月がほほえむから

14.もう遅いんだよね?


「い、郁太郎さん!」
「なかなか二人っきりで逢えないから迎えに来た。」
「えっ、ちょっと、まって!」
あたしは車に引きずり込まれるようにして乗せられる。慌てて周りを見回すと畑野さん達が驚いた顔してこっちを見ていた。だけども車はすぐさま発進してしまう。
どうしよう...ここのところ二人っきりになることもなかったから、はっきり言って安心してた部分もあった。
それに最近は、宗佑さんがさりげなく助け船出してくれてたんだもの。
「あのっ、郁太郎さん、ど、どこへ行くんですか?」
「まあ、行けば判るって。その前に、そこの紙袋あけてみろよ。」
そう言われて見てみると、助手席の足下に手提げの紙袋があった。あたしは言われるままに中をみた。
「ふ、服...?」
「そう。」
車は大きなホテルの方へと曲がっていく。この辺じゃ結構有名な高級ホテルだったりする。もちろんそんなところには行ったことも入ったこともないけれども。
「えっ、ここ??」
「こういうホテルにはちゃんと更衣室もあるから、着替えて来いよ。おしゃれして、一緒に食事しようぜ。」
言われてみて気がつく。郁太郎さん、スーツだ...ネクタイまで締めてる。
「あたし...」
「大丈夫だ、ちゃんと女将さんには許可とってあるから。」
にこにこ笑ってる郁太郎さんを前に、帰りたいなんて言い出しにくかった。
食事だけならいいけど...それにこの服。この間の問答があるから着にくかったんだけど、こんなホテルで食事するのに、ジーンズってわけにも行かないけど、着るのが怖いよ...なによりもあたしが急に帰らなかったら圭太くんが寂しい思いしてるって考えると、それが一番気になった。だって食堂は夕方から忙しくって、あたしが居ないときは、圭太くん一人で食事するんっだもの...

「さ、着いたぞ?」
車を駐車場に放り込むと郁太郎さんはあたしの腕をぐいぐい引っ張っていく。郁太郎さんがロビーで待ってる間にトイレで着替えたんだけど、これって...
膝丈の可愛らしいワンピース。胸元が開いてて、すごく大人っぽい。こんなの似合わないのに...自分に自信が持てないまま郁太郎さんの前に立つ。
「すっげえ、きれいだな、日向子。」
ほんとに?でもいつもと同じ眼鏡だし、化粧もほとんどしてない。さっきあんまりにもひどかったので色つきリップだけは付けたけど...
嬉しそうな郁太郎さんを前にして、取りあえず引きつった微笑みを貼り付けてみる。
「じゃあ、行こうか。」
郁太郎さんが自然とあたしの腰に手を添えて、歩き出す。
「行くって、ねえ、どこに...?」
「まずは食事。最上階で食事しようぜ。予約してるんだ。」
時間にしてみれば5時、食事には早いかもしれないけど、逃げ出すことも出来ず、ただ、食事だけならと自分に言い聞かせていた。

「改めてだけど、合格おめでとう、日向子、乾杯しようぜ!」
「あ、はい、ありがとうございます。」
差し出されたのはシャンパンのグラス。前にも飲んだことあるからいいかなって口を付ける。
「あ、甘くておいしい。」
「だろ?日向子は甘口だと飲めるだろうと思ってな...あとで、もっとおいしいのごちそうしてやるよ。」
郁太郎さんって、居酒屋とかがやたら似合ってて、こんな風に、女の人連れてくるのに慣れてるなんて...
「そんな不思議そうな顔してみてるなよ。オレだっていくら下町で育ったからといって、学生時代はちゃんと彼女と普通のデートとかしてたんだぜ?結婚する前だってな...それに、宗佑が外資系の商社にいた頃に色々といいところ教えて貰ったりしてさ。あいつもそれなりに接待に行ったりしてたみたいだからさ。」
「そ、そうなんですか...」
宗佑さんも...そう聞いて胸がどくんと跳ねた。
もう諦めたはずの思いが、また胸を熱くする。もし、宗佑さんと二人でこんなところに食事に来れたら...あたしは、きっと期待してしまう。宗佑さんの気持ちを、そしてこの後のことも...あれ?
それって、郁太郎さんも、同じだってこと??
急に怖くなる。
この次に行く場所は??
それを考えていると、食事も味がわからなくなってしまう。おいしい高級な味なんだろうけど、この間宗佑さんに連れていってもらったレストランの方が暖かく感じる。
ここなんか、圭太くん連れて来れないようなトコだものね。
「日向子?どうした、食欲ないのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど...こんなところ初めてだから、き、緊張しちゃって...」
「そうか、だったらデザート食べ終わったら場所を変えよう。」

そう言って連れてこられたのは同じホテルのラウンジだった。
「なに緊張してるんだよ。夜景とか楽しめよ。ここからの眺めはすごくいいんだからな。なら、もうちょっと飲めばいい。これもおいしいぞ?」
「あ、ほんとだ、おいしい!」
甘くておいしいカクテル、きれいな夜景、目の前には郁太郎さん。
一応女の子ならうっとりしちゃうよね。今夜の郁太郎さんは、この間のスーツよりももっとよく似合ってて、髪型もいつもと違ってちゃんと美容院に行ったんじゃないのかな?若々しいって言うか、いつもより若く見える、うん。
かなり飲んだんだろうか、ぼーっとしていた。
「日向子、これ、受け取ってくれよ...」
目の前に差し出されるビロードのケース。
「あのっ...」
あけるのが怖かった。あたしが固まってると、郁太郎さんが自分でその箱を開けた。
「半年でも、1年でも、日向子がいいって言うまで待つから、この指輪を付けていて欲しいんだ。」
小さな石が乗ったその銀の指輪は、普段でもしていられるほどのシンプルで、おしゃれなもので...
「日向子...」
答えられずに居るあたしの指にそれを差し込む。
「あのっ...い、郁太郎さん??」
あたしはアルコールでボーとしてたぶん反応できずにいて、指にはめられたその輝きを見たとたんからだが固まってしまう。
だめだよ、後戻り出来なくなってしまう…
「いこうか...」
どこへと聞くまでもなく、郁太郎さんがあたしを抱え込むようにして店を出てエレベーターに乗り込む。
「あのっ、郁太郎さん、あたし、困ります...まだ、判らないんです。あたし...」
「日向子は何も判らなくていいんだ。オレだけを知っていればいい。オレだけしか判らなくさせてやる。」
「え??」
途中の階でドアが開くと郁太郎さんがずんずん引っ張って並んだドアの一つを開けた。
「い、郁太郎さん...??」
「何で、そんな顔するんだ?前に聞いたときは日向子も頷いただろう?大丈夫、すぐに襲ったりしないから...ただ、これ以上人前で普通にしてなんか居られないからな。」
郁太郎さんの腕がまたあたしを捕らえる。
「ずっと抱きしめたかったんだ。このあいだ、日向子を抱きしめてキスしてから、っずっと...」
ただ抱きしめるだけだという。
だけど...
「郁太郎さん...苦しい...」
「あ、ごめん。でも...」
少しだけ緩んだけど、その腕が外されることはない。
「好きだよ、日向子...オレ、若造みたいに、こんなに抑えきれない気持ちになるなんてよ、思っても見なかった。それも日向子みたいに若い女の子になんてさ。な、日向子、大事にするから...やりたいことみんなやっていいから、オレ、ずっと待ってるし、だから、日向子を俺の物にしていいだろ?」
「えっ?」
俺の物って、郁太郎さんの物って...
「あのっ、郁太郎さん??」
「ほんと嬉しいよ、オレのプレゼントした服着て、指輪受け取ってくれて...戸惑う日向子の気持ちもわかるよ。まだ卒業してねえんだものな。けど...ありがとう!日向子っ!」
「ま、待って!郁太郎さんっ...んんっ!!!」
塞がれた唇はそれ以上何も反論できなかった。


あたし、やっぱり郁太郎さんに甘えていた。いつもみたいに離してもらえるって信じてた。
嫌だって言えば、それ以上のいことはされないって...
でもいまのしかかってくる重みは男の人の物で、あたしの力ではとてもじゃないけど跳ね退けられない。
ホテルの広々としたベッドに押し倒されて、何度もキスされていた。
必死で歯を食いしばっていたけど、郁太郎さんが離れた瞬間に苦しくて息を吐いた瞬間に口の中をこじ開けられて郁太郎さんの舌が入ってきた。
「んんっ...んっ!」
涙がにじむ。郁太郎さんの左手は胸を触ってるし、押しのけようとした手は右手一つで頭の上に捕らえられている。
やだ、やっぱり怖いよ...
このまま、あたし...
「うぐっ...ううっ...」
郁太郎さんの唇が首筋に移った時、あたしは堪えきれずに嗚咽をあげていた。
「やだよ...郁太郎さん...あたし...やだ...」
「そんなにオレのことが嫌い?」
「嫌いじゃないけど...でも...」
「好きでもない?違うね、日向子はオレのこと好きだろ?」
「郁太郎さん...」
「いくら日向子が思っても、宗佑は駄目だよ。」
「えっ...」
一瞬にして血の気が引いていく思いがした。郁太郎さんは知ってたの?
「宗佑は菜々子の物なんだ。宗佑は菜々子を忘れたりしちゃいけないんだ。子供のために椎奈ちゃんとの再婚も考えたみたいだったけど、あれも菜々子のことを忘れようとしたから天罰が当たったんだ。だから、日向子がいくら宗佑を思っても無駄だよ?あいつはもう誰も好きになったりしないんだ。そうオレに誓ったんだからなっ!」
「い、郁太郎さん...なにいって...」
「菜々子をオレから奪った瞬間から、宗佑はオレにそう誓ったんだ。今回もちゃんと約束してるんだ。オレから日向子を奪わないって、な。」
「なにを...どういうことですか?」
「どういうって、そのまんまだよ。菜々子は最初オレが出会ったんだ。なのに、オレの気持ちを知ってて宗佑はオレから菜々子を奪った。そりゃどう見たって宗佑の方が良かったかもしれないさ。オレみたいな2流大学じゃなくて、いい大学出てさ、いいとこ就職して...けれども結局は菜々子を死なせてしまった。今じゃしがない食堂のオヤジだ。オレとどこも変わらねえ。前の女房は、あいつらだけ幸せにそうにしてるのが辛くて、手近で済ませちまって失敗したけどよ、もう失敗しない。だって、今度はオレが本気だから。絶対日向子を離さないし、諦めない。」
あたしは郁太郎さんの下から必死で抜け出して、ベッドの隅に逃げた。
「まって、郁太郎さんっ、あたし、はっきり言わなかったあたしもいけないかもしれない。でも...指輪、受け取れません...あたし、郁太郎さんの奥さんになる自信なんかないです。郁太郎さんのこと好きだけど、圭太くんのこと好きなのとそんなに変わらないの!だから、あたし...」
いまの郁太郎さん、すごく怖い顔してるのに泣いてるように見えるよ?
どうして...?
ねえ、どういえば郁太郎さんを傷つけずにすむ?
「もう遅いよ、日向子はオレのことが好きだからここまで着いてきたんだろ?今更もう何言っても駄目だよ。日向子は圭太や宗佑に同情してただけなんだ。父親がいなくって、宗佑にその面影を重ねて、手に入れられなかった家族を手に入れようとしてるだけなんだ。そんなもの、オレと一緒になって、日向子がオレの子供を産んでくれたら、それで解決するんだ。なぁ、日向子は子供が好きなんだろ?だったら仕事しながらでもいい、子供作ろう?オレは日向子とオレの間に子供が欲しい。今すぐ作りたい。」
「郁太郎さん!!」
再びたぐり寄せられて、組み敷かれる。
「日向子はまだなんにも知らないんだよな?男はね、子供を作る行為がすごく好きなんだ。怖かったら目瞑ってていいから、今日はちゃんと避妊するよ。でももしこれ以上嫌がったら、オレ、避妊する余裕なくなるよ?そしたら日向子は、研修にも参加できない身体になっちまうぞ?」
「いやっ!そんな...郁太郎さんらしくないよ、こんなことっ!」
「オレらしく?オレらしくってどういうことだよ?男は欲望で女抱くときだってあるってこと知ってるのか?宗佑だって、オレとどこも変わっちゃいない。なあ、日向子が欲しいんだ、オレを受け入れてくれ、頼む...何でも日向子の言うこと聞くから...俺の物になってくれ。もう、何もせず目の前から奪われていくのを見てるのは嫌なんだ。日向子はオレのものだ、そうだろ、な?」
「いやっ、いやっ!どうして...そんな...いやっ!...いやっ、いやぁああ!!」

郁太郎さんがあたしを奪っていく。
あたしのすべてに浸食してくる。
宗佑さんへの気持ち
それは、郁太郎さんの言うような憧れだったんだろうか?
宗佑さん... あたしはもう
思うことすらもう許されないのかなぁ...

こんな時に思い出せたのはあの夢の中の宗佑さんの微笑んだ顔だけだった。
後ろにはまあるいお月様。

あたしは、重くのしかかる郁太郎さんの激しい愛撫に、抵抗する力もなく、ただ泣きじゃくることしかできなかった...

          

郁太郎さん暴走…
日向子ピンチ!!どうするんだろう…っていうか、どこまで書いていいんだ、全年齢対象(笑)しかたがないので、今回はここまでです〜〜(涙)
あ、でも本家のblogにサービスカットw18歳以上の方だけどうぞw