〜氷の花〜

「リィン...。気がついたか?」
外はもう日が上がっている。朝まで意識がなかったのか...。目を開けるとジェイクの顔が飛び込んできた。周りを見回すとテントの中でマントにくるまれていた。その下は...何も身に着けていなかった。
「ジェイク〜〜〜〜!」
私は怒りに打ち震えて叫ぶ。殴りかかるように腕を振り上げた時、何も着ていないことに再び気づく。
「リィン!あぶないっ!落ち着けよ、何もしてないんだから〜〜」
急いでマントと腕と一緒に押さえ込んで必死の形相で言い訳してくる。
「とにかく落ち着いて聞いてくれよ!」
「なにもしてないって、嘘!」
「本当にあの後は何もしてないんだ。」
「どういうことなんだ?」
わたしはパニックになっていた。
「確かに俺限界来ちゃって、リィンを抱こうとしたよ。酔っ払ってるリィンに手を出そうとしたのは謝るよ。でもあの状況で平気でいられるなんて男じゃないと思うし...」
やはり握りこぶしは必要だ。
「だけどリィン、気を失いかけていても結構反応してたんだよ、だから俺気がつかなくて、つい...その時に見たんだよ!」
「何をだ!?人が気を失ったのをいいことに〜〜〜!!」
「ちがう!リィンの背中に浮き彫りみたいな、何か模様とかあったんだよ!それがすーっと消えていってだな、なんていうか紅く浮かび上がっていたものが消えていったんだ。」
「なに、いってるんだ?背中?私のか?」
「リィン知ってたのか?」
「いや、知らない。そんなのはじめて聞くよ。」
どういうことだ??背中に、模様?
ジェイクの話をまとめると、背中の模様はすぐに消えてしまったらしいが、おかしいと思ったジェイクはすぐに私をテントに運び、とりあえず濡れた服を脱がせて背中をもう一度調べたらしい。だがまったく変化が見られなかったのでマントでくるんで目が覚めるのを待っていたってわけだ。
「ううっ、頭が痛い...」
目が覚めたときから感じていた頭痛と吐き気に襲われる。
「それは二日酔いだよ、リィン。」
ジェイクが同情的な顔つきでそう言った。
着替えをすませてテントをでた。木の枝には濡れた服が乾かされている。
うかつにも酒に酔ってしまったのは私にも責任がある。ジェイクはここまでひどいのは体質じゃないかといってるけど。問題は濡れた服全部を脱がせる必要があったかってこと!背中調べたって言ってたけど、こっちは意識なしじゃどう対処していいんだ?そりゃ、ジェイクのことは信じてるけど、出逢ったときからスケベっぽかったし...。
「背中の模様は今はもうないんだよな?」
「あぁ、リィンの意識がなくなると同時ぐらいに消え始めたよ。」
「そういえは...あの時、奴もやたらと背中を調べていたような...私が気を失いかけたときに胸に斬り付けて、その痛みで意識が戻ったんだ...」
思いだされるあのときの光景、身体に刻まれた恐怖と痛み。今までは逃げようとしていたその記憶に立ち向かわなければ真実はよみがえらないのだ。
「リィン?」
こういうときはすぐに察しがつくのか、ジェイクは側に寄添って私が囚われた過去の闇を払おうと、私をその腕で包み込んでくれる。
「奴はきっとあれを見たかったんだろうな。今度リィンがあの模様を見れば何か判るかもしれないな。あと文字みたいな記号が並んでたぜ。」
きっとそれに何か秘密が隠されてるのだとジェイクは断言した。私もこの目で見てみたい!今まで知らなかった自分の秘密...
「けど、今まで本当に気がつかなかったのか?」
今まで...お酒は飲んだことがない。今回が初めてだった。
「そういえば、お酒は身体に悪いから飲んじゃいけないって、子供の頃から言われてきた...パパ・ディーノも飲んだことなかったし...」
「へぇっ、ディーノ・クロスっていえば剣の使い手でも有名だけど、けっこう酒豪だって話だぜ。」
「そんなはずはない!ディーノは一度も飲んだことなかった。身体に悪い毒だって...」
「子供にそこまで言うかな?よほどリィンにそう教え込もうとしてたんじゃないか?」
「熱いお風呂は心の臓が止まるから入ってはいけないって、いつもぬるいお風呂だった...」
「他には?何か言われてなかった?」
「すぐに気を高ぶらせるようでは、剣の使い手になれぬから、日ごろより心を落ち着けて冷静に対処できるようになりなさいとか...おかしいか?」
「昔酒場で聞いたことがあるんだ。酔っ払いの刺青師がいうには、隠し彫りっていう特殊な方法があって、普段は見えないけど、熱い風呂に入ったり、酒を飲んで体温が上昇したり興奮したりすると浮かび上がってくるって。」
「そうか、じゃあもう一度浮き上がらせれる方法があるはずだな。」
「やっぱりもう一回飲んでみるか?」
ジェイクは食料袋から発酵酒の瓶を取り出した。
「あれ?もうちょっとしかないじゃないか!」
「ジェイク...自分で飲んどいてよくいうよ。」
あきれる。こんなんじゃ飲んだ気はしないとかいって自分で継ぎ足してたくせに...
「これだけでも酔えるか?リィン。」
底にわずかに残る酒瓶を振って見せる。
「判らないけど、また意識を失ったら意味ないんじゃないか?」
そしてまたこの二日酔いを味わうのか...
「ここで風呂沸かす方法なんてないしなぁ....えーーと、あとひとつだけ方法があるんだけど...」
「何?どんな方法だ?」
「いや、それが...うーん、怒るなよ?男女が交わる時にだな、興奮してっていうか、激しかったりすると見えるらしいんだけど...」
「!?ジェイク〜〜〜!!」
とんでもないことを!頬が熱くなるのがわかる。拳が再び...
「うわっ、たんま!けどそれしかないじゃないか〜〜、ここで風呂なんて沸かせないし、酒ももう残ってない。あと三日だぜ?」
あと三日...このままじゃ帰れない。
「わかったよ...」
「えっ?リィン、本気か?」
「あぁ...」
とりあえず残った酒をあおった。
「約束する。決してリィンを怯えさせないって。その、本当に嫌ならやめるから...背中に浮き出るまでだけ、な。」
「??えっ?」
ジェイクの言ってる意味がよくわからなかったけど...
「信じて、愛してるから...」
耳元にジェイクの声を感じながら目を閉じた。

「見えるか?」
ジェイクに抱えられて水辺に降りる。火照った身体に、まだぼうっとした頭を振るいながら、水面に映る自分の背中を見つめる。ジェイクは必死で紙に写している。
「見たことある...、この模様。この記号のような文字は読めないけど...」
「うーん、実は俺もこの模様知ってる気がするんだ。どっかで見てる。」
「ジェイクも?」
「どこだっけなぁ...」
「ジェイクも見たことあるってことはそんなにめずらしいものじやないのかな?」
「よし!できた。リィン、これで謎を解明だ!」
自慢げに描き上げた絵を見せてくれる。
「...ジェイク、下手くそ。」
「なんだよ、ちゃんと描けてるだろ?わかりゃいいんだよ!」
それにしてもひどい絵だ。記号ですら読み取りにくい。
「こんな想いまでして、手がかりなしじゃどうしようもないじゃないか!」
「怒るなよ、リィン。俺だって結構辛かったんだぞ。蛇の生殺しもいいとこなんだから。」
恥ずかしい思いはこちらもだ。誰もいないからといってまだ何も着ずにいるし...。ジェイクはいいよズボンはいてるんだから。
「そろそろ、何か着たいんだけど...」
「ごめん、取ってくるよ!」
そういってテントへ向って駆けていく。こっちは立ち上がれるかどうかなのに、なにが辛いんだ?
「リィン、思い出した!」
すでに乾いていた私の服を手渡しながらジェイクは嬉しそうに言った。
「俺んち、母の部屋なんだけど、そこで見た記憶があるんだ!」
「ほんとか?じゃあ、国へ戻って調べれば何かわかるな?」
「あぁ、、きっと判るさ!」
よかったと胸をなでおろしながらジェイクは側に腰掛けた。
「着替えたいんだけどな、ジェイク。」
「照れるなよ、もう全部見てんだぜ?それよりも」
「それよりも?」
抱えた服の下で右手で拳をつくる。
「水浴びしようぜ!」
「えっ?」
そのとたん彼に抱え上げられて水の中に落とされた。
「何すんだよ!」
「そのほうがすっきりするだろ?いつまでも色っぽいリィンでいられちゃ、俺の身体に毒なんでね。」
「くそっ!」
思うまま扱われるのがちょっと腹が立った。そのぶんジェイクに水をかけてやる。
「なっ、そういうつもりなら...」
ジェイクはズボンを脱ぎ捨てて水の中へ入ってきた。
「これでおあいこだぜ。リィン。」

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