Home Top 1        10 11

光の巫女

「お待ちしておりました。」

教会本部の入り口で二人を迎えたのは数人の司教達だった。皆の表情は暗く、何かあったのは一目瞭然であった。

「何があったのです?」

疲れ切ったミーアを抱きかかえるようにしてトルバを降りるとジンは司教達を問い詰めた。
奥で巫女様がお待ちだとだけ告げて二人を案内して行った。



教会の奥といっても、突き当たりの日当たりのよいサンルームのような作りの部屋へ通された。その窓際に据えられたベッドに横たわる涼しげで端正な横顔が見えた。

「ナルセス様!」
「ナルセス!」

二人の声が天井の高い部屋に響いた。
青白い顔をしたナルセスが静かな寝息を立てていた。

「私が光の巫女のイリナです。ミーアさん、無事で何よりですわ。先ほど、あったことは水晶が教えてくれましたよ。もう、すでに光の力をお使いになれるのね。」

静かな声で話すその人はベッドの向かい側から立ち上がるとミーアたちに向かって歩いてくる。静かな足取り、重力を感じさせないほどの滑らかな動きに二人しばし目を奪われる。
ミーアよりも薄い金の髪に透けるほど白い肌。蒼い瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んで見えた。

「さすがミーアさん、ナルセスが探し出しただけありますね。彼も今ようやく眠りましたわ。傷はとても深かったのですが、なんとか命はとりとめましたのよ。このモーリンが...傷つきながらもここへ運び込んでくれたおかげですわ。」

部屋の片隅には以前の勢いを失った生気のない顔をしたモーリンが立ちすくんでいた。

「モーリン...?」

ジンがそっと名を呼ぶ。力なく肩を落とし、うなだれていたモーリンが顔を上げた。

「あ..ジ、ン...ジン...うっ...」

モーリンは初めて感情を噴出させた。ジンに駆け寄ると顔をくしゃくしゃにして泣きすがる。その押し殺した泣き声はジンの胸にくぐもって低い嗚咽になった。
あの男からモーリンの身に起こったことは聞かされていた。
ジンは泣きじゃくるモーリンの肩を優しく抱いてやる。
それを見ても、ミーアには何もいえなかった。

その様子を見ていたイリナがミーアを呼んだ。

「ミーア、光の水晶の元へ案内しましょう。私の力ももう残りわずかになってしまいました。最後の力をナルセスに託してしまいましたのよ。一刻も早く貴女が光の巫女となり、封印を抑えて頂かねばなりません。」
「封印?」
「ええ、それが私達の使命なのです。」

イリナは部屋を出て、地下へと続く階段を下りていく。
ミーアはこの街に近づいた時に感じたあの重苦しいものを微かに感じた。

「判りますか?それを封じ込めているのがこの光の水晶なのですよ。」

地下の石畳の丸い部屋の真ん中に据えられた、大きな水晶が金の光を微かに湛えていた。
その光は微かにミーアに反応するかのように揺らいだ。

「ミーアさん、その水晶に触れて御覧なさい。もうすでに水晶は貴女を光の巫女と認めてますから、後は貴女がそれに答えるだけです。さあ...」

恐る恐るミーアが水晶に触れる。

「愛する人を思い描けばよいのです。ジン・フォレスを、貴女の養い親達を。そしてその人を想う心で祈るのです。愛するものがいる貴女には簡単に出来るはずですよ?」

(ジン...パァム、マァム...みんな、大好きよ。)
ミーアの触れたところから水晶の金の光が一斉に部屋中を埋め尽くした。
何も見えなくなるほどの光の洪水。
ミーアの心が溶けて水晶と一つになり、そうしてもう一度離れていく。
ミーアが身体に戻るのと同時に水晶の光が引いていく。そうして水晶は最初よりも数倍暖かな金の光を湛えてそこに収まっていた。

「御覧なさい、それが貴女の光の力です。この水晶が私達光の巫女の祈りの力を増幅してくれます。こうして直接触れることによって水晶に力を送り込む事が出来ますが、体力も消耗するので普段はその小さな水晶に触れることで少しずつ送り込みます。そうすることでこの下の結界を封印し続けるのです。封印はあの重苦しい黒いもやのようなもの――わたしたちはあれを邪悪なる意思と呼んでいますが――あれが地上に出ると災いを起こし、人々を邪悪なる意思に引き込もうとするのです。今回のことも私の力が足りなかったために地上に漏れ出させてしまったのよ。」

イリナの白い指がミーアの桜色の頬を包んだ。

「聞いてるかしら?ナルセスが私の守護者だったことを。」

ミーアはジンからそのことは聞いていた。ゆっくりと頷くとイリナは柔らかく微笑んだ。

「貴女にはわかりますね、巫女候補者と守護者がどれほど強い心の繋がりを持って育つかを。家族同様に育ちながらも、命を掛けて護ってくれる人を愛さないはずがありません。私もナルセスを兄のように慕い育ちながらも、彼を女として愛してしまったわ。その想いが強ければ強いほど光の巫女に相応しいなんて皮肉ね。私は16の時に光の巫女になり6年が立ちます。ずっとそばにいて欲しかった、けれど彼は私の身体がもう水晶の力に耐えられなくなりつつあるのに気付き、各地の巫女候補の中から、私に代わる候補者に相応しい人のところへ司祭として影ながら護るといって旅立ってしまいました。予感はしていたから...それほど気が乱れ始めていたのよ。けれど最悪の事態を招いてしまったのは私です。彼に逢えない寂しさに負けてしまったのです。貴女の元へ行って半年、そこを反教会派の者につけ込まれてしまい、偽の手紙で動揺してしまった私がいけないのです。貴女と仲むつまじくしていると書かれたその手紙をみて、貴女に嫉妬してしまいましたわ。そのときに地上にでた邪悪なる意思が反教会派の者たちに力をかし、今回多くの犠牲を出してしまいました。」

俯くその顔に影が落ちる。
(光の巫女ってなにも特別なものじゃなかったのね。イリナ様だって、ナルセス様を思う普通の女の人。それならあたしにだってやっていけるかも知れない。ジンを思う気持ならあたしだって!でも...すごく疲れてるみたい。そんなに体力を消耗することなのかしら?)

「今日から貴女が光の巫女です。私は、ナルセスについていてやりたいの...これでやっと、やっと.....」

イリナの足元が崩れる。

「イリナ様!!誰か、イリナ様が!!」

ミーアは部屋に駆け戻った。
そこにはモーリンを優しく抱きしめるジンの姿があった。先ほどまで低い嗚咽を漏らしていた彼女は穏やかな表情でジンの腕の中にいた。

「あ...ジン、イリナ様が倒れたの。地下の水晶の間で...」
「わかった、すぐにお連れするよ。モーリンを見てて。」

ジンはそっと彼女をミーアに任せると部屋の外へ駆け出した。



「モーリン、大丈夫?」

どう声をかけていいかわからなかった。返事は返ってこない。モーリンは下を向いて押し黙っている。

「光の巫女になれたのね?」

しばらくの沈黙のあといつもの強い口調のモーリンが聞いた。
ミーアは黙って頷く。もしモーリンが身代わりになってくれなかったら...そう考えるとぞっとする。そしてそれを喜ぶことは出来ない。モーリンの受けた傷の深さを考えると...

「よかったわ、あたしのおかげね。そう思っていいでしょ?ちょっぴり悔しかったからね、あんた達が...」
「私達が?」
「そうよ。身体では絶対に繋がりあえないのに、しっかり思い合ってて...羨ましかったからちょっと邪魔してやろうって思ったの。だからバチがあたったかな?身体のことは...初めてじゃなかったし、殺されなかっただけでもましね。でも、あのナルセスがあたしの事命かけて護ってくれるなんて思わなかったわ。」
「モーリン...」
「ほんとにミーアのこと好きなんだって、わかったよ...ナルセスもイリナ様のこと...」

視線の先にはナルセスの寝顔があった。
モーリンは立ち上がると静かに部屋を出て行った。
Back Next