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光の巫女

「ナルセス様!?」

ミーア達が教会の奥へ入っていくと、そこにはいつもの司祭姿ではない彼の姿があった。
明るめの金茶の長い髪は、いつもはそのまま後ろに流されていたのに、細い紐で一つに束ねられていた。旅装束の剣士のいでたちに着替え終えた彼は二人が入ってくるのを待ち構えていたようだった。

「来ましたか。今近くのものから報告を受けたところです。ガリュウ殿は?」

腰に剣を差したその姿は、どこから見ても司祭の雰囲気は残してはいない。やはりこの人の隙のない雰囲気はこれだったのだとジンは確信しながらも、彼の言葉に頭を振った。

「そうですか...」

ナルセスは祭壇に向かい跪き十字を切って神に祈りを捧げた。ガチャリと剣の鞘が鳴る。

「さすがはガリュウ殿、身を挺しても誰一人として外には出さなかったのですね。これでしばらくは時間が稼げるでしょうが、このままじっとはしていられませんよ。教会からの使者が先ほど着きましたが、各地で同じようなことが起こり候補者の殆どが命を落とされたそうです。どれほどのものが残されているかはまだ判りませんが、教会側からは10歳以上の生き残った総ての巫女候補に早急に本部へ向かうようにとのお達しです。――私も参りましょう。」

立ち上がりミーアの方へ歩み寄ると膝を折って剣士の礼をとって見せた。ミーアのことだ、凛々しい剣士姿のナルセスに目も心も奪われて、心の中では『ナルセス様、素敵!』を連呼しているのだろうとジンは想像していた。それは間違いなかった。

「ナルセス様も、ですか!?」

ミーアの声がやたら弾んでいるのがジンにはわかる。

「ええ、ミーア。私も司祭になる前は剣士の修行を積んだ者、再び剣を持つ事は司祭の資格を失うことになりますが致し方ありません。それほど事態は逼迫しています。巫女候補の方はもう...あまり残ってはおられないそうです。」

光の巫女はそのものが持つ慈愛と平和を祈る心とで、この国に災いが降りかかるのを防いでくれるといわれている。
生まれてすぐに何人かずつ選ばれる光の巫女候補は同じ年だけでも2〜3人いるという。
親を亡くした赤ちゃんはまず教会に預けられる。その中から光の巫女候補は教会の代表者によって選ばれるという。そうして健全な養父母に預けられ、成長した候補の中からこんどは光の巫女自身が次代の巫女を決定するのだ。
ただ全員が順調に巫女候補として育つとも限らない。病に倒れるもの、恋に落ちて巫女の権利を放棄して姦淫するもの、婚姻するもの、世代交代のため召集がかけられ旅の途中で命を落とすもの、それは様々である。
そのために養家族が厳選されるのだ。聖なる養い子を預かることは、この国の者としてとても名誉なことなのだ。
二十になり、その資格を失っても、教会から一生の加護がなされる。生活も保障されるし、望めば教会に入ることもできる。養家族も優遇される。
今代の巫女様はその力も強く、長くその座に座っておられる。このままだと番は回ってこないだろうと思っていたものも少なくはないだろう。なのにその候補の殆どが命を奪われたのだ。

「おそらく反教会派の仕業とは思われますが、一概にもそうは言いきれません。今までの奴らのやり口とは随分違いますからね。この旅も相手の裏をかかねば、すんなりとは教会本部までたどり着かせてはくれないでしょう。そこで私が囮のミーアを連れて街道添いを行きますから、あなた方は山間部を抜けて教会入りなさい。」
「えっ?ナルセス様とは別で...私の囮?」

共に旅が出来ると喜んでいたのだろう、急速にミーアから元気がしぼんでいく。

「この、教会からの使者モーリンは君と同じ髪の色をしているからね。私たちが街道沿いを行けば目立つだろう?君たちにはなんとしてでも本部にたどり着いて欲しいのだよ。」

ナルセスはミーアの肩に手を置くと、その桃色に染まるの左頬にそっとキスをした。

「なっ!」

一瞬ジンが動こうとしたのを、使者のモーリンと言われた少女が素早い動きで止める。
(なんだ?この子、只者じゃない?)
ジンの心配をよそにミーアはうっとりした瞳でナルセスを見つめている。

「光のご加護を、ミーア。共に無事なら本部でもう一度逢いましょう。」

すこし低めの甘い声で、ミーアの耳元にそう囁く。

「はい!ナルセス様。」

急浮上するミーアを後に向きかえり、ジンの方に歩み寄ってくるナルセスの顔は、もう先ほどの甘やかな笑みをたたえた穏やかな顔つきではなくなっている。

「ジン・フォレス、守護者としての任を最後までまっとうされる様、お願いいたしますよ。」

右手を出して握手を求めてきた。彼の手を取ったときに気付いた。手にはびっしりと、ジンにも劣らない硬さの剣だこがあった。ナルセスはただの司祭でも、昔剣の修行をしたものでもない、今も昔も剣士だったのだ。

すれ違いざまにジンの耳元に飛び込む一言がジンの胸に突き刺さる。

『巫女様の命と純潔、命に換えても護りなさい。』と...

(巫女様?まさか!?もう誰も残っていないというのか?ミーアしか残っていない?)
ジンは振り向きナルセスの方を向いたが彼はすでに教会の奥の間のドアに消えた後だった。
(そんな、ミーアが光の巫女さまに?)
ミーアは未だ頬染めて両手で頬を覆っている。
(あいつは、俺の気持ちに気付いてる。だから釘を刺していったんだ、俺達二人に...)
俺達二人に――ミーアにはナルセスへの恋心という鎧を、ジンにミーアが次代の巫女様と告げたのは、ミーアの純潔の為に...一番危ないのがジン自身だから。



旅の支度は村人の手を借りて手早く済まされた。フォレス夫妻は隣人達の手によって棺に収められていた。ゆっくりと葬儀を行う暇もなく長年育ててくれた彼らとの別れを済ませると、丁寧に埋葬すると約束してくれた村長に挨拶し旅立った。
二人は見送るものはなくそっと裏街道から出発したのだ。

「ナルセス様ももう出立されたかしら?ジン、信じられる?私のために、司祭の資格を放り出してくださったのよ?あぁ、剣士様のお姿も凄く似合っておられたわ。」

ジンもいい加減げんなりしてくる。さっきからミーアの口からはナルセスの話ばかりだ。

「そんなにすごかねえよ!あいつは元々剣士だよ。あれだけ剣だこを持ってる司祭なんて見たことも聞いたこともないね!」
「あら?毎日訓練されてただけかもしれないわよ?」
「あのなぁ!」

疲れる。恋する乙女はたくましいほど強い。逆らっても埒があかない。
ジンの口からは自然とため息が出る。このままじゃ護り抜く気力も湧かない。ただでさえ、両親を殺され気分的には最悪に落ち込んでいるのだ。泣けなかった自分が今となっては悔やまれる。その方がどれだけ楽だったか...だけど両親が命をかけて護った娘は不意に開けた恋の甘さに酔いきってしまっているのだ。ジンとしては面白くない。

(俺だってミーアを護るために日夜修行してきたんだ。ミーアを護るのは俺しかいないんだ!なのに俺の気持ちなんかいっつも無視しやがって、弟扱いだし...これから人気のない山ん中二人っきりで旅するんだぞ?なのにミーアの奴、全然わかってない...)
ミーアは楽天家でもある。すぐに物事を良い方に解釈するし、間違いはすぐに謝れる素直な性格だ。唯一、ジンがいくら気持ちを口にしても年下の弟が言う冗談にしかとってくれない。これから先、二人っきりで守り抜かねばならぬ難しさと、自分の理性との戦いを考えると体力も思考力もこれ以上下げる訳にはいかない。
結局はナルセスの思惑通り、ジンが耐えればそれで済むのだ。

「ミーア、わりぃけどそんぐらいにしといて。これからのこと考えるとそうそうのんびりもしていられないし、本当なら今頃は...」
「あっ、ごめん...そう、だったね。本当ならマァムとパムの最後のお祈りしてるはずなんだよね...わたしったら、!ジン、ごめんね。」

必死で謝ってくる。こう言えばやめるだろう事はジンにもよくわかっているのだ。

ジンはトルバというう動物に荷物を載せて引いていた。村には2頭だけ飼われていたそれは、人になれやすく、二本足で歩くのだが短時間なら飛び上がることもできる。長旅には欠かせない便利な奴だった。ナルセス達と一頭づつにして、主に荷物を積んでいる。それを引きながら歩くジンは少し遅れ気味だったので、ミーアは急ぎ戻ってジンの顔を覗き込んだ。
大きな瞳を見開いて、ジンが怒っているのか、泣いているのかを確かめるように顔を近づけてくる。

「ジン、私のこと恨んでいいよ?私のせいでマァムとパムがあんなことになって...あれだけ本当の娘のように可愛がってもらいながら何にも出来なくて...だから、怒ってもいいよ?泣いたっていいんだよ?ジンは悲しい時に泣かないから...」

思い出してまた悲しみがこみ上げてきたのか、ミーアの瞳にまた涙が浮かぶ。

(くそっ、俺がミーアの涙に弱いってわかってやってるんじゃないだろうな?)
そんな器用な真似ができる訳がないのもよく知っている。ジンは目を細めて少し笑って見せるとミーアのは安心したようにほっと息をつく。

「娘の様にじゃない、娘と思ってたんだぜあの二人。だからミーアは悲しんでも、俺に気を使うな。俺達は血も繋がってないけど家族だっただろ?時々二人して思い出してやればいいさ、そしてミーアが幸せに...光の巫女になればきっと、喜ぶと思うよ...」

ミーアを泣かせたくなかったから最後は嘘をついた。

ジンが父のガリュウを剣で負かしたその日の夜、父は彼に酒を薦めた。一人前に成長した息子が、自分の意思で一人の女性を護ろうという決意でここまできたことは、彼にも痛いほど判っていたのだ。けれどその女性が20歳になるまでどうすることも出来ない。だから息子にこう言い聞かせた。
『いいかジン、ミーアが途中で巫女候補の資格を捨てることは出来る。だが私達はそれを望まない。けれどもし20歳の誕生日を迎えて、ミーアがそのままその役目を終えたとき、この家に残って本当の家族に成れれば、それほど嬉しいことはないだろうと思う。お前の気持ちが受け入れてもらえることを祈っているよ。』と...
けれどもうミーアしか残っていないのだったら...ジンとガリュウのその望みも絶たれてしまう。

「そうかな?そうだよね、喜んでくれるよね?私頑張るよ!ジン、巫女様に選ばれるように!」

ミーアの決心が響く。
(俺のこの気持ちは、もう口にだしちゃいけないんだ。)
それなのに旅は今から続くのだ。二人っきりで...
(地獄だ...)
ジンの気持ちはますます落ち込んでいった。

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