ずっと、ずっと...〜番外編〜 <今村くんと芳恵ちゃん>
2
気になると言えば気になる。でも話をしたいというわけでもなく、時々視線を感じると彼の姿が遠巻きに見えた。あたしが気付いてそちらに目線をやる頃にはもう別な方を向いている。
(何なんだろう?あたし何かしたっけ?)
あのときの事?ちょっとぽろって泣いちゃっただけじゃない。まあ泣くキャラじゃないから不思議なんだろうか?
うちの学校は6月に文化祭がある。11月だと受験に差し障るし、運動会とダブってしまうかららしいけど、まあ学校関係者以外の入れない地味な文化祭だ。でもって学級委員がそのまま文化祭の役員になってしまった。これって詐欺だよ...。1年でレギュラーやってる限りは部活休めないのに〜〜!!
「だぁ〜、もう、来栖くん悪いけど全部やって!無理だわ〜こんなに放課後抜けられないよ...」
「1年で正捕手かよ、お前もただもんじゃないなぁ。」
「何を仰る、1年で3年の先輩手玉にとって、ただもんじゃないのはそっちでしょ?」
「お前、遠慮ないな。」
綺麗な顔でもきっちり睨んでくるよ。迫力あるけど、こいつそれほど怖くないよ。多分あのお姉さま方にも害がない限りはクールでも言うがまま聞いてるんじゃないかな?踏み込み過ぎないか、地雷さえ踏まなければね。なんか捨ててしまってるみたいな諦めは感じるんだけど...何なのかな?
「まぁ、悪いけど人見るからね。来栖全然嬉しそうじゃないし、断れるいい口実になるでしょ?ね。」
「ったく、お見通しですか...はいはい、それで俺が全部出ればいいのか?」
飲み込み早いね!頼むねと言って部室へ向かう。今日は守備練習中心だから最初からいないとやばいんだよな。先輩と紗弓の両方の球受けてやらなきゃならないし、なかなか忙しいんだよね。おっとその前にトイレトイレ...こんなあたしにも女の子の日はちゃんと来てるんですよ。
「ちょっと、あなた1年5組の副委員の子ね。」
「はぁ...」
呼び止められたのは例の3年のお姉さま方。
「どこ行くの、リョウが委員会に行ってるのに帰るつもり?」
「ちがいますよ、部活です。試合前なんで抜けられないんですよ、すみません。」
軽くお辞儀してすり抜けようとした時だった。
「待ちなさいよ!リョウと気安げに話して気に入らないわね、ブスの癖に!」
(はあ?何言い出すんだこの人たち?)
「おかげで暫く付き合えないって言われたじゃない!」
たのむから八つ当たりはやめて欲しい...。けどこれネタにまた来栖に恩きせられるよね。
「あはは、それは、しょうがないです。すみません早く行かないと練習に間に合わないんですよ。」
「なによ、1年が生意気ね!1年なんて試合に関係ないでしょ!さっさと委員会に行きなさいよ!男みたいな顔して、睨んだって怖くないわよ!ほんとにあんた女?スカート似合わない癖に、ちゃらちゃらリョウに話しかけるんじゃないわよ!」
はいはい、さっき話ししてたのが気に食わないんですね?まったく言いたいこと言ってくれちゃって...男みたいなのも、ブスなのも自覚してますって。面と向かって言ってくれますよほんとに。こういったお方には常識なんて通用しないしね。でもいつまで笑ってられるかな?あたし...
「そいつ1年でレギュラーですよ。」
後ろから声が聞こえた。振り返ると野球部のユニフォーム着た...今村くん?なんで?
「それもキャッチャーですから早く行かないと練習になりませんよ?今年のソフト部は県大会ねらってますからね。」
お姉さま方は声の主をじっくり見ていた。近くで見るとそんなに小さくないんだ。でも野球やってる割にちょっと細身だよね。すっと側に寄ってくる。間近に顔が寄る。ちょっと厳つい系の顔は横から見ると凄く綺麗に見えた。今村くんはあたしの腕を掴むとどんどん引っ張って行く。お姉さま方は思わぬ邪魔が入ったのに対応できずぽかんとこっちを見ている。そのまま部室の前まで連れて来られた。
「あ、あの...」
話したこともなくて、なんていっていいのか...お互いの名前すらまともに知らないはずだ。
「ありがとう。ほんと助かったよ。もう、急に絡まれちゃってこまっちゃってね。」
いつものように笑って誤魔化して見る。自分の弱いとこを覗かれたような気分だったから。
(ブスだとか言ってるのも聞かれてるもんな。)
慣れた言葉だった。可愛くもないのにそこそこ勉強も運動も出来て目立ってるのがこんな男みたいな女でさ、来栖みたいに普通の女の子が話しするのをためらう様な奴でも平気で話すのが気に入らないって、時々絡まれる。こんなの平気なんだから。
「何で笑うの?」
「え?」
「泣いてるように見えたけど。」
そう言って野球部の部室へと入って行く。ぽつんと残されたように立ちすくむあたし。
(泣いてなんかないけど?)
どうしてそんな事言うんだろう。険悪な雰囲気にならないようにさっきからずっと笑みを絶やさずにいた。まぁそれがかえって彼女達の神経を逆撫でたみたいだけど...。
それに、あたしがソフト部でレギュラーになったの知ってた?どうしてなんだろう。
何度も頭を振りながら部室に入る。
(急がなきゃ、遅刻だ!)
誰もいない部室で大急ぎで着替えた。
「来栖〜〜、3年のお姉さま方に絡まれちゃったよ、あんたがらみでさ。」
「悪いな、あの後お前んとこ行ったみたいだな。」
結局しょっちゅう話ししてるよね。これが気に入らないんだろうけど、話してみると他の男子みたいに構えない分話しやすい。
「ちゃんと言っといてよね!いちいち言われたらこっちがもたないわ。」
「あぁ、それ言われた。7組の委員長に...知り合いか?」
あたしは首を振ったけど、言ってくれたんだ、今村くん。なんで?
「彼女なら守ってやれってさ。」
「はぁ?誰が誰の彼女?」
あいた口がほんとに塞がらなかった。
「お前が、俺の、だってさ。そんな趣味はないって言っといてやったぞ。」
「どういう言い方だよ、どこでそんな誤解が出てくるの?」
「さあ?けど、お前絡まれたの初めてじゃなかったんだろ?」
そうだよ、おたくと委員になってからもう何度もですよ〜。悪いと思うなら何とかしてくれ。
「わるかったな、先輩方にはちゃんと言っといた。そしたらお前にも彼氏らしいのがいたから安心したって言ってたぞ?野球部のって言ってたけど、それって7組の委員長の今村のこと?」
なんでまたそこに今村くんの名前が出てくるのよ??
「あたしに彼氏がいるはずないでしょ?ソフト部には部長以外中々彼氏が出来ないってジンクスがあるんだから!」
そう、それって本当にあるのよ!部長、もしくは部長候補には彼氏がいる!それって部同士の繋がりでいろんなところで接点が出来るかららしいけど...。あぁ、なんて地味な学校。うちの部はやっぱり色気のないタイプが多くって、彼氏がいるのは現部長の今村先輩と、次期部長の笠井先輩だけ...。
「でも規格外が独りいるからなぁ、紗弓なんていくらでも告られそうなのになぁ。」
お、また表情に歪みが?楽しいわ〜。
「あたしが側にいるからかなぁ、感謝してもらわないとね〜」
それ以上は言わなかったのに来栖は委員会は全部自分が行くと言った。
それ以来3年のお姉さま方の攻撃はやんだ。とりあえず来栖との疑いは晴れたってことになる。そのかわりに今村くんと付き合ってるとお姉さま方は認識したらしかった。その噂がどこをどう回ったのか再びあたしの元に帰ってきたのだ。
「ね、どうなの?」
「どうなのって、そんなはずないでしょ?何処から出た噂なのよ〜〜」
目の前には野球部ミーハーの吉村さんとそのご一党。
「ある筋よ!間違いないってきいてるんだから!」
「そんなこと言われたって...部活が忙しくてそれどころじゃないってばぁ。間違いだから信じてよ。」
野球部ファンの中には今村くんのファンだと名乗る子が数人いるらしい。唯一の普通科ということは頭はそこそこいいっていう事だからかな?まあ、顔も厳ついけど綺麗な部類だし...
「ねえ、本当に違うんじゃない?否定してるし、笹野さんじゃねぇ...」
はぁ、またそれですか?なんでこういう類の女っていうのは見かけで判断っていうより差別するんですか?まあ見た目可愛い子も揃ってるみたいだからよけいかな?
「そんな冗談みたいな噂話信じないでよね。」
そう付け加えてその場を立ち去ろうとした時そのうちの一人が言った。
「おかしいなぁ、3年の先輩が聞いたら今村くん否定しなかったって言ってたのに...。」
なにそれ?3年のって言うと来栖の親衛隊もどきの3年のお姉さま方か?否定しなかったってことは、もしかして3年のお姉さまがたから庇ってくれるつもりだったんだろうか?来栖はしっかり否定してくれたらしいから。でもそのかわりに1年のこの子達から攻められてるんじゃ意味ないじゃない?今村くんて訳わかんないや...無口だし、いつも怒ってる見たいに真剣な顔してるし。そういえばプレーしてるとこ見たことないなぁ。うまいっていう話だけど...。
「とにかく、そんなでたらめに振り回されず、頑張って!あたしは今度の大会で県大会目指してるんだから、ね。」
そうだね、笹野さんはねとようやく思い直してくれたのをいいことにその輪から抜け出る。あの女の子女の子した会話聞いてると正直疲れる。小学校では少年野球に入り、中学では女子は入れないと言われてソフトに転向したけど、根っからの野球好きだ。毎晩のナイターTV観戦は欠かせない。紗弓にはよくおやじ入ってると言われる。けれど我が家は皆がそうなんだよ。
ま、今度今村くんと話す機会があったら、ちゃんと訂正しておくように伝えよう。
うん、それがいい。
誤字脱字にお気づきの方はこちらからお知らせいただければ嬉しいです。 一言感想があればもっと嬉しいです♪ |