月がほほえむから

15.間に合ったの?

(あ、携帯?郁太郎さんの?)
ホテルの部屋に携帯の音が鳴り続けていた。一度切れたけどまた鳴り続ける。一瞬、びくりとしたけれども、郁太郎さんはあたしの上からは動かない。
「お願い...ひっく...やめて...」
「泣くなよ、日向子...」
「だって...ひっく...」
「そんなにオレが嫌いか?日向子は、オレに抱かれるのが嫌なのか?」
「ひっく...郁太郎さんのこと、嫌いじゃないから...ひっく...どうしていいか判らない...でもこのまま、郁太郎さんに抱かれるのは...ひっく...嫌...」
「なら...なぜ着いてきたんだっ!?」
「だって...あたし、みんなが好きなの...食堂の女将さんも、そこに来る街の人も、みんなあったかくって、あたしのことを必要としてくれて...あたしは、今までずっと、お母さん以外の誰かに、必要とされたことなかったから...だから、あたし、ずっとあそこに居たかった...」
「それがなんなんだ、関係あるのか?」
「だって、食堂を出たら、あたしもう必要なくなってしまう...郁太郎さんのトコに行くしかないみたいにみんなが言うんだもの...あたしが郁太郎さんのこと、断ったりしたら...もうあそこには居られないと思ったの...そ、宗佑さんも女将さんも、それを望んでるみたいだったし...」
「...だから断れなかったって、言うのかよ?」
「あたし...郁太郎さんのこと、好きだよ...でもキスとか、抱かれるのとか、あたし...出来ない...ごめんなさい、ごめんなさい、あたし...」
郁太郎さんの手があたしを解放する。あたしは両手で顔を覆って泣き続ける以外出来なかった。だって、いまされてたことを考えると、郁太郎さんの顔は見れない。
今度は部屋の電話が鳴った。郁太郎さんはあたしの上に居るままだけれども身体を起こすと電話機の方をじろりと睨んだのがみえた。
「あの...で、出ないんですか...?」
「出てやらねえ。」
「え?」
「出て欲しいのか?アレは誰からの電話だろうな...フロントからだと思うのか?」
まさか...そんなはずはないもの。一瞬だけ浮かんだその人。
宗佑さん。
「なんでいつもオレじゃないんだろうな...せめて、日向子だけでも、このままオレのモノにしたかった...」
いつの間にか電話の音は切れていた。
「まあ、あいつもオレに引け目でも感じてたんだろうな。オレの言うこと何でも聞きやがってよ...」
「郁太郎さん...?」
ため息をつく郁太郎さんがいつもの郁太郎さんに戻ってにやってわらった。
「日向子、最後にもう一回だけ聞く。オレにヤラレたくなかったら、思いっきり大きな声で拒否しろ。出ないとほんとに最後までヤッちまうぞ?たとえ...宗佑の前でもな。」
「えっ...」
再び覆い被さってくる重み、動き始める愛撫の手。
「いやぁ!!!やめてっ!やだっ、いやぁあっ!!」


その時、ドンドンと部屋のドアを激しく叩く音がした。
『郁太郎!ここを開けてくれ!...日向子さん、居るんですね?』
ドアの向こうから聞こえるのは紛れもなく宗佑さんの声だった。
そう...そうすけさん...宗佑さんっ!!...助けてっ!!」
「...やっぱり、それが本音だろ?」
「い、郁太郎さん...?」
あたしの上から降りた郁太郎さんはゆっくりとドアまで歩いていくと鍵を開けた。


「日向子さん!!」
飛び込んできたのは宗佑さんだった。すごく焦った顔して...ほんとに見たことないほど息を切らせて...
「そ、宗佑さん...」
宗佑さんの動きが止まる。
あたしは自分を見て初めてわかった...
「いやぁっ!」
乱された衣服、どうみても...それにこんなとこまで来て、それは全部あたしの意志だとおもわれてもおかしくない...
やだ、軽蔑される...宗佑さん、きっとこんなことする女の子は嫌いだよね?あたしは自分の肩をかき抱いて震えていた。
「なんだよ、駆け寄ってもやらないのか?」
幾分か冷たい響きの郁太郎さんの声がする。
「郁太郎...しかし...」
「ここまで来てなんだよ?おまえ、この状況見て判るだろ?」
「......」
「邪魔するなよな。イイトコだったんだからよ。」
「す、すまない...」
「本気で謝まる気なのかっ?!」
呆然と立ちつくす宗佑さんの襟首を掴んで郁太郎さんがひねりあげた。
「よく見ろよっ!日向子の顔、よく見てみろよっ!おまえはどういうつもりでここまで来たんだよっ!さっきの日向子の声聞いたんだろ?」
あたしは必死でシーツを持ち上げて身体を隠して二人を見ていた。
郁太郎さんの腕が降りると、宗佑さんがゆっくりとこっちに近づいて来る。あたしの目の前、ベッドの脇で止まる。がたがたと震える身体、止まらない涙。
「日向子さん、迎えに来ました。圭太が待ってます...僕も...」
あたしの肩に、宗佑さんのジャケットが掛けられる。
「大丈夫ですか?」
あたしは首を振る。
大丈夫なはずがない...怖かった、すごく怖かった。だけど、それ以上に郁太郎さんを傷つけるのが怖かった。そして、宗佑さんのことを想う資格を失うことが怖かった...
「ううっ...ぐっ...」
「日向子さん...」
下を向いたままのあたしを大きな腕がそっと包み込んでくれた。
「うえっ...うう...ひっく...ひっく...」
しゃくり上げるあたしの背中を何度も暖かな手で撫でられる。もう、安心していいよと言ってくれているように優しい。
「郁太郎...日向子さんが嫌がる限り...おまえには、渡せない...」
「それがおまえの本音なんだな?」
「ああ...すまない。」
「ふんっ、また、おまえか...オレはいつまでたってもおまえにはかなわないのか?それよりも惚れる女がこうも一緒なんてな...馬鹿らしくて、やってられないね。」
「郁太郎?」
「オレは帰るぞ。宗佑、ここの支払いぐらいしておけよな。」
「おいっ!」
ばたんとドアを閉めて郁太郎さんは出て行った。
あたしと宗佑さんは、静まりかえったホテルの部屋に、残された。

          

ほっとして頂けましたでしょうか?
郁太郎、そこまで鬼畜じゃなかったのね?(それ以上の場合はサイトを変えなくてはなりませんでした。)
今回短かったですが、さて、クライマックス?