氷の花〜IceFlaower〜


翌朝は野営地の移動で朝からキャンプはざわめき立っていた。
気がつけば俺は女剣士の姿を探していた。
「ジェイク?お探ししてましてよ。」
皇女様のおでましだった。昨日賊に襲われてから尚更懐かれてしまって、昨夜もお暇させてもらうまでが大変だった。
御付の侍女を従えてしゃなりと近づいてくる。周りの喧騒とは時間の流れが違うようだ。まあ自分のことは人がやってくれるのだから無理もない。移動が始まるまで彼女のすることはないのだ。
普通なら護衛のものにやたら擦り寄ってくるなどと王族のものには考えられないことだろうが、おそらく彼女は俺の正体を知っているのだろう。(調べたらしく二回目の護衛から態度が違う。)
自分としてはありがたくもなんともないのだが、俺はガーディアン創設者のヒルブクルス卿の孫にあたる。ようするに現在の総帥がおやじってわけだ。おじじはガーディアンを創設する以前は一国の宰相だった。小さな国だったが国王が跡取りを残さず死去のあと、第一継承者であったおじじがすっぱりと王国を解体してガーディアンの組織を作ってしまったってわけだから、まあ世が世ならってやつ?
王国解体の後、国はひとつの利益団体になった。もともと田畑の少ない山岳地帯の小さな国は農作業よりも原産する鉱物を使った武器の製造業が盛んで、小さいながら一国として成り立っていたのはその地の利を生かした防国主義のおかげだったのだろう。
 ガーディアン創設以来、すべての子どもは幼い頃から基礎的な訓練、教育を受けることが義務付けられている。そして12歳の誕生日に試験を受けて製造・生産・商工業とガーディアンに振り分けられて、それぞれの専門教育を受けるために集団生活に入る。訓練が完了したと判断された時点で何歳であろうともその専門分野につくわけだ。
 ガーディアンになれば破格の給料と家族の安定した生活が約束されるのだ。引退して家族の下へ帰るまで...それが命をかけて外貨を稼いでくる代償だ。あとは自らの特性を生かしてガーディアンの活動をサポートし、彼らが帰るべき家を護るのだ。
 もちろん俺も集団で訓練を受けている。12歳で集団生活に入るまでは親元で生活しながら基礎的な教育を受けるので多少の影響っていうのは受けるが、あとは腕一本、能力別なので家系なんぞ何の役にも立ちはしない。団体に配属されるまでの年齢は能力別なので年齢差はある。俺も最年少の15歳で(それ以下は認められていない)ガーディアンに配属された。

「ジェイク、聞いてらっしゃるの?」
これも任務とはいえ皇女様のとりとめのない話を聞くのも疲れてしまう。『丁重に扱い危険のないようシルビア皇女を国へ戻す。』というのが゜今回の任務だ。彼女はもうしばらく留学先で遊びたかったらしく、国へ帰ることに不満をもっている。機嫌を損なわぬようにってわけだ。 彼女のつけている甘い花の香りの香水も頭がくらくらするぐらいきつく感じる。俺は昨夜リィンを引き寄せたときの香りを思い出していた。懐かしい故郷の高原地帯に群生していた柑橘系の甘ずっぱい香りのする草(ハーブ)の香り。
(髪からしたよな、あの香り...)
 皇女専属の護衛のリィンは、皇女護衛隊隊長である俺がついてる間は皇女に張り付いていなくてもいいってわけで、いつも離れて付いていることが多い。きっと陰で見てるんだろう。
(リィンの香り、もっと胸いっぱい嗅いでみたかったなぁ。リィンてさ、鎧を着けてなかったら意外とこう女っぽいし、まあ女っぽさじゃこの皇女さまのほうが色っぽいけど...)
昨夜の女剣士の筋肉質で引き締まった、けれどその双方のふくらみや意外と女らしい体のラインが脳裏によみがえってきた。
「ジェイク?」
ふいにシルビアが腕を絡めてきたのと同時だったので思わず顔を赤らめてしまった。
「いや、あのっこれは...」
喜んでる風に見えたんだろう、シルビアは甘えた声で擦り寄ってきた。腕を引き抜こうとあがいてみた。
「いいじゃないのぉ。」
離してくれそうにはないが...いったい留学先で何を勉強してきたんだか、想像はつく。彼女の留学先は芸術家などが集まってきていてお貴族様たちの格好の留学先となっていたがカジノなどもあって遊ぶことには事欠かない。
「隊長!」
後を振り向くと副官のガルディスが笑を押し殺して立っていた。
「なんだ?」
ここぞとばかりに腕を引き抜いてガルディスの方を向きなおす。
「ごほん、よろしいでしょうか隊長?出発前の護衛部隊の打ち合わせの時間なのですが。」
「よし、行こう。シルビア皇女、失礼いたします。」
(助かったよ)
ガルディスにそう言って足早にテントへもどりながら、リィンのいた木陰をちらりと見たがもういなかった。
(あいつは会議は関係ないはずだが...)
振り返るともう皇女の側で護衛の任務についていた。
(見てたんだろうか?)
リィンがシルビアに悪態を付かれながらも、相変わらずのクールな態度で相対している。
(どうみたって、でれでれしてる風に見えてたんだろうなぁ。)
俺がシルビア皇女の想い人らしいっていうのは、すでに仲間たちの間では知れ渡っている。俺も別に恋人がいるわけじゃなかったし、この任務の間だけのことと割り切ってもいたから、見ようによればそういう仲に見られているかもしれない。
今はそれが嫌だった。

「昨夜の賊は訓練された刺客ではないようです。絶命しておりましたので所持品などを調べてみましたが、何もでてはまいりませんでした。流れ者の物取りではないかと思われます。」
打ち合わせの席では一通り昨夜の報告がなされていた。
「一概に流れ者の仕業とは決め付けがたいな。皇女の身辺は徹底的にガードしよう。もしものことがあってもいかんしな。」
今回のチームをまとめている指揮官のドン・クリオが豊かなあごひげをなでながら警護代表の面々を見回した。
「たしかチームSのリィン・クロスとおばばが特別要請で来ていたな...。ジェイク?」
「はい。」
不意に呼ばれて立ち上がった。
「護衛隊長のお前がリィンと連絡を取り合い、いざというときの脱出経路の責任もてよ。」
「了解しました!」
胸が躍った。
(これで彼女に話しかける口実が出来たってもんだ。)
俺は打ち合わせのテントから足早に彼女の元へと急いだ。

出発間際、さすがの皇女様もテントへ戻っていた。
「リィン、すまないが警護の打ち合わせをしたいのだが...」
はやる気持ちを抑えて彼女を呼び出した。
シルビアがなんだかんだと文句を言っていたが、後をおばばとガルディスに任せて、リィンを外へ連れて出た。
「君との連絡役になったんだが...その、なんていったらいいか...昨日の夜のことは誰にも言ってない。信じてもらえるだろうか?」
リインは木にもたれて腕組みしていた。彼女に警戒心を抱かせぬよう出来るだけ距離をとって話しかけた。
「信じるしかないだろう?」
彼女はちらりとこちらを見てため息混じりにそう言った。
「よかったよ、君とチームワークが取れないとなるといざという時に困ってしまう。」
リィンのしぐさや、たたずまいなんかは男性そのものだ。女であることを拒否しているかのようだ。もっとも護衛の仕事には女であっては困る場合もある。が、反対に今回のように妙齢の女性につくという特殊な任務もある。仲間の大半はリィンを女扱いしていないのではないだろうか?まあ下手に手を出しても、そこらの者では歯が立たないほど強いというのもあるが...
「聞いていいかな?君の冠竜って側にいるの?」
「あぁ、彼は人前に出るのが嫌いだから離れてついて来ているが、呼べばすぐに来てくれる。」
リィンは腕組みしたまま俺の方を見上げて答えた。ぞくりとする冷たい瞳のまま...
「人には慣れないって聞いてたけど、君の言うことなら聞くのかい?」
俺の知識では翼をもつ竜族の中で高い知能を持っているといわれている冠竜が、人に慣れるというのは聞いたことがない。
「彼は人の考えが読めるんだ。わずかだがね。悪意だとか、好意だとか、恐怖だとか...彼は私の言うことを聞いてるわけじゃない、私を護ろうとしているだけらしいから。」
「それじゃいざという時、出てきてくれるとは限らないわけ?最後の手段としてシルビア皇女の脱出に利用できるかなと考えていたんだが...」
「彼が皇女を乗せてくればだがね。」
「そうなのか...」
普通に会話できるのが嬉しかった。時々だが視線を俺の方に移してくれる。
昨日の今日で聞きたいことも、話したいことも山ほどあった。あのときのように黒髪を拭って銀の髪のリィンをみつめてみたい。とまどう瞳をみてみたい。この腕に引き寄せてみたい...
たった一晩でこんなにも夢中になれるものなのか?この瞳の中に氷をもった女剣士に...
なぜだろう?こんなにも強く目の前にいる女(ひと)に近づきたいと思ってしまう自分に戸惑いながら。
「では日中の警護はこちらの方で責任を持つので、夜は必ず皇女の側を片時も離れずにお願いしたい。」
「解かった。」
「もうひとつ、聞いてもいいかな?」
「何か?」
「俺たちガーディアンはほとんど同じ訓練施設を出ているはずなんだが、君のことを知っている者が若年の後輩達の中にもいない。どうしてなんだ?」
年齢的にいっても自分が知っててもおかしくないし、一番若いパロスにも聞いてみたが知らなかったのだ。
「....答えないといけないのか?」
「俺個人が聞きたいだけだが。」
リィンはしばらく黙っていた。
「私が訓練施設に入る前に、養い親が殺された。旅行先でのことだ。私が施設へ入るとしばらく会えなくなるからと...その出先でのことだった。そいつらを追いかけていてしばらくは国へ帰らなかった。そのときに冠竜のグロウと出会った。」
リィンは瞳をが険しく細めてそう言い放った。
「養い親?」
「あぁ、私は3つのときに殺されかけていたところをガーディアンをしていた父親に、助けられてそのまま引き取られたんだ。優しい人たちだった。だが、やつらを探し出せなかった。」
リィンのこぶしは白くなるほどきつく握り締められていた。細く赤い唇を今にも傷つけそうなほどきつく噛んでいた。
「リィン!よせ!」
俺はおもわず彼女の両頬を指ではさみ口元を緩めた。
「そんなにきつく噛んだら唇が切れてしまうだう?」
リィンの緩められた唇は赤く腫れ上がりうっ血していた。
「リィン...」
俺はたまらなくなって彼女を引き寄せていた。
「やめろ、ジェイク!離せ!」
俺の目の中にはリィンの唇しか映っていなかった。
「いやっ!」
震えていた。リィンは顔面を蒼白にして震えていた。
「ごめん!」
俺は、と言いかけたとき、リィンの側に大きな黒い影がバサッと舞い降りてきた。

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