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光の巫女
1
「もう、ジンの馬鹿!何であんなこと言うのよ〜〜!そ、それもよりによってナルセスさまの前で〜〜!!」
「俺なんか悪いこと言ったか?ミーア。」
「言ったわよっ!誤解されたらどうすんのよ!」
ぷりぷりと怒っている少女はミーア。腰まで伸びた柔らかい薄い金色の髪を震わせ、蒼い大きな瞳をこれまた大きく見開いて、目の前を歩く背の高い少年に怒りをぶつけてる最中だ。
「誤解されたっていじゃん。本当のことだし〜」
しれっとその怒りを受け流している少年の名はジン。腰に剣を差してるだけあって、細身の体つきの割りに鍛えられた雰囲気を持っている。15にしてすでに175フィーを越えようとしている、まだまだ成長期の少年だ。もうすぐ18になるミーアは彼よりも3歳上になるが、見た目の雰囲気では反対であろうと言われてもしょうがないだろう。
ミーアの金の髪と相反するジンの黒い髪に黒い眼は、暗い雰囲気を持ちがちだが彼の場合暗さは微塵も感じさせない。線は細いがその身長とあいまってミーアよりも年上に見れる落ち着いた、いや図太さが見えるがその口の悪さは折り紙つきだ。
ナルセス様というのはこの村に唯一ある教会の若き司祭様である。
見目も麗しく今のところミーアの憧れの人でもある。
「なんでジンはいっつもああ云う事言うの?ミーアはその、、、お、お、、、」
「俺の物?」
「だからっ、違うでしょ!あんたは弟みたいなもの、っていつも言ってるでしょうが!!」
ジンがすっとミーアに並ぶ。
すでに15フィー以上の差はある。ミーアはジンに見下ろされるのが気に食わないのだ。つい数年前まではミーアの方が見下ろしてたのだから。
「だってミーアを護るのが俺の使命だって、幼い頃からそうやって育てられたんだぜ?俺はミーアのものだからおそばにおいて好きにこき使ってくださいって、言ったのは俺の親父だけど...だったらミーアも俺のものでもいいだろ?やっぱ見返りもなくっちゃね〜」
「見返りって!もう、護ってくれなくていいから、二度とそんな事言わないでよね!いい?わかった!」
自分の頭の上から覗き込まれるのを悔しそうに下から睨みあげるとミーアはずんずんと家の方へ早足で帰っていく。その後を肩をすくめたジンがゆっくりついていく。
まあ、自分の行き先も同じだから急ぐことはない。
(ミーアはすぐむきになるんだからなぁ。まあそこが可愛いんだけどね。けどナルセス様って隙がなくって、司祭様って感じがしなくて、なんか引っかかるんだよなぁ。俺よりも背が高いってとこがまた気に食わない。なのにミーアの奴、夢中になりやがって...)
それでもジンは顔は負けてないと思ってるらしい。
ミーアはフォレス家の聖なる養い子だ。養父のガリュウと養母のナニィ、その二人の一人息子がジンだ。彼が2歳の時にこの家へやって来た5歳のミーアを命かけて護れと父に厳しく教え込まれて育った。その教えをすんなりと飲み込んだ彼は、上達する剣の腕と共に自然とおなじ屋根の下で暮す素直で明るいミーアに傾いていった。
ミーアを護らねばならない本当理由、それは彼女が教会の光の教えを導くとされている光の巫女の候補の一人だからだ。
慈愛に満ちた巫女の成長の為に、それぞれの候補は温かい家庭と、穏やかな環境、いっぱいの自然の中で成長するのだ。必ず、共に命をかけて身を護る事の出来る者と共に...。
ミーアの場合、それがジンだった。
自分の子を最高の守護者を育て上げる、それがジンの父、ガリュウ・フォレスの使命でもあった。彼は名だたる剣士の一人であった。この任務の為に心優しい妻を娶り里に下りここに居を構えたのだ。
実はミーアは前の養い親と、2歳年上だった守護者を火事で亡くしている。そのため急遽フォレス家へとやって来ることになったのだ。たいてい年上の守護者候補のもとへと送られるのだが、ちょうどのものがおらず、2歳のジンのいるこの家へと来ることになった。
そのため守護者候補としてのジンには、最初から2歳以上のハンデがあった。
それを良く知る父ガリュウは何倍もの速さで彼に総てを教え込まなくてはならなかった。天性の感と腕を持つ息子に舌を巻きながらも、14にしてすっかり父親の腕を越えてしまった彼を誰よりも自慢に思っていたのは他ならぬ彼だろう。
もっとも成長していくミーアを思う気持ちがその原動力なのは言う迄もないが、すぐに年下扱いされるのを嫌いここ数年で落ち着いた雰囲気(といううよりも図太さだが...)とその知識を習得して行ったのだ。
付け加えるならば、ミーアと行動を共にするには鋭い洞察力と忍耐と体力がいる。
まあ簡単いいうと「お転婆」「じゃじゃ馬」である。ジンが剣を習っていると自分もやるのだと剣を引きずってくるし、村の子供たちが秘密の洞窟を見つけたと言ってくれば、自分が連れて行ってもらえないとわかるとこっそり一人で行ってしまう。
「こんなんじゃとても光の巫女には成れませんよ。」
よく前の司祭様に説教されていた。
(光の巫女になれなければ...)
いつしかジンの心の片隅には、そんな想いが生まれていた。
光の巫女の守護者となれることは剣士としてもこの上なく名誉なことで、そのまま教会の聖守護親衛隊の隊長になることが出来る。それは剣士としての頂点に立つことなのだ。
ジンはそんなものには何も興味がなかったし、光の巫女候補だってたくさんいる。
皆が整った条件の中、教会の庇護を受けて各地ですくすくと育っているのだ。
(ミーアみたいなのはとてもじゃないけど巫女って柄じゃないよな?)
だけど...
彼女がどれほど真っ直ぐで、優しくて、太陽の陽だまりを持ってる娘だということはジンにも、父母にもわかっている。その生命力と真っ直ぐさがミーアの元気の良さの表れなのだ。
それが判っているから、ジンの心もミーアに寄せられていく。姉のような、妹のような、親友のような、恋人のような...ころころと変わるその表情、眩しいほど屈託のない笑顔。
初めて会った時のミーアの顔だけをなぜかジンは覚えていた。
ぽろぽろとこぼれる涙をたたえた空色の大きな瞳。
3歳間近かだった幼い彼はとことこと近寄っていき
「泣いたらダメらよ、おめめとけたうよ。だえがおこたの?ぼくがめ、したげうよ。」
そう言って慰めたという。
それ以来、ジンはミーアの前では泣いてないと思う。
ミーアが見てると一緒に泣き出すので泣けなかったのだ。
どんなに痛くても、剣の修行が辛くとも...
成長と共にジンの思いも苦しくなっていく。
おなじ屋根の下で暮せばいやおうにも実感してしまうこと。
自分が男であること、ミーアが女であることを...。
冗談のように気持ちを露にしていても、決して手を出してはいけない。
彼女が20歳になって、他の巫女が立ち、その必要性がなくなり、巫女の資格を失うまで彼女は神の花嫁足るべく純潔であらねばならないのだ。今の巫女様が力を失い、次代に受け継がれていくまでは。
(もう、ジンたらいっつも私をばかにして!3歳も上なんですからね、もっとこう、年上らしく扱ってくれればいいのに。昔はほんと可愛かったのになぁ...いつの間にか私よりも随分とおっきくなっちゃって、えらそうに色々言ってくれちゃったりして、もう!)
ミーアは昔は可愛かったはずの弟の成長がたいそう不満のようだった。
最近の態度は特にだ。突っ走るミーアと違ってジンは冷静に判断して動くし、きゃんきゃん吼えてもさらっと受け流されてしまう。
確かにミーアは見た目も行動も危なっかしい。ジンはほっておけないだけなのだが、ミーアからすると自分はもう充分大人なのに、まるで子供扱いされている。
それを憧れの司祭ナルセス様の前でやられると一番嫌だった。
「いつも仲がおよろしいですね。」
ジンと言い合ってだけなのに、ナルセスにそう言われてしまうのだ。
「ジンのあほ!」
歩くスピードと共に罵詈雑言が増えていく。
「スカタン、好き嫌いしてマァムにしかられた時、内緒で食べてあげたのは誰だと思ってるの?おねしょした時だって、いっしょにあやまったげたのだって〜〜」
心の中でぶつぶつ言ってたはずが口について出始める。こうなるともう収まらない。
家に帰ったらマァムに言いつけてやると息巻きながら道を急ぐ。
ミーアは養い親の二人を本当の親のように慕っていた。
彼女を本当の娘のように可愛がってくれる二人を愛情込めてマァム、パムと呼んでいる。幼い子供のように甘えて、ちょっと舌っ足らずに。
うちに着くと勢いよくドアを開ける。
「もう〜、マァム聞いてよ!ジンたらね、....」
一瞬息が止まる。ドアの中のその光景は...
「きゃあーーーーーーーーーっ!!!マァム、パム!」
ミーアは立ち尽くすしかなかった。
「あ...あぁ...」
「ミーア!どうした!?」
ミーアの叫び声を聞いてジンが駆け寄った。
「親父、母上!!」
震えるミーアの向こうにジンが見たのは、妻をかき抱くようにして共に床に伏せるように倒れている父親の血まみれの姿だった。
周りには十数体の剣を持って武装した男達の死体が転がっていた。
入り口には逃げようとした男の沈黙した体が横たわっていた。
ガリュウはたった一人で全員を切り倒し、深手を負った妻を腕に共に息絶えていたのだ。
「誰がこんな...」
近寄り脈を確かめるがすでに息はない。
武装した奴らも調べては見るが親父も余裕がなかったのだろう、総て急所を一突きだった。
「ミーア...?」
真っ青な顔で、入り口に立ち尽くしたままの彼女に声を掛けるが、殆ど反応がない。
ジンはガクガクと震えるミーアの体を抱きしめた。
震えが止まり正気を取り戻すまで。
それは彼女のためだけでなく、ジンもそのぬくもりが欲しかったから...
自分を現実に留めておくために。
ミーアがしゃくり上げている。その確かな存在感だけがジンに冷静な判断力をよびさます。
「ジン...なんで?マァムやパムが殺されるの?なんで...」
「判らない。けど、狙われてたのはミーアかもしれない。」
「わたし?わたしが光の巫女の候補者だから?わたしなんて落ちこぼれなのに?そんな必要ないのに?それなのに、二人が?そんなっ!!」
ミーアは涙でぐしゃぐしゃの顔をジンに向けて講義する。彼に言ってもしょうがないのに...今一番泣きたいのはジンのほうなのに。
けれどもジンはミーアの前では決して泣かない。
いつもミーアがジンよりも先に、の替わりに泣いていたから。
「ごめん、ジンに言っても仕方ないのにね。わたしのせいでマァムもパムも...ごめんね、ジン...」
「自分を責めるなよ、ミーア。親父も母上も覚悟はしていたさ。」
ミーアを攻める気はない。ただそれが真実だった。
この現実を考えるとまずミーアの安全が第一だ。
いつも親父に言われてきたこと、『ミーアの安全を第一に考えろ!わたし達の命は後回しだ。』と。
今この腕の中のぬくもりを失わないこと。ジンにとってそれが総てだった。
「教会へ行こう。何かあった時には司祭様にご指示を仰げと言われていただろう?」
両親を少しだけ綺麗にしてやるとジンは立ち上がった。ミーアもついて行くしかなかった。
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