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光の巫女

ガテラの街は教会本部を有しているからだけでなく、独特の雰囲気を持っていた。
ジンにはなんとなくでも、ミーアはそれを敏感に感じ取っていた。

「ジン、なんか、重いの...」

街の近くまで来るとそう言いだした。何かが圧し掛かってくるような重苦しさがあるのだという。

「水晶を手にしてると、とても楽だわ。」

あまりにも苦しそうだったので、ミーアはトルバに乗せてある。

「大丈夫か?」

頷きはするものの、その辛そうだ。。



俺達は今まで光の巫女が何するものか知らされてはいない。ただ光の教えを導くものとだけ知らされている。もし光の巫女がいなくなれば、国が乱れ災いが起こる。だからこそ巫女の存在は大事なのだとだけ。

「ミーアにとってこんなにここが苦しいなんて...光の巫女が各地で分散して育てられてるのはこの現象にも関係するのかな?以前から不思議に思ってたんだ。教会本部でまとめて育てれば能率的だろうとかさ、なんでわざわざってさ、考えなかった?」
「そんなの考えたことなかった...。ジンってばそこまで考えてたの?」
「そりゃね、ただ単に守護者ってだけで何も本筋は教えられないだろ?それで命掛けろっていうのも合点がいかなかったからね。まあ、俺にはミーアが好きだからって理由だけでよかったんだけどね。」

トルバの背中でミーアが照れていた。
いつものジンの口調でも、今のミーアには愛の告白状態だ。手にした水晶がまた光りだす。

「それ不思議だよな。まるでミーアの感情に反応してるみたいに輝きが変わるの。」
「うん、あたしもそう思う。何でかな?巫女様にお会いして聞けば判るかしら?」
「そうだな、もう街の入り口だ。迎えぐらい来てないか?」


「ザザッ!!」

頭上の木々がざわめき木の葉がふり落ちる。
と同時に黒い影がいくつも降りてくる。

「ミーア!」

ジンのとっさの声と合図でトルバが数メートル飛び上がった。

「キーン!」

ミーアに向けて打ち下ろされた剣は地面を叩き、ジンへのそれは高い音を立てて彼の剣に弾かれた。影の数は五つ。顔をターバンのようなもので巻き込み隠している。そこから覗く目だけがやけにギラギラしていて野獣を思わせる。

「ぐわっ!!!」

相手が次の動きに移る前にすでにジンの剣先が相手を捕らえていた。
一気に急所を突かれ倒れ落ちる影。ガリュウ直伝の突き技だ。
そのあまりにも早い動きに影たちの警戒心が高まる。しかし一秒たりとも無駄には出来ない。トルバの飛翔時間は短い。
身構えた影の一つにすでに回り込んだジンの剣先が振り下ろされる。
早い、その動きに残りの3つの影が一気に打ち込んでくる。
最初の剣を交わすと一体を切り捨て、もう一体の剣をもう片腰に下げていた短剣でいなし、あとずさる。

後二体。

素早く移動するとその短剣を相手の喉下に投げつける。

最後の1人。


「くっ、腕が立つねぇ兄さんよ。ほかの守護者さんの様にはやられてくれねえか。ったく、すっかり偽者に騙されて、翻弄されちまったよ。ようやく本物見つけたって言うのになぁ。」

ミーアを乗せたトルバがジンの後ろに降り立つ。

「ミーアには指1本触れさせねぇ!」

上段から打ち込むジンの剣を受ける最後の影、強い...他の影とは違う。

「お前ら一体何者なんだ!何が目的だ!!」
「俺たちゃあ金がもらえればそれでいいのさ。今回はおいしい仕事だったからなぁ。殺すか犯ればよかったんだからな、それも生娘ばかりな。お前さん倒したらその娘はいただきだな。」

後ろのミーアを下卑た目で舌舐めづりしている。その醜悪さにミーアの顔がいっそう曇る。

「今までで一番の上玉だねぇ、顔も身体も最上級だ。おまけにいいもの持ってるじゃないか。その水晶持ってけば報酬は思いのままだ。」
「させるかっ!!!」

挑発に乗って力んで打ち込むジンの剣先を難なく払う。

「おいおい、そんなに力んでちゃ最後までもたねえぞ?そういや偽者の守護者もなかなかの腕前だったがな、お前さん若すぎるよ。」

くふふと巻かれた布の奥で笑う声がした。

「ナルセスが?まさか!」
「ああ、そんな名だったかな?あれだけの深手だ、もう死んじまってるだろう。おれたちゃ女を犯るのに一生懸命でな。」
「モーリスを...」
「いい味だったな、生娘じゃなかったがその分楽しませてもらったよ。」

背後でミーアが震えているのが判る。あの二人を倒してここに来たのだ。生半可な腕ではない。

「くそっ!」

ジンが間髪を与えず打ち込むがさらりと交わすその動きはどこか人間離れしていた。

(水晶が...)

ミーアのもつ水晶が冷たく光った。今までと違った暗赤色の光...
そのまま水晶を目の高さに掲げる。そこに映る影、その男に纏わりつく黒いもやのようなもの。

(あれは何?)

そのもやにミーアは覚えがあった。ガテラの街に近づくほど感じていたその重苦しさと同じ質のもの。

(なんとかならないかしら?このままじゃジンが危ない!)

打ち込みはしているものの一向に相手にダメージを与えない。ジンに疲れが見えてくる。

(お願い、水晶の力でジンを助けて!私のジンを、愛する人を護って!!)

祈りを込めて水晶を抱きしめる。
剣の弾きあう音が聞こえる。
手にした水晶が次第に暖かい熱を持ち始める。
閉じたはずの瞼越しに金の光が映る。

「ジン!!」

ミーアが叫ぶ。
水晶の光がジンに向かって走った。

「あっ!」

ジンは身体が温かいものに包まれていくのを感じた。身体の奥から力が溢れてくる。それは涸れることのない泉のように。

「ミーア...」

ジンは今までよりも一番ミーアを感じた。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

渾身の力を込めた一撃、振り下ろす剣に金の光が移り込む。

「ガチーン!!」

剣は止められたはずなのに、その光は剣先となりそのまま相手の男を両断した。

「ぐうおぉぉぉぉっっっ!!」

男の口からはこの世のものとは思えぬほど低い地の底から上がって来るかのような低いうめき声が響く。
黒いもやは吹き飛び、男は立ったまま無傷で絶命していた。



「ジン、大丈夫!?」

トルバから駆け下りたミーアは、狐につままれた顔したジンに思いっきり飛びついた。

「なんなんだ?さっきの光は?」
「わかんないけど、水晶の力みたい。あの人からこの街に近づいた時の嫌な感じが一杯したからお祈りしたのよ。ジンを護ってって。」
「そっか、ありがとな、ミーア。」

ジンは今になって震えだす手をそっとミーアに重ねた。

「ジン、どうしたの?まだ怖いの?」
「いや...情けないけど、俺、人を斬ったの初めてだったから...今になって震えがきちまった。」

その手をミーアが優しく包んだ。

「この手があたしを護ってくれたんだよね?ありがとう、ジン。あの人たち何かに憑かれてたみたいだったの。ジンには判らなかった?」
「うん、すごく嫌な気は感じたけどね。でもミーアが俺を呼んだ後すごく暖かい光に包まれた気がしたんだ...あれって気のせいじゃないよね?奴を倒したのだってあの光だと思うんだけど?」
「そうみたいだね。ね...なんか疲れてない?あたし身体があだるくって、眠いよ...」

そう言いながら体をジンに預けてうとうとしはじめるミーアだった。

「ゆっくり休めばいいよ?教会本部はもうすぐだから。」

トルバに載せていた荷物を降ろし、ミーアを乗せると自分もそれにまたがった。

「俺もなんだか疲れたよ...」



二人を乗せたトルバはゆっくりと街の中へと向かって歩き出した。
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