〜氷の花〜
5
水の中は心地よかった。思ったほど身体は重く感じない。
(ジェイクのばか!なんで自分まで裸になるんだよ。恥ずかしいじゃないか。)
結構深く潜る。だがすぐにジェイクが追いついてきた。逃げるようにして潜る。透明度の高いこの泉は意外と水深があった。
(なんだろう?あれは...)
ジェイクも気がついたらしかった。
泉の崖側がすごく深くなっているのだが、底に近い岩場で何かが光っている。
二人して近づこうとしたが、水の流れが邪魔をする。
(おかしい、泉の中にこんな流れがあるなんて)
確かめたかったが、そろそろ息が続きそうになかったので、水面へ上がっていく。
「ぷはーっ!リィンみたか?」
「あぁ、見た。何か光ったよな?」
「なんでだろう、やけに近づきにくいよな。」
「あぁ、泉の中であんな水の流れがあるなんておかしくないか?」
「確かにな。この泉は上から清水が流れ込んでる割には水の出て行くところもない。もういちど潜ってみよう!」
二人して崖側に寄って、岩伝いに底へと降りていく。
先ほど感じた流れは湧き水であった。けっこうな勢いで水が吹き出ているのだ。だが底のほうへ近づくとこんどは水は底へ吸い込まれていくようだった。
(どこへ流れていってるんだ??)
そのまま底まで一気に降りていく。
(あれだ!)
岩に埋め込まれていたのは、私の背中に刻まれていた模様とおんなじだった。
触れてみる。銀の冷たい手触り。
(なにか仕掛けがあるはずだ。)
けれどもそろそろ息が続かない。ジェイクも一度あがろうと合図を送ってくる。
水面へと二人また戻っていった。
「あれはリィンの背中とおんなじだよな?なんか仕掛けありそうだったけど。」
濡れた前髪をかきあげながらジェイクは岩壁に寄っていった。
「あぁ、どうやったら...やはりあの文字を解読しないと無理なのだろうか?」
私はジェイクの隣で岩に手をかけたまま考え込んでしまっていた。
「リィン?そろそろ日が落ち始めた。これ以上は身体が冷えすぎてしまうぜ。もう上がろう。」
あたりも茜色に染まり始めていた。自分たちも裸のままである。
「あぁ、そうだな。ジェイクそっち向いててくれないか、その間に上がるから。」
「俺もそろそろ寒いんだけどなぁ♪」
『一緒にあがろう』と後ろからジェイクの手が肩にかかる。ついで肩の辺りにジェイクの唇の感触...
「だめだ!ジェイクはここにいろ、いいな!」
ジェイクの頭をいったん沈めて、その間に水からあがる。
見ていないことを願いながら足早にテントへもどる。
(ジェイクの奴〜〜)
せっかくほてりが収まっていたのに、先ほどの肩先へのキスひとつで思い出してしまう。
(女なんだ...わたしの身体は...)
ほてる頬をぱんぱんとはじきながら、急ぎ着替えて外へ出ると、まだ我慢強く水の中で待っているジェイクが見えた。
「もういいよ、ジェイク。あがっても。」
声をかけたけど動かない。
「えっと、ちょっとあがれない理由が...ははは」
ジェイクがむなしく笑った。
その夜は、絶対手を出さない約束で二人テントへ入った。
時間はたっていくが、いっこうに寝付けない。
隣ではジェイクの寝息が聞こえる。二人の間には私がおいた荷物が横たわっている。
私のほうが意識しているんだろうか?そんなことはない、夕方、二人して火を起こして、食事を取るときだってあの模様の謎や、文字の解読について色々意見を出し合った。その時はいつもの二人だったのだから...。
ただ、このまま判らなければ、一度国へ戻ることになるだろう。そうなると自分たちの力だけでは解決できないかもしれない。どこまで秘密裏に事を運ぶことができるだろうか?誰かの手を借りるとしても、そのためには己の秘密を曝け出さなければならないのだろう。
(いやだ...ジェイクだから曝け出せたんだ。過去も、記憶も、秘密も、心も、そして身体も...。)
自らの肩を抱く。昼間の愛撫で目覚めつつある女としての感覚に面食らってはいる。そしてひたすら畏怖の対象であった男性を、受け入れられないものではないという事にも気づいてはいる。あれほど嫌悪していたのに。
(ジェイクだから...)
ジェイクだからすべて許せた。今回の銀の王国の謎だってジェイクがいなければここまで探せてはいなかっただろう。ひとりよがりでは手がかりも見つけられなかっただろうし、きっとどこかで逃げ出していただろう。過去と対面するこの恐怖に打ち勝てたかどうか、ましてや一人でここに戻って来れてないはずだ。たとえグロウがそばにいても...
(そういえば、グロウどうしてるんだろう?こんなに長く私のそばを離れているなんて...)
あの時、この近くで奴に陵辱され、胸に傷を負わされ死にそうになってる私を助けられてから七年、離れていてもその気配はすぐそばに感じていたはずだった。今はその気配すら感じられない。
テントの外へ出てみた。
「ピィーーーーーッ!」
指笛を鳴らして呼んでみる。返事はない。
(グロウ...)
ジェイクといると忘れてしまっていたグロウとの安心感。
(グロウとジェイクではちがうんだ。だってジェイクといると時々苦しくなるから。)
そっと胸を抑える。苦しくなる、考えるだけでも。私をかばって負傷した時、冷たくなっていく彼の身体を抱きながら、このままいなくなったら?と考えるとすごく苦しかった。今では、今私の側にジェイクが来たら...そう考えるだけで苦しくなるのだ。
胸うつ動悸が早く鳴る。頬が熱くなる。ほてった頬を風が心地よく冷やしていく。
こんな夜はグロウの翼に包まれて赤子のように眠りたい。何も考えずに...
その時風が変わった。外の闇が急速に広がった。残り火が消えたのだ。
闇の中にいくつものイエローグリーンの光。
(!?しまった、ラビオだ!)
腰に手をやるが剣はテントの中だ。ブーツの中に仕込みナイフが2本あるだけだ。
1.2...5頭いる。どうする!すでに取り囲まれている。ただしここは木の枝と幹にまもられているので、とりあえずは正面から順に倒していくしかない。
「ジェイク!ラビオだ、剣を!」
ラビオから目線をそらさずに叫ぶ。
「呼んだ?」
私の剣を差し出しながら後ろから姿を表す。
「いつのまに...?」
気配は感じられなかったのに、ジェイクは背後に立っていた。。
「まともに寝れるわけないでしょうが、俺だってね。」
「ジェイク...」
「さあ、さっさとかたづけよっか!」
「はっ!」
「ずさっ!」
数頭いたラビオたちも残すところ一、二頭になるとそろそろと後ずさりをはじめた。
残った二頭は闇の中に消えて行った。剣の血を払いながらジェイクは焚き木の方へ行き火をおこしなおしていた。私はその側へ寄ってジェイクの手元を見ていた。
「どうした?」
心配そうにこちらをのぞきこんでくるいつもの優しい顔。
「うん...ラビオも、ジェイクが後ろにいたことも気がつかなかった。私はいつの間にかグロウに頼り切ってたのかなって思えて。」
グロウの姿が見えないことをジェイクに告げた。
「リィンはグロウとの生活が長かったからなぁ。すぐに戻ってくるとは思うけど、そんなに不安か?俺じゃだめなのか?」
「ジェイクといるとすごく安心するよ、でも...自分が急に変わってしまったように思えて...それがすごく恐いんだ。」
いつのまにかジェイクは背後から私を包み込むように座りなおしている。
「ごめん、今日はリィンにかなり無理なことさせてしまったから。その、あの、ああいうことされて普通でいろって言うほうがおかしいよな。リィンには一番辛いことだったのに...」
やさしく抱きしめられていた。決して無理強いしないジェイクの気持ちが伝わってくる。私はそのまま彼のほうに身体を預けた。少しびっくりしたみたいだけど、彼の腕にほんの少し力がこもった。
「正直言ってあんなことするなんて思ってもなかったから...。でも、ジェイクだったから...」
斜めに見上げるような形でジェイクの方を見た。ジェイクの顔が近づいてくる。
「本当はあんな形じゃなくて、リィンを抱きたかったよ。」
そのまま唇をふさがれてしまった。ジェイクの鼓動が聞こえる。激しく打っていた。その音を聴きながら頭の芯までがぼうっとしびれてくるのが判る。その後はもう何も考えられない。私は無意識のうちに、自ら己が腕を彼の首に回してしがみついていた。
深い口付けの後、その胸の中に納まったまま彼の声を聞いていた。
「急がないから...この次からはもっとゆっくり時間をかけてリィンを愛していきたい。リィンの心と身体両方が許してくれるまでいつまででも待つから。そのときは俺を受け入れて欲しいよ。」
熱い囁きは続く。
「ただ時々こうして確かめるよ、いいかい?」
「何を?」
「リィンが俺を受け入れてくれそうかどうかを、こうやってキスしたり身体に触れたりして...」
彼の手がそのまま背中から腰のあたりを軽くなぞる。くすぐったくってびくりとしてしまう。
今晩はここにこのままこうしていようとジェイクは言った。どうせもうすぐ朝が来るからと。
「何にもしないよ、けど離したくないんだ。このまま夜が明けるまで...」
二人マントに包まって目をとじていた。
(いつか、ジェイクのものに...)
その日が遠くないことに私も気づいていた。
『愛してる』
眠りに落ちる前にジェイクが髪にキスして囁くのが聞こえた。
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