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光の巫女

「ミーア、ジン、道中変わりはなかったか?」

夕食の済んだ頃を見計らってナルセスはミーア達のいる宿へとやってきた。もちろんモーリンを連れて。

「はい、ナルセス様。途中ラビオの群れに襲われましたが、ジンが退治してくれました。」

そう言うミーアの表情はジンを誇らしく思い、あの夜を思い出して少しうっとりした瞳でジンの方を見た。その表情の変化をナルセスは見逃してはいなかった。
少し冷たい視線になると、二人の顔を交互に見た。

「聞いているとは思うが、どうやらまともに教会本部へ向かってるのはミーアだけのようだ。何人かは旅立ったらしいのだが守護者ごと姿を消したもの、亡骸が見つかったもの、汚され自害した巫女を見取って報告に来た守護者もいる。状況はとにかく悲惨だ。一刻も早くそなた達は本部へ向かって欲しい。こちらも2度ほど襲われたが何とか逃げ切っている。このモーリンが使い手だからな。そなた達の場合はそうもいかぬだろう。ひたすら人目を避けて行くがよい。くれぐれもミーアを無傷でだぞ?よいな。ジン・フォレス」

再び念を押される。

「これを、ミーア。」
「これは?」

ミーアが受け取ったのは手のひらいっぱいの大きさの水晶だった。
手にするとかすかに金色がかった輝きを増した。

「光の巫女様の水晶だ。これを取り寄せるためにここに留まっていたのだ。」

教会本部にあるのはもっと大きなもので持ち運びは出来ないが、これは光の巫女の携帯用、身につけるための水晶だそうだ。

「現巫女殿の力を少し分け入れて頂いている。これをミーアがもっていればいかなる時もそなたの身に起こりしことは教会におられる巫女殿に通じるのだ。危険があった時にもそれを感じ取って采配下さるであろう。もちろんミーアの身の上に起こった変化にもな。」

最後の言葉はジンに向けられてはいなかったか?

「では、ミーアどうか無事に。」

そういい残すと、ナルセスは宿を出て行った。モーリンもそれに続くかと思ったのに、ジンに近づいてくると耳元で囁いた。

「ほら、もう手出しできないよ?教会の監視つきだ。それともナルセス様に言って守護者を替わってもらう?あたしとあんたで囮をやるって手もあるよ?そうしたら毎晩あんたのお相手が出来るのにねぇ。」

くすくすと笑いながらジンの肩になれなれしく手を置いてくる。

「よせよ、俺はミーアの守護者を替わる気はない。」
その手を払うが身体を擦り付けてくる。

(くそっ、ミーアの前で!)

「しょうがないわね、じゃあいつでも声掛けてね。」

そう言い残してやっと帰っていった。
ふうとため息をついて振り返るとミーアが仁王立ちしてる。

「ジンの馬鹿!」

ミーアはそのままベッドに入って朝まで出てきてはくれなかった。



「ミーア、まだ怒ってんの?」

押し黙ったまんまジンの前を歩き続ける。

「俺は相手にしてないってば、昨日だってあいつの方から無理やりキスしてきただけで、あ...」

しまった、余計なことを言ってしまったと思った時にはもう遅かった。

「キス、したんだ...よかったね、そういう相手が出来て、おめでとうっ!!」
「違うってば、もう、いい加減こっち向いて聞いてくれよ!」

ミーアの肩を掴んで振り向かせた。涙をためているその大きな瞳がジンの視界に飛び込んで来る。何の涙なのか...ジンの胸はかき乱される。なんでこういう顔を今するんだよ?

「ミーア、俺は...」
「どうせ、あたしとジンは触れ合っちゃいけないんでしょ?ジンはいっぱい我慢してるんでしょ?だから他の女の人のとこ行ってもしょうがないよ...でも我慢してるのはジンだけじゃないもん!あ、あたしだって...」
「ミーア?」
「あたしだって、我慢してるんだもん!昨日ナルセス様にお会いしたけど、ちっともドキドキしないんだよ。それよりもモーリンと仲良くしてるの見るほうがずっと苦しくて、ジンを見てるほうがずっとドキドキして...あたし、あたし...」

ミーアが自らジンの胸の中に飛び込んできた。

「あたしとはダメってわかってても、ジンの腕の中はあたしのものなの!ジンが他の人とキスするのも嫌なの!あたしじゃなきゃ嫌なの!」

胸の中の甘い誘惑。ダメとわかっていて飛び込んできた愛しい女。

「ミーア。」

名を呼ぶ声がもたげてきた欲望の高ぶりで掠れてしまう。

「そんなこと、いっちゃダメだよ...俺だって我慢の限界があるんだからね。ミーアが思ってる以上に我慢してる。だからって誰でもいいなんて思ってない!ミーアにキスしたい、ミーアが抱きたい、ミーアを俺のものにしたい!今すぐにでも!だけど出来ない、しちゃいけない!そうだろ!?」
「もういいもん、光の巫女になんてなれなくてもいいもん!なりたくなんかないもん!ジンが他の人の物になるなんて、嫌なんだもの!」

駄々っ子のようにジンの腕の中でもがくミーア。愛しくて総てと引き換えにしても惜しくないと思える。

けれど...

その『光の巫女』のために父母は命を落としたのだ。

「そんなこといっちゃダメだよ、親父達が悲しむよ?」

ミーアが大人しくなる。じっとジンの胸に顔を埋めて動かない。

「ジンとキスしたい...」

何を急に言い出すのか戸惑うジンだった。

「えっ?ダメだよ。穢れてしまうよ。」
「ジンは綺麗だもの。穢れたりしないよ?」

ミーアは男の内側のどろどろした欲望がどんなものか知らないのだ。ジンの頭の中でどんな姿態をさせられ、嬌声をあげさせられているかなんてとても聞かせられない。

「いくら言葉で言われてもわかんないんだもの。ジンがモーリンとキスしたって聞いただけであたし変なの、苦しいの!」
「ダメだよ、水晶に表れてしまう。」

昨日の今日でナルセスとの約束を守らないわけにはいかなかった。
潤んだ瞳で見上げてくるミーアを引き離す。

「俺はミーアだけのものだから。たとえ指一本触れられなくてもね。」
「嫌、嫌...」
「ミーア、んっ!」

ミーアが俺の首にかじりついて唇を押し付けてきた。

「...」

ただ押し付けてくるだけの拙いキス。ミーアの精一杯の想いだった。

「んんっ...」
ミーアの腰に手を回して抱きしめる。触れていた唇をそっと舌でこじ開けてその中身を味わう。モーリンに一方的にされたキスとはちがう、ミーアを求めるキス。ミーアの口中も次第にジンに答え始めている。
(これ以上は俺も持たないよな。)
愛する人を引き離す辛さ。思いはここでは止まらないはずなのに。
ミーアは、ぼうっとした表情でジンの腕の中にいる。

「本部から誰かが飛んできてもしらねえぞ?」

しばらくは二人そのままでいた。



想いは止められない。
二人そのことに気付いてしまった。
最後の一線は越えるつもりはもうとうない。けれど一度あふれ出してしまった求め合う心に蓋は出来ない。二人並んで歩く。どこかしら触れ合ってないと不安にもなる。
二人だけの道中、あれ以来キスすることもない。
教会からもなにも言ってこない。
それに反して水晶は益々輝きを増していくばかりだった。
夜はジンの腕の中にミーアが潜り込んでくる。何も出来ないのは辛いけど、思いは同じとわかった今、ただただ抱きしめて、そのぬくもりを腕に眠りにつく。
そして目覚めた時、目の前にある愛しい人の寝顔を見ては幸せな気分に包まれる。
もう言葉などいらなかった。
時々堪え切れなくてミーアが涙する。
ジンはその涙を唇で拭ってやる。そして優しく強く抱きしめる。そうすることで不安を拭い去れると信じて。




「この調子だと、明日には教会本部のあるガテラの街に着くよ。」

最後の宿となった山中のテントの中でジンが言った。

「あたし、ジンさえよければこのまま、ジンのものになってもいいよ?光の巫女になれなくても、あたし構わないよ?」
「ダメだよ、光の巫女がいなくなったら、何が起こるかわからないって言われてるじゃないか?ありとあらゆる災のもとを封じるための結界を護らなきゃな。親父やお袋の死が無意味になっちまうだろ?俺達はこのままでいいさ。明日離れ離れになっても、俺はミーアのこの暖かさを忘れない。」

ミーアの身体を強く抱きしめた。

「あたしも忘れない、ジンのこの腕の力づよさ、胸のぬくもり、それから...キス。」

もう一度その唇に触れたい衝動をお互いに押さえ込む。
今度触れ合ったらもう、止まらないのはわかっていた。
最後の夜、切なさを隠しながら、二人ただ寄添って眠った。
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