Home Top 1        10 11  

光の巫女

ジンはミーアから、なかなか身体が離せないでいた。
このまま思いの総てをぶつけてしまいたい自分と、それが総ての終わりだと思ってしまう自分。
ジンの心の中の葛藤はそのままミーアを抱きしめる力になってしまう。

「俺さ、ミーアのこと好きだよ。家族とかそんな意味じゃなく、一人の女として好きだ。」
「ジン、私は...」
「言わなくていいよ。それが家族と好きでも、別の意味で好きだったとしても、もう遅いんだ...」
「どうして?」

少し緩んだジンの腕からミーアが顔をあげる。ジンの辛そうな顔が見える。

「光の巫女の候補者、もう残ってないかもしれないんだ。」
「それって...あたしが光の巫女になるって、こと?」
「ああ。」

それが現実なのだろう。なんとしてでも教会本部へ無事たどり着かねばならない。そして自分自身が巫女になるということ。ミーアにとってわかっていても、現実でなかった現実。

「だから俺のものには出来ないのは判ってるんだ。このままでいい。でも、誰か他の男がミーアに触れるのも、他の男の事口にするのも嫌なんだ。だから、俺ミーアを護るから!絶対に誰にも指一本触れさせないから。だから...」

ゆっくりと身体を離すと、そっとミーアの額に唇を押し当てた。

「えっ?」
「このぐらいはご褒美としていいだろ?ほっぺはナルセスに先にされちゃったからね。ま、これ以上は俺も止まんなくなっちゃうからダメだろうけど。」
「ジン...?」
「ほんと、こんなことになる前に...くそっ、俺があと3年早く生まれてきてたらなぁ。」

ミーアの額は熱を持っているようで熱かった。ナルセスの頬へのキスは彼の唇らしく少し冷たいあっさりとしたものだった。それはそれで嬉しかったはずなのだが、ジンの唇は凄く熱くってそこに刻印を押されたかのように未だその感触を残している。

(あたし、ジンのキス嫌じゃなかった...それだけじゃない、もっとぎゅって抱きしめていて欲しいぐらいで......あたし、ジンのことが...好き?)

気付いても、それはもう伝えられない気持ちなのだろうか?ミーアは自分に問いかけてみる。立ち尽くしたまま、ジンの顔を見れないまま...

「行こうか?」

いつまでもそこに留まっておれず、ジンに促されて歩き出す。のろのろと歩くミーアを見かねてジンが手を差し出す。

「手繋ぐぐらい、いいよな?」
「うん...」

その手に重ねるとそっと握り返される。
二人の影がいつの間にか染まり行く山道に長く落ちていた。





「どうする?そろそろ食料とか補充しないと、教会本部まで持ちそうにないんだけど。」
「もう、ジンが食べ過ぎるのよ。もうちょっと考えて食べてよね。」
「すいませんね、育ち盛りなもんで。誰かさんみたいに成長は止まってませんから。」
「う〜〜〜っ...」

翌朝、いつも通りの二人がいた。
昨夜二人は何を話すでもなく、ただ隣に腰掛けて火を見つめていた。ジンがポツリと『今まで通りでいいよな?』と言ったのにミーアが黙って頷いただけだった。

「とりあえずどこか宿場町まで出れば手に入るだろうから、少し表街道に出るけど、ここから一番近いギディルへ行こう。」
「ねぇ、人の集まるところに出ても大丈夫かな?」
「まあ、何とかなるでしょ。あっちの様子も知りたいしね。」

ギディルは裏街道から一番近い宿場町だ。ジンはうまくすればナルセスたちと連絡が取れると踏んでいた。その日の夕方にはギディルに着いた。

「兄弟で通じたかなぁ?」
「たぶんね...意外と似合うよ?」

くすくすと笑いながらジンがミーアを見る。一応変装のつもりで髪を帽子の中に入れて、ジンの服を借りて、あちこち詰めながら着込んでいる様は少年っぽいといえばそうだが、可愛いと言えば可愛すぎるのだ。

「やっぱり変かなぁ?」

ミーアが宿屋の壁に掛けられた姿見の鏡を覗き込んだ。この場合の兄弟の兄はジンである。ミーアはちょろちょろと後ろにくっついていればいいだけだったのだが、それなりに緊張していたらしく帽子を脱いで長い金の髪を下ろすと一息ついたようだった。

「ミーア、早いうちに食料の調達に行って来るけど、なんかいる物ある?」
「ん〜、ハーブが欲しいな。カミンの葉と、リオスの水お願いね。」

カミンは鎮静作用のあるお茶の葉で、リオスの水は少し甘酸っぱい香りのするリオスの葉をアルコールで抽出したもので、身体や髪につけるものだ。ミーアもずっと使っていたが、今回急ぎの出立で持ってきてはいなかった。ジンはミーアらしいリクエストを頭の中に入れるとドアに向かった。

「じゃ、一歩もここ出るなよ?誰が来ても部屋に入れるな。わかってるか?」
「わかってます、お・に・い・さ・ま!」

ジンは苦笑しながら部屋を出てすぐに市場へと出かけた。
一通り買出しを済ませて宿屋に向かう頃には陽も暮れ始めていた。
(こんなに暗くなるんなら連れてきてやればよかったかな?)
色々見て歩くのは総ての女達が好きなはずだ。ミーアも市に行くとはしゃぐタイプで、いつもめまぐるしく飛び回って親父に怒られていたのだ。荷物も結構な量になっていた。





「ジン・フォレスか?」

夕闇の中女の声が彼を呼んだ。

「誰だ?」
「私だ、覚えてはおらぬか?」
「...モーリン?教会本部の。」

薄闇の中顔を見せたのはナルセスと共に旅立った教会からの使者モーリンだった。金の髪を長くたらしてミーアに見せかけた格好をしていた。

「何をしている?」
「何ってみりゃ判るでしょ?買出しだ、明日早朝立つよ。そっちは?」
「ここにいれば立ち寄るかもと待っていた。二・三伝えねばならぬ事が出来たんだ。」
「なんだ?今聞こう。」

相手が切り口上なのでついこっちもぶっきらぼうに答えてしまう。中身は正反対のようだ。

「夜、宿の方へナルセス様と伺う。宿屋は?」
「一番外れにある宿屋だ、すぐにわかるよ。」
「ならすぐに帰ったほうがいいな。実は、光の巫女は殺されたばかりではないらしい。無頼の輩を雇ったようで、汚されて自害したものもいるらしい。気を抜かぬほうが良いだろう。」

一瞬その光景が頭の中を走る。ジンの胸が鷲づかみにされる気がした。見たくも、考えたくもない。運良くミーアは無事だった。それは両親の犠牲の元でだが...。

「わ、判った。必ず護り抜く!ところで、ナルセスは?」
「宿におられるが?」
「君に聴きたいことがあるんだ。ナルセス、奴は何者だ?司祭の振りしやがって、あいつは剣士だろう?」
「あぁ、元、ね。」
「元?剣士が司祭になんかなれるものか!」
「唯一ある。光の巫女を守り通した守護者は、教会でいかなる職務も希望のままだ。たいてい近衛隊の隊長になられるがな。」
「ナルセスが元守護者!?」

(奴も俺と同じ守護者だったというのか?)

「わかったら、さっさと宿へ戻ったほうがよくないか?」

モーリンはそれだけ言うとさっさと立ち去ろうとしたが、ふと足を止めると考え込んでしまったジンの顔を覗き込んだ。冷たい表情の目をすっと細めるといきなり一歩ジンに近づいた。

「ふ〜ん、よく見るといい顔してるじゃないか?」
「えっ?」
「ふふっ、あんた私の好みのタイプだよ。どうせ巫子候補相手の旅じゃ手も出せないくって困ってんじゃないの?あたしが相手したげようか?」

モーリンはくすくす笑いながらそういって、ジンの首に手を回してくる。両手が荷物で塞がっているジンは驚きながらもその手を振り解けない。なによりも甘い女の香りが鼻孔をくすぐる。

「何っ、んっ!!」

そのまま唇を塞がれ、生暖かい女の舌が口内に侵入してくる。強烈な感触。摺り寄せられてくる肉感的な女の柔らかな身体。ジンの足の間にモーリンが自分の足を割り込ませてくる。甘い擦れる感覚がその身体の中心から背筋を走っていく。

「くっ、よせ!」

ジンは真っ赤な顔で、荷物を放り出してモーリンを身体から引き離す。

「何考えてんだよ、お前!」
「あん、いいじゃないか。あたしはナルセスみたいに取り澄ましてるのは好きじゃないんだ。旅の間も指1本触れてこないしさ。あんたのその悩んでるような表情はそそるねぇ。いっぱい溜め込んでるって顔してるよ?」
「う、うるさい!よけいなお世話だ!」
「女、知らないんだろ?教えてあげようか?」
「馬鹿野郎!俺には...」

ミーアがいると言いたかった。なのに身体はあっけなく反応している。
(俺ってミーア一筋じゃなかったのか?下半身は別か?なら今まで押さえていたのはただの男の感情だったのか?)

「くそっ、宿に帰る!もう俺に触れるな!」

そう言い捨てると荷物を拾いモーリンに背を向けてずんずん歩き出した。背中に『また今度ね』と甘ったるい言葉が投げかけられる。
(なんで教会本部の使者があんなあばずれなんだよ〜!)
憤りも激しくかっかと頭に血を昇らせたまま宿へもどった。




「ミーア、俺!...ミーア?どうした?いないのか?」

宿屋のドアの前で一瞬、想像したくない光景が脳裏に浮かぶ。ドアを激しく叩くとようやく扉が開いた。

「ごめんね、ジン。お風呂はいってたのよ。」

そういって顔を出したミーアは濡れた髪、濡れた体にタオルを巻いただけの格好だ。すぐさまドアを閉めて鍵を閉める。髪は首筋に張り付き、タオルで隠しきれない胸の谷間が目の中に飛び込んでくる。

「ミ、ミーア!なんて格好で出て来るんだよ!もしこれが俺じゃなかったらどうするんだ!」

(何でこういう気分の時にそんな格好なんだ?めちゃくちゃ色っぽいじゃないか!今までどおりにって言ったけど、これはないよ...)
ジンはとりあえず動揺を隠すために、大きな声で怒鳴ってみせるが、心臓はばくばくいっている。

「ごめんなさい、でもずっと外で待たせる訳にいかないじゃないの...」
「くっ、たくもう!」
「と、とにかく着替えるから、ジンはそっち向いててよ。」

ジンのあまりの驚きようにびっくりしたのか、ミーアまでがどぎまぎとし始める。
(意外と、どころか結構胸あるから目のやり場に困っちまうだろ?)
モーリンのせいでいつもより興奮している自分を抑えていたジンには、目の毒といううよりも気の毒な限りである。
(あ、映ってる...)
背中向けていたジンがふと視線を上げると、壁に掛けられた鏡にミーアが映っていた。
(見ちゃダメだ!けど、見たい...)
片目をそっと開けてつい見てしまう。鏡には着替えを始めたばかりのミーアの後姿がばっちり映っている。白い肌、腰の曲線、拭いたばかりの身体に下着をつけている。ジンの鼓動はどんどん早くなる。男性として興奮しているのが自分でもわかる。
(やばいよ...)
なのに目は離せないでいた。最後にミーアは軽い部屋着のようなシャツを着た。

「もういいよ〜」

(えっ?うそでしょ?)
振り向くとすでにベッドの上でくつろぐ彼女がいた。

「ミーア、ま、まさかその格好で寝るつもり?」
「あら、いけない?だってやっとちゃんとしたところで眠れるのよ?もう、毎日肩こっちゃって。お風呂ですっきり出来たしね、いいでしょ?」
「いい訳ないでしょ!」

わかってない、ミーアは全然判ってない。男性からどういう風に見られるとか、危険だとか、ジンが一生懸命我慢してもこれは報われない。怖がられたくはないけど、いつどんな時に危険に晒されるかしれないことをわからせないといけない。男を挑発したらどうなるのか、たとえそれがジン相手であっても、最低限は気を使って欲しいものだ。

「ミーア、もし急に誰かに襲われた時、その格好じゃここから逃げ出せないでしょ?それに...」

ずいっと彼女の掛けているベッドに近づき、片膝をその横に乗せる。ぎしりとベッドが軋み、その音でミーアの身体がびくんと跳ねて後ろに仰け反った。両手をそのまま彼女の両側につくとジンがミーアを押し倒したような格好になる。まだ指一本も触れてはないが...
(この体勢って結構きちまうよなぁ、もってくれよ、俺!)

「な、なによ...ジン、どいて...」
「こうやって俺に襲われるかもしれないって言うぐらい警戒しろよ。もし俺が理性ぶちきれてこういうことしてミーアの力で逃げ切れる?命だけでなく貞操も危ないって自覚してくれよ。頼むからさぁ!」

ミーアはそういって聞かせるジンの顔を下から見上げていた。
(ジンの表情怖い...ううん、辛そう。どうして?こんな格好うちではずっとしてたのに...)

「なぁ、もう俺はミーアを女として見ちまってるから、それは今までどおりに行かないよ。頼むから気をつけてくれよ。」

ジンはそう言うと、もってくれた自分の理性に感謝しながらミーアから身体を離した。
ミーアからほっというため息が聞こえた。

「街でモーリンと会ったんだ。ナルセスたち後でここに来るって言ってたぞ、そんな格好してていいの?」

それを早く言ってよと、ミーアは慌ててその上から何枚か服を着込みはじめた。
Back Next