月がほほえむから

12.夢でいいから

あんなに切望してた試験の結果を待つ気持ちがこんなに重いなんて...
いっそのこと、受かってなかったら...そんな思いまでが浮かんでくる。
そうしたら、宗佑さんの申し出に甘えて、後一年、こんな生活が出来る?
受かってたら、あたしは卒業後、ここを出て研修所に入ると思う。そうしたらもう圭太くんと一緒にいられない。女将さんの手伝いが出来なくなる。
何よりも、もう宗佑さんの側にいられなくなる...
そして、あたしは郁太郎さんを受け入れてしまうんだろう。きっとそんなに嫌なことじゃないはずだよ。嫌いじゃないし、慣れてそうだし、優しいし...
なによりもあたしみたいなのを、本気で好きでいてくれてる。
見た目も中身も女の魅力なんてかけらもないのに、なんであたしなんかがいいんだろう?
わからないけど、あたしにはその道しか残されてない気がする。
宗佑さんは今でも亡くなった奥さんのこと愛してるんだもの。あたしなんかが入る隙間もないはず。だから願わずにいられない、誰も、宗佑さんに近づかないで!亡くなった奥さんにはかないっこないのは判ってるもの。だから、他の人が、あたしのいた場所に入り込んでくるのも、嫌なの...
いっそのこと試験に落ちていれば、後しばらくはこのままでいられるのに!



「受かった...」
「日向子、やったね!あとは野木くんしか受かってないよ、うちのゼミ!」
信じられなかった。本当に難関で、在学中に受かるなんて思ってなかった。
ゼミに恵まれていたとしか言えなかった。司法試験に関してもうちの大学では人気のあるゼミに入ることが出来て、その中でも2人。頑張った自分が思い起こされて、一瞬でも受からなければなんて思ってしまった自分が恥ずかしくなる。他のみんなも頑張ってたんだ。なのに自分たちが駄目でもこんなに祝福してくれてるのに?
「あんた達二人は普段から飛び抜けてたからね。日向子も住み込みで働きながらよく頑張ったよ。」
同じゼミで姉御肌の畑野さんがにっこりと笑って喜んでくれる。
「住み込みって言ったって、最後はほとんど何もしてなくて...かえって面倒見て貰ってたぐらいだもん。」
「ほんとの家族みたいだもんね、日向子っとこは。」
ほんとの家族...なりたかったなぁ。
再び現実が押し寄せてくる。
「とにかく祝杯!いくわよっ!」
畑野さん一党に連れられて、ゼミの面々が祝杯とやけ酒を煽る。
あたしも久々に飲んでしまった...かなりの量飲んだかもしれない。面倒見のいい畑野さんもいたし、みんなが継いでくるのを断れなかったのもあるし...野木くんは早々にぶっ倒れて男子に抱えられて帰って行った。
「日向子、大丈夫?いくら何でも飲ませすぎたかなぁ?」
「いいんれす、飲まなきゃやってられないんれすからぁ...ううっ」
「あちゃ、日向子泣き上戸だった?」
「畑野さ〜ん、あたし、あたしどうしたら...」
あたしは畑野さんの羨ましいぐらいおっきな胸で泣き出した。畑野さんの手がよしよしよしと頭を撫でてくれるのが心地よくって...色々話してしまってた。あたし自身のこと、宗佑さんと郁太郎さんのこと、そしてあたしの気持ち...
「馬鹿だね、日向子は...何で自分の気持ち大事にしないの?」
「でもっ、何度言っても、迷惑そうだし...」
「ほんとに迷惑なら...日向子、恋愛初心者のあんたにはちょっと難しかったわね。愛する人を亡くしてる人は、その呪縛からは永遠に解き放たれないのよ。それごと受け入れられないと収まらない...あんたはそれをやろうとしたのにね?男ってほんとに...」
「畑野さん...意味がわからない...」
「難しい試験には通るのに、ほんとに日向子って不思議な子だね。もう今日は悩まなくっていいから。日向子は無事合格したんだから、今日は悩んでないで笑ってなさい、いい?」
あたしはうんって頷くと、急激に眠りの中に落ちていった。


『日向子さん...』
夢の中で宗佑さんが微笑んでくれていた。宗佑さんの頭の後ろにはおっきなまあるいお月様。
『宗佑さんって、お月様みたいに笑うんだね。』
あたしは夢の中でそう言うと、宗佑さんは少し困った顔を見せて、でももう一回笑ってくれた。
『日向子さん、合格おめでとう。何かお祝いしなきゃいけないね?』
お祝い、今一番欲しいもの。
『キスがいい...』
それはと口ごもる宗佑さん。やだな、夢の中ぐらい王子様役してくれたっていいのに?
『夢の中だけでいいの...ファーストキスは郁太郎さんに奪われちゃったけど、宗佑さんにしてほしかったもん。最初だけは、好きな人がよかったんだもん...』
『日向子ちゃん...』
『あたしみたいな子供相手にされないって判ってるんだ。郁太郎さんがああやって本気で言ってくれる分期待しちゃって...だから、夢の中だけ...キスして欲しいんだもん。』
あたしはまた夢の中で泣き出してた。あれだけ畑野さんの胸で泣いたのに...
『日向子さん、泣かないで...』
『一度でいいの...それでもう、忘れる...郁太郎さんの物になるから...』
『......日向子さんはそれでいいの?』
『だって、宗佑さんはその方がいいんでしょ?あたしみたいなのほっといてくれてもよかったのに、優しすぎるんだもん...あたし、ずっと今のままでいたかった。だけど、もう駄目なんだよね?あたしここ出て行かなきゃ...』
『出て行かなくていい、居たいだけ居ればいい...』
『無理だよ...郁太郎さんを選んでも、選ばなくっても、もうここにいられないよ...だから、もうすぐ居なくなるから、だから...最後のお願い...夢の中でぐらい叶えさせて...』
宗佑さんの顔がゆっくり近づいてくる...あたしは恥ずかしくって目を閉じる。
暖かい...
おでこに暖かい温もりが落とされる。
やっぱり夢の中でも彼は望みを叶えてくれないんだと思った瞬間、まぶたにも、頬にも同じ温もりを感じた。
『...宗佑さん?』
『これは夢だから...』
そう言った唇がこんどはあたしの唇に重ねられた...
一瞬、触れるか触れない程度の優しい温もりだった。
『うれしい...合格したことよりも、もっと...』



すっごくイイ夢だった。望みが叶ったのに、なぜに涙を流しながら目が覚めるんだろう?
「あたし...」
見渡すと、自分の部屋だった。畑野さんところに泊めてもらってるんじゃなかったの?
服は来たままだったけど、お布団にちゃんと入っていた。
「夢かぁ...残念。」
シャワーを浴びてすっきりして店の方に顔をだすと、女将さんが飛んできた。
「おめでとう、合格したんだって?よくやったよ、日向子ちゃん頑張ってたもんね。」
女将さんは半泣き顔だ。あたしもつられてしまう。
「女将さん、ありがとうございます。ほんとに勝手ばっかりして...女将さんや皆さんのおかげです。最後集中させてもらったし...」
「昨日泊まるって電話あったから、帰ってきてるの知らなくてね、宗佑が無理矢理迎えに行ったんじゃないのかい?」
「え?」
宗佑さんが迎えに来てくれた??うそ...
「日向子、合格おめでとう!!」
店先から飛び込んできたのは郁太郎さんだった。
「やったな、早速今晩お祝いしないか?そうだ、どこかレストランにでも行って...」
「あの、まって、あたし昨日大学のみんなとお祝いしたから...だから、今日は圭太くんと一緒にお祝いしたいの。いっぱい我慢させたから...」
ほんとは圭太くんだけじゃなく女将さんや宗佑さんもだけど...
「だめなのか?」
ちょっと意外そうな顔で郁太郎さんが聞いてくる。
「悪いな、郁太郎、今夜ぐらいうちでお祝いぐらいさせてくれ。おまえも来ればいいんだからな。」
そう言って肩を叩いたのは調理場の奥から出てきた宗佑さんだった。
初めて...庇ってくれた訳じゃないけど、優先させてくれた。郁太郎さんよりも、あたしの意志を...
嬉しかった。それでだけでもすごく!
郁太郎さんが来たって構わない。
今はただ二人っきりになるのがすごく怖かったから...
だから、ほんとに嬉しかった。

          

日向子、祝合格!
夢にまで見てしまう、けれどもかなわないのか?その思いは…