銀糸の刺繍が施されている。地味派手って奴だ。
「げっ、こんなの着るのかよぉ!」
「何を言っておる。これは当家に伝えられた由緒正しき新郎の正装じゃ。」
じい様が嬉しそうに持ってくる。自分も親父殿も婚礼の時には皆これを着たのだと。
「お前が嫁をもらうなんてなぁ、わしも年をとるはずぢゃ。けれど綺麗な女子でよかったよかった。ちょっと腕っ節は強すぎるが、まあそれでこそお前の嫁が務まるってもんだ。」
なんでじい様がこんなに嬉しそうなんだ?
「なぁ、じい様、なんでこんなに急いで式挙げなきゃなんないんだ?」
部屋には今は二人だけだ。俺は親父が留守がちだった分じい様にはずいぶんと可愛がられた。いうなればじいちゃん子ってやつだ。真面目な親父と違って豪傑のおじじは一緒にいて楽しい爺様だった。その分親に聞けないこと色々と相談したりもした。
「お前...晩餐会の後なぁ、リィンさんを部屋に連れ込んだぢゃろ?」
「えっ!?な、なんでそんなこと??」
「ばれとるんだよ、おまけに、その、随分と、まあ、激しかったらしいじゃないか?」
「//////なっ!....」
...聞かれ、てる?嘘!
「じい様...それって...」
「はっはっは!若いんぢゃそのぐらいよかろうて。」
豪快に笑い飛ばしてくれる。けれど一瞬の間に表情を変えた。
「それもあるがの、実は逃げたもう一人がまだ見つからんのだ。おまけにガルディスからの報告では、依頼した輩が随分と性質の悪い奴ららしく、今だ依頼の中止のコンタクトが取れん上にお姫さんが随分と金を積んだらしくってな、大国に食い込めるってのと、ガーディアンに随分と恨みのある奴ららしい。油断が出来んのだ。」
久々にじい様の真剣な目をみた。齢70を越えてると言うのに、しばしば鋭い眼光を見せる。普段との落差を考えると怖いものがある。もっとも他の者からするとこの爺様は随分怖い存在らしい。
「うん、俺もそれは考えてた。あの時だってリィンは殺気が尋常じゃなかったって言ってたし...怯んだって言ってたのも、やつらが聞いていたリィンの風体が違ったからじゃないかと思うんだ。髪の色も格好もいつもと違ってたからね。」
「そうなんぢゃ、もしまた人数をそろえてってことも考えられる。まあ、ここに殴りこんでくるんだ、相当の覚悟はいるだろうがな。ただもしものことがあったときに、ただのガーディアンであるのと、総帥の一人息子の妻であるのとでは随分と違ってくる。そういった政治的な絡みもあるんじゃよ。まったく我息子ながらそうゆうことは抜け目がない。」
二度目は許さないか...親父殿はガーディアンの立場を護ることにかけては厳しい。けれどリィンを護ろうとしてくれてるのには違いない。銀の王国の生き残りだと公言もしてしまっている。どんな輩に狙われたって不思議じゃないんだ。だから俺が護るって約束した。
「リィンに護衛は?」
「うむ、就いてはおるが、何分着替え中だしのぉ。周りは女ばかりじゃろう。」
「じゃあ、リィンが一番頼りだな。」
先日から出入り口の殆どはふさいであるし、館周辺も警護は万全のはずだ。けどそんなに簡単に進入を許すところだったか?ここは。
「なぁ、もし、元ガーディアンって言うのが加担してたら...?」
「ん?元か、追放した輩なら恨みもしてるだろうし、ここの内情にも詳しいはずだな。」
「じい様、俺リィンのとこに行って来る!」
「わしも行こう。」
二人剣を手にするとリィンの控え室のある、左手の客間のある棟のほうへと駆け出した。
部屋の前まで来ると見張りの者が困惑していた。
「ジェイク様、卿、中で悲鳴が...しかし鍵がかかっていて!」
「壊せ!」
見張りの2人と一緒になって体当たりを繰り返す。微かだが中の音が聞こえる。女どもの混乱の叫びと争う物音。各国の代表を迎えられるよう作られた部屋だ。扉すら相当頑丈にこしらえてある。4度目のアタックで留め金の方が緩んで扉が外れた。
「リィン!母上!」
そこで見たのは4人を切り捨て、残る2人と相対するリィンの...肩先から頬にかけて飛び散るように浴びた赤い血の飛沫が這う様に張り付いた、白い婚礼用のドレス姿の彼女だった。純白のドレスに施された銀糸の刺繍は、鮮血で紅く染められてもなお浮かび上がっていた。手にしたレイピア(細剣)からはしずくの様に紅い血が滴り落ちている。
見ると侍女の一人が人質になっている。リィンは動けないのだ。
じい様はすぐさま残った侍女達を庇う母上の護りにはいった。母上のその手にも短剣が握られている。
一度に多勢でかかって来られればさしものリィンも手を抜く訳にはいかなかったのだろう。殆どが一突きで床に倒れている。ただし残ったこの二人は...構えからしても流れ者のそれではない。他のものを倒してる間に人質を取られたのだろう、悔しそうに顔をゆがめるリィンだった。
「ジェイク、こいつら...」
「あぁ、お前ら元ガーディアンか!?」
リィンより一歩前に進み出て相対する。女は恐怖で震え声も出ぬ状態で後ろの小柄な男に束縛されている。
「はっ、よくわかったな。ジェイク?総帥の息子か...そちらは前総帥ヒルブクルス卿、お久しぶりでございます、だな!」
厳つい体格の良いほうの男が答えた。後ろの男は女を抱えたまんまニヤニヤと笑っている。
「ゴルドン・ドウター、か?そっちはメルタス・ギボレーだな。」
「ほほう、覚えていてくださったとは光栄ですな、卿!」
「お前ら、まだ恨んでおったのか...」
じい様が一歩こちらへと移動してくる。
「決まってるじゃねえか!ちょっとしたことで放り出されたんだ。」
「ちょっとしたこと?護衛についた商人の年端もいかぬ娘を犯すなどと、それがちょっとしたことか!ガーディアンの名を汚しよってからに!」
「はん!長い旅でちょっとした出来心だったさ!娘のほうも誘ってやがったんだ。なのに追放だ?それも身包みはがされて...後で聞いたら俺のお袋は首つって死んだらしいじゃねえか!お前らが寄ってたかって殺したんじゃねえのか?」
ゴルドンのふてぶてしい告白を聞きながら、リィンの身体に震えが走るのが見えた。久しぶりに見る冷えた憎悪の瞳をみせて。
「何をいうか!お前のやったことを聞いたその晩、皆に申し訳ないと詫び状が書きしたためてあったわ!自分のやった事のほうを恥じぬか!それともとことん性根が腐りおったのか!」
じい様が真っ赤な顔をして怒鳴り散らす。昔は国外からもガーディアンを取り入れていたためこういった事件が多く起きるようになってしまい、それ以来殆どが幼少からの教育組みになったと聞く。
「へっ、いい依頼が来たからちょうどいいと思ったんだがなぁ、ここの事だって親切に教えてくれる奴もいたしな。だがこの女がここまで強いなんて、たっく予定外だぜ?けどこの女を殺されたくなかったら、そのまんま動くんじゃねえぜ。」
ゴルドンの声にメルタスが侍女の白い喉に刃を押し付ける。
「ヒィーッ!た、助けて!」
その喉から切り裂くような恐怖の悲鳴が上がる。
ばらばらと騒ぎを聞きつけて人が集まってくる、そちらに視線が移った瞬間、素早い動きでリィンが持っていたレイピアをメルタスの喉元に向かって投げつけた。すぐさまリィンに向かって振り下ろされるゴルドンの剣を俺の剣が受けとめる。
喉元を細剣で貫かれたメルタスは仰け反り血飛沫を吹き上げている。リィンは恐怖で身動きできなくなった侍女を引きはがし、じい様に引渡すと、低い姿勢のまま、落ちていた賊の剣を拾い上げたかと思うとゴルドンに切りつけた。
「うがっ!」
俺に剣を捕らえられて動けない奴はリィンに懐を深く刺しぬかれた。

「リィン、無茶しすぎだぜ!」
どくどくと血を流し息絶える二人をリィンは冷えた視線で見ていた。俺の声で顔を上げると、返り血で紅く染まったドレスの袖で、頬の血を拭きながらこちらに振り返る。
「ジェイクが動くのが判ってたからな。けれど、すまない。生かしておいてやる余裕がなかった。」
判っているとうなずく。
震える女たちの中から母上が飛び出してきた。
「まぁ、リィンさん、ジェイク、怪我はなくて?でもせっかくのお衣装が血まみれね...」
俺の服にも返り血が飛んでいる。
リィンは母上に謝ってはいたが、どんなに綺麗なドレス姿のリィンよりも、今のリィンのほうがぞくっとくる。
俺が一目で心奪われた冷たい氷の瞳、凛としたその姿にしばし心を奪われていた。
そしてそっと頬に手をやると溶ける様に微笑う。張り詰めた緊張の糸を緩める、リィンが俺の物になる瞬間だ。
『このまま結婚式挙げてしまおうか?』
リィンの耳元でそういうと、一瞬目を見開いていたがすぐに笑って
『そのほうが私達らしいかな。』
そう言った。
聞こえていたのか、母上がとんでもないとリィンを別室に引きずっていく。
「ジェイク、貴方もさっさと湯浴びして着替えるのよ!」
そう言い残して。

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