月がほほえむから

19.あなたの腕の中…

郁太郎さん達が帰った後、喜び勇む圭太くんをなだめて本をよんであげて、このままここで一緒に寝ようねって、圭太くんの布団に一緒に入った。
ようやく寝息を立て始めた圭太くん。だけど宗佑さんはまだ部屋に戻ってこない。


「まだ寝ないんですか?」
宗佑さんは、居間の低い窓を開けて、前見たときのように片膝を立てて、日本酒を飲みながら外を見ていた。あたしはやっぱり眠れなくて、ここまで来ていた。
思わずぶるっと震えてしまう、外からの冷気に身体を震わせて外を見ると...
「あ、雪...」
もう3月になろうとするのに...
「菜月ちゃんね、4月の初旬生まれって言ってたでしょう?」
そういえば、だから菜月なんだって。
「菜々子が亡くなったのはちょうどそのぐらいだったんです。3月も終わりになろうとするのに雪の降る日で...」
外を向いたままの宗佑さんの側に、あたしはそっと膝をついて座った。
「すみません、ちょっと思い出してしまいました。」
一度目を伏せて、また宗佑さんは外を眺めた。夜の街灯に照らされた雪は、外にでも出なければ触れることの出来ない別世界のようで、話す言葉をためらったあたしは、ただ二人でそれを見つめているしかなかった。
「嫌じゃないですか?」
ゆっくりとあたしの方を見た宗佑さんがすまなそうに聞く。
「あたし、奈々子さんのことを大事そうに話す宗佑さんが好きです。だから...」
宗佑さんはもう一度外を見ると窓を閉めた。
「日向子さんは...どういうつもりで圭太にあんなこと言ったんですか?」
「え?それは...」
卒業したらって、話のことなんだろうなぁ。急に話を切り替えられて、あたしはどぎまぎしていた。
あの時ははしゃぐ圭太くんに宗佑さんも何も言わずに黙ってしまったからあたしいいのかなぁって思ってしまったんだけど...
「駄目、なんですか?」
反対に返してみる。宗佑さんは、あたしとのことは、ずーっと先のことだと言った。修習が1年半、それから就職して落ち着くまで、いくら先でも待つからと...でもいったい、何年先を見てるんだろう?宗佑さんは大人だから平気かもしれないけど、圭太くんも不安だし、あたしだって不安になる。ここに帰ってきていいって証が欲しい。今まで手に入れられなかった幸せな家族って言うのを、あたしは大切にしたいって思ってる。
「駄目とかでなく...そんなことしたら、日向子さん後戻りできなくなるでしょう?それに、修習はすごく大変だと聞きます。今から色んな人に出会って、あなたは成長していく。自分の決めた道を、真っ直ぐ...いずれはと、僕は言いましたが、もし日向子さんが他に好きな人が出来たら、その時は気にせずその人の胸に飛び込んで欲しい。子持ちのヤモメの僕のことなんか気にしなくてもいいから、だから...え?」
あたしは宗佑さんの胸にしがみついた。
いやだ、ホントにこの人は...何言い出すかとおもったら、好きな人が出来たらそっちに行けって?そんな相手に結婚申し込んだわけ?それに答えたあたしの気持ちはどうだって言うのよ。
「宗佑さんは、あたしと、結婚したくないんですか?」
「いえ、それは...」
「だったら何でそんなこと言うんですか?」
「だから、いずれって言ったじゃないですか!圭太のために結婚したとしても、僕は、ずっと我慢できるほど聖人君子じゃないんだ...」
珍しい...宗佑さんが声を荒げるなんて。でも、我慢って?
「えっと、何を我慢するんですか?」
「日向子さん」
ため息をつきながらあたしは宗佑さんの胸からはがされる。
「結婚するって意味、判っていってるんですか?」
「そんなの判ってるに決まってるじゃないですか!あたしは宗佑さんのお嫁さんになって、圭太くんのお母さんになってここに一緒に住んで、家族になって、それからいつか宗佑さんの赤ちゃんを...あっ...」
赤ちゃんをってことは...つまり、そういうことをすることで...あの日ホテルでされたことはほんのさわりだって判ってる。判ってるけどしたことないもの!
男の人って、やっぱりシタイんだよね?郁太郎さんなんてモロ正直だから、あれが普通だとしたらすっごくシタイんだよね?でも宗佑さんはすごく冷静で、あの時だってあたしだけ訳がわからなくされたような気がするもの。平気だったわけじゃないの?
「あのう、我慢してたんですか?」
「してないように見えますか?」
あたしは思わずぶんぶんと縦に頭を振った。だって、いっつも余裕だものね。鍵開けてても全然入ってこないし、だからやっぱり平気なんだって思ってたんだけど...
「たとえば、日向子さんがこんなに側にいるのに、触れられないのは辛いです。」
「どうして触れないんですか?」
「触れるだけで済まなくなるからですよ。」
「じゃあ、お部屋に戻ってこないのも?」
「ええ、同じ部屋にあなたが眠っていると思うだけで生理的に辛いですね。」
「そ、そうなんですか?」
生理的にって意味がわからないんだけれども...
「でも間に圭太くんが居ますし、寝ちゃえば同じじゃないんですか?」
「ふっ...眠れなくなるから困っているのでしょう?こうやって酒でも飲んで、何も考えられないほど眠くなるのを待つしかないんですよ。」
そう言えば前飲んだときも、朝まで部屋に戻ってこなかったものね。
「そうなんですか...じゃあ、やっぱり自分の部屋に戻ります、あたし...」
あたしは立ち上がろうとすると、その手を掴まれた。
「お願いですから、鍵は閉めてくださいね。」
「どうしてですか?あたしは閉めません。朝圭太くんが飛び込んでくるときかかってたら可哀想じゃないですか?」
あたしは腰に手を当ててちょっとえらそうに言ってみる。子どもからすれば、鍵のかかった部屋なんて拒絶されてるって思ってもおかしくないものね。
「日向子さん...」
またため息をついた宗佑さんの腕が伸びてきた。
「はい?...っん!!」
一瞬からだがどうにかなったのかと思った。立ち上がりかけたのに、引き落とされ、そのまま反転させられて宗佑さんの腕の中で、唇を塞がれていた。
あたしの中に入り込んでくるキスは、日本酒の匂いと味がして、思わずくらっときてしまった...
「ん...んっ」
絡め取られていく...でも、怖くないもの、宗佑さんだったら...そりゃ緊張はするけど、なんか、脳みその中が沸騰して、身体が触れられたところがとろけそうになってしまうほど熱く感じる。
思わず握りしめていた宗佑さんのパジャマを離して、その手を伸ばして、宗佑さんの身体にゆっくりと回した。
そのとたん、びくっと跳ねた宗佑さんは、今度はすごい勢いであたしを引き離して、すっごく辛そうにあたしから目をそらした。
「だからっ!側にいたら抱きたくなるでしょう!?あなたは、ただでさえ無防備なんですからっ!」
いきなり引き離された部分がぽっかりと空洞になって冷えていく。やだ、なんか寂しい...離れていたくない。なのになんで怒るの?
「怒らなくったっていいでしょう?あたし、そのくらいの覚悟できてます!」
「あのね...」
ため息を、またつかせてしまった。あたしって、そんなにおかしなこといってる?
「1年半の修習がどれほど大変か判ってますよね?その間ちゃんとここに戻ってこれるかどうかも保証できないでしょう?」
「それは、まあ...」
1年修習先はまだ判らない...遠くになるかもしれないもの。だから、あたしも不安なんだけれども...
「圭太に、簡単に口約束出来ないですよね?どうなるか判らないのに...それに、僕だって...今、日向子さんを抱いてしまったら、辛いんです。あなたに、何もかも捨ててここに、側にいて欲しいと言ってしまいそうになる。あなたはちゃんと自分の夢を追ってるのに...途中で投げ出してしまった僕には、そんなこと言う資格は無いのに...これから先、あなたの側に居るだろう男性すべてに嫉妬してしまいそうになる。それならば、いずれあなたが戻ってきてくれたときに、一からはじめられるように、僕は待っているしか出来ない。僕は...しがない食堂のオヤジで、子持ちで、将来有望な日向子さんにはふさわしくないんですよ?もっともっとふさわしい人は今からいくらでも出てくる。それでも、あなたが、いいとおもってくれるなら、待ってますから、だからそれまでは...」
「あたしだって...不安です。」
そう、あたしだって、不安だもの。初めて好きになったのがこんな大人の男性で、あたしは自分に自信なんか無いし、きっとあたしがここから居なくなった間に、他にもっと落ち着いた女性が現れるかもしれないじゃない?
「不安だから、がんばれる証が欲しいの。形で欲しいの。1年も2年も待ってられないの!ここが、あたしが居ていい場所だって、そう証明してよ!宗佑さんが、ほんとにあたしでいいって思ってるなら、証明してよ!でないと、また不安で...どうなっちゃっても知らないからっ!本当に他の人のモノになってもいいの??他の人に、あたしの意志以外で抱かれても?」
「そ、それは...いいわけありません。」
「あたしだって、宗佑さん以外嫌だもの、だから...」
にらみ合いが続く。あたしだって引かない。ううん、引けないよ。
「ほんとに...後戻りできませんよ?」
「はい。」
「離れてても、僕の物だって、証明してもいいんですね?覚悟は出来てるんですね?」
「で、出来てます...」
宗佑さんはあたしを抱き上げると、そのままあたしの部屋へと入っていって、鍵をかけた。



朝まで...その鍵は開けられることなく、圭太くんが、あたしの名前を叫ぶ頃には、あたしは宗佑さんの腕の中で、何も着ていないまま目を覚まして...すっごく恥ずかしくって、顔を上げられないで居たら、『おはようございます』ってキスをされた。
身体が上手に動かなくって、結局宗佑さんに服を着せて貰って、心配する圭太くんに廊下で『日向子さんは今日は熱があるからゆっくり休ませてあげなさい』と告げていた。
あたしは、痛みと、だるさと、それ以上の甘さを抱えたまま、昼過ぎまで動けずにお布団の中でぐったりと寝込んでしまっていた...

          

すみません、やっと進みましたが…(涙)
ここでは書けませんでした!これが限界(笑)
詳細は別サイトで頑張ります〜〜
次回最終回です。