氷の花〜IceFlaower〜


「へへへ、生きててくれてよかったぜ。あん時は目を離した隙に逃げちまいやがってよぉ。」
下卑た口調でリィンを舐めまわす視線。俺はリィンの前に立ちはざかった。この男の眼にリィンを触れさせたくなかった。
「お前を殺す、そのためだけに私は生き伸びてきたんだ!」
「はっ、一人前の口を聞くようになったじゃねぇか!あん時は俺に犯られてヒィヒィ泣いてたのによぉ、くっくっくっ!」
(何だって!?)
「言うなぁ!うあぁっっっー!!」
リィンがうなり声を上げて再び奴に斬りかかった。しかし軽くはじかれ大太刀が彼女めがけて振り下ろされようとしていた。
「だめだ、リィン!」
「ジェイクーッ!?」
俺は咄嗟に奴の剣を弾き返しリィンの身を庇った。
「うぐっ!今だ、リィン...」
奴の太刀は今なら動かない。
「ジェ..」
「討て!」
「ぐわっ!」
リィンの剣が深々と奴の身体を貫いていた。俺の身体にも奴の剣が残っていた。
奴の手がリィンの鬘を掴んで最後の力で引き下ろした。リィンの銀の髪がはらりと俺の頬をかすめて落ちた。
「てめえ...まさか、捨て身になるなんてよぉ...こんな女のために。それとも知ってたのか?こいつが..あの銀の王国の生き残りだと...」
「銀の王国...?」
生きも絶え絶えの奴は最後まで口元を歪めながら笑っていた。
「へっ...こんないい女になるんだったら...あん時留めささなくて正解だったか、な...今なら、全部俺の物になるだろうに...なっ、ぐほっ!」
「どういうことだ!私が生き残りだって?!答えろ!!」
奴は絶命していた。口元を歪ませたまま眼は冷たく開いたまま...

(痛えなぁ...やっぱ...でもリィンは...)
「ジェイク、お前...大丈夫なのか?」
奴の剣はまだ俺の腹に刺さったまんまだった。
「まぁ、大丈夫ってことに...しといてくれるか..な?」
「抜くぞ、いいか?」
「ぐっ!」
リインは傷口を布で押さえながらゆっくりと抜いた。奴の刀が抜けないように自分で大太刀の刃の部分を抑えていたので、手は血だらけで自分の手では抜けない状態だった。
「突き抜けてはいないが、結構深いぞ...」
リィンが心配そうに覗き込んでくれる。
常備している薬草を使って血止めをしてくれていた。俺としては痛みもあったが、切り裂かれた服の胸元から見えるリィンの白い肌が鼻元をかすめるたびに、痛みを忘れて眩暈を起こしていた。
「ジェイクすまない...私のためにこんな傷まで...」
俺はリィンに膝枕されていた。
「いいさ、グロウと約束してたしな...」
「聞いただろ...私があいつに何をされたか...」
「リィン、無理して話さなくてもいいよ。今の俺じゃ何も出来ないしね。とりあえずは安心していろ。そのうちドンたちが来てくれるさ。」
リィンはそれでも話し続けた。
「12の時だった。訓練施設に入ると自由に国を出られないからと、ディーノが旅行に連れて行ってくれたんだ。でもそれは観光なんかじゃなかった。今考えると、私を見つけたところへ行きたかったらしい。私のこの銀の髪だけが手掛かりだった。だけど、。私のこの髪を見て、私達親子を待ち伏せて襲ってきた奴等がいたんだ。そいつは私に向かってこういった。『生きてたのか』って...それが奴だった。」
リィンは顔を伏せていたが、膝枕されている俺からはすぐ近くにそのまま表情が見える。
「突然襲われて、義母が斬られたのを見て私は無謀にもあいつに斬りかかったんだ。だが私が勝てるはずもなく、私をかばって義父も奴に殺された。その時に私が奴の頬に斬りつけたものだがら、あいつは私を殺さずに...そのかわりに...」
「もういいよ、リィン...」
俺は痛みをこらえてリィンの頬に手を伸ばした。
「なぜ君が俺に怯えたり、拒絶していたのか...怖かったんだろ?男性全部が。奴は一番残酷な方法で君を殺したんだ。」
伸ばした指先が濡れていた。
「リィン、泣いてるのか?」
「違う、あ、雨が振ってきたんだ...」
リインが傘になっててわからなかったが、いつの間にか雨が降り始めていた。下半身にはもう感覚がなかった。かなり出血していたんだろう。
「ジェイク?大丈夫?」
「あんまり、大丈夫じゃ、ないかも...」
歯ががちがち言い始めていた。
「寒い...」

リィンに肩を借りて動かない足を引きずってなんとか雨の当たらない岩のくぼみに入り込んだ。リィンは枝を払ってきて、風が入らないように囲いをつくった。マントの上に横たえられていたが、もう意識はあまりなかった。ただ寒かった。
「ジェイク!しっかりして!眠ってはだめ!」
リィンに揺すられてなんとか目を開ける。
「寒いよ...リィン...」

イラストbyまっき〜!

いつのまにか暖かいものが俺を包んでいた。それがなんなのかしばらくわからなかった。濡れた衣服ははがされ、二人分のマントの中で温められていた。リィンの素肌で...
震えは治まっていた。多量の出血で体温は下がっていたのだろう。リィンがとても暖かく感じた。冷たく見える白い肌も、触れている部分は柔らかで暖かだった。心地よくって眠ってしまいそうだったが、リィンが必死で身体をさすってくれていた。そこから徐々に感覚か戻ってきているようだった。
(嘘みてぇだよなぁ...リィンとこうしてるなんて。触れたい、抱きしめたいと思えば思うほど、それは触れちゃいけないものだった。あんな奴に、まだ幼い身体をめちゃめちゃにされて、傷ついて、必死に今まで虚勢張って生きてきたんだ。護ってやりたいって思ってたけど、これじゃ護られてる、、だよなぁ...)
「ジェイク?まだ寒いか?」
「いや..暖かいよ、リィン。」
「この雨でグロウも私達の居場所がわからなくて困ってるだろう。雨も止んだみたいだから、なんとか外にでられないか?」
とりあえずまたリィンに肩を借りて外に出た。
「ピューーィッ!」
リィンが指笛を鳴らした。しばらくするとバサリと翼の舞い降りる音がして、グロウが降りてきた。
「グロウ!来てくれたんだな!」
グロウの碧の眼はじっとこちらを見ていた。
(約束、護っただろう。)
かすかに冠竜がうなずいたように見えた。
「ジェイク、戻ろう!みんなの所へ。早く治療しないと...」
グロウの背に再び乗り込んだ。今度は力の入らない俺を前にしてリィンが俺の身体を支えていた。
(反対だろぉ...これじゃぁ。)
かっこ悪くって、ため息が出た。

キャンプはすでにたたまれて、移動していた。こんなことがあったのでとりあえず本隊は急ぎシルビアの母国へ向かっていた。ドンがシルビアの直接警護にあたり、パロスたちが俺たちの捜索に向かっていたらしい。途中グロウがパロスたち一行に合図をして、本隊へと向かった。
戻った後が大変だった。シルビアはリィンにわめき散らすし、俺にしがみついて離れないから傷口が開いてもう一回死にそうになった。そのときに、もう二度とこの皇女様の依頼は受けまいと、心の底でそう誓った。
「おぉ、ジェイク、大丈夫?国へ帰ったら私が一流の薬師、医術師を呼び寄せて差し上げますからね。私のために追った傷ですもの、きちんと治るまでは我が国から出しませんことよ。」
(それはないだろう...どちらかって言うとリィンのための怪我なんだけどなぁ。そんなこと言ったらまたリィンに当り散らすだろうし...はぁ...)
このため息は当分治まらないだろう。


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