月がほほえむから

4.帰省してみたものの...

お正月、あたしは珍しくゆっくりできた。
だって今まではバイト入れてて、大変だったんだもの。お母さんにも今居るところの説明をするとすごく喜んでくれた。
「都会にもいい人が居るんだねぇ...」
すっかり身体を弱らせた母は、仕事も休みがちだと言う。早く資格取って、楽させてあげたいって思った。
父が早くに亡くなった後、母は女手一つで苦労のし通しだった。実家には兄夫婦がいて戻れずに、近くにアパートを借りて、幼いあたしを祖父母に預けて働いていた。その祖父母も小学校低学年の頃に相次いで亡くなり、兄嫁にあたしを預けられずに、そのまま家に置いて仕事にでていた。待ってるだけでは母に申し訳ない気がして、家事全般を覚え、おかげさまで節約主婦としては一級品だと思う。八百屋のおばちゃんにまけさせ、魚屋で簡単な魚のさばき方も教わった。あとはTVの番組の特集をこまめに見てはメモして、節約術を手に入れたと思う。
こんなあたしだから、親戚達からはしっかりしたいい子だと褒めちぎられ、同級生からは貧乏人とさんざん馬鹿にもされた。中学に入るまでは私服だったから、母が実家からもらってきた従兄弟のお下がりの服では可愛くできるはずもなく...そして、中学に入って制服を着る頃には本の読み過ぎで、すっかり視力が悪くなってしまって、めがねをしなきゃならなくなった時は悔やんだわよ。高いんだもん、めがねって!だからフレームを選ぶ時に、一番丈夫なのにしたら、このセルのごっついめがねになったってわけ。すでに7年目、確かに丈夫だったわ。
「そうそう、そこにハガキ置いてるからね。」
母に言われて見てみると中学時代の同窓会案内だった。1月3日午前11時から。
幹事をやってる女の子は宮田瑛子、成績を争って、同じ高校に進んだ唯一友達らしい子だったので、前もってあることも聞いていたし、来れたらおいでよとも言われていた。
(どうしようかな...)

お正月初日はそれこそ母と母の実家に挨拶にいって、そのあと簡単に初詣を済ませて家でのんびりしていた。2日目もたいしてすることなく、家にいたけれどもさすがに食料品の買い出しにと思って昼過ぎに家を出て近所のスーパーに出掛けた。正月は何かと高いから買い物するのも億劫になるなぁ...
「あれ?もしかして田辺さん??」
スーパーに入ったとたん声をかけられたのは、髪の色の明るい、背の高いボーイッシュな短髪のおねえさん。
「は?」
あたしは誰だって顔して見てたと思う。
「もう、変わんないいわね。あたし、日根よ、日根尚子。」
あ、小・中学の同級生だ。あんまり目立つタイプの子じゃなかったのに...うわぁ、すっごく変わってる!ローライズのジーンズにふわふわのパステルのハイネックのセーター、その上からはざっくりとコート。耳にはピアスが1、2、3...たくさん。
「日根さん...?」
「あたし見た目変わったから、わからなくていいよ。でも...田辺さん、あいかわらずって言うか、昔とちっとも変わってないじゃない?東京の大学に行ったって聞いてたけど、かわらないんだ...あ、これは悪い意味じゃないからね?いい意味でね、なんか、安心って言うかほっとした。」
「そ、そう?」
あたしはそんな風に言われたことなくて、ずいぶんと眉の間に皺がいってたとおもう。
「あたしね、今美容師の見習いやってるんだけど...明日の同窓会いくよね?」
「まだ決めてないけど...」
やけに元気で明るい日根さん。彼女こんな性格だったっけ?人間見た目も変われば中身も変わるんだろうか?
「じゃあ、行く気にさせてあげる!」
「はぁ?」
あたしはにこやかに笑う彼女をじっと見た。
「カットモデル、やってくんない?田辺さん髪解いたら長いでしょう?できればカラーリングもさせてもらえれば...その剛毛、触ってみたかったんだ。」
剛毛って...確かに解くと跳ねて大変なんだけど...
「あの...カットモデルって?してもらうと高いの?」
「ぷっ、何言ってるの?モデルだからタダだよ。その代わり店が終わってからだから...今日は正月営業で6時頃からだけどいい?あたしは今日と明日お休みもらってるんだ。」
あたし、断り切れなかった。
というか、彼女みたいに見た目変えれば中身変わるんだろうか?って思ってしまった。
あの、亡くなった奥さんの部屋にあった、あの女らしい服が似合うようになるんだろうか?あれだけの服、着れないのももったいない気がして、でも今のあたしには絶対に似合いそうになかったから。



「あんただれ?」
あたしを見て真っ先にそう言ったのは幹事の瑛子だった。
「田辺日向子だけど?」
唯一卒業後も連絡してた彼女とは、まあ、言うなればライバル?成績の1.2をいつも争っていた。もちろん高校も同じ進学系の公立高校に進んだ。大学はお互いの希望する道が違って東と西に別れたけどね。でもしょちゅう電話するって言うほどのべたべたした関係でもない。
「気でも狂った?」
「狂ってないよ...昨日日根さんに会って、タダだって言うから...」
「日根?ああ、尚子ね、あの子美容師目指してるからね。」
「お、おかしい?」
昨日は日根さんにたっぷりと褒められた。『これがあの田辺さんだなんて誰もわからないわ!』と...でもこのダサイ服装ではあたしだってすぐわかると思んだけど...
「髪型OK、服は物はいいんだけどそのジーンズはね...それにそのめがねは完全NGね。どうにかならなかった?」
コートだけはましかもしれない。奥さんのタンスから借りて、この冬着させてもらってる物だ。セーターも茶色のタートルのセーターで質はいいと思う。ただし下に履いてるのは履き古したジーンズだったから。
「こっちに服なんか置いてなかったし、よそ行きの服なんて持ってるわけないもん。めがねもこれ一つだけだから。悪い?」
「悪くわないけどね、突然色気づいたのかと思ってね...」
まさか...
でも確かにそう言われてもしょうがないか?中学高校と三つ編みで通した黒髪は明るく栗色に色抜かれ、多くてもたついた髪は軽くすかれていた。長さはまあ、肩よりもちょっとあるんだけどね。昨日の夜は軽くて寝やすかったので驚いた。肩も凝らないし。
まあ、三つ編みの利点はいくらのびてもOKだったんだけど。散髪には長らくいってなかったから、思わず助かったんだけどね。
「あ〜〜!いたいた、田辺さん!」
駆け寄ってきたのは昨日お世話になった日根さんだ。
「やっぱり昨日と同じ格好だ!これ、してみて?」
そう言って差し出したのはぶっといベルト。
「これすればちょっとはローライズっぽく見えるから、貸してあげる。」
そう言うとジーンズの中に突っ込んでいたセーターを取り出して器用にベルトを巻いてくれた。
「まあ、見れるわよね...その靴は最低だけど。」
薄汚れた靴を見て、諦めた顔をした瑛子に、ようやくOKをもらい、あたしは同窓会の会場に入った。


(うるさいなぁ...)
周りで話してる内容はおしゃれのことだったり芸能界のことやドラマの話ばっかり。大学の話や自分が取ってる講義の話しなんかしないんだろうか?
最近、あたしが話すのと言えば...圭太くんと保育所の話しや(仮面ライダーとか、ああいった番組の話はわかるようになった。)女将さんとする主に料理の話とかが多いかな?一番自分に近い話題だからしょうがないかな?
で、宗佑さんと話す時って言うのが、その、何とも言えないんだよね。
まず無駄に話さない人だから、あたしもあんまり話題がない時は無理に話しかけずに同じテーブルでお茶を飲んでるぐらいなんだよね。で、時々政治の話や、法律の話をするとちゃんとこっちの意見を聞いてくれて、あたしが『宗佑さんはどう思いますか?』って聞くとすごくしっかりした自分の意見で答えてくれる。ほんとに、知性と教養にじみ出る人だよ。それに、優しいし...あたしみたいなのでも女の子扱いちゃんとしてくれて、いつもちゃんとした格好で居てくれてるので助かってる。お風呂上がりだってちゃんとパジャマ着て出てきてくれるんだもん。よくお父さんが下着姿でうろうろしてるって聞くじゃない?あたし、お父さんの記憶はほとんどないから、男の人ってすっごく苦手なのよね。だけど宗佑さんはすっごく安心出来る人なんだよね。やっぱ圭太くんのお父さんだからかな?
それに比べて...
(うるさい。)
半強制的に瑛子にめがねを奪われて、あたしは裸眼のまま、半眼で睨むようにして周りを見てると思うの。なにやら昨日日根さんが顔をいじってたみたいで、眉も一文字の男らしい眉じゃなくなってるけど、化粧はしてない。瑛子にリップは塗られたけど、おかげでコップについて気持ち悪いよ。
「なあ、ホントに田辺なの?すっげ、変わるよなぁ。」
「それを言うならあたしの腕も褒めてくれる?」
ちゃっかりとあたしの隣に居座って、あたしがやったのよと自慢げに言う日根さん。まあ、構わないけどね。
「お堅い成績優秀の田辺さんがこんなに可愛いんだったら今のうちにつば付けとかなきゃね?ね、こっちにいつまで居るの?明日オレとデートしない?もしよかったら東京に遊びに行った時アパートに寄っていい??」
目の前のこの男、誰だかわからないんだけど...
「今夜の夜行バスで帰るし、うちのアパート火事で焼けて、今食堂に住み込んでるから、来てもお金払ってご飯食べてもらうしかないよ?」
あたしは真顔でそう言った。だって、来るって言っても、店に来たらそうするしかないんじゃない?
「ちょっと、日向子(この席に座ってから呼び方が急に変わった)中谷くんに悪いよ...」
日根さんがあたしの袖を引っ張る。中谷?ああ、中学時代サッカー部でやたら騒がしかったあの中谷くん?
あたしの目は相変わらず睨んだような目で、なんにも見えない。だから中谷くんがどんな顔してこっち見てるのかなんてテーブルの向こうじゃわかり辛い。
うう、目が辛いどころか頭まで痛くなってきた。向こうから誰かが近づいてくるのがおぼろげな影だけでなんとかわかた。
近づいた影は、あたしのおでこをぺしっと叩いた。
「日向子、これ返してあげるけど、もうちょっとまともなめがねにしなさいよね。今なら新春セールで少し安くなってるわよ。最近はめがねも安くなってるんだからね。」
瑛子にそう言われてめがねを受け取ったけれども、あたしは愛用のめがねを手放す気はそのときは全然なかった。



1月4日、朝早くに東京に着いてしまった。戻る時は年末だったので電車しかなかったけど、帰りは早くに夜行バスを予約しておいた。だって安いんだもん。けれども朝も早すぎて食堂に戻るにしてもどうしようかって時間。しかたなくぶらぶらとしていたけど、何となく足が重い。今日の夕方まで前の従業員さんっって人がいるんだよね?部屋は客間を使うからって言われてたけど、せっかく圭太くんが楽しみにしてたんだからあんまり邪魔しちゃ悪いと思いつつ、足は自然とそっちに向かっていく。
あたしが帰るとこは、東京じゃここしかないんだもん...

「あの、ただいまです。」
そっと裏口のドアを開ける。
「ひなこっ!」
「きゃっ、け、圭太くん??」
飛びついてきたのは圭太くんだった。

          

えっと、なんの進展もない帰省でした。いや、日向子はすこうし変わりましたけどね。
亀以下になりそうなこの展開。お許しくだされ〜〜〜