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光の巫女

「ねぇ、ジン?まだ起きてる?」
「ん?な、なんだよ...」

旅に出て最初の夜、ジンは眠れなかった。
二人してそれぞれの毛布にもぐりこんで横になるといっぱいになってしまう小さなテントだ。肩の触れる近さでミーアの暖かさが伝わってくる。ジンは勝手に動き出す自分の鼓動と戦っていた。同じ屋根の下で暮らしていたといっても、部屋は離れていたし、こんなに近で寝ることなんて幼い頃以来だ。

「二人して寝るの久しぶり...何年ぶりかな?」
「ん、雷が鳴るとミーアはすぐに俺の部屋に枕持って来るんだもんなぁ。『ジン、雷怖いでしょう?』ってね。自分が怖い癖にね?」
「だってジンは絶対に怖いとかいって泣かないんだもの!私よりちっちゃい癖に...」
「しかたないでしょ?俺は男の子だったし、3つの時から剣士としての修行してたからね。そんなこと言ってたら親父に倍しごかれちまうからなぁ。」

ジンも昔を思い出すとつい張っていた気も緩んでしまう。旅の重責はわかっていたし、いつ襲われてもいいように気も配っている。けれどここのとこ口を開けばけんか腰になってしまう二人だったのに、こうやってのんびりと話すのも久しぶりのような気もする。もっともいつもちょっかいかけて怒らせてたのはジンの方だったのだが...。

歯を食いしばって、必死で頑張りぬいた剣の修行、父のガリュウは決して手を抜いたり妥協したりはしてくれなかった。けれど本当に頑張った後にはよくやったと言ってでっかい手でジンの頭を撫でてくれた。そして家に帰ると真っ先にミーアの『お帰りなさい!』と、『頑張ったね』と、母のおいしい食事が用意されていた。
――厳しかった父はもういない。優しかった母ももういない。――急に堪えられないものが喉元を上がってくる。
『男は泣くもんじゃない、女を護らねばならんからな。』
父の低い声が蘇る。

「ねぇ、ジン...?」

ミーアの問いかける声。
返事をしようとしたが、喉が詰まって声が出なかった。

「ジン...泣いてるの?」

ジンは泣いてなんかいないと言いたかった。けれどすぐ側にいるミーアにはいい訳出来ないほど、涙が溢れていた。

「ごめん、親父らのこと...思い出しちまって...」

必死に出した声が擦れて鼻声になってしまう。

長い間泣いたことがなかった。
いつもミーアが先に泣くから...親父達が死んでるのを見つけたときもやっぱり先にミーアが泣いていたから。なのに今時分泣いてしまうなんて、自分が信じられなかった。

「泣いていいよ。」

いつの間にかミーアがすぐ側まで来て、その腕がジンの頭を抱え込んでくる。

「ちゃんと泣いた方がいいんだよ?ジンは溜め込むんだから。泣いてマァムとパムにちゃんとお別れしないと...」

ジンは声を上げずに肩を震わせて涙を流した。流れる涙はミーアの胸に吸い込まれていく。
ぽつりぽつり両親の思い出を語るミーアの言葉に相槌を打ちながら、また新たな涙が溢れてくる。

(同じ気持ちなんだ、今の俺達は...)

たとえどんな悲しみでも、同じ分だけ共有して分かり合えることはどんなに心地いいことか。随分と気持ちが楽になっていくのが判る。

(親父達はちゃんと二人の中に住んでるんだ。いつだって二人で話すと思い出せる。)

自分を取り戻し始めたジンとは対照的に慰めていたはずのミーアの声がも鼻声になって擦れてくるのがわかる。ジンはミーアの胸のなかで、しょうがないなと小さなため息をつく。

(気持ちいいんだけどなぁ、ミーアの胸って結構あるから。)

いつまでもそうしていたかったけど、彼女がそろそろ大泣きを始める頃だとわかっているから、余裕の出てきたジンは体制を変えてこんどは彼女の頭を腕に抱いてやる。

「えっ?ううっ...ぐしゅっ、今日は、泣かないつもりだったのにぃ...」
「いいよ、俺もう充分泣いたから。こんどはミーアがいっぱい泣いていいよ。――ありがとな、ミーア。」

よしよしと優しく金の髪を撫で梳いてやると、益々しがみついて泣き出してしまう。
鼻孔をくすぐるミーアの香りと柔らかい体の感触に刺激される男の本能を押さえ込むのに再び苦労しながらなかなか泣き止みそうにないミーアをそっと抱きしめる。

(頼むから他の男の胸で泣かないでくれよな?それと...耐えてくれ、俺の理性!)

ジンの切なる願いは、地獄と極楽の間をいったりきたりしながら夜が明けるまでつづいた。

Bac



「おはよ。」
「ん?ジン、おはよう。あれ、あたし...あのまま寝ちゃってた?」
「あぁ、目真っ赤になって腫れてるぞ?これでちょっと冷やせばいいよ。」

そういって水筒の水で濡らした布をミーアに手渡す。
泣き疲れて眠るまでミーアはジンの腕の中にいた。辛かったのは確かだが動かすと起きそうだし、なにより暖かったからそのままで朝を迎えた。ジンも明け方うとうとはしたが、あまり寝てはいない。

ジンに言われた通りに目元を冷やしながら、ボーっとしていたミーアは濡れた布の隙間からちらりとジンの方を見やった。あれこれと片付けをはじめているが、狭いテントの中、すぐ側で動いている。

(ジンったら、いつのまにかたくましくなっちゃったんだ...)

昨日はいきなり涙を浮かべた彼に幼い頃の面影を見出して、自分も感じていた悲しさを分け合うように抱きしめていた。ミーアとしては最近生意気を通り越して自分の方が年上のように振舞うジンが気に食わなかったのだけれども、久々に弟に戻ったようでなんだか嬉しかった。慰めようと色々話してるうちに、育ててくれた優しい養父母のことを思い出して、どんどん悲しくなって最後にはすっかり反対の立場になって慰められてたのだから。

(姉の立場ないわよね、これじゃ。でも...)

ジンに触れたのだって本当に久しぶりだった。胸板も厚くって、腕だってすごく男の人って感じで、ちょっぴりパムと同じ男の人の香りがした。大きな手で髪を梳かれてると凄く安心して、そのまま眠ってしまった。朝まで、ジンの腕の中で...。
いつもの通りのジンだったけど、いつもの通りに振舞ったけど、今になってドキドキしてる自分に気付く。目を冷やす振りして頬も冷やす。

(これじゃ、姉と弟じゃなくて兄と妹じゃないの!もう、今日からまた名誉挽回よ!)

妙に違うところで張り切るミーアだったが、普通の兄妹でも抱き合って眠ったり、相手を見て頬染めたりしないことにまだ気付いてない。ただ、少年はもう青年になりつつあることだけはわかっていた。
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