月がほほえむから

6.なんでなの?


宗佑さんの言ったことは半分、ううん、半分以上当たってたことに気がついたのは大学が始まってからだった。

「田辺さん、お昼一緒に食べない?」
「お昼?お弁当持ってきてるんだけど...」
「え、もしかして手作り?いいなぁ...よかったらそれ食べさせてくれない?代わりに食堂の何でも奢るよ。」
「...結構です。」
だって学食あんまりおいしくないんだもん。顔しか知らない今まで話したこともない同じ学部の子に言われてもなぁ...
「ねえ、合コン人数足りないんだけど行かない?」
「いかない」
「会費いらないから、ね?」
「...何時から?」
「6時からだけど?」
「じゃあ、無理。」
夜のごはんして圭太くんに食べさせなきゃいけないもの。いくらただで飲めてもね。
「ね、田辺さん、講義終わったらお茶しない?」

なんでこんなに周りがうるさいのよ!年末までは静かだったでしょうが。
「おっ、日向子ちゃん、ずいぶんと急に綺麗になったなぁ。うん、その方が可愛いよ。めがねも新しいの似合ってるぜ!前のも個性的でよかったけどな。思わずデートしたくなるなぁ。」
「はぁ...郁太郎さん、相変わらず口うまいですね。」
「いくたろ、ひなこはだめだぞ。おれんだからな!」
保育園の帰り道、またまた暇そうにしてる郁太郎さんに捕まる。今日はなんだかんだ言いながら店までついてきてる?
「ただいま〜〜!」
圭太くんが元気に店の中に飛び込んでいって、女将さんと宗佑さんに今日の出来事をお話ししてる。あたしはさっき一通り聞いたんだけどね。
「宗佑、日向子ちゃんちょっと借りていいか?」
「へっ?」
いきなり腕掴んで、なんですか??
「ちょいと郁太郎、日向子ちゃんは今から夕飯の支度があるんだよ?」
「女将さん、たまにはいいじゃないの。日向子ちゃんだってまだ若いんだから。そんなことばっかりさせられてたら腐っちゃうよ。オレもこんなに可愛いんだったらもっと早くにデート誘うべきだったよなぁ。」
何言ってるんですか?
「そうだね...それは気にしてたんだけど。」
お、女将さん??
「じゃあ、決まりだな。どこ行く?映画?食事?それとも飲みに行く?」
「ちょっと待ってください!あたし行きませんよ?」
そう返事したとたん圭太くんがひなこ〜と叫んで飛びついてきた。
「何でみんな急に誘うんですか?お茶だのお昼だの合コンだの...しまいには郁太郎さんまで!あたしはそんなの行きたくないですっ!圭太くん、お買い物に行こっ!今日の晩ご飯はハンバーグにしてあげるからね。」
あたしは郁太郎さんの腕をふりほどいて圭太くんと手を繋ぐとそのまま店をでようとした。
「じゃあ今日は諦めるけど、週末、誘いに来るから逃げるなよ?」
「うっ、い、郁太郎さん...?」
いつになく真剣な顔の郁太郎さんって...もとがきつめのつり目に細い眉、一昔のヤンキー風だから、宗佑さんと同い年には見えないほど若くも見えるけど、結構もてる顔だよね?
「オレはもう遠慮したり、気つかったりして後悔するのは嫌なんだよ。」
どういう意味かわからなくて、あたしじゃない方を見てる郁太郎さんの視線の先を見ると、宗佑さんがいつもの穏やかな顔を少しだけ眉を寄せて笑うに笑えないと言った表情で郁太郎さんを見ていた。
「じゃ、日曜の10時、迎えに来るから少しはまともな格好しとけよ。」
「あのっ...」
反論する間も与えず郁太郎さんは出て行った。
あたし、郁太郎さんと出かけなきゃ行けないの?思わずもう一度宗佑さんの方を見るとすっと視線をはずされてしまった。
「あ...」
どうすればいいんだろう?あたし郁太郎さん嫌いじゃないけど苦手だよ。強引だし、あたしの意見も関係なしにどんどん話し進めちゃうし、あたしどんな反応していいかわかんないし...
だって、男の人と出掛けたことなんてなかったもの。この間はじめて圭太くんと一緒に宗佑さんと出かけたのがはじめてぐらいで、二人でなんて絶対無理だよ?こんなんだったら髪型変えるんじゃなかった。めがねも変えるんじゃなかったよ...
「ひなこ、いくたろうとどっかいくのか?」
「え?ううん、行かないよ。でも、もしまた誘いに来たら...そうだ、圭太くんも一緒に行く?」
「おう、ぼくもいくぞ!」
「じゃあ、とりあえず今から買い物行こう?女将さん、いってきますね。」
「日向子ちゃん、ホントにいいんだよ。たまに遊びに行ったりするぐらいさ、うちのことは気にしなくてもいいからね、他でも十分助かってるんだから、あんたも若いんだし...」
すまなそうな女将さんの声が背中から追ってくる。あたしは聞こえないふりしてそのまま圭太くんと商店街に向かった。
なんだかすごく気分がもやもやとしてて...朝からイラだつことばっかりだけど、郁太郎さんにも腹が立つけど、だけど...知らず知らずのうちに宗佑さんに助けを求めていたのに、なのに視線をはずされてしまったことの方がショックだった。
やっぱりあたしは避けられてるっていうか、無視されてるっていうか、きっとこんな娘と関わるのが面倒なんだろうね。なのに子供が懐いてるから形式上優しく接してくれてるだけで...すごく優しそうに見える宗佑さんがとても冷たく思えてしまった。
(椎奈さんと居る時と全然違うじゃない!そりゃ、あたしなんかとは比べられないだろうけど、でも...)
イライラしていたあたしは思わずお肉屋さんで叫んでしまった。
「合い挽き500gねっ、おじさん!」
その勢いに押されたのか帰り道あたしと圭太くんの手には揚げたてのコロッケが握られていた。



「ホントにきたの?」
「ちゃんと約束しただろ。」
週末の約束の時間15分前に、ちゃっかり店に現れた郁太郎さんは、いつもの普段着じゃなくてジャケットにセーター、チェックのスラックスなんか履いちゃって年相応に見えることこの上ない。髪だってぼさぼさじゃなくってちゃんと整えられてる。
もしかして...この間言ってたの本気だったの?
「なんだよ、その格好は...おまえにはおしゃれするって気はないのか?」
「わ、悪かったわねっ!」
あたしはいつものトレーナーにジーンズといったラフな格好で圭太くんとコタツにいたのだ。一応勉強なんぞしながら圭太くんと日曜の午前中をぬくぬくと過ごしていた。もちろん朝ご飯のあとは少し店を手伝ったんだけど、この時間帯は暇だし、圭太くんが寂しそうに一人でテレビ見てたから部屋に戻らせてもらったんだ。休みの日、一人で見るテレビってだんだん寂しくなるんだよね。週明けにはクラスの子がどこそこに行ったとか話してて、うらやましくってもそんなことは一言も言えなかった。行けるはずがない動物園、遊園地、水族館...母親が土日も仕事してたからあたしもこうやって日曜はテレビ見て過ごしていた。コタツは高くつくから毛布にくるまって勉強する以外何もなかったから勉強しながらテレビだけ付けて寂しさを紛らわしていた。
だけどこうやって同じ部屋に誰かが居るだけでもずいぶんと気持ちが違うんだもんね。
「着替えて来いよ、行きたいとこどこでも連れてってやるからさ。」
「どこでも...って、ほんとに?」
あたしは思わず立ち上がった。着替えるって言ったってまともな服なんて持ってない。またまた奥さんのタンスから服を借りる。暖かいツイード生地のジャンバースカート。もしかしたらマタニティ用かもしれないけど構わないや。サイズちょうどだし、あったかそうだし。

「おまたせ、圭太くんもこれ着て、はい。」
あたしは圭太くんにもジャンパーを着せて帽子を被せ、マフラーでぐるぐるにまく。あたしも完全防寒スタイル。
「日向子ちゃん、まさか...?」
「あたし、圭太くんと一緒に遊園地に連れて行って欲しいの。」
しっかと手を繋ぎ合ったあたし達を見て郁太郎さんはがっくりと肩を落とした。
「なぁ、自分デートに誘われてるって自覚ないだろ?ったく...はぁ、こんなお子ちゃまにオレは...」
ため息付きまくりの郁太郎さんを余所に、遊園地と聞いた圭太くんは小躍りしてるし、厨房からその騒ぎを聞きつけた宗佑さんが顔を見せた頃には、圭太くんの目はきらきらと輝き遊園地へと心が飛んでいってしまっていた。
「とうちゃん、いくたろがな、ぼくとひなこをゆうえんちにつれていってくれるんだぞ!いいだろ?な、とうちゃん!」
自慢げに言う圭太くんを宗佑さんが厳しい目つきで睨み付けた。
「圭太、今日は我慢しなさい。今度父さんが連れて行ってやるから。」
声は低く今までの宗佑さんじゃないほどで...いつもの穏やかな雰囲気は余所にとても張りつめた空気をまとっている。圭太くんはいつもと違う父親の雰囲気に、一瞬怯んで脅えた表情を見せた。
なんでいけないの?圭太くんも一緒じゃいけないの?あたし、圭太くんと一緒じゃなかったら断るつもりなのに。何でそこまであたしと郁太郎さんを二人で行かせたいわけ?
「やだっ!とうちゃんにちようやすみじゃないもん。いままでいっかいもつれていってくれたことないじゃないか...いきたいっ!!」
当然のごとく圭太くんが逆らう。そりゃそうだろう、だって圭太くん遊園地のコマーシャル見ても行ったことないんだって寂しげに下向いてたから...あたしも、そんなおもいしたことがあったから...大きくなってから学校から遠足とかで行ったけど乗り物に乗るお金が惜しくってあたしはじっと乗り物だけ見ていたんだもん。
「だめだっ!言うこと聞きなさい!」
いつになく厳しい宗佑さんの言葉。あたし思わずカチンときちゃった。
「なんで圭太くんを叱るの?あたしが一緒に行こうって言ったのよっ!圭太くんが一緒じゃなきゃ行く気になれないわよ!なんでそんなに郁太郎さんに気を使うのよ?あたしがいつ二人で行きたいって言ったの?あたしは圭太くんと行きたいのっ!宗佑さん一度も連れて行ったげたことないでしょ?出来ない約束を子供にしてその場をしのぐなんて親として最低っ!」
あたしは圭太くんをぎゅっと抱きしめるとそのまま抱き上げた。
「郁太郎さん、あたしは圭太くんと一緒じゃなきゃ行きません。だからあたし今から圭太くんと遊園地行ってきますから、ごめんなさい。じゃ...」
あたしの言葉に傷ついたのか、呆然と立ちつくす宗佑さんをちらっと見てから店を出た。
とりあえずお金は少しあるから何とか連れていってあげれる。うん、あたしが連れて行ったげるからね、圭太くん。
「ひなこ?いいのか?とうちゃんとけんかしたぞ?」
「いいのよ、あたしは圭太くんと行きたいんだから、ね?だから二人で行こう?」
「ほんとに...いいの?やった〜!ひなこだいすきだよ!」
あたしの首にぎゅって抱きつくモコモコの圭太くん。
「オレも大好きだから一緒に行かせてくれよ。」
後ろから追いついてきた郁太郎さんの声がした。
「いくたろ?」
「オレもそんな日向子ちゃんが大好きだよ。だから今日は二人をオレにエスコートさせてよ。」
車を取ってくると行って郁太郎さんは駆けていった。
今、なんか大好きとか言われたような気がしたけど...あんまり深い意味はないよね?
あたしたちは冬にしては暖かいその日を遊園地で過ごすべく出発した。



「あ、圭太くん寝ちゃったね?」
いろんな乗り物に乗りまくって、園内を走り回った圭太くんはとうとう疲れ果てて郁太郎さんにおんぶされていた。
「圭太もだけど、日向子ちゃんも楽しそうだったね。」
「あたしね、母と二人だったから遊園地なんて行ったことなくって...子供の時、行ってみたかったんだ。それで思いっきり遊んでみたかった...だけど大人になるとそれが出来ないんだよね。今日は圭太くんと一緒だったおかげで、あのころに戻って心から楽しめたわ。郁太郎さんも無理に付き合わせてごめんね。」
「いや、かまわんよ。二人見てたら楽しかったよ。たぶん...宗佑が来たかっただろうけど、その役オレが取っちまった。」
「いいんですよ。結構わからず屋なんだってわかりました。宗佑さんって優しそうに見えるけど結構冷たいんですよね、ほんとに...」
「ホントにそう思ってる?」
「え?」
「オレは今日のこの役を宗佑には譲りたくなかった...正月に3人でデパートに買い物行ってただろ?オレもオヤジが欲しいものあるからって行ってたんだよ。」
暮れかけた夕陽が郁太郎さんの顔に影を作ってどんな顔してるのかよくわからなかった。
「家族に見えたんだよ。3人がとても仲良さそうに歩いてた。オレは...その場から日向子ちゃんだけ引き剥がしたくなったんだ...」
駐車場までの細い道、あたしはなんて返事していいかわからないままその後ろをついていた。
「オレももう30でさ、結婚に失敗して、一人で毎日寂しいわけよ。遊ぶ女なんていくらでもいるけど、本当に欲しい物なんて一度も手に入ったことはないんだ。オレは...菜々子、宗佑の死んだ嫁さんをずっと、思ってたんだ。そんなオレに前の妻は呆れて出て行ったよ。菜々子が死んで、彼女のことをちっとも忘れられてなかったことにオレも気がついてたさ。そしてやっといいなぁって思えた子が出てきたらお腹に赤ちゃん居るって聞かされて、思わず宗佑の子か?なんて疑っちまったけどな。宗佑が本気で椎奈ちゃんと一緒になるつもりなのはすぐにわかったから、オレはまたなんにも言えなかった。だけど、今度はもう遠慮なんかしない。オレは日向子ちゃんがいいって思ったからには、後悔しないようにどんどん迫らせてもらうからな。たとえ歳があいててもオレは全然気にしないから。見かけはともかく中身はちゃんと自分で生きていく方法を知ってる子だからな。そりゃ見かけも全然色気づいてないから、迫り倒すのはもっと先だと思ってたけど、正月すぎてからの日向子ちゃんは一皮むけたからな。十分大人だろ?きれいになっちまって、他の男の目もあるから、手出される前にオレが出しとくの。わかった?」
「そんな...あたし、見かけが少し変わっただけで、他はどこも変わってません!」
「いや、日向子ちゃんはここに来てからだど随分変わったよ。来た当初は余裕がなくってぎすぎすして、お堅い蕾も蕾、まるで子供だった。なのにだんだん笑顔が増えて、尖ってたとこもまあるくなったよ。オレは、そんな日向子ちゃんの笑顔を独り占めしたい。宗佑には渡したくない、そうヤツにも宣言しといたから。」
え?宣言って...宗佑さんになんの関係があるの?それにあたし、そんなに変わったかな?でももし変われたとしたら、それは圭太くんや女将さん、宗佑さんの優しさのおかげだ。前より勉強以外のことに手を取られてるはずなのに、すごく勉強に力が入ってるのも事実だし、痩せてがりがりだったのがちょっとふっくらしてきたかなって言うほど健康だし、精神的にもすごく落ち着いてる。あたしは欲しかった家族らしいモノに包まれて、きっと幸せだからだ。
でもその宣言のせいで宗佑さんはあんなに怒ったわけ?あたしの意志はどうなるのよ?
沸々と宗佑さんに対する怒りが湧いてくる。
「郁太郎さん、今のところあたしは誰とも恋愛する気にはなれません。あたしは、がんばって司法試験うけるんです。そのためにあたしは今あそこを出たくない。だから、放っておいてください。」
あたしは郁太郎さんの前に回ってその足を止めさせて言い放った。
「嫌だね、オレはもうなんにもせずに諦めたり、好きな女が誰かのモノになっていくのを黙ってみてたりはしないんだ。」
「そんな...郁太郎さん、勝手すぎます!!あたしは...」
「勉強したければいくらでも勉強すればいい。受かるまで生活も全部オレが面倒見てやる。弁護士になりたいんだったらオレんとこで事務所開いてもいい、いつ嫁に来てもいいからな。」
にかって歯を見せて笑うとまたスタスタと歩き出してしまった。あたしは呆然と立ちつくして動けなかった。
「日向子、置いてくぞ!早く来いよ。」
先に車にたどり着いた郁太郎さんは後ろの席に圭太くんを寝かせると助手席のドアを開けて車に片肘ついてあたしが来るのを待っていた。
「あの、後ろに...」
あたしは来た時と同じように後ろに乗ろうとして止められた。
「圭太寝かしてるから乗れないだろ?さっさと助手席に乗れよ。」
あたしは仕方なく助手席に乗り込む。
なんで...あたしなのよ?なんで?
「オレと結婚したら圭太みたいなガキいっぱい作ろうぜ。オレは作るのも育てるのも大好きだからな。」
「なんでっ!結婚なんかしません!!」
あははと笑った郁太郎さんはあたしの頭をぽんぽんと叩いた。
帰りの車の中、あたしの頭の中はぐちゃぐちゃで、整理できない状態で、その後郁太郎さんが何を話しかけても答えられないほどだった。

          

郁太郎の逆襲??郁太郎は宗佑の奥さんに片思いしてたんですよね〜ああ、書いてみたい『郁太郎の恋』(笑)そして菜々子と宗佑のお話...(書く気なのか?オイ...)
しかし、やっとの進展がこれでいいのだろうか?(謎)