ずっと、ずっと...〜番外編〜 <今村くんと芳恵ちゃん>
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はあ、一杯泣いちゃったよぉ。柄じゃないのに...
こんなふうに情緒不安定になりだしたのは最近だ。自分でもわからないけど...
『見てて腹が立ってくるんだよ!』
そういわれて泣き出してしまった。あたしらしくもない。
ちょっと無口だけど、困ってる時には助けてくれた。あたしが珍しく泣いてるところを見て、ほっておけなかっただけなんだろうけど...。それほど優しい人なんだと思っていた。なのに今日の手痛いしっぺ返し。
じゃあなんで??考えてもわからない。ただそんなことを言われたのが悔しくて、涙がでてきた。
(もういい、近づかなければいいんだから...)
ひとしきり泣いて、あたしは立ち上がった。いつまでも泣いてたってしょうがない。
そう心に言い聞かせてあたしは体育館前の水道で顔を洗うと自転車置き場に戻った。
あたりは真っ暗で、自転車置き場に外灯はない。けっこう恐怖感を感じながら、月明かりを頼りに自分の自転車にたどり着く。もうほとんど残ってないから、ぽつんと置かれたのがあたしの自転車だ。スポーツバッグを前の籠に押し込めて自転車の鍵を外した。
「どこ行ってたんだ、こんなに遅くまで...」
え、誰?どこ?暗くて見えない...
壁にもたれてたらしく、こっちに近づいてくるとようやく誰かがわかった。
「今村くん...」
なんで待ってるのよ!
<カレニハキタイスルナ、ハナレロ>
一瞬どくんとはじけた胸の音を押さえ込んで目をそらす。急いで自転車に飛び乗ろうとしてた時、腕をつかまれた。
前にもあった...急に腕をつかまれて...
「また一人で泣いてたのか...」
いつもの今村くんの声じゃなかった。ぶっきらぼうで用件だけを告げる冷たい口調とは違う。あの時も...夕焼けをみて不意に涙を流した時もこんな風に優しい声で聞いてくれた『泣いてるのか』って。
「....」
また下から何かが込み上げてくるような気がして飲み込もうとした。
あれだけ泣いたのに...鼻の奥がつんとして、くちびるを噛んだ。
「...ふぐっ...」
嗚咽を飲み込む声が漏れる。やだ、もうこれ以上無様なとこ見せたくないよ!必死でその腕を解こうとしても離して貰えない。
「な、なんで...!」
私より少し高い位置にある彼の顔を睨みつけると、困ったような顔をしている。
「なんでだろ...俺、笹野が泣いてるの見てらんないんだ。最初に泣いてるとこ見たからかな...あれ以来、いつも笑ってる顔の下で泣いてる気がして。なのに今度は俺が泣かせてる、それって意味ないよな?」
目の前には彼のブレザーがあった。あたしは引き寄せられていたみたい...。
「い、今村くん...?」
今村くんのジャケットはちょっと埃っぽいにおいがした。その胸と、私に回された腕からあったかさが広がってあたしを包んでいた。驚きのあまりに泣き止んでいたのは言うまでもない。
「さっきはごめん...ほんとに泣かすつもりはなかった。頼むから、泣きたい時は我慢せずに泣いてくれないか?いつでも、胸貸すから...。」
「泣きたい時呼び出していいってこと?」
「あぁ、でないと気になってしょうがないだろ。」
それって、そういう時限定ってこと?
あたしが大人しくなったのを見て慌てて体を引き離す。今まで今村くんが触れてたところがやけに熱く感じていた。
「県大会頑張れよな、うちのねえちゃん笹野頑張ってるって、期待してたから...」
なんだ、そういうことかぁ。
あたしが無理したら先輩方に迷惑かけてしまうから...そうだよね?お姉さん思いなんだ。
負けそうになったら、ちょっと胸を借りればいいってことか。
優しいんだ、今村くん...。
<ゴカイスルナ、イツモトオナジ>
そうだよね、他はなんにも言われてないんだから...。だからちょっとくじけそうになった時にその優しさを借りればいいんだ。
<タダソレダケノコト>
あたしは心の底に生まれ始めた気持ちにもしっかりと蓋をして、重石まで置いておいた。これで大丈夫と。こうしておけば、もし今村くんの胸を借りることがあったって、誤解して変な期待を持たなくていいはず。まあ借りるつもりはないけどね。
そこまで自分の気持ちに整理をつけると、今村くんの方を見て少しだけ笑ってみせた。
「じゃあ、今村くんも泣きたくなったら呼び出してくれる?」
今村くんは、あたしの提案にちょっとびっくりした顔していたけど、「あぁ」と小さく答えた。
そのあと、あたしは彼に送られるようにして家まで帰った。
さいごに『じゃあ、さよなら』といった以外他に何も話さなかった。
自分の部屋でベッドに寝っ転がって天井を見てた。今村くんに触れられたところがまだ熱いような気がする。女の子ならもちろん色んなことを期待してしまうぬくもり。もちろん男の子にそんなことされたのは初めてだった。べつに好きといわれたわけでもなく、ただ泣いてしまったあたしを慰めるためだけの抱擁。
(あたしを女の子扱いする人がいるはずないじゃない?今村くんだってお姉さんのためにあたしが泣いてちゃだめだとか思ったんだよ、きっと。そうにきまってる!)
夜、紗弓から電話があったけど、全部は言えなかった。あれって別に告白でも何でもないもの。ただ無理して笑ってるのが見たくないんだと言われただけ。
『それって告白じゃないの?』
『違うと思うよ。今村くんて女の子と付き合いたいとか思うタイプじゃないと思うんだ。きっと野球一生懸命なんだよ。それでもって姉さん思いだから、キャッチャーやってるあたしが心配なんだよ、うんきっとそうだよ!』
あたしは強くそう言い切った。
次の日からは少しずつ無理するのをやめてみた。無理するのと頑張るのとはちょっと違うもんね。きついこといわれたら『結構きついこというね〜あたしでも傷つくよぉ』そういったらごめんって言われた。少しづつ、地のままのあたしでいられるように...強がってみたって影で泣くのがおちだもんね。またそんなとこ今村くんに見られるのも嫌だったし、まさか本当に呼び出すわけにいかないじゃない?
あたしの中にあったのかもしれない。今村くんが見てる、判ってくれてる。だから無理するのやめようって。
来栖に、もっと文化祭のことやれとけしかけた。だってあいつは『あたしの方がクラスまとめるのうまそう』とかいって話し合いのときもあたしに司会させるんだよ。男子がさ、『またでしゃばって』とか『男見てぇ』なんて影で言ってるのは判ってた。だからそれは来栖にやってもらうことにした。もちろん手伝うよ。部活も、先輩と同じレベルに無理してなろうとせず、自分の力の範囲で頑張ろうと思った。でかいあたりは要らない、まずヒットから。そう思うと大振りがなくなったのか当たりがよくなってきた。
「芳恵ちゃん、最近すっごくいい感じだね〜」
いきなり紗弓にそういわれた。
「何がぁ?どうしたの急に!」
「なんかさ、頑張ってるけどぎりぎりのところで無理してるような感じがなくなったの。力の入りすぎがなくなって...うんとね、素直っていう感じかな?もしかしてさ、恋してない?」
「ま、まさか!何言い出すの?あたしの頭の中は文化祭と県大会のことで一杯なのよ!」
いきなり何言いだすの、この子は〜〜〜!蓋は何処いった?ちゃんとあるじゃない。紗弓は見かけほど中身は女の子しすぎてないとこがある。恋愛モード一色のほかの子に比べると、今はクラブ一筋って感じで、真面目なのかな?だから恋愛系の話をすることはめったにない。なのにそんなこと言われるほどあたしって見え見えなのかなぁ...気をつけてるのに。
あぁ、それなのに、なんでこうも視線が今村くんの方にいくの?その上あっちも見てる時あるし...。そんな時は大丈夫のOKサインを小さく送る。そんなときの今村くんはわかったっていうふうに目線で合図してくる。
「芳恵ちゃん、頬赤いよ?」
「な、なんでもない!」
なんで、なんで?もう、蓋したのに...今村くんの目が『俺はわかってる』ってあたしに安心をくれてるようで、なんだか、これって...紗弓の言う恋しちゃってる状態じゃないの?そりゃいいんだけどね、恋するぐらい。でもあたしの場合思うだけでいられたらいいけど、溢れちゃった場合に大失敗するんだよ...。もちろん前科ある。あたしみたいなタイプは友達はOKだけど、彼女はNGなんだ。いつだってそう、あたしは男の子から見ても仲間どまりの男扱い。あたしの方も、女の子しちゃいけないって言うのが暗黙のルール。
男の子が好きになる女の子はみんなおとなしくって可愛い子。あたしはいい友達。好きな女の子と渡りをつけさせられたりと面倒臭い。好きでもなんでもない男の子ならいいんだけど、それがあたしが密かに好きな子だったりしたら辛いだけですまなくなっちゃう。あまりの距離の近さに勘違いしそうなくらい気のあう男の子がいた。彼の事を一番理解してると思い込んで、いつしか好きになってたりして...だけど彼の好きは友達としてで、告白すればごめんって言われるし、その女の子に悪いからって話もしてもらえなくなってしまう。反対に言わずに我慢して取り持つと、その後もずっとアフターケアのようにその二人の相談に乗らされてあてられて...あれは地獄だったよ。もうあんなのはごめんだからね。
だから、好きになりそうになる前にちゃんとストップかけてきた。勘違いしないようになんども自分に言い聞かせる。今回だっておなじに決まってる。
けれどあたしだって女の子なんだ...その心のギャップが上手に埋められない。
今村くんの場合はちょっと違うけど、期待してたらまた大きなしっぺ返しをくらうんだ。今までにないパターンかも知れない。
そう、あたしは同じ失敗を犯さないように、計算してんの。どういう風に振舞えば反感買わないだろうかとか、あたしのキャラクターを念頭においての行動だから。肝心のそれを見抜かれてるから今村くんにどう対応していいかちょっと間を置いて考え中だった。
「笹野、ちょっといいか?」
「今村くん...」
暗くなり始めた自転車置き場で呼び止められた。
「あたし先に帰るね〜、芳恵ちゃん、今村くんおさき〜〜、ばいばい!」
「紗、紗弓!」
あれから何度か、『大丈夫か?』って聞いてくる。こうやって自転車置き場で待ってるだけなんだけど。『平気だよ』って言うんだけど...真面目って言うか律儀って言うか、私の顔を覗き込んで納得するまで帰してもらえない。最近は今村くんが近づいてくると紗弓も気を利かせるのか、すぐに先に帰ってしまう。そうなると二人で帰る羽目になるので苦手なんだけどなぁ。
「今日、またなんか言われてたんじゃないのか?」
もうばれてるの?実は再び呼び出しくらいました。3年じゃなくて1年のほう。
「今村くん、原因わかって言ってるの?」
「原因?」
「こうやって今村くんがあたしと一緒にいたりするからでしょ。」
これは困るのよ。勘違いされて問い詰められることがじゃなく、待っててくれる彼の姿に喜んでる自分がいるから...
「それが?」
「はあ...だから、勘違いされるの!つきあってるんでしょって!」
「別に付き合ってることにしといても構わないけど。それとも笹野、誰か好きな奴いて誤解されると困るのか?」
「そんな人、いないけど...」
「じゃぁ、好きな奴出来るまで付き合ってるって言っとけば?」
「な、何言ってるのよ!もう、吉村さんたち結構しつこいんだからね!付き合ってないのにそんなこと言えないよ!」
「その方がお互いクラブに打ち込めるって思ったんだけどな。」
どうせそんなことだと思いましたよ。それでもっていつか言われる日を待つの?
『好きな奴が出来たから、付き合ってる振りはもういい』って...
それは辛すぎるよ...あたしが...