「リィン?」
「ん..」
息もつけぬほど長く激しい口付けが終わっても、息切れしたままジェイクの胸にもたれていた。頭がぼーっとして思考力が完全に止まっていたのだ。私を強く抱きしめた彼の腕は緩むことのない程、その情熱は深かった。
「リィン、このまま一緒にいたいよ。ずっと...」
「えっ?」
(それって...)
私を見るジェイクの目は真剣で、それでいて燃えるような情熱を感じさせた。
(さっきの冷たい目とは大違いだ。)
じっと見つめ続けられて、ふいに恥ずかしく思えてうつむいてしまった。
「リィン...!!」
嬉しいよと言いながら強く引き寄せられる。下を向いたつもりなのにすでにそれはOKの返事にすり替っていたのだ。
「いや、ち...」
違うと言いかけた唇を再び塞がれる。唇が離れるとジェイクが嬉しそうに微笑んでいる。
(そんな顔されたら違うって言えないじゃないか!)
心はもう決まっていたのだろうか。
「愛してる!リィン...」
髪に、額に、こめかみに、そして首筋に...順にキスを落とされていく。
ジェイクが己の意思で私から自分を引き剥がした。
「リィン...」
行くよと、喉に絡まる声を絞り出して言うと、ジェイクは私を軽々と抱きかかえて大理石と銀で飾られた城中へと入っていった。王国の名残を残すその装飾は、十何年たった今でもその美しさを残している。それを抱きかかえられた視点から見上げる。
ジェイクは私を抱えたまんま一番奥の間へと入っていく。
「さっき見回ったときに見つけたんだ。」
そこは王族、おそらく王と王妃の寝室であったのだろう。広いクイーンサイズのベッドの高い天蓋もやはり銀で細工されている。シーツなどはひどく年月を感じるが使い物にならない程でもない。
ジェイクは私をベッドの端に腰掛けさせると、自分のマントをその上に広げた。
(やっぱり、こういうことだよね。普通は...)
「リィン、いい?」
「...」
どう返事していいのだろう?未だに恐怖感がないといえば嘘になる。でもジェイクが望むなら、ここでそうなっても構わないと思い始めている。だけど...
「怖いの?リィン。」
黙ってうなずく。
今までは嫌と思えばやめてくれた。言葉に出る前に、体が強張るとジェイクは決してそれ以上のこともしなかった。
「そうだよね、怖いよね。でも今日の俺は、たとえリィンが嫌がっても...、もう止まらないと思うから...」
ジェイクの手が優しく髪をすく。
「はじめて見たあの夜のように、一番綺麗なリィンが見たい。」
あの夜、昼間の泥を落とすためにわざと夜遅くに水浴びをしていたのに、同じく水浴びに来たジェイクに見られてしまった。あの時は銀の髪を見られたことばかりが気になってたが...。
ジェイクの手が上着にかかる。
「あっ、」
総ての衣服を取り除かれて、私は一糸まとわぬ姿になる。
「綺麗だ、リィン。」
立ち上がらされて、ジェイクの視線を痛いほど浴びる。
「ずるいよ、私だけなんて。」
わかったよ、と言うと彼も総ての衣服を脱ぎ捨てた。
均整の取れた身体が露になる。褐色の肌に無駄の無い筋肉。戦士としても申し分のない体躯だ。同じ戦士として羨ましく思える。
「ジェイクのほうが綺麗だよ」
「えっ?どうして?」
「ジェイクの素早い動きと力の強さはその筋肉のおかげだろ?私にはそんな筋肉、頑張っても付かなかった...。」
ジェイクが笑って私を引き寄せた。
「見てごらん」
壁にある大きな姿見の前に連れて行かれる。鏡の中には二人の姿が映し出されている。それはまるで正反対の造りの生き物。白と黒、柔と剛、なのになぜか一対の生き物のように思える。同じ女性に比べれば背も高いし逞しい方だ。それこそシルビア皇女などの方が華奢で女らしい。以前はまだ剣士としての自分に自信を持っていたからなんとも思わなかったが、今ここで自分の裸身を見せられると皇女が羨ましく思える。
「俺にはリィンのほうが何百倍も綺麗に見えるぜ。女性の身体は生まれつき美しく出来てるんだ。男を虜にしたり狂わせることが出来るほどね。」
そっと後ろから抱きしめられて、むき出しの肩にkissが落ちる。
「だったらシルビアとかもっと華奢で女らしくい女はいくらでもいるのに、なんで私なんだ?」
ジェイクの方に向きなおされる。
「あの夜から、いやその前にこの瞳を見てからは、もうリィン以外目に入らない...狂ってしまいそうだよ、このままじゃ...」
「んっ...」
きつく抱きしめられる。そして口付け。
「こんなに綺麗なリィンを俺だけが独り占めできるんだ。」
苦しいほどの力、きっと抗っても逃れられない...
「本当にいい?もう止まんないよ、俺...」
両手で頬を優しく挟まれて、そのまま瞳の奥まで覗きこまれる。私は微かに頷く。
「愛してる」
「んっ」
再び唇をふさがれたまま、ベッドへと押し倒される。首筋へkissが移る。
「やっ...んっ」
「あぁ、リィン愛してる!」
一瞬びくりとするけれどもジェイクの動きは止まらない。kissはどんどん下へと降りていく。身体の強張りはまだ取れない。だけど...
「リィン、力を抜いて、すべてを俺に預けて。」
深呼吸してみる。ジェイクがもう一度覗き込んでくる。深いゆっくりした口付け。身体の力が徐々に抜けていく。
「愛してる、愛してる...」
ジェイクの切なくも熱い囁きはその夜の闇が深くなるまで続いた。
「目が覚めた?」
窓から差し込む朝の光で私は目が覚めた。
目の前にはジェイクの笑顔があった。そしてまた抱きしめられる。二人そのまま抱き合って眠っていたのに。
「リィン、身体きつくない?俺ついセーブ効かなくって無茶しちゃったよ。ごめん、大丈夫か?」
「ん、ちょっとだるいけど...ジェイクは優しかった、と、思う...」
昨夜の事を思い出すと恥ずかしくって、彼の胸に顔を埋める。くすぐったい感覚。
「リィン?顔見せて。」
ゆっくりと顔を上げる。やっぱりジェイクの笑顔が待っている。私もつられて微笑む。
「リィンの笑った顔が見れるなんて、昨夜の事が君を傷つけたんじゃないかと心配してたんだ。よかった!」
ぎゅっと抱きしめられる。素肌のぬくもりが嬉しかった。そしてキス。
「リィン、ごめん、もう1回。」
「えっ?」
「だめ、止まんない。」
「まって、やだ、ジェイク、早く皆のところに帰らないと心配するよ?やっ、うんっ...」
深いキスに絡め取られてしまう。そのまま、もう一度二人は一つになった。
「ジェイクのばか!」
城を出る頃にはもう陽が高くなっていた。
「リィンだって最後は嫌がってなかったじゃないか。」
しれっと口にするジェイクに肘鉄を食らわす。
「いてっ!」
洞窟の迷路の中ジェイクはお腹をさすりながら後ろをついて来る。
ちょっとでも隙を見せるとジェイクの手が伸びてくる。
「ぺしっ!」
手を払う。
「ジェイク〜〜、ちゃんと元の錠が下りた状態にしてくれよな!」
昨日はもっととか、ぶつぶつ言いながら錠をかける。
最後に小部屋へ戻って宝珠をもとに戻す。
「これ一つだけ持っていかないか?」
ジェイクが示したのは、リィンの瞳と同じ輝きを持ったアメジストの宝玉だった。
「記念じゃないけど、ここに来た証拠。どう?」
「あぁ、そうだな。」
それだけを取ると袋にしまった。
部屋の石戸を元に戻し鍵を反対に掛け、その鍵は元の場所に戻した。
「これでいいんだな?」
「あぁ、永遠に眠ってもいいし、銀の一族の誰かが取りに来てもいい。」
私達は銀の王国を後にした。
「おぉ、ごゆっくりだったね〜」
いつもと代わらぬガルディスのにやり顔が私達を迎えた。ジェイクが嬉しそうにそれに正直に答える。
「ばか!」
ジェイクの腕を引っ張る。
心なしか総帥がジェイクを睨んでいるような気がした。
「ジェイク。」
「親父?」
総帥に呼ばれてジェイクはそのまま少し離れたところへ行ってしまった。
私はおばばの方へ向き直るおと袋からアメジストの宝玉を取りだして、おばばに見せた。
「おばば、宝玉は残してきたんだ。私にも一族にも必要ないと思うから。これ一つだけ記念じゃないけど証拠に...」
それをいったん受け取ってひととおり見ると私にしまうように言った。
「リィン様の思うがままに、それでよいのですじゃ。」
おばばのしわくちゃな顔が笑ったように見えた。
皆がそれぞれ旅立ちの準備にかかり出すとジェイクが戻ってきた。
「親父に言われたよ。」
疲れた口調で言った。
「その、リィンにしたこと、やっぱばれてるもんな。国に帰ったらすぐに式を挙げろって。」
「ええっ?そんな...」
ばれてることの方が恥ずかしい。きっとジェイクのことだから言っちゃってるだろうし...
「うん、式だとかにはこだわらないけどな。でも嫌か?リィン、俺と一緒になるのは。」
「えっ、嫌じゃない!でも普通の奥さんになる気は無い。それでもジェイクは構わないか?」
「そんなの望んでないさ。ただずっと一緒にいられればそれでいい。これから先もずっとリィンを愛し護り抜く。約束したろ?共に死ぬまでって。」
「あぁ。」
私は頷いていた。
「グルッ」
グロウが側までやってくる。
「グロウ。」
(今までありがとう、これからはジェイクが護ってくれるんだよ。グロウ、お前もこれからは自由に生きていいんだよ。)
心の中でそう話しかける。グロウの目が一瞬細められると、(わかった)と答えたように思えた。彼はしばらくはじっとしていたが、旅支度を終えた総帥とおばばの元へ行った。
「そうか、二人を送っていくんだな。」
おばばにそれを伝えると喜んだ。
「年寄りにこの行程はきついからのぉ、助かるよ。総帥も無理して出てこられておる。一刻も早く国に戻っていただかねばな。」
そう言って二人を乗せたグロウは空へと消えていった。
「さて、俺達はのんびりと行くとするか。」
ジェイクも荷物を持って立ち上がる。
「お邪魔だろうけど俺もご一緒させていただくぜ。」
「ほんとに邪魔だよ。」
荷物をトルバに積み込みながらジェイクがふくれっつらでガルディスに悪態を付く。
「2頭しかいないからな、俺が荷物と一緒に乗るから、お二人さん仲良く二人で乗ってくれ。」
ガルディスはがははと大きく笑った。いつもと変わらぬ彼の姿にジェイクと二人顔を見合わせて安堵した。
「ジェイク。」
ガルディスは先に出発しかけたが、私達の横に来たとき、トルバの上からぼそりと言った。
「総帥に総て話したよ。だがお前と同じことを言ってくださった。これからもジェイクの力になってくれと...」
ガルディスは照れたような顔をすると、トルバを急ぎ歩かせて去って行った。
最後に一言残して。
「真昼間から襲うなよ、ジェイク。」
「リィン?」
トルバにまたがったジェイクが呼ぶ。彼の手を取り共に乗り込む。
彼の前に乗った私をすぐさま後ろから腰を抱いてくる。
「君の故郷だ。ゆっくり別れを惜しめばいいよ。」
そのままジェイクに身体ごと身を預ける。
「リィン、」
銀の髪にキスされる。もう黒髪の鬘は被ってない。もう隠す必要は無いのだから。
「ジェイク...」
「なに?」
顔だけジェイクのほうを向く。
「私も、愛してる。」
軽く私から唇を寄せてみる。軽く...。
ジェイクは一瞬驚いた顔をしたが、すぐさまきつくキスで返された。
「行こう。」
私は一度だけ振り返った。
後は揺れるトルバの背で私を包み込む背中のぬくもりを感じながら故郷を後にした。
ずっと、一目見てみたい、帰りたいと切望していた国。だけどそこにはもう誰も居ない。
そして道は続く。新たな故郷へ向かって...
Fin
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
これで終わりということも無いのですが(まだ本国編が残ってますし、外伝書き上がりました2003.12.28)
少しでもいいなって思われたら感想よろしくお願いします♪
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