ずっと、ずっと...〜番外編〜       <今村くんと芳恵ちゃん>

〜いつか好きになる...〜

6月、大会が終わるまでの練習はきつかった。これで3年の先輩達も引退かと思うと簡単には負けられない。1年でレギュラーに入れてもらい、それも要のキャッチャーというポジション、甘えたことは言ってられない。3年の正捕手だった金谷先輩はひびのはいった左手をつりながらも毎日練習に出て来てはアドバイスをしてくれる。どんなに悔しいだろう、自分がプレー出来ないのにこうやって指導しなきゃならないなんて...。
「よっしーが入ってくれててよかったよ。2年のキャッチャー候補は実戦経験がゼロだし、芙美の球はそう簡単にさばけないからね。」
試合中のクロスプレーでひびがはいったとはいえ、それ以前からかなり悪かったらしい。キャプテンの今村先輩の球を受けるならサポーターをはめるように言われていた。重い球を投げるピッチャーだ。中学で全国の一歩手前までいった経験を持つあたしでもこれほどの重い球はめったに出会ったことがない。
「よっしー、あたしの分も頼んだよ!」
先輩のその言葉に答えられるよう尚更努力を重ねた。1年の子達も暗くなるまであたしの自主練に付き合ってくれたりもする。ほんとにいい仲間達だ。
結果、なんとか1ヶ月後の県大会出場を決めることが出来た。なんとか足を引っ張らずにやれたけど、金谷先輩ほど打てなかったのが事実だ。
県大会、先輩の怪我が完治するかどうかもまだわからない。もっともっと練習しなくっちゃ!
「明日から1週間、文化祭の準備優先になるから、各自自主トレをおこたらない様に!5時からは合同練習するから、必ず準備済ませてでてくるようにね。」
じゅんちゃん監督がいった。3年の先輩も最後の文化祭、かなり凝った事をするのはやはり3年になってからだ。終わるまで練習まともに出来ないのかと思うと憂鬱だった。けれどピッチャーは毎日投げ込まないといけない。頑張って出てこないとだめだ。あぁ、こんな時になんで副委員なんて当たったんだろう?来栖は委員会には出てはくれてるけどクラスをまとめようなんて気はさらさらないので、最終的には全部こっちにおはちがまわってくる。
ほんとにどうしよう??
「よっしー、文化祭委員と両方で大変だけど、がんばってね。あなたが出てきたらピッチング出来るように体作っておくからね。」
「すみません、出来るだけ早く出てくるようにします。」
今村キャプテンにそういわれて恐縮してしまう。
「実行委員会にも出ずに練習頑張ってくれたんだから、文化祭まではそっち優先しても構わないわよ?大変なんでしょ、弟も実行委員会だから聞いたらそう言ってたから...片割れがあの来栖って子だからあなた苦労してるって。」
はぁ?弟?実行委員会で今村って...7組の委員長しかいないのでは...?
「キャプテン、まさか弟って...」
「そうよ、1年の今村竜次っていうんだけど。」
そういってキャプテンはにこっこり笑った。
そっか、それでつじつまが合う。あたしが1年でレギュラーになったこと知ってたのも!じゃあ、まさか...
「先輩、まさか、3年のお姉さま方になんか聞かれませんでした?」
「あぁ、あれね、聞かれたからそのまんま弟に聞いたのよ。1−5の副委員の笹野芳恵と弟とは付き合ってるのかって。そしたら、そうだって言っといてくれって言うから、驚いちゃってね。あのこ女っ気ぜんぜんない無愛想な子でしょ?よっしーとだったら正反対で面白いと思って、よかったねって言ったら、そうしとかないとまた笹野がいじめられるからって。あの子の口から女の子の名前が出てくるの初めてだからおかしくってね〜からかってたら、あなたにだけは絶対に言うなって...あーあ、黙ってるの苦しかったわ。気がついたんなら言ってもいいわよね?」
そういたずらっぽく笑うその顔は今村君とは全然似てない。雰囲気が全然違うんだ。ソフトやってるっていうだけで男っぽいイメージがあるけど、今村先輩はちょっと違うなぁ。優しい雰囲気がある。やっぱり彼氏がいる人って、違うんだろうか?特に今村先輩は表情が柔らかいように思う。時々先輩が彼氏と帰ってるのも見かけるんだ。相手はたしか、野球部のキャプテンだったっけ?
「そうだったんですか...どおりで3年のお姉さま方が何にも言ってこないと思ってました。でもかわりに今村くんのファンの子達に問い詰められちゃいましたよぉ。」
あたしもおどけてそういうと先輩は少しびっくりした顔をした。
「えっ、竜次にファンなんているの?信じられない、今晩からかってやろうっと♪なんせ無表情な子でしょ?からかって顔赤くさせるのが楽しくって。なかなかそうもなってくれないんだけどね〜」
意外といたずらっ子なんだ、キャプテンって。新しい発見を喜びながらも一言だけ言っておいた。
「でも危ないとこも助けてもらった恩が有りますから、あんまりいじめないで上げてください。」
「はいはい、わかりました。あんなのでも役に立ったのね。でも珍しいわ、あの子ほんとに女の子と話しするの苦手で話しかけてくる子を睨むから皆逃げちゃうのに、よっしーは平気なの?」
「え、平気って言うか...」
向こうから話しかけてくるじゃん。そりゃあそういう体勢のときばっかりだけど...怖くはないよね?たしかに。
「ま、うちの弟、宜しくね♪」
「よろしくって、先輩!」
ひらひらと手を振って今村キャプテンは部室に戻っていく。あたし達1年生は今からグランド整備してから部室へ戻る。
「よ・し・え・ちゃん♪何があったのかな?」
うしろを振り向くと瞳をきらきらさせた紗弓がこっちを見ていた。


「へえ、そうだったんだ...。今村くんてなんかかっこいいね。」
「えっ?そうかなぁ...」
とりあえず部室の前まで帰ってきた。まだ2.3年の先輩が部室の中なのでしばらくは外で待機だ。狭い部室だから先輩方が出られないと荷物が入らない。紗弓はさっきからしつこいほど事の顛末を聞いてくる。この子にしては珍しいぐらいしつこく。あたしは人の話し聞くほど自分のことは聞かれないとしゃべらない。紗弓もそれがわかってきたんだろうか?
「キャプテンによっしーのこと聞かれても、また3年の先輩にいじめられたらいけないからって否定しなかったんでしょ?うん、かっこいいよ〜〜」
「それもさ、わざわざ来栖にあたしと付き合ってるのかって聞きに来たらしいんだよ。まさかって答えたらしいけどね。」
来栖の名前が出ると反対に紗弓の方が黙り込む。
「でもさ、来栖も言ってたよ、別にいま付き合ってる人はいないって、寄ってくるだけなんだって。」
「そ、そう?でもいつもお姉さま方に囲まれてるからそうは見えないよ...」
そういった紗弓の表情は少し暗かった。やっぱり紗弓は来栖のことが気になるんだな。
「それよりも、ほら、あっち!」
紗弓の指差した方からは野球部の1年もグランド整備を終えて帰ってくるところだった。その中に今村くんの姿を見つける。
「おつかれ〜」
先輩達が部室から出てき始めたので、あたし達は荷物を部室に入れ始めた。紗弓が指差したため今村くんと一瞬目があったけど、すぐに逸らしてしまった。

「紗弓、帰り万寿屋に寄ってく?」
万寿屋っていうのは商店街の中にある駄菓子屋さん(和菓子も置いてる)なんだけど、休憩所があって買った物をそこで食べれるのだ。あたしたちはそこに時々立ち寄って喋って帰ったりするのだ。遅くなりすぎて時々両親にしかられるんだけどね。
「そうだね、甘いもの食べたいね〜」
自転車置き場に向かって二人並んで歩き始めた。
「笹野さん?」
不意に男の子の声に呼び止められた。振り向くと今村くんが帽子を目深にかぶって下を向いている。
「ごめん、ちょっと話しあるんだけど...」
(うわ〜〜、よしえちゃん告白かも!)
小声で紗弓が冷やかしてくる。
(ばか、紗弓じゃないんだから、そんなのないよ。)
ちょっとは期待した。でも紗弓に言われてそれはないと思い直せた。あたしに限ってそれはない、絶対無い!
「うん、わかった。」
今村くんは自転車置き場とは反対の教官室の方へ歩き出した。そんなに聞かれたくないことなんだろうか?
「あの!この間はありがとう!やっぱお礼ちゃんといっとかないとね。」
重苦しい雰囲気に耐えかねて先に喋りだす。だって、ほんとに今村くんって口が重いっていうか、喋らないっていうか...あたしはどっちかって言うと喋ってないと落ち着かないんだもん。
「あぁ、そのことなんだけど...ねえちゃんに聞いたんだって?」
「あ、うん...。」
へえ、ねえちゃんていうんだ。なんか仲いいって感じの呼び方だなぁ。あたしにもおねえちゃんいるけど、あたしがこんなんだから女同士の話なんてめったにしない。
「悪かったな、かえって誤解生んでしまったみたいで。」
「べつにいいよ。そのおかげで3年のお姉さま方の攻撃はやんだし、1年の子達も否定したらわかってくれたよ。ありえない話だから、っていったら、そうよねって。今村くんがもてるんでびっくりしちゃったよ。」
「べつに、もててるわけじゃない。話しかけられたこともないし...。それより勝手に嘘ついて悪かったな。そんなつもりじゃなかったんだが、あいつらしつこそうだったから...その、1年の方はひどいこと言わなかったか?」
「そんなたいしたことないよ。はなから疑ってくれてたからね。可愛い子いたよ、ちょっと笑ってあげれば話できるよきっと。」
そういった時の今村くんの顔が少し曇って、いままでよりもいっそう迷惑そうな声になった。
「嬉しくもないのに笑えないね。別に話ししたいとも思わないし。今は野球で精一杯だからね!」
「ご、ごめん、気に触ること言った?」
「...笹野みたいに何言われたってへらへら笑ってる奴の気持ちがわからない。見てて腹が立ってくるんだよ!」
イラついた言葉が返ってきた。
ひどいや、そんな風に見てたの?助けてくれたのも、あんまりあたしに腹が立ったから?なんだよそれ...
「別に、好きで笑ってるんじゃない!いちいち腹立ててたらキリがないから、ケンカにならないように穏便に済ませてるだけだよ!わるいけどそのたびに怒ってたら周り敵だらけになっちゃうからね。それに、い、言われてること当たってるからって、いちいち傷ついてたら...きりがないでしょう!」
あたしは興奮するとすぐに涙がでてくるんだ。そしたらもうまともに喋れなくなる。だからどんな時でも笑って冷静にがあたしのモットーだったんだ。なのになんでこの人にそんなこと言われなきゃなんないの。あたしは必死で目を開けて今村くんの方を見据えてるつもりだったけど、しゃくりあげるの我慢してるからもう声も出ない。
何か言いたそうにしてるけど、なんていって言いか迷ってるみたいな顔だ。いきなり泣き出したあたしも悪いんだけど...今まで何言われても笑ってごまかして来てたのに見透かしたようなこと言われて、今まで作ってきたあたしの土台が壊れていく気がした。助けてもらったからって勝手に味方だと思い込んでいた相手だけにショックも大きかった。
「さよなら!」
それだけは必死で声に出すとあたしは駆け出した。
まだ泣けない、誰もいないところに行ってから泣こう。でもなんでこんなに情緒不安定になる時ばっかりあいつがいるのよ!二度も泣き顔見られるなんて!もうやだ!
<アイツハダメ、コレイジョウチカズクナ!>心の中で警鐘が鳴り響く。
「うぐっ...えっ...ひっく....」
あたしは誰もいない体育館の裏でひとしきり泣いた。

    

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